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今日の誕生花――12月21日 ハッカ


今日の誕生花――12月22日 ヒャクニチソウ



写真:「帚木とすばる」(平岩祥平)

この12月7日、NHK長野「撮るしんSP2024――古木と星々写真の共演・
千年の時をこえた挑戦」という、興味深い番組が放映されました。

「もっと信州を知ろう。写真を撮ろう」という意味を込めて「知るしん」「撮るしん」
を展開し、選ばれた写真で来年のカレンダーを作ります。

その一環として今回の放映では、大河ドラマの源氏物語ゆかりの「帚木」と、
枕草子に出てくる「星はすばる」のすばるを共演させた写真への挑戦です。

阿智村園原にある帚木(ははきぎ)は、平安時代からの言い伝えで、
長い年月、箒(ほうき)のような樹形が見られたヒノキの木ですが、
昭和33年の台風で主要な樹形を失い、今は7メートルほどの古木の横に、
数メートルの若木が育っています。
(ほうきぎ=箒木はアカザ科のホウキグサ・コキアのこと)

この、かつての源氏物語・帚木を偲ばせる樹木の間から、
枕草子で称えられたすばるを撮った見事な写真(一番上)があります。
これを撮った写真家は、「紫式部と清少納言という組み合わせを考えたい」と、
「千年の時をこえた挑戦」を試みたわけです。

帚木の上空に輝くスバル・・・以前、写真家が撮影したもの。
*現在は、付近の木が大きくなり写真には写らないようです。


帚木


帚木・NO2




帚木の根本




星はスバル




帚木の近くにある神坂峠(東山道)あたりから見たすばる。


ちなみに枕草子のその部分の原文は次のようになっています。
「星は、すばる。彦星。夕づつ。よばひ星、すこしをかし。尾だになからましかば、まいて」
(星といえば、すばる。彦星。宵の明星。流れ星は、すこし趣がある。尻尾がなければなおいいのに)

すばるとは、おうし座のプレアデス星団のこと。オリオン座の左肩ペテルギウスから
おうし座のアルデバランという、いずれも赤っぽく目立つ2つの明るい星を結んだ、
その長さの半分ほど先に、キラキラと集まった6つほどの星が見えます。

彦星はわし座のアルタイル、宵の明星は金星です。
(彦星と天の川をはさむ織姫は、彦星から見てちょうど金星の反対側の位置)


ちょうど今の時期、12月中はこの金星、彦星、すばるが見えやすい時期だそうです。
とくに中旬には、それらをいっぺんに見ることができそうだといいます。

暗くなってすぐの18時ごろには南西の空に金星、西の空には彦星(アルタイル)
を見ることができ、振り返った東の空には、すでにプレアデス星団(すばる)が昇っています。

しかも、13~15日は「ふたご座流星群」の見ごろでもあるので、
3つに加えて流れ星(よばひ星)を見るチャンスもあるというわけです。
ただしこのころは月が満月に近くなり、しかも月の通り道がこのあたりなので、
かなり見えにくい恐れはあるということです。

しかし願ってもない源氏物語と枕草子の世界をつなぐ空の劇場を、
寒さをこらえて楽しむのもいいのではないでしょうか。



◆12月の壁紙カレンダー◆
 『美瑛町(旧)マイルドセブンの丘』
撮影は北海道の写真家 大柳雅資さん、提供は通販サイト「北国からの贈り物」です。
とある時期にだけ見られる光景。太陽の位置と白銀の雪原によって影が描き出されます。
※ここは私有地で地主の方の好意により見ることができます。
時折、私有地であることを理解の上、皆さんで楽しませて頂きましょう。

(PCのデスクトップ壁紙として使うには画面を右クリック、
「名前を付けて画像を保存」を選んで任意の場所に保存し、
保存されたファイルをまた右クリックして「デスクトップの背景として設定」をクリックする)

♪「八十路のデュエット」――ル・クプル・コーノ
♪クシコスポスト、♪トルコマーチ、♪荒城の月
♪「八十路のデュエット」2――ル・クプル・コーノ
♪ムーン・リバー、♪埴生の宿、♪旅愁
(上の下線部分をクリックしてください)

◆「日本最大の谷」=2大アルプスに挟まれた「伊那谷」◆

(写真上「中央アルプス」:柏雀。写真下「南アルプス」中「伊那谷・天竜峡」:平岩祥平)

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 「帚木とすばる」見ました!  投稿者:木器  投稿日:2024年12月21日 (土) 21時32分 [返信] No.2345

 今、平岩さんがトップ写真で見せてくれている「帚木とすばる」のNHK長野の番組が、おたぐりさん情報で12月19日のNHK総合11:30からの「ひるまえほっと」という番組で全国放映されたそうです。

 ということは、19日から1週間、26日まではNHK+で見られるということなので、先ほど見てみました。
 いやー、よくできた番組です。平岩さんが記録したくなった理由がわかりました。
 あらためて、帚木のこと、そしてそこにすばるを結び付けた写真の挑戦と画像を、テレビ画面で確認することができました。
 帚木の古木と、そのはるかかなたの樹間のすばるを収めた苦心の写真、やはりロマンがありきれいですね!
(写真は同番組より)


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 語りつぐ戦争 声 Voice 朝日・朝刊  投稿者:コーメイ  投稿日:2024年12月21日 (土) 16時57分 [返信] No.2344

読まれた方もおいでるかな?

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 農業立国の知恵ー5  投稿者:木器  投稿日:2024年12月21日 (土) 14時05分 [返信] No.2343

 この本では、このほか小泉先生の専門である発酵食品を中心に、これからの農業立国について数多くの提言をされ、我々の日々の食生活へのアドバイスもされています。

 最後に一つ、この本で非常に印象に残るお話がありました。

 それは、別の投稿でもちょっと触れたことですが、「農業を一生懸命やれば戦争がなくなる」という考え方です。
 これは小泉先生が、その言葉を言っているわけではないのですが、私が勝手に先生の父親のエピソードから感じたことなのです。

 そのエピソードを要約しながら引用すると……。

 太平洋戦争のとき、小泉先生の父親は軍人でした。
 会津若松に、両角部隊という有名な戦闘隊があったのですが、父親はそこの偉い人だったそうです。

 家は酒屋でしたが、父親は学校を出て酒屋に戻ってきた途端に、赤紙が来て兵隊に行ってしまいました。
 そしてすぐに偉くなり、部下を率いて中国の雲南省から国境を越えて、ビルマ(今のミャンマー)に入りました。そこで日本の母に手紙を書き、米と大豆を戦地に一俵ずつ送らせました。

 父親は食いしん坊だったので、その米で苗を作り、ミャンマーの山の中で部下と田んぼで稲を育てます。畦道に大豆を蒔いて……。
 すると田んぼにはご飯のもと、畦道には味噌汁のもとができます。
 つまり部下たちに戦争をさせないで、米を作り大豆を作り、ご飯とみそ汁で命をつなぎながら、ミャンマーの農家に、米がいっぱいとれる方法を教えたといいます。

 父親に率いられたこの部隊は、戦争に行ったのか、農業をするために行ったのかわからないようなことをやっていたというのですから、見つかったら軍法会議ものだったろうと言われます。
 このことは、戦後、帰還したこの部隊の兵隊が書いた作文集の中に出ています。

「小泉隊長はものすごい人だった。戦争に行ったのに戦わないで農業をさせてくれた。おかげで我々は飢えなかったし、戦争の恐怖を知らなかった。ミャンマーの人たちに日本式の農業も教えることができた」

 先生に物心がつく、小学校の2年生くらいのとき、父が「おまえ日本人になりきって生きろよ。日本人になりきって育てよ」と言うのです。
「日本人になりきって生きろ」と言われても、何をすればいいのかよく分からなかった小泉少年は、食べることが好きだから、「おれは日本食以外は食べない」と言って、ずっと和食を食べてきたそうです。

 あの戦争中に本当にこんなことがありえたのか、「おとぎ話」のようにも思えますが、もしかしたらここには意外な真実が、それも世界中の知恵者も忘れていた人間の生命維持の原則に基づく、大いなる知恵が秘められているのではないかと思ったのです。

 つまり、人類はもっと農業に一生懸命になれば、生き残りをかけた紛争や戦争を止められるのではないか。
 平和な農業に打ち込んで生きる道を探せば、戦争などやらずに済む、いや戦争などやっていられなくなる、そんな「おとぎ話」のようなことは、期待しても無駄なのでしょうか。

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 農業立国の知恵ー4  投稿者:木器  投稿日:2024年12月21日 (土) 13時23分 [返信] No.2342

 この小泉方式が、単なる夢物語でないことは、先生が教える大学などでこのアイデアを紹介し、学生の反応を見てもわかるそうです。彼らの示す関心が、並々ならぬものだというのです。

「平均年齢67歳のお年寄りが作った米、野菜を、君らは口を開けて待つだけでいいの?」
 と問いかけ、「この方式なら農家に行くという人は?」と聞くと、8割が手を挙げるといいます。
 この中から将来、農家になったり、その町に住み着く人も出てくるでしょう。

 そこで先生はこの学生たちだけでなく、全国の若者に呼びかけます。
「日本の若者よ! 農業にもっともっと目を向けよう。とくに、発酵食品や微生物に注目することで、六次化など収益を上げる可能性はまだまだありますから」

 で、この「六次化」についてですが、すでに始めているこの方式が、とてもいい方向に行っているといいます。
 例えば、大分県の例では、麦農家が麦を作り、その麦で自分のうちでうどんを作る。パン職人を集めてきて、自分の家でパンを焼く。それを町に持っていって、うどんなりパンを売る。またはうどん屋を開く。これを称して「六次」産業というのですが、それは次のうな理由によります。

 まず、農業というのは一次産業です。それを加工してうどんにする、パンにするというのは二次産業、自分でそれを売るというのは三次産業です。これを足すと、一+二+三=六で六次産業になります。
 これをやると、付加価値が付く機会が多く、飛躍的に農家にお金が入ってくるというのです。

 小泉先生は、この構想のアイデアだけでなく、実践方法を構築してきて、今中心でやっているのは山梨県と熊本県と北海道と福島県の四か所です。
 実際に、山梨県の場合には、これで1年間の農家の収入が、350万円くらい増えたそうです。

 まえにも書いたように、農家にお金が入ってくると農家に若い人たちがいっぱい来るようになります。
 そういうふうにして、これからいかに若い農業力を作っていくか、ということがとても大切だと、小泉先生は『酸っぱいは元気のもと』という本の中で強調されています。

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 農業立国の知恵ー3  投稿者:木器  投稿日:2024年12月21日 (土) 11時35分 [返信] No.2341

 歌だの星だの雪だのの話が続いて、農業立国の続きが遅れました。

 農業が大事ということは、誰しもが思っているでしょうが、小泉先生は中でも農業を「生命維持産業」と名付けてその重要性を再認識させようとしています。

「医者や病院は、生命維持のための職業ではありますが、お医者さんより農家の方が偉いのです。なぜかといえば、お医者さんだって農家の作物を食べなければ生きていけないからです。だから農業は、生命維持産業の根源だということを我々は認識するべきだと思います。農家があって我々が生きているのです」

 国民の生命維持産業は、医療よりも農業だからこそ、「六次化」など収益を上げるテコ入れが必要だと言うのです。

 先生は、全国地産地消推進協議会という農林水産省がやっている会の会長をしていました。そこでたったの1パーセントの自給率を上げるのに、10年かかったそうです。
 日本の食料自給率は40パーセント前後だから、60パーセントの食べ物は海外に依存しています。

 しかし、それも難しくなってきました。自給率が非常に高かったイギリスが低下し始め、フランスもアメリカもものすごく低下しています。オーストラリアは、多いときは200パーセントを超えることすらありましたが、今は120パーセントくらいだそうです。

 その原因は世界的な異常気象にあります。これは日本にとってもすごく深刻です。日本に食料を輸出している国がそのうち輸出できなくなったら、日本人は何とか自分たちで食料を生み出さねば食べていけません。日本には1億2000万人もいるのです。

 まさに生命維持産業である農業を復活させなければ、日本人の生命が維持されなくなってしまいます。
 しかし、そのためにはその大事な生命維持産業の担い手が、十分にいなくてはなりません。
 日本の農家で働いている人の平均年齢、就農平均年齢が67歳、若い人がほとんどいないのです。

 そこで先生が提案しているのが、18~25歳の若者を全国500市町村の農家に50人ずつ、計2万5千人を2年程度派遣する就農制度です。

 大学生の場合、国が年間授業料・交通費・日当を支給し、かかる予算は1人年間85万円。
 会社員なら月給補填・交通費で1人年間155万円、これを国に出してもらいます。

 大学生と会社員を半々で派遣するなら、年間3百億円で2万5千人の若い農業人が増やせるのです。
 となれば、日当を上乗せする自治体も出てくるのではないでしょうか。

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 南信州新聞記事(12/19)  投稿者:ひらいわ  投稿日:2024年12月21日 (土) 08時05分 [返信] No.2340



*竜東地区(下久堅、龍江、千代、喬木村、等)では、
江戸時代から昭和30年頃まで副業として和紙が生産されていた。

*今週、NHKテレビ番組でも放映されました。(朝7時ニュース)






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 北へ(2)  投稿者:木器  投稿日:2024年12月20日 (金) 15時13分 [返信] No.2339

 こうのさんのタイトルを見て、おーっ、小林旭の歌か、と思いましたが、それを含めてなんでしょうね、この北の大地、自然や農に向けての思い……。
 いいなー、この自然な飯田弁でにじみ出てくる、こうのさんの切なる思い。

 歌の「北へ」は、このあいだ、飯田の弟夫婦と歌ったとき、2人とも「この歌知らんなー、初めて聞くにー」と言ったのには驚きました。
「熱き思いに」と並んで、小林旭のいい歌だと思うのですが、「熱き思いに」は知っとるけどなー、ということでした。

 うちの妻も、知らない、それより「北帰行」だったら知ってるから歌ったら? と言われましたが、あまりにも「北へ、北へ」と流れてしまうのでやめました。

 北海道の地名がぞろぞろ出てくる「旅の終わりに」も歌わなくちゃならないし……。そうそう、「襟裳岬」も北海道でした。

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 北へ  投稿者:こうの  投稿日:2024年12月20日 (金) 09時57分 [返信] No.2338

田舎里じゃぁ
初雪といえれん、二つ、みっつの
はぐれこな雪が舞っとるだけなんだにィ

障子あけると、強烈な朝日がまぶしい、 濃-い霧が消えたあと、
谷里に、おもいっきり、おもいっきり、、の自然が

生、いのちをあたえてもらって、なげ-のに、人間て、知恵がねぇなぁ

自然を、でぇじに、なんで、なんで
できんのずらか、なぁ

そうかな
北海道の空、
クラ-クさんの農意識も、お百姓さまも変わらんで、って
思うよ

雪と、
カラッ、深い青い空に、、、

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 クリスマス・コンチェルト  投稿者:木器  投稿日:2024年12月20日 (金) 08時42分 [返信] No.2337

 ポインセチアの短日処理を断念されたという chie-nie さん。それは表題どおり断念・残念でした。
 でも、窓からでいいですから北海道の雪景色を写真で見せてほしいですね。
 地元では珍しくもない景色でも、遠い我々にはめったに見られない貴重な景色ですので……。

 たしかに今年も残り少ないこの時期、別にクリスチャンでもないので、クリスマスだから特別にどうということもないのですが、昔からプレゼントにしろ何にしろ、これにかこつけて楽しいことがあればそれでいいとばかり、飲み会でも音楽でも楽しんできました。

 とくに音楽は、西洋文化の一つの集約がクリスマス音楽にあるかもしれないし、聞いて楽しい、いい曲が多いと思います。
 親しまれている「聖夜」はその筆頭でしょうし、「もろびとこぞりて」や「牧人ひつじを」など讃美歌の中でも「荒野の果てに」は、全然違うドラマ必殺シリーズのテーマと同じタイトル(「荒野」の読みは必殺では「こうや」、讃美歌では「あらの」)で、両方好きだからおかしくなりそうですが……。

 そうしたよく聞かれる曲のほかに、「クリスマス・コンチェルト」と呼ばれるコレッリの曲がありますよね。
 とても気に入っていて、普段は忘れていますが、この時期になり街にジングルベルが流れるのを聞くと思い出します。

 最初に2分足らずですが、ちょっと退屈な序奏のようなものがあった後、軽快なリズムの弦の合奏が心地よく進みます。
 https://youtu.be/I8gl1...
 クリスマスとは関係なくても、一聴に値すると思い挙げてみました。

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 残念・断念  投稿者:chie-nie  投稿日:2024年12月19日 (木) 23時35分 [返信] No.2336

 しばらくです。今日は東京でも初雪だったとか。

 こちらはここのところ毎日のように降ったりやんだりの繰り返しですが、そこまで大雪ではないし除雪が進んでいるので、今のところ不便はありません。これまでは滑って転んでもケガまではいかないですんでいましたが、この年齢になるとさすがに不安、外に出るときはその日の道路状況(大げさですが!)に合わせて履物を念入りにチョイスしております。歩き方は悪いけど杖はいらないヨ。

 ここのところずっと、曇りがち、雪、の予報ばかり聴いています。吹雪を含めた雪の日と、カラッと晴れた日との大きな差がこちらの冬の魅力の一つだったと思うのですが、最近は曇りがちの日が多くて、深い青の空がなかなか見られません。海水温の上昇で水蒸気が上がるのが雲の多い原因の一つかもしれませんね。

 だいぶ前に書いたポインセチアの短日処理は結局断念しました。始めた時期が遅かったためか茎の部分がわずかに色が変わってきた程度から先に進まないし、かぶせるために準備した箱がちょっと小さくて葉の広がりを邪魔してしまいそうだったので。残念! 花屋さんにはきれいな鉢が並んでいますが、今年は買わないでおこうかな。

 思った以上に今年が残り少なくなっていて、例年通りあわてています。毎日何をしているのかしらん。
 どうぞお元気でお過ごしくださいますように。

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 温暖化でなごり雪は?  投稿者:木器  投稿日:2024年12月19日 (木) 13時52分 [返信] No.2335

 昨日の投稿で、「なごり雪」という歌を取り入れた短歌が、俵万智さんに評価されていることを書きました。
 ちょっと再現すると、こういうことです。

*「東京で見る雪はこれが最後ね」といつかつぶやく温暖化にて (東京都 武藤義哉。俵万智選)
【評】ヒット曲「なごり雪」の一節を引きながら、思いがけない展開だ。本歌取りの変種のような技巧で、ドキッとさせられる。

 あとで「はて?」と考え直しました。温暖化ではたして雪は減るのだろうか。温暖化のせいで、東京で見る雪はこれで最後になることはあるのか、ということです。
 地球の温暖化が言われて久しいですが、その間に「記録的豪雪、観測史上初めての降雪」といった気象現象がしばしば襲っていることを思い出します。

 かつての はりまの shioz さんなら、そのダブル・ボックス・コーナー・ピッキングで同じ疑問を呈したのでは?と懐かしく思い出しました。

 そこでまた、最近お世話になりっぱなしの生成AIさんに聞いてみました。このところ Google Gemini さんのほうが丁寧なような気がするので、今日もそちらにお聞きしてみた結果です。
 宮崎の台風13号さん、専門家のお立場からいかがでしょう。このAIさんの答えは……。

 ◆質問:地球温暖化の影響で、雪は増えるのでしょうか減るのでしょうか。単純に温暖化と考えると地球の温度が上がり雪や氷は減るように思えるのですが、逆に最近の気象を見ているとだんだん雪がひどくなっているような気もします。
 
 ◆Gemini:
 地球温暖化と雪の関係は複雑で、単純に「温暖化だから雪が減る」とは言い切れません。ご指摘の通り、最近の気象で雪がひどくなっていると感じるのも、温暖化が影響している可能性があります。

 結論から言うと、地球温暖化が進むと、全体的な降雪量は減少する傾向にありますが、短時間に集中的に降る大雪(ドカ雪)は増加すると予測されています。

 以下、詳しく説明します。

1. 全体的な降雪量の減少

 温暖化により気温が上昇すると、雪が降る時期が遅くなったり、早く終わったりするため、雪が降る期間が短くなります。
 また、気温が高いと雨になる場合が増えるため、雪として降る量が減ります。
 これらの理由から、一冬に降る雪の総量は減少すると考えられています。

2. 大雪(ドカ雪)の増加

 温暖化により海水温が上昇すると、海から蒸発する水蒸気の量が増え、大気中の水蒸気量も増加します。
 気温が高いほど空気中に含むことができる水蒸気の量も増えるため、雪雲が発達しやすくなり、短時間に大量の雪が降ることがあります。
 特に、気温が氷点に近い状態(雨と雪の境目くらいの気温)で大雪になりやすいと言われています。
 つまり、温暖化が進むと、雪が降る頻度は減るものの、降る時にはドカッと大雪になるという傾向が強まる可能性があるのです。

 その他の要因

 地域によって降雪量の変化は異なり、北海道など一部地域では厳冬期の降雪量が増加すると予測されています。
 大気中の水蒸気量だけでなく、大気の流れや気圧配置など、様々な要因が降雪に影響を与えています。

 まとめ

 地球温暖化は、雪の降り方にも大きな影響を与えています。全体的な降雪量は減少傾向にあるものの、大雪のリスクは高まっており、注意が必要です。

 参考資料として、検索結果からいくつか有用な情報を以下にまとめます。

 温暖化で変わる「100年後の北陸の冬」: https://h-genkon.jp/hokugenkon-park/libra...
【後編】温暖化でドカ雪増加? 未来の雪の降り方とは: https://www.magazine.mlit.go.jp/interview/vol41...
 地球温暖化で変わる日本の雪: https://www.metsoc.jp/default/wp-co...
 これらの情報も参考に、地球温暖化と雪の関係について理解を深めていただければ幸いです。

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 「なごり雪」異聞  投稿者:木器  投稿日:2024年12月18日 (水) 17時44分 [返信] No.2334

 16日の月曜日、田舎から疲れて帰り、BS日テレの「こころの歌」を聞かないまま寝てしまいました。
 昨日、録画を聞いてみましたが、「旅路」というテーマにふさわしいいい歌がありました。

 もちろんこのテーマだったら、これもあれも聞きたかったという歌ばかりですが、やはりなじみの「なごり雪」と「あずさ2号」「いい日旅立ち」あたり、そしてドラマのある名曲でしょーねこれは、と言いたくなる奥村チヨの「終着駅」、やはりいいですねー。

「旅人よ」「高原列車は行く」「北帰行」「旅の終わりに」、唱歌「旅愁」など出るかなと思いましたが、1時間足らずでは無理でしょうね。延長ありの3時間カラオケとは違うんですから。

 ところで、聞き終わった「なごり雪」を口ずさんでいたら、今週の新聞歌壇にこんな歌が載りました。

*「東京で見る雪はこれが最後ね」といつかつぶやく温暖化にて (東京都 武藤義哉。俵万智選)
【評】ヒット曲「なごり雪」の一節を引きながら、思いがけない展開だ。本歌取りの変種のような技巧で、ドキッとさせられる。

「なごり雪」の印象的な歌詞が、こんなアングルで捉えられるとは驚きでしたが、それほど昨今の世界はのっぴきならない状態になっているということでしょう。

 ほかの歌や句にもそれは表れていました。災害や病や飢えで生きようにも生きられない人がいる一方で、なんとか人と人が殺しあうことだけはやめる知恵はないものなのかと……。

*ドローンで許す心と愛運び空から撒いていくさ止めてよ (奈良県 山本悦子。黒瀬珂瀾選)

*車座は平和の形にごり酒 (茅ヶ崎市 清水呑舟。高野ムツオ選)
【評】夜なら座敷、昼なら庭先。農業に勤(いそ)しむ仲間の一人が手に入れたにごり酒を傾ける。輪になって座れば、同じ苦労を経た顔ばかり。

 あと突然話変わってすみませんが、先日眺めていた星の世界がらみで、哲学的なにおいのする句に心惹かれました。

*蒼ければ無に近づいて冬の星 (宍粟市 宗平 圭司。正木ゆう子選)
【評】実際には青い星は若く、赤い星は老いているらしい。しかし無に近づくとはもっと感覚的な印象だろう。仰ぐ星は、青いシリウスか。

*眼おとろえシリウスだけの夜の空 (新座市 洞口英夫。同上)

 シリウスっていうのは、たしかになにか不気味なほどの明るさと大きさと白さが気になる星です。

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 コーメイ史  投稿者:木器  投稿日:2024年12月18日 (水) 07時16分 [返信] No.2333

 そうだったんですね、コーメイさん。そのような思い出があれば、さぞかしこの空撮映像には感慨深いものがあったでしょう。

 と同時に私個人としても、コーメイさんの人間史の一端を知ることができ、また一段と親しみと敬愛の念を深められる機会にもなるなーと思いました。

 いいですねー、こうしてその人の人となりの源を辿れるのは。
 読まれた皆さんも、これを好機として何かの折りに、ご自分の歴史を語ってくださるとありがたいですね。

 私のように何でもかでも、恥ずかしげもなく晒しだすまではどうかとおもいますが。我ながら、、、。

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 中日新聞記事 2  投稿者:コーメイ  投稿日:2024年12月17日 (火) 21時32分 [返信] No.2332

 飯田西中学校の話題は一先ずおかせていただいて、小生、この航空写真を特別な思いで拝見しました。

 写真では、西中校舎の後ろに幾つかの緑色の屋根が並んでいますが、これは、県営住宅で、高校時代、我らG組担任の高野 進先生が住まわれておりました。その一番山側の緑屋根の建物近くに電柱がみえますが、更にその右側にある電柱の所は、空地になっていて、よく見ると、白い乗用車が駐車しています。ここが我が住家のあった場所です。母親の死後、近所の方にお譲りしました。

 ここへ来る前は、箕瀬で、東中に通っていましたが、三年の5月、就学旅行は、箕瀬から出、帰ったのは、ここ滝ノ沢でした。旅行中に引越していたのです。

 西中グランドと浄水場の間の急な坂道を下り、左折して、白山神社前を通り、今宮を通過して、東中へ自転車で通いました。すぐ近くに西中があるのに、何故転校しなかったか、そのあたりの事情は、よく判りません。
 飯田高校へも自転車通学でしたが、この時は、砂払い経由、市内を通過して上郷へと通いました。

 浪人中、三六災で、風越山が崩れるという噂がたち、箕瀬の親戚に避難しましたが、床下浸水はしたものの、大事に至らずすみました。その10月、父親が亡くなり、母親、弟、妹を残し、単身上京し、伯父の家に居候したのが、19歳のときでした。

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 中日新聞記事  投稿者:ひらいわ  投稿日:2024年12月17日 (火) 16時27分 [返信] No.2331



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 熊谷元一さんの教え子  投稿者:ひらいわ  投稿日:2024年12月17日 (火) 16時24分 [返信] No.2330

*写真の女性(原佐代子さん)は、北原明倫さんの妹です。
*彼女は、神温泉郷の熊谷元一写真童画館でボランティアをしていて会った記憶があります。


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 車窓から  投稿者:木器  投稿日:2024年12月17日 (火) 08時58分 [返信] No.2329

 14日から16日まで田舎のログハウスの修繕を見に行ってきましたが、往路も帰路も伊那谷は雲のためアルプスが見えなくて残念でした。
 帰りは笹子トンネルを抜けてからは晴れていて、富士山と甲斐駒がよく見えました。

 15日夕方からは、まさに正気の沙汰ではありませんでした。なんと弟夫婦と歌い狂い、3時間予約でも足りなくて1時間延長。うちの妻はほとほとあきれ果てていました。

 帰りのバスに届いたラインでも、「アー楽しかった、4時間でもまだ足りんナー。まだまだあるに、歌いたい歌♪」だそうですから、私などまだましなほうです。

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 平安人と星  投稿者:木器  投稿日:2024年12月15日 (日) 15時20分 [返信] No.2328

 毎回、平岩さんのトップページには感心させられますが、今回はまたちょっと趣の変わった深みのあるページでした。

 それにしても平安人って、みんなこんなによく星を見ていたんでしょうか。
 すばるなんて現代のわれわれは、それと言われて注意して見ないと発見できません。

 ま、現代より空は澄んでいたでしょうし、星の光を邪魔する余計な灯りも少なかったでしょう。
 それに夜になると、テレビやスマホ、パソコンのように眺めるものとてない暗闇の生活ですから、勢い空のドラマに目が行ったとも思われます。

 まえにも触れましたが、次の歌など、月見や花見より「星見」に意味や興趣を感じたらしい平安人の姿が浮かんできて驚かされました。

「月をこそ眺め慣れしか星の夜の深きあはれを今宵知りぬる」
            (建礼門院右京大夫『建礼門院右京大夫集』)

 千年の隔たりと時間の経過の中で、人間を取り巻く文明の姿は様変わりしていますが、その心の中身は、進歩するどころか退化してしてしまっていますよね。

 小泉先生の話を聞いていても、戦争をなくすにはもっと農業を一生懸命やればいい、と思えてきます。
 もっと言えば、夜になったら星を眺めて暮らす「貧しさ」を世界中の人がよしとするなら、戦争は起きないということではないでしょうか。

 だけど、この「貧しさ」が嫌なんですよね、きっと、人類は……。

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 農業立国の知恵ー2  投稿者:木器  投稿日:2024年12月13日 (金) 13時54分 [返信] No.2327

 小泉武夫先生の『酸っぱいは元気のもと』という本の狙いは、
「失敗を恐れず、酸っぱい発酵食品と農業で日本と自分を元気にしましょう」
 ということでしたから、単に「元気」というより大きな目的がありました。

 ま、個人的な心身の元気だけでなく、国やその国を根本で支える農業の元気を含みますから、この題名でもよかったのでしょうが、私個人としてはもともとのことわざに近い「酸っぱいは成功の母」のほうが……と思ったのでした。

 そんな余談はさておき、小泉先生の最終的なモットーは、ズバリ「日本の生命維持産業は、日本流の六次化自給農業」というところにあります。

 もちろん、とはいえ一気にそこまで行くわけにはいきませんので、まずはそれを担う人づくり、農の基本である土地づくりについて、いくつものすぐできるアイデアから実行していこうというのです。

 たとえば、亡くなった俳優の菅原文太と組んで始めた農業塾というのもその一つでした。
 小泉先生が、「農業の基本は土作り。大地の力を次の世代の種に残していくのが農業だ」と話すと、文太さんは、「人の暮らしも土にしっかり足をつけていないと、人間が弱々しくなる」と熱く語り、実際に山梨県の北杜市に作った農園からは、住み込みで2年間じっくり農業の厳しさ楽しさを学んだ、何人ものたくましい若者が育っていったといいます。
 
 その農園でも、土地づくりを指導しながら先生が力説したのは、「日本農業が生きる道は付加価値の向上しかない」という持論でした。
 工業製品でも何でも、付加価値を上げることで利益率が上がるのは、農業でも同じことです。
 そして、収入が増えれば後継者ができ、お嫁さんも来て、子供の元気な声が響く町になるではないか、と先生は繰り返し言っています。

 その具体的な実行として、若者がもっと土に触れ、食料を作る体験を増やすことが、当たり前のようでも農業の再生にはもっとも重要であるとして、そのための計画を進めました。(つづく)

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 柿モミ機の動作  投稿者:木器  投稿日:2024年12月13日 (金) 09時15分 [返信] No.2326

 伊澤さんが教えてくれた柿モミ機のモデルと違うかもしれませんが、ミツワのKH-12型の動作動画がありました。
 これです。https://youtu.be/9A_vb...
 こちらはKH-15型で蓋がありません。https://youtu.be/gusgp...

 これを見ると、柿を入れたドラムが、単に回転しているだけのように見えますが、これで揉み効果は十分出るわけですね。
 特段、柿の実に圧をかけなくても、柿自体の重みと遠心力を受けた転がりで揉み効果が出るということでしょうか。
 コンテナ型というのもあるようですが、これは単にコンテナの振動で揺らすだけのようですから、ドラムのほうが遠心力での揉み効果が出やすいように思えました。
 いかがでしょう。仕上がりには、あまり差は出ませんか?

 ドラムに柿を入れるときはもちろん手動ですが、出すときは蓋を開けたドラムを下に傾けて回すだけで、柿が箕の上におもしろいように転げて出てくるのに感心しました。

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