No.2060 藤沢周平の信濃エール 投稿者:木器 投稿日:2024年09月02日 (月) 16時28分 [ 返信] |
ボラさんの藤沢周平についての名文の冒頭に、俳句の引用があります。 「軒を出て犬寒月に照らされる」 というものですが、これは数少ない藤沢さんの俳句に関する一冊『藤沢周平句集』の中のエッセイ、「小説『一茶』の背景」の初めの部分に出てきていました。
文庫版を見ると、原文では「軒を出て犬 寒月に照らされる」と「犬」の後に空白を置いて、わかりやすくしています。 ボラさんの文章にあったように、秋櫻子の高弟であった百合山羽公がこの句を推奨してくれたようです。そして、その推奨の言葉の中に、川端茅舎の句「寒月の穴のごとくに黒き犬」が引用されていたそうで、それを見た藤沢氏は、多分、この寒月と犬の偶然の一致に驚かれたのでしょう、ますます現代俳句のとりこになったと、そのエッセイに書かれています。 もちろんこのエッセイは、長編小説『一茶』の執筆に至るいきさつなどを書いたものですが、私自身はこの小説を読んだのはだいぶ前のことで、よく覚えていません。 しかし随所に、藤沢氏が最初あまり好きでなかった一茶に、どんどん惹かれていく経緯が示されていて、大変興味深く感じました。
なかでも、一茶が生まれ故郷の信濃に帰ったその場所を取材に訪れたときの文章は、信州人として誇らしくうれしくて、ますます藤沢ファンになってしまいました。
「それにしても、信濃という言葉には、どうして人をいざなうような快いひびきがあるのだろうか。私は雪をかぶった信濃の山山を、車窓から飽きずに眺めながら、そう思った。そしてまったく突然に、一茶を書くことにしてよかったと思ったのである」
また、藤沢作品ではおなじみの「海坂藩」の「海坂」は、藤沢氏が俳句を投稿していた静岡の俳句誌の名まえが「海坂」だったことからきていることなども興味深く読みました。 「海辺に立って一望の海を眺めると、水平線はゆるやかな弧を描く。そのあるかなきかのゆるやかな傾斜弧を海坂と呼ぶと聞いた記憶がある。うつくしい言葉である」 と藤沢氏は書いています。 辞書によれば、「うなさか」は「海境」とも書き、海神の国と人の国とを隔てると信じられていた境界、海のさかい、海の果てを指すこともあるそうです。
ボラさんの文章がきっかけで、またまたいくつか貴重な発見ができたことに感謝します。
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