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[5192]

題名:牧口先生は本当に強く優しい人

名前:桃太郎

MAIL 投稿日: 2023/07/19(水) 16:30 softbank060087217009.bbtec.net (60.87.217.9)

>1億人を強姦・虐殺した毛・周恩来も立派な人格者ですね。

毛が人格者など一言も言ってはいない。
何か妄想癖でもあるのかね?

まっどーでもいいや。表面だけでしか物事を見られない人間は本質を理解できない。

********<「青春対話」より抜粋>

戸田先生は、だれよりも「強い人」だった。そして限りなく「優しい人」でした。どんな貧しき庶民にも、渾身の慈愛を注いでおられた。
その戸田先生が、「この人こそ」と感動したのが牧口先生です。牧口先生も「強く」そして「優しい」人だった。
(以下、牧口初代会長のエピソードは『牧口常三郎』聖教新聞社を参照)


北海道で教師をされていた時は、雪が降る日など、生徒が登校してくるのを迎えに行き、下校の時には送っていかれた。体の弱い子が皆に遅れないように気をつけながら、小さな生徒は背中におぶって、大きな生徒は手を引いて。
また、お湯をわかして、子どものあかぎれだらけの手をとり、お湯の中に静かに入れてあげた。「どうだ、気持ちがいいか」「うん、ちょっと痛いけど」――本当に美しい情景です。
牧口先生は、東京に来られてからも名校長として有名だったが、権力のある者に、へつらわないものだから、いつもにらまれていた。それで、いつも迫害を受け、左遷です。

貧しい家の子どもだけが集まる小学校(三笠小学校)に赴任した時もある。雨が降っても、傘もない子が、たくさんいるほどの貧しさだった。
牧口先生は、弁当を持ってこられない生徒のために、自腹を切って、豆もちや食事を用意した。ご自分も八人の大家族を抱えて大変だったころです。
日本で学校給食が始まる十何年も前のことでした。しかも先生は、子どもたちの気持ちが傷つかないように、用意した食事を用務員室に置いて、皆が自由にもっていけるようにしたのです。

 ―― 教員室に置いていたら、皆、来にくいし、教室に置いていたら、友だちの手前、恥ずかしい人もいるだろうし……。こまやかな心づかいですね。

優しい牧口先生は、「子どもたちの幸福のためなら、何でもしよう」という心だった。
個性を殺す「詰め込み教育」などで苦しむ子どもたちを思うと、何とか救ってやりたいと「気が狂いそうなほど」だったと書き残されている。
(『創価教育学体系』緒言、参照)

また、子どもたちのためなら、どんな権力者とも一歩も引かなかった。「怒り」をもって戦われた。
当時、絶大の権威をもっていた「視学」(旧制度の地方教育行政官。学校の視察および教育指導を行った)に対して、いたずらに教育を画一化させるとして「視学無用論」を堂々と主張したほどです。

だから、権力ににらまれた。だから、民衆には慕われた。牧口先生が学校を変わるとなると、生徒は泣き出し、父母から教職員まで、先生を慕って、すすり泣くほどだったという。

そして牧口先生は、最後は軍国主義に抵抗して獄死です。先生は、我が身はどうなろうとも、民衆を不幸にする軍国主義は許せなかった。間違った思想は許せなかった。

優しさは、悪に対しても強い。仏法では、「怒り」は善にも悪にも通ずると説いている。善のための怒りは必要なことです。
自分の感情だけで怒るのは畜生の心です。人間は偉大であるほど、その愛も大きい。愛が大きいから強いのです。優しいのです。




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