そうなんです!! さすが柏雀さん。私もじつはほぼ同じことを言おうとしていました。
本を探すよりこれだと「青空文庫」に気づいて、読み直していたのですが、冒頭のエピグラフに、
Le vent se lève, il faut tenter de vivre.
PAUL VALÉRY
と確かに掲げてはありますが、これが「風立ちぬ、いざ生きめやも」の原文だとはどこにも書いてありません。「Le vent se lève」は「風立ちぬ」でいいとしても、「il faut tenter de vivre.」は直訳すれば「生きるよう努めねばならない」でしょうし……。
そして一つ、じつはあるブログを読んでいて、とてもユニークな発見というか、誰も指摘していなかったある「違い」が、ヴァレリーの原詩と堀辰雄の引用にはあることを知りました。
まえの投稿で引いたヴァレリーのフランス語原文と、この『風立ちぬ』の冒頭のフランス語引用をよーく見比べてください。何か違いませんか?
ヴァレリー Le vent se lève!.... il faut tenter de vivre!
風立ちぬ Le vent se lève, il faut tenter de vivre.
そうです! 真ん中の....は別にして、堀辰雄の引用には文末2つの「!」が付いていないのです。
エピグラフの最後には、わざわざ PAUL VALÉRY からの引用であることを断っているのですから、普通なら原文そのままを引用するでしょう。
また、そうするのが原典への礼儀でもあるし、最近の出版社のファクト・チェックなどでは必ず指摘されて、元通りにするよう指示されます。さもなくば PAUL VALÉRY からという原典は表示できないことになります。
それはともかく、この違いは引用者の不注意や気まぐれではなく、かなり意図的なものではないかというのが、そのブログの指摘です。
この「!」の欠落にこそ、「生きめやも」の謎を解くカギがあるのではないか。
原文どおりだと、「風が立つ!/生きなければ/もっと強く/生きなければ!」といった強い意志を示す「!」が付きますが、これを堀辰雄は付けたくなかった、それほど強い意志的な言葉にはしたくなかった、そう考えれば「!」を外した理由も理解できます。
そして柏雀さんもおっしゃるように、その気持ちの表現としてこの言葉を選んだとも考えられます。
自分と彼女の気持ちを鼓舞しよとうしながら、そんなに簡単にそれができるものではないことを暗に示しているとか……。
「風立ちぬ、いざ生きめやも」、「風も立っているから、さあ生きよう、生きねばと思うのだが……」というくらいの、作者自身の造語とまでは言いませんが、その時の自分の気持ちにもっともしっくりくる言葉として、これを選んだとすれば納得できます。
なお、この指摘をしてくれたブログは、なんとあのアイドル歌手・松田聖子の大ファンで、その動画を YouTube に投稿しているというハンドルネーム「LULLABY 80's」さんのものです。
https://www.ameba.jp/profile/gener... アイドル関連といいながら、その投稿内容は非常にハイレベルで、知的好奇心をくすぐられます。
いくつかの投稿ジャンルの中に「聖子と文学」というシリーズがあり、その一つに昨年11月に投稿された「聖子と文学④ 堀辰雄/風立ちぬ 『いざ生きめやも』誤訳の謎」という一文があったのです。
あとでご紹介できるかもしれませんが、例のアニメ映画『風立ちぬ』のポスターについても、「生きめやも」関連で興味ある指摘がありますので、ぜひご覧になってください。