No.2413 今日の歌壇・俳壇より 投稿者:木器 投稿日:2025年01月06日 (月) 10時48分 [ 返信] |
新年最初の短歌と俳句。なかなか秀作がありました。
*「暗闇」に「日」は五つあり「絶望」の隅にもわずか「月」は灯って(上尾市 関根裕治。俵万智選)
この作者の才能は並々ならぬものと感じて、かねてから気になっています。産経新聞の朝の詩やほかの応募紙誌でも活躍中。ご自身のブログもユニークで、ついにフォロワーになってしまいました。この歌壇の俵万智選だけでももうかなりな数になるでしょう。 同じような着想の歌でこんなのもあります。ちょっと似ていて飽きが来るかもしれませんが、それでもその着想の面白さに舌を巻きます。
*「教わる」にひそむ「子」の字は窮屈で「学ぶ」にひそむ「子」は健やかで *優しいと優れているを同じ字であらわす国に暮らしています *多様性認めるひとが多様性認めぬひとを排除している *若者をZ世代と呼ばないでまるで世界が終わるみたいに *SOS素直に言えぬぼくたちはSNSに夜ごと集って *ランキング式のニュースが梅雨入りとテロと不倫に順位をつける *目くじらのくじらを海に還したらそのぶん広くせかいが見える *ほぼ水のからだにきみの手がふれてわたしの内にひろがる波紋 *こもれびは日かげで生きるものにしか与えられないやさしいひかり *回遊を終えてさばかれたのにまた店で回転させられるさば *地球儀を股に挟んで回してる甥っ子の将来は有望
次は、今年こそはと待ち構えるプロ野球・ヤクルトファンにはジンと来る歌です。
*ヤクルトが負け続けても傘差して応援をする生きゆくやうに(奈良県 吉川孝志) 【評】負けが込んだ時にこそ応援するのが、本当のファンだと言います。どうかその志を、その生き方を貫いていただきたく。(黒瀬珂瀾選)
次も、田舎に帰って道を歩くたびに抱く実感があります。
*過疎進む故郷に沿えるバイパスに「老人注意」の立札の見ゆ (前橋市 近藤周雄。黒瀬珂瀾選)
次の歌は、高齢者などと言っていないでもう一花もフタハナも咲かせましょうと励まされます。
*帰り花こひによはひの垣根なし(泉佐野市 布野寿) 【評】 齢(よわい)の垣根は二人の年齢差のこととも老齢同士のこととも受け取れる。帰り花なので後者と鑑賞したい。 無垢可憐(むくかれん)の桜の帰り花の一輪がおいらくの恋の瑞々(みずみず)しさを伝える。(高野ムツオ選}
そして驚かされるのは、次の句などに見られる投稿者たちの教養の高さです。
*わたしにも林檎の香の雪よ降れ (橋本市 若崎喬子) 【評】北原白秋の「君かへす朝の舗石(しきいし)さくさくと雪よ林檎(りんご)の香のごとくふれ」のように、雪よ私にも降れ。なんと清潔な白秋の後朝(きぬぎぬ)の歌。(正木ゆう子選)
ついでに、この句も上げておきます。
*ずぶぬれのサンタがピザを運び来る (福山市 松崎映子) 【評】はげしい雨のなか、ずぶぬれのサンタクロースの扮装(ふんそう)をした青年が、ピザを届けに来た。どこか聖性の宿っているのを感じるものである。(小澤實選)
ピザ配達は、なにも青年に限らないとは思いますが、中年おじさんだったとしても、ずぶぬれになってもこの日の子どもを喜ばせる衣装を着たまま仕事に打ち込む姿は、どんな仕事にも通じるひたむきさとして選者の言う「聖性」なのかもしれませんね。
*届きたりひと塊の山鯨 (町田市 枝沢聖文)
しばらく食べてないなー。イノシシやシカやクマの肉。むしろなぞらえられた元の「クジラ」のほうを最近見つけて、何度もその刺身を、たたきにして食べています。うまい! うまい馬刺しがなかなか食べられない分、それにかわる味わいもありますし……。
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