[5969] 題名:善人が悪知識に墜されるプロセス
名前:桃太郎
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投稿日:
2023/09/25(月) 01:00
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善人が悪知識に墜されるプロセスを御書には明確に説かれてある。
重要な事なので先生の指導を絡めながら紹介しておく。
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「悪知識というのは、甘い言葉で語り、偽り媚び、言葉巧みに愚かな人の心と取って、善心を破る」(新編御書7P)
味方のような顔をして近づき信心を破る、言葉巧みに何とか退転させようとする。それが「悪知識」である。
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御聖訓には「どんな善人であっても、悪知識に親しみ近づけば悪に染められてしまう。
」ことが何度も強調されている。たとえば「どんなに自分は正直に身を律して、世間に於いても賢人の名を得ようと思っても、悪人に親しみ近づけば自然と十度の内、二度、三度と悪人の教えに従うようになり、そうやって最後は悪人になってしまう。」(同1341P)
「若し誹謗の者には共住すべからず、若し親近し共住せば即ち阿鼻獄に趣かん」と禁め給ふ是なり。 いかに我が身は正直にして、世間出世の賢人の名をとらんと存ずれども、悪人に親近すれば、自然に十度に二度三度其の教に随ひ以て行くほどに、終に悪人になるなり。 (最蓮房御書)
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大聖人が仰せの通りのかけがえのない「善知識」とは-。
それは、みなさんのお父さんお母さんが懸命につくりあげてきた、わが創価学会である。そのことを決して忘れてはならない。(中略)
このほか(他の団体)は絶対にない。尊貴なる世界を皆さんは全力で守って頂きたい。
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「もし菩薩がいて、悪人(悪知識)をかばい、その悪を罰する事ができず、そのためかえって悪を増長させ、善人を悩ませ、正法を壊してしまうならば、その人は実は菩薩ではない、この者は、常に外に向かっては人を偽り侮って常にこう言うであろう「私は堪え忍んでいるのです」と。」(P1374)
「法華経を行ぜざれば魔王親のおもひをなして人間につきて其の人をもてなし供養す」
先生や学会に愚癡や怨嫉を抱く者に対して魔王は親の思いをなし大いに誉め、もてなすと言うのである。