柏雀さん、昨日のカラオケ会は楽しかったですよ。
ただ、柏雀さんがいればもっと盛り上がっただろうと残念ではありましたが……。
次回は何とかご都合をつけていただきたいものですね。
それで早速、新聞歌壇の「さるすべり」と『五番町夕霧楼』が出てくる歌の話ですが、私も最初は「はて?」と思いました。
ただ、映画の印象でしょうか、赤い着物姿で木の根元に横たわる夕子のおぼろげな記憶で、夕子にとっての「さるすべり」は、帰る場所の象徴、故郷の懐かしい情景、しかも幼なじみであった青年僧・正順との思い出の花だったのではないか、と漠然と思っていました。
柏雀さんに問われ、映画のDVDが保存されていたのではと思ったのですが、ありませんでしたので、ネットで探したら、なんとラッキーなことに、私が見た佐久間良子主演のラストシーンが、ネットにアップされているではありませんか。これです。
この動画を見ると、下の写真のように「さるすべり」がばっちり出てきます。
*映画『五番町夕霧楼』(1963年、佐久間良子主演)のラストシーン
https://youtu.be/Q4yq7... 念のために水上勉の原作を見てみると、やはり重要な場面で「百日紅」が何か所も出てきます。
冒頭ちかく、夕子が故郷の与謝から京都へ連れられていく船の中で、幼いころからなじんだお寺の百日紅の木が見えること、その花は墓場で長く咲いていることを、遊郭の女主人に話すくだりがあります。
廓の仲間に故郷のことを話すところでも、海から見えるこのお寺の墓場にたくさんの百日紅があって、風が吹くと海に花びらが散る話をしています。
肺炎になり、見舞いに来た親しい遊女に、正順とは幼なじみで、つるつるすべるこの木にのぼって遊んだこと、会ってそのことを話せば吃音で孤独な彼も、故郷を思い出して慰められるだろうと話しています。
正順が寺に放火して捕まってから自殺し、それを知り病院から失踪した夕子が死に場所として最後にたどり着いたのも、この故郷の百日紅の根元でした。
それでも夏の暑い日差しに耐えて、長く咲き続ける百日紅の花は、薄命だった夕子にせめてもの長続きする生命を与えてくれているような気もします。
この歌の作者がどこまで意識していたかはわかりませんが、『五番町夕霧楼』と夕子にとって、百日紅は切っても切れない関係にあったことだけは確かなようです。
薄幸の夕子の心の中でいつも灯となり、生きる希望にもなったのがこの百日紅だったのではないでしょうか。
夕霧楼の夕子と言えば百日紅。手向けたい花も百日紅ならば、この歌、
*さるすべり咲く故郷(ふるさと)に『五番町夕霧楼』の夕子を思う
も何とか納得できますか?