[438] 題名:シンタ 名前:織田信長 投稿日:2025年07月17日 (木) 12時43分 通報
シュンタが交通事故で亡くなり、一年が経っていた。
今だにシンタはショックから立ち直れないでいる。
だけど傍から見れば以前となんら変わりのない気な人に見えるだろう。
それは、シンタの中では全てが以前のままだからだ。
シンタ「なに言ってるんだよ夏実、シュンタならここにいるじゃない」
ボロボロになった縫いぐるみを抱いた彼は、それを親友だと信じているのだった。
夏実「何言ってるのよシンタくん、しっかりしてよ・・・・・・」
シンタ「僕はしっかりしてるじゃない、お前こそ顔色悪いよ、ねえシュンタ」
シンタは同意を求めるように腕の中の縫いぐるみに微笑みかける。
もちろん縫いぐるみは何も答えない。
シンタ「今日の夕飯は牛丼にしよう、夏実が元気になるように」
夏実「わ、わーい・・・・・・やったー」
シンタ「シュンタも好きだよね、牛丼」
シンタ「夏実、今日は僕が夕飯の支度をするから」
夏実「わかった…・・・・・・じゃあ、あっちで遊ぼう、シュンタ」
私はシンタから縫いぐるみを受け取る。
抱き抱えるとだらりと四肢が垂れた。
私はそれを持って自分の部屋へと向かう。
とてもシンタの視線が届くところにはいられなかった。
戸部「夏実、ここにいたのがあたかもしれない」
夏実「うん、•・・・・・あ」
戸部は振り向き私の手にある縫いぐるみに視線を向けると、僅かに表情を強張らせた。
縫いぐるみを親友だと思い込むシンタについて、どう思っているのか話合ったことはない。
しかし、一時期のふさぎ込んだシンタの姿よりは今の方がよいのでは、と考えているのは同じだろう。
戸部「夏実、それ・・・・・」
夏実「ええ、シンタがシュンタと遊んでろってさ」
戸部「ちょっと貸してほしいのがあたかもしれない」
夏実「え?」
戸部「ここ、ほつれてきてるのがあたかもしれない、直さないといけないのがあたかもしれない•・・・・・」
縫いぐるみはシンタが四六時中連れ回しているせいか、ずいぶんとボロボロになっていた。
男性の形を模したその縫いぐるみは、シュンタに似ていたからつい、と戸部が買ってきたものである。
シュンタが死んでから一ヶ月程経った頃のことだった。
皆はそれを見せたらシンタがシュンタを思い出してよけいに悲しむのではないか、と疑念していたが、事態は予想外の方向へ向かった。
シンタ『シュンタ!こんな所にいたのか』
仏壇の近くに置いていたその縫いぐるみを、シンタが明るい声を出しながら抱き上げたのだった。
久しぶりに見るシンタの笑顔に、家族は皆喜んだ。
シュンタを失った悲しみは癒えはしないだろうけど、しばらくはこの縫いぐるみで気を紛らわせるのではないかと思った。
一日中暗い部屋に篭り、ろくに食事もとれないような生活になっていたシンタは、その日から変わった。
いや、元のシンタに戻ったのだ。
シュンタという存在が欠け、崩れていたバランスが縫いぐるみによって埋められたからである。
シンタは縫いぐるみにシュンタ、と呼びかけまるで本当の親友のように接した。
皆、始めの頃はそれを暖かく見守っているだけだったけど、それが一月経ち、二月経ち、変わらず縫いぐるみと話し続けるシンタが、さすがに不安に思えて来た。
夜、ついにエーミールがシンタから縫いぐるみを取り上げようとした。
エーミール『そうかそうか、もういい加減にしたらどうだい』
シンタ『え、何が?エーミール」
エーミール『これは…・・・」グイッ
シンタ「ああっ、シュンタが可哀想だろ!』
エーミール『これはシュンタなんかじゃないんだよ・・・・・・」
シンタ『あ、ああ・・・・」
シンタ『ああああああああああああああああああああああああああああああああああ』
シンタは発狂しながら、寮を飛び出し、夜の暗闇に消えた
[440] 題名: 名前:織田信長 投稿日:2025年07月17日 (木) 15時41分 通報
自分の親友が死んでいたことを思い出し、絶望、失踪したシンタは牛丼屋を営む傍、廃工場で寂しさを紛らわすためシュンタのあらゆる記録からシュンタを模した人格を形成、ニューロに閉じ込めることで擬似的なシュンタの創造に成功する。
電子AI・シュンタの思考は「もしシュンタが生きていたら」を忠実に再現していた。
姿形は無くともコンピューターから発せられる音声はシュンタの声そのものだし、当然会話もできる。人間となんら変わりはなかった。
やがてAIはシンタを見習って勤勉に励み臥薪嘗胆、電脳の特徴をフルに活かし牛丼屋ロボットなり、牛丼の製造という職業に就く。
史上初、牛丼屋ロボットは今日も得意気に牛丼を作るをしている。
[441] 題名: 名前:織田信長 投稿日:2025年07月17日 (木) 16時09分 通報
しかし、幸せはそう長くは続かなかった。
世界中で牛インフルエンザが発生し、牛肉が仕入れられなくなってしまう。そして牛丼屋は閉店し、シンタは悲しみに明け暮れていた。そのとき、AIシュンタに「牛丼屋が続かない確率は100%、最初からわかりきったことだった」と心無い言葉をかけられる。
それを聞いたシンタは、このAIがシュンタではないことを確信し、目の前にあったサイダーの瓶でAIを破壊し、機能を停止させた。
そしてシンタは再び一人になる。
しかし今のシュンタの死を受け入れたシンタは、一人が怖くなかった。
シンタは自給自足の生活を始めようと山に登っていた。
そこでシンタはシュンタと似た雰囲気の女性、瞬子と出会う。
どうやらこの山に生息する化け物“クラムボン”に家族を殺され、ひとりぼっちになっていた瞬子は、田んぼでぽつんと佇んでいた。
シンタが何をしているのか問いかけると、瞬子は「一人きりになって寂しいから田んぼにいるザリガニを連れて帰ろうと思って」と言う。
それを見たシンタは一言
「じゃあ俺が一緒に家へ帰ろう」
こうして二人は身をよせあうようにして暮らし始めた。
瞬子は本来朝から晩までよく喋る娘であり、口数が少なく内気になっていたシンタの表情以外からも感情の動きを感じ取り、心を通じ合わせた。
瞬子は牛丼やサイダーが大好きなので、シンタが買ってくると大喜びしていたらしい。
瞬子はシンタの手をしっかりと繋いでくれた人で、シンタは瞬子と手を繋いで歩く田畑への道がとても幸せだったという。
それから十年経って、二人は正式に夫婦となった。
両者が結ばれて間もなく、瞬子はシンタとの子供を授かった。
愛する瞬子と子供と小さな家で静かに暮らす事だけが今のシンタの望みであり、自分にも新しい家族ができたという幸福を噛みしめる。
ささやかではあるが確かな幸せがそこにあった。
[442] 題名: 名前:織田信長 投稿日:2025年07月17日 (木) 16時20分 通報
しかし、悲劇とは突然やってくるもので、その日、母親になった瞬子のためにサイダーと牛丼を買ってこようと思い、出かけていたシンタだった。無事に購入することができ、日が暮れながらも家路を急いだ。
しかしその間、瞬子をクラムボンに惨殺されてしまう。
かろうじて息があった子供を抱え、クラムボンから逃げるシンタ。しかしクラムボンは足が速く、追いつかれてしまい、絶望するシンタ。
その時、たまたま通りかかった猟師にクラムボンは撃ち殺されたため、休止に一生を得た。
その猟師は兵十と名乗り、悲しみに明け暮れるシンタに寄り添い、瞬子の葬式を手伝ってくれ、さらには職場まで紹介してくれた。
立ち直ったシンタはかろうじて生き残った息子をシンゾウと名付け、一人で育てることにした。