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「ところが、事態は思わぬ展開を遂げることになる。
伸一とケネディとの会見は、先方の要請もあり、極めて密かに準備を進めて来たが、
伸一が海外訪問から帰った時には、渡航手続きなどの関係からか、外部の知るところとなっていた。
そして、政権政党の大物といわれている古老の代議士が、突然、伸一に会見を求めて来たのである。
伸一は、無下に断っては失礼であると考え、会見に応じることにし、彼の方から出向いていった。
代議士は、あいさつもそこそこに、横柄な馴れ馴れしい口調で語り始めた。」
「 伸一は黙って聞いていたが、彼の頭は目まぐるしく回転していた。
――この代議士の狙いは明らかだ。
私に恩を着せ、それを糸口に、学会を政治的に利用しようというのであろう。
政治権力の薄汚れた手で、
この純粋な学会の世界が掻き回されるようなことは、絶対に避けなければならない。
しかし、この政治家の意向を無視すれば、ケネディ大統領との会見をつぶしにかかるだろう。
そうして自分たちの力を見せつけ、勝ち誇ったように、
何度でも、自分の軍門に下れと言って来るにちがいない。
彼らに付け入る隙など、与えてなるものか!
そのためには、残念ではあるが、この際、ケネディ大統領との会見は取り止めるしかない。
守るべきは学会である。」
『山本伸一は、代議士の話が一段落すると、微笑を浮かべて、しかし、きっぱりと言った。
「お話の趣旨はよくわかりました。あなた方のご意向を尊重いたします。
ケネディ大統領との会見の話は、なかったことにいたしましょう。すべて中止します。
またの機会を待つことにしましょう」
伸一の回答は、あまりにも予想外であったのであろう。狼狽したのは、代議士の方であった。
「会見は中止にする?し、しかし、そんなことをして、この機会を逃してしまえばだね……」
伸一は、相手の言葉を遮って言った。
「私は、皆さんのお力をお借りして、大統領とお会いするつもりは、毛頭ありません。
それでは、話が違ってきます。
また、アメリカの大統領と会って、箔をつけようなどという卑しい考えも、私には全くありません。
それが政治家の方々の考え方なのかもしれませんが、甚だしい勘違いです。
私がケネディ大統領とお会いしようとしたのは、人類の平和への流れをつくりたかったからです。
東西両陣営の対話の道を開きたいからです。
そして、それが日本の国のためにもなると考えているからです。
私は、誠実には、大誠実をもって応えます。傲慢には、力をもって応えます。
邪悪には、正義をもって戦います。それが私の信条であり、信念です」 』