No.1682 残念無念、小澤征爾さん 投稿者:木器 投稿日:2024年02月10日 (土) 23時03分 [ 返信] |
やはり相当病状が進んでいたのでしょうね。小澤征爾さんの訃報に接し、改めて残念無念の思いがこみ上げてきました。
海竜社という中堅出版社との間で、小澤征爾さんに「人育て」の本を書いてもらおうという出版企画が浮上したのが2000年を過ぎたころでした。 もちろんそのころすでに小澤さんは「世界の小澤」としての名声と実績を積まれた押しも押されもしない大指揮者でした。 1998年の長野オリンピックでは音楽監督を務め、開会式では衛星中継で世界を繋いで、自らの指揮で地球を一つにして「第九」を歌うという壮大なプランも成功させていました。
この「人を動かす力」はどのようにして発揮されるのか、さまざまな機会での発言や行動を追いかけて、出版企画を練り、仮題『教わる楽しさ、教える楽しさ』さらには『小澤征爾の「指揮力」』といった仮のタイトルで、小澤さんの事務所に提案を送ってありました。
そして胸躍る連絡が入って、2004年8月、サイトウ・キネン・フェスティバル松本での公演、ベルクの歌劇『ヴォツェック』を見た後、お会いできることになったのです。 私はもう天にも昇る心地で、出版社の常務と担当者ともども、松本に向かいました。そして当時、発売になったばかりの単行本、池波正太郎著『男の作法』の柳下要司郎編・作品対照版(サンマーク出版)を持参して、「このように編集のお手伝いをしますから、ぜひこの企画に乗ってください」と、詳しい目次案を作って、会場のまつもと市民芸術館に駆けつけたのでした。
もちろん演奏も堪能させていただきましたが、終演後、マネージャーさんに連れられてお部屋にうかがうと、なんと小澤さんは濡れた体に浴衣をまとい、「ごめんなさい、こんな格好で。今、シャワーを浴びたばかり、汗びしょだったから」と、ざっくばらんにおっしゃいます。
こちらは貴重な時間を無駄にしないよう、挨拶もそこそこに本題に入ろうとして、まず土産代わりの『新編 男の作法』をお渡ししました。 すると、小澤さんは本の表紙の美味しそうな鯛の絵などをしげしげとご覧になり、「ぼく好きなんですよ、池波さん。食べ物の話も鬼平なんかも、寝床でよく読むんですよ」とうれしすぎることをおっしゃり、浴衣の胸にこの本を抱いてくれました。
小澤さんはまだこの後の予定が詰まっていて、ゆっくりお話しする時間がなかったのですが、ひととおり前に届けてあった企画内容と、目次、原稿見本などについてお話しし、今後前向きに進めましょうというところまで行ってお別れしました。 この分なら、とんとん拍子に進むかと思い、またマネージャーさんも好意的に対応してはくれていたのですが、具体的に小澤さんが企画内容を検討する時間がないようで、どんどん日時が過ぎていきます。
そうこうするうちに、小澤さんの健康上の問題が次々に起こりました。こちらとしても、そんな状態の小澤さんを攻め立てるわけにもいかず、ペンディング状態のまま月日が流れて、今度は出版社の様子もおかしくなり、先ごろ残念なことに倒産してしまいました。 そんなこんなで小澤征爾さんとの出版の話は見果てぬ夢、幻の出版企画として、私の胸の内深くにしまい込むほかはなくなりました。 ずっと取ってあった段ボール箱2つ分の資料も、100ページ近い下書き原稿もついに日の目を見ないままになってしまいました。
まことに残念無念ですが、あの一瞬のような小澤さんとの出会いだけは、私の出版人生の中の忘れられない大事な宝物です。 (写真は、小澤さんが好きだと言ってくれて浴衣の胸に抱いてくれた『新編 男の作法』作品対照版)
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