11月も半ばが過ぎようとするころから、急に寒くなって先月までの夏日みたいな日々が懐かしくなってしまいました。
一日過ぎるとさらに肌寒くなっているのに驚くという、この感じが、すこし前の新聞の俳壇に寄せられていました。
*冷まじや一夜に大気入れかはり
(久喜市 利根川輝紀、読売俳壇24-11-18、正木ゆう子選)
最初、「冷まじや」が読めなくて、ネットで調べた結果、「すさまじや」と読むらしいですね。そして「冷まじい」とは、「秋気の冷えのこと」であり、「凄まじい」という意味にもつながっているとか。
そう言われてみると、確かに秋の深まりとともに急に来るこの寒気は、「冷まじい」という語感にぴったりです。この俳句の「一夜に大気入れかはり」も、そうそう!と納得できます。
ちょっと見ていたら、この言葉にこだわったネット動画があり、興味を惹かれました。
以下、その YouTube からの引用。
◆ YouTube 俳句LOVE
https://youtu.be/oBlAi... 2021年10月24日『冷まじ(すさまじ)/時田幻椏』
俳句&エッセイ:時田幻椏
*冷まじや鏡に裸体鉄亜鈴 幻椏
季語 冷まじ(すさまじ) 【秋】 時候
今年は、例年に無く十月に入っても暑い日が続いていたが、今日は寒い程に冷え込んでいる。
暑さに慣れた体に突然の冷え込みが、身に沁みる。
「すさまじ」は「冷まじ」と言う季語であり、晩秋の急に身に迫る冷やかさを言う。
「冷まじ」をこうして経験すると、実感として理解も出来るのだが、俳句として詠み込むには、中々難しい季語である。
「すさまじ」と聞けば、「凄まじい」と言う慣用語を思い、季語としての時候を越えてしまうからでもある。
ならばダブルイメージとして分厚く、私は、この言葉を抱え込んでしまおうと思ったのである。
我が身体の劣化に抗う為に、鉄亜鈴を持ち出した。
すでに取り返しのつかない凄まじい肉体を鏡に見るのだが、現状に諦観も出来ず、3キロの鉄亜鈴を両手に持ち、ささやかな抵抗を続けているのである。(幻椏)