No.1264 振られるパターン 投稿者:木器 投稿日:2023年07月06日 (木) 14時48分 [ 返信] |
前回の続きみたいなものですが、この「帚木」も「空蝉」も、男の振られるパターンを代表した名まえなんだと感心しました。
まず「帚木」は、坂上田村麻呂の玄孫・坂上是則の古歌「園原や伏屋に生ふる帚木のありとは見えて逢はぬ君かな」(園原の伏屋に生える箒木のように、確かに存在しているはずなのに、近くに行って逢うことはできない人であるよ)を踏まえた男の歌、
「帚木の心を知らで園原の道にあやなく惑ひぬるかな」(近づけば消えるという帚木のような、あなたの心も知らないで近づこうとして、園原への道に空しく迷ってしまったことです)
に対して、女が、
「数ならぬ伏屋に生ふる名の憂さにあるにもあらず消ゆる帚木」(しがない境遇に生きるわたしは情けのうございますから見えても触れられない帚木のようにあなたの前から姿を消すのです)
と答えるのですから、見事なふられっぷりです。
また「空蝉」に関しても、薄着一枚残して逃げてしまった女に対して、
「空蝉の身をかへてける木のもとになほ人がらのなつかしきかな」(あなたは蝉が殻を脱ぐように、衣を脱ぎ捨てて逃げ去っていったが、その木の下でやはりあなたの人柄が懐かしく思われますよ)
と男がぼやき、それに対して女はこういなしています。
「空蝉の羽に置く露の木隠れて忍び忍びに濡るる袖かな」(空蝉の羽に置く露が木に隠れて見えないようにわたしもひそかに、涙で袖を濡らしております)
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