知識は力なり

「歴史とは、現在と過去との絶え間ない対話である」
(An unending dialogue between the present and the past.)


現在と過去の出来事とのつながり、
そして今後の未来で何が起こるのか?
世界情勢はどこへ向かっていくのか?


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[742]

題名:日本と台湾を襲った大地震

名前:John Wick

◇k8CEMMB/ao
MAIL 投稿日: 2024/04/11(木) 21:43 2607:740:5e:3000:f3e6:e175:b9c1:8723(IPv6:) (2607:740:5e:3000:f3e6:e175:b9c1:8723)


1999年9月21日。

台湾中部でマグニチュード7.7を観測する
大規模な地震が発生しました。

死者は2415人にのぼり、
1万1000人以上が負傷するなど

台湾にとって
かつてないほどの大災害で
台湾人は非常に大きなショックを受けました。

そんな中、
真っ先に駆けつけてくれたのが
日本の救援隊だったのです。

これだけでも台湾人にとって
大きな勇気になったのですが…

日本の支援は
救援隊や支援金だけでは
ありませんでした。

なんと、約3,000人もの
日本人の若者がボランティアとして
台湾に駆けつけてくれたのです。

遺体の運搬なども含まれていた
ボランティアの仕事…

そんな仕事をも一緒にしてくれた日本人に
台湾人はものすごく感謝しているのです。

その後、2011年3月に
東日本大震災が発生しました。

このとき、
台湾の救援隊は真っ先に
日本に駆けつけました。

この救援隊は
日本政府の「中国への配慮」により
入国拒否されてしまいましたが、
それでも台湾人はめげません。

民間からは約250億円の支援金が集まり、
台湾の町中には「日本のために祈ります」
という日本語の張り紙が溢れかえりました。

台湾人にとってこの支援は
かつての大地震で助けてくれた
日本に対する精一杯の恩返しだったのです。


▼中国による「台湾産パイナップル」の輸入禁止

日本人は災害以外でも
様々な場面で台湾に
手を差し伸べてくれました。

例えば、2021年に中国が
台湾産パイナップルの輸入を
禁止したということがありました。

輸入禁止にした理由は
中国に対抗する蔡英文政権への
不満だったとされています。

台湾のほとんどの農産物は
その9割が中国に輸出されている状況…

これだけ依存していた
中国への輸出ができなくなり、
台湾の農家は窮地に立たされました。

そんなピンチに
手を差し伸べてくれたのが
日本だったのです。

日本の大手スーパーが
台湾産パイナップルの取扱量を増やし、
SNS上では台湾産パイナップルを応援しよう
という動きが広まりました。

これにより日本への輸出量が
8倍以上に増加し、
そのシェアは徐々に定着しつつあります。


▼日本と台湾の情のつながり

台湾人と日本人の行動は
非常に似ています。

どこかで災難があれば、
自分の災難であるかのように行動する。

みんなが一生懸命、
被災した人たちを助けたいと救援物資を送って、
ボランティア活動をするのです。

災害は台湾も日本も
避けては通れない課題です。

しかし、災害によって
我々がさらに結束する場合もあります。

台湾人はこれまでの災害・災難で
真の友とは誰なのかを
強く実感してきました。

台湾がピンチの時、日本人がいつも
いち早く手を差し伸べてくれた
ということを台湾人はわかっています。

やはり日本人は情に深いですし、
多くの台湾人は
日本人への恩義を忘れません。




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