No.1325 ねむの花 投稿者:木器 投稿日:2023年08月02日 (水) 05時52分 [ 返信] |
コーメイさんは「どうしようもなくて」あのドラマを見ていらっしゃるようですが、小生は途中から「どうする?」と悩むこともあんまりなく、いつの間にか見なくなってしまいました。けっこう劇画調の一般受けする要素もあったとは思うのですが、それが自分の体質に合うかどうか、アレルギーまで起こすほどではありませんが……。歴史研究家 terra さんなど、どんな風に感じておられるでしょう。
そういえば、一時は岩村城の城主にもなったらしいコーメイさんゆかりの河尻秀隆は。そのときつまり本能寺の変のとき、たしか甲府にいたんでしたよね。信長父子が討たれたあと、どうなったんでしたっけ。なんでも血筋は後々までも徳川で生き残ったと聞きましたから、その分かれ道がこの事件だったのでしょうか。
295ふっこitoさんは、よく調べてくれましたね。私も平岩さんに確認しようと思っていたのですが、そうですね、この木は何の木かといえば「ネムノキ」なんですね。
ネムノキといえばもちろん忘れられないのが、宮城まり子さんの「ねむの木学園」です。『ねむの木の子どもたち』という本を書いてもらったとき、その学園の名まえのいわれを聞きました。 彼女が私財を投じて作ったこの肢体不自由児養護施設の名を、彼女は最初、弟といつも「泣いている子がいたら二人でやさしくしようね」と話していたのを思いだし、「きょうだい学園」とするつもりだったといいます。 でも、これではあまりにも私事に見えてしまうと思い、考え直しました。そして体の不自由な子が転んでも痛くないように砂丘の多い静岡県の浜岡に学園の場所を決めようとしたとき、そこに大きなねむの木があったので、「ねむの木学園」と名付けたといいます。
この花、なんか夢の世界のような感じがしませんか。名がおネムになったのは、夜に葉がおネムになり眠るように閉じて下がるからだと言いますが、親類のようなオジギソウは、もっとはっきりちょっと触るだけで葉を閉じるので、子どものころ面白くて何度も触ってみたことを思い出します。
いつも通る道にある家にも小さいですがねむの木があり、綺麗な花をつけていて羨ましく思っていたところです。軒先で失礼し、写真だけ撮らせていただきました。
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