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今日の誕生花――12月19日 スノーフレーク


今日の誕生花――12月18日 セージ



写真:「深まる冬景色・飯田」(平岩祥平・木器)

「丘の上の街風景」(12/17撮影)








風越山に雪(12/15朝)




中央アルプス、空木岳方面を望む。(豊丘村・高台で撮影)


恵那山の雪景色(12/06)


天竜川付近の夕暮れ(2025年晩夏)



◆12~1月の壁紙カレンダー◆

(このカレンダーをPCのデスクトップ壁紙として使うには画面を右クリック、
「名前を付けて画像を保存」を選んでPCの任意の場所に保存し、
保存されたファイルをまた右クリックして「デスクトップの背景として設定」をクリックする)

♪「八十路のデュエット」――ル・クプル・コーノ
♪クシコスポスト、♪トルコマーチ、♪荒城の月
♪「八十路のデュエット」2――ル・クプル・コーノ
♪ムーン・リバー、♪埴生の宿、♪旅愁
(上の下線部分をクリックしてください)

◆「日本最大の谷」=2大アルプスに挟まれた「伊那谷」◆

(写真上「中央アルプス」:柏雀。写真下「南アルプス」中「伊那谷・天竜峡」:平岩祥平)

熊伏山上空5000mから見た伊那谷のカシミール画像(柏雀)





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還暦記念下部温泉狂宴アルバム(一人一人の41年前タイムスリップ写真付き)
◆金森山便りのブログ(terra)


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 下平駅  投稿者:terra  投稿日:2023年07月15日 (土) 17時59分 [返信] No.1298

 小生のブログより。

  『祝飯田線全通80周年』
2017年8月20日号より

  https://ameblo.jp/kanamoriyamadayori/entry...


  下平駅舎デス。

 蛇足ながら、この頃ドローンがはやりだしました。

 空から見た実家でス。

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 生成AI(2)  投稿者:柏雀  投稿日:2023年07月15日 (土) 17時27分 [返信] No.1297

 ついでながら、プーチンとゼレンスキーの握手場面はこんなもんです。

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 生成AI  投稿者:柏雀  投稿日:2023年07月15日 (土) 16時48分 [返信] No.1296

 先日、孫がようやく画像生成AIについて教えに来てくれた。

 開口一番、「ようするに、おじいちゃん、なにがしたいの?」と上から目線。

 「そうだなあ、プーチンとゼレンスキーが握手している画像なんか作りたいが、取り敢えず、金色の角のある羊の絵ぐらいかな」

 「そんなら、こんな程度でいいんじゃないの」と言って、「Stable Diffusion 2.1 Demo」というのをパソコンに入れてくれた。

 これで、なにが出来るか試していますが、やはりちょっと物足りない感じです。

 試しに作った画像は下記の通りです。

 上:雨の夜の銀座(漢字らしきものが書かれていますが、意味不明)
 中:晴れた日曜日の銀座(歩行者天国にはなっていますね)
 下:おねえさんたちで一杯のイパネマ海岸(人物をひとり一人よく見ると、なんか気味悪いですね。背景はまあまあ正しいです)

 

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 JR飯田線 下平駅  投稿者:コーメイ  投稿日:2023年07月15日 (土) 15時05分 [返信] No.1295

ここ7,8年、鉄道を利用する機会が、めっきり減った。移動手段は、もっぱら、自転車である。バスも、神さんの通院に付き合う時で、帰りは、市の僅かばかりの助成金を利用させていただいて、タクシー、ってこともある。

仕事も含め、全国を歩いたが、たった一度しか乗り降りしなかった駅もある。

JR飯田線下平駅もその一つで、これは、中学生の時だ。駅から坂道を登って、山吹へ。担任のT先生のお宅へ伺った。

高速バスを使うようになるまで、幾度となく、通ったが、乗降したのは、この時だけである。同級生の女性が、高校入試のことで、お邪魔したことがある、という話を数年前に聞いた。彼女も、おそらく、一度だけではなかったのではないか?

写真は、Google earthから。

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 元になった記事  投稿者:木器  投稿日:2023年07月15日 (土) 08時57分 [返信] No.1294

 こうのさんご紹介の山下清の絵と信毎の写真の件。元になった記事「伝う鉄路と物語~飯田線~第2部・行き交うひと・もの・こと⑥ 山下清が目にした眺め 飯田線と天竜川を望む高台」(2022年7月14日)の記事をネットで探し当てました。URLは次のとおりです。
https://www.shinmai.co.jp/news/artic...
 無料会員に登録すれば、ありがたいことに写真ばかりか全文を読むことができます。

 冒頭の一部を引用させていただきます。

 ――1日、下伊那郡高森町山吹の座光寺睦(むつみ)さん(90)を訪ねると、ある白黒写真を見せてくれた。放浪画家と呼ばれる山下清(1922~71年、東京都生まれ)が着物姿で睦さん宅の前の細い道を散歩する様子が写っていた。

 「電車道の向(むこ)うの方に天龍川が流れて居(い)るので其(そ)の向こうの方には山が見えて居るので此所(ここ)で腰をおろして休んで景色を見て居ると此所は静かで気持ちがいひので―」。清が座光寺家でのひとときをつづった文の一節だ。細い道を5分ほど歩くと、近くの下平駅から延びる飯田線と天竜川を見渡せる高台があり、清が目にしたであろう光景が残っていた。――
(この記事には、高台からの天竜川の写真のほか、記事にある山下清の白黒写真も載っています)

 まさにその光景を書き残したであろう絵の実物が出てきたわけですから、それは奇跡に近いことでしょう。もっとも、座光寺家が好意で貸し出したものが、散逸するようなことがなければ、今でもしっかり地元に保管されていたものかもしれませんが……。

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 欲を言えば  投稿者:木器  投稿日:2023年07月15日 (土) 05時31分 [返信] No.1292

 こうのさん、この記事に載っている写真は、たしかまえにも見せてくれたものですよね。そのときにも山下清のことが話に出ませんでしたか? 座光寺家に滞在して絵を描いた、そして何点かを置いていった、とか……。

 その絵がどう巡り巡ったか千葉の人の手に渡った、しかもその人が「片桐」さんというのは、なにか地縁血縁の匂いすら感じてしまいます。

 となると、この山下画伯の絵をよく見てみたいものです。こうのさん、また無理を言いますが、お暇を見て、この絵の部分を大きく写して載せていただけませんか。できれば改めて写真も載せて、比較もしていただけるとありがたいですね。

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 ありがとや  投稿者:木器  投稿日:2023年07月14日 (金) 13時41分 [返信] No.1291

 こうのさん、ありがとなァ。何回も写真を入れ直してくれて。
 これで記事の全文が読めますね。烈っちゃや terra さんの実家も出てくる懐かしい場所を、山下画伯が丹念に見ながら書いた、そのときの光景が目に浮かぶようです。

 柏雀さんの花々も、鮮やかな色合いの大輪が、コロナワクチン打ったばかりの微熱の寝ぼけまなこに飛び込んで、目覚まし代わりになってくれました。

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 ついか、  投稿者:こうの  投稿日:2023年07月14日 (金) 09時25分 [返信] No.1290

追加のついか

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 ついか、記事を  投稿者:こうの  投稿日:2023年07月14日 (金) 08時25分 [返信] No.1289

読めるかなぁ

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 てら・てら  投稿者:こうの  投稿日:2023年07月13日 (木) 15時46分 [返信] No.1288

「てら」としか言ったことねえーにイー
てらが俺のこと「さん」ずけでよびゃーがったもんで
あっちの でえどこ 、こっちのとこのま
「さん」つっとるのは、ふんとの てら か?、、どうだら、、そうずらか?
スマホ片手に うろうろ

きにょうの、新めえに めえに見た 山吹・下平風景が
絵になって出てきちゃったにイ
ホィッ、烈っちゃのとこで描いとった山下清画、ちゅっとるんな
天竜がグワーッて、くねっとるとこな、、
てらのとこだらなツ なツ
じょうざか ん とこだにィー

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 柏サッカー事情(2)  投稿者:柏雀  投稿日:2023年07月13日 (木) 13時44分 [返信] No.1287

 「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 それはそれとして・・・・

 写真上:今年も緑のカーテンの琉球アサガオが花をつけました。

 写真中:去年の秋に挿し木して、一冬を家の中で過ごしたハイビスカスが漸く今朝開花しました。

 写真下:近くで見つけたマツヨイグサ。

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 またもや朝ドラがらみ  投稿者:ひらいわ  投稿日:2023年07月13日 (木) 13時38分 [返信] No.1286

 度々紹介してきた、NHK朝ドラの主人公・牧野富太郎に大きな影響を与えた植物学者・田中芳男の資料、1500点以上が、このほど飯田市に寄贈されたそうです。(テレビ報道ほか)

朝ドラ『らんまん』の主人公も憧れた田中芳雄。




パリで撮った肖像


飯田市内にある顕彰碑


碑文


田中ビワ



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 町田サッカー事情2  投稿者:terra  投稿日:2023年07月13日 (木) 11時11分 [返信] No.1285

 こうのさん、そうそう、竹内さんは、E組の論客で、木器さんが詳しく話されているように、高校時代も、白虎隊の仮装行列の時など、先頭に立ってすごかったになむ。


 こうのさんも住まわれていた町田の、J2サッカーザルビアが、すごいことになっています。9日のJ2の東京クラッシックは、引き分けだったが、12日の天皇杯103回全日本サッカー選手権3戦では、町田とJ1チーム一位横浜FMとの戦いは、なんと、4-1で快勝。
 
 12月には準決勝、決勝が行われます。愉しみデス。



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 故郷の同期生  投稿者:木器  投稿日:2023年07月13日 (木) 11時05分 [返信] No.1284

 ひらいわさんが投稿してくれた新聞記事を読んでいたら、ひらいわさんもご紹介してくれている牧内さんほかに、下の記事中、川路の祇園囃子保存会の会長として、橋本國雄さんの名まえが見えます。

 この橋本さんも、じつは木器と小中学校同期の友人です。地域のためにずっと頑張ってきてくれている彼らの活躍に頭が下がります。我らも、もうすこし頑張らねばと気を取り直しました。

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 川路の巨木ネズミサシ  投稿者:ひらいわ  投稿日:2023年07月13日 (木) 10時52分 [返信] No.1283

 飯田線・天竜峡駅の近く、飯田市川路7区にある県天然記念物の巨木・ネズミサシが、伐採されることが決まったと新聞記事で知りました。地元で総代長を務める三五会の同期生、牧内文弘さんの談話も出ています。







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 AAさんの思い出 6  投稿者:木器  投稿日:2023年07月12日 (水) 14時50分 [返信] No.1282

 当掲示板は、最初の口上にありますように、誰でも参加OK、何でも気楽に書かまいかという趣旨でしたから、こう言っては何ですが、ほとんどの投稿がお気楽なふと目にしたこと、身近な日常の体験談や近況報告、雑感をもとにした会話でした。
 その中でほとんど唯一と言っていいほど、まじめに当節のいろいろな重要課題・難問題に対して、真っ向から物申してくれたのがAAさんでした。

 その議論は気まぐれなものではなく、日ごろからの情報蓄積と研鑽・思索の賜物と思われる深い洞察に満ちていたと思います。
 その本格議論に、木器のような軽薄浅学な身はなかなか付いていけないこともありました。改めて「ごめんね、もっとちゃんとお聞きし、教えてもらうことがたくさんあったはずなのに……」と悔やんでいます。

 でもそんなAAさんも、ときどきはふと俗っぽい話題のやり取りにも首を突っ込んでくれて、コーメイさんなどとやりあってくれる様は、微笑ましくて、この掲示板の癒し効果につながっていたと思いました。

 コーメイさんが書いておられた掲示板閉鎖事件なども、まったく管理者である木器の怠慢であり、少々めんどくさいことが嫌になったからでしたが、「そんなこと言わんでまたやろうよ」とコーメイさんなどと一緒に励ましてくれたAAさんがいたからこそ、再開できたのでした。
 そして「続けろ」と言うからには、この掲示板を廃れさせてはいけないと、日ごろの多忙な毎日の中で、この掲示板への途切れない投稿に力を注いでくださったこと、心から感謝しています。

 今後はあの独特な、重厚かつ軽妙なAA節を見ることができないのは寂しい限りですが、後の人間たちがどんな生き方をして、どんなことをこの掲示板に反映するか、高いところから見物して、ときどきは夢の中ででもアドバイスしてください。
 真面目に待っています。AAさんとの連絡が途絶えたとは思いたくないので……。

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 ごめんな  投稿者:こうの  投稿日:2023年07月12日 (水) 09時53分 [返信] No.1281

よおっッ、、の呼びかけ人は竹内を竹村とかんちがい
すまん

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 AAさんの思い出 5  投稿者:木器  投稿日:2023年07月12日 (水) 07時46分 [返信] No.1280

 AAさんの思い出の中で大きなものの一つは、やはり愛息のピアニスト、英仁さんをめぐるものです。欧州留学を終えて帰朝した英仁さんが、着々と回を重ねるリサイタルを通じてその修行の成果を見せてくれたことは、我々の仲間をはじめ多くの彼のファンの知るところでしょう。

 何回もリサイタルに伺いながら、聴衆を迎える両親のうれしそうな顔、とりわけ演奏者自身よりも服装にまで念を入れて高揚感に身を浸しているような父、AAさんの表情が忘れられません。
「どんな音楽を聞かせてくれるのか」と身構えるいとまもなく、知らぬ間に安心して身をゆだねることができる英仁さんの音楽を聴きながら、じんわりの私の胸に湧き上がってくるのは、この素晴らしい音楽の誕生に、ほんのわずかながら関わらせていただいたかもしれないという密かな喜びでした。

 あれは多分、英仁さんが高校生になったころだったでしょうか。音楽の道に進みたいとご自分で決意され、留学の準備をされていたころだったと思います。
 同じころ私も、娘がクラシックギターの道を歩み始めており、演奏会のたびにビデオ撮影をしていました。そのことをAAさんに何かの折に話したのでしょうか、英仁さんの留学に必要な演奏ビデオの撮影を依頼されたのです。
 その撮影場所を説明されて驚きました。当時、「ウィーンの三羽烏」としてパウル・バドゥラ・スコダ、フリードリッヒ・グルダとともに名声を馳せて久しい名ピアニスト、イェルク・デームスが日本での拠点にしているという世田谷の住宅風スタジオだったのです。

 聞けばこの巨匠デームスの指導も受けることになるということで、すでに英仁さんのレベルは世界の水準に達しようとしているのを感じました。撮影者として緊張しながら、それでも将来性ある初々しいピアニストの誕生にすこしでも関われるという喜びに打ち震え、少年英仁さんの演奏を繰り返し聞く幸運に浴しました。
 まさに思い出の中の白眉、宝物と言える経験でした。

 英仁さんにまつわるもう一つ宝物級の思い出は、石神井のAAさん邸でのホームコンサートです。あのようなアットホームなコンサートはなかなかできないと思います。
 まえにも書きましたが、娘の師匠であるクラシックギターの小原聖子さんのところで、一時期、頻繁にホームコンサートが開かれ、二次会の飲み会や弾き比べ会も含めて、それはそれは楽しい催しだったことも思い出します。

 AA邸でのコンサートは、まさに英仁さんのひざ元のかぶりつきで、楽器の振動がそのまま体に響くような感動の時間でした。しかも、AA夫人ご自慢のダッチオーブンによるよだれ噴出料理も、今思い出すだけでまたよだれが噴出します。
 そんなこんなで、木器の心をうきうきと万年青年のような楽しさに満たしてくれたのも、AAさんでした。

 音楽と言えばカラオケの席でも、優れたピアニストの父としてお高く留まることなく、得意曲『目ン無い千鳥』を歌ってくれましたし、木器がいつも所望する『白いブランコ』のデュエットに応じてくれました。内緒ですが、この「白い」を「黒い」に変えたけしからぬ替え歌もあって、そのさわりを二人でちょっとだけやったこともあります。AAさんバラして勘弁。

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 ありがとう  投稿者:こうの  投稿日:2023年07月12日 (水) 05時59分 [返信] No.1279

竹内君、あばなぁ
また、きっと会えるらな、ナッ

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 AAさんの思い出 4  投稿者:木器  投稿日:2023年07月11日 (火) 09時14分 [返信] No.1278

 AAさんの小説から何を学ぶかは、読み手の素養が問われるので、残念ながら木器としてはあまり大きな顔はできません。でもあるとき、理解を超えたストーリーの中に、ふと目をくぎ付けにする一節がありました。『くぬぎ越え』(『夏風越し』の続々編)の前半部分です。

 ――「民」という字の語源は、目を針でさす様を描いたものであり、目を針で突いて目を見えなくした奴隷を表している。後には目を見えなくし分別を出来にくくすること、支配下におかれる人々という意味で派生したのが「民」という字であることを思えば、情報を極力与えない、内容をわかりにくくして煙に巻く、という裏の意味があることになる。説話と雖も表面通りに解釈はしきれない。――

 これはほんの一例で、全編にちりばめられた含蓄深い警句に、脳細胞を刺激される人は多いのではないでしょうか。木器自身は、まだ全編を読みぬくには至っておらず、生前のAAさんとこの小説群について、じっくり話せなかったのは返す返すも残念です。

 AAさんの遺された貴重なものは、長期間にわたるブログや掲示板への膨大な量の書き込みと、こうした小説作品といった著作物のほかに、もっと周囲の人間に影響を与えた人づきあいと人育てがあると思います。
 コーメイさんが書いておられた山歩きもその一つでしょうが、木器はすぐハーハーゼーゼーの山アレルギーなので、AAさんとの高い山歩きは経験していません。

 しかし、コーメイさんが挙げている屋久島での経験は、ちょっと木器にとっては勲章ものでしょう。じつはこのとき木器は、AAさんとは別動隊で宮之浦岳ではなく縄文杉に挑戦していたのです。
 前日に往復で10時間近くかかると聞いて、あ、もうこれはパス、パスと決めていたところ、女性軍が縄文杉に登るというではありませんか。AAさんやコーメイさんたちはすでに、もっと高い宮之浦岳に決めていましたから、いくら山弱者の木器もパスパスとは言っていられなくなりました。

 結果は何とかひどい雨の中、たしかに往復10時間の難行苦行をはたして宿に帰着したのですが、その後がいけません。ちょっと休んだら、かえって足が硬直して歩けなくなりました。
 暖かい風呂につかるといいと言われて、階段を下ろうとしたのですが、足がつってしまいなかなか動きません。

 そこに現れたのがAAさんでした。「こちとら縄文杉でこの体たらく。もっと高い山に行ってきたんだから、すごいよー君らは」と、木器がもう尊敬のまなざしでAAさんを見上げたところ、「なにをおっしゃるうさぎさん。こっちもこっちにいけなくてさー」と、よく見ると階段の手すりにつかまって、なかなか目的地の風呂に近づけないようでした。
 そっかそっか、行きたいところへ行けないんだよね、なかなか、と二人で笑ったのですが、これってもしかしたら、AAさんが木器に調子を合わせてくれていたんではないか、とあとで思いました。そういう優しいところがAAさんにはあるからです。

 わが女房が初期の胃がん手術を受け、退院したときは、AAさんご夫妻がコーメイさんご夫妻と一緒に退院祝いをしてくださり、小田急沿線・千歳船橋のレストランで、木器さんたちはいいからと、豪華なランチをご馳走してくれました。このことは女房のかけがえのない思い出になっているようで、何度もうれしかったと話しています。

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