No.2562 虎岩村と島田村の言い分 投稿者:島田坊や  投稿日:2025年02月26日 (水) 17時27分 [ 返信] |
虎岩村の平岩氏から島田村の島田坊やに問い合わせが御座した。 「後ろ向き弁天」の真相は・・・? 300年も前のこと故に記憶にござらぬと申した・・・。 とはいえ言い伝えの一部を説明しておこう。それは両村の真ん中を流れる天竜川の境界線(領土)の問題であった。 両村の境界線をどこだ。川の中ほどにある岩と岩を結んだ線ではないか? いやいや川の流れで決めようと両村の意見は対立する。 しかし中洲の岩の上に祠を建立した時の領収証が島田村に存在したことから、大岡裁きの末に決着した。でも虎岩村はなかなか納得がいかない・・。 初め祠は島田村に向けて西向きに建てられたが、誰がいつ、どうして動かしたかわからないが、東向(島田村からは裏向き)きになっており、しかも弁天像は鎮座していないというのだ。 幼少のころ水浴びの秘密基地であり、思い出の岩なので75年ぶりに足を運んでみた。確かに東向きで島田村からは後ろ向きである。祠の中には「弁天像」はなかった。どこへ行ったのか? 先ごろSBCTVで取り上げてくれたが、結局真相究明に至らず地域の今後の課題として残された。 最近はアニメもできて話題になってるが、さてさて、そこで両村在住の二人の迷氏により、課題解決に向けて腰を上げようか検討中とか・・・。皆の衆期待はしないでお待ち下され・・。 虎岩村平岩氏と島田村島田坊やの呟きでした。
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