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番号: 444
名前: 夏実って主人公の名前じゃないよ
日付: 2025年08月03日 (日) 21時36分
本文: 私は、ポケットの中のビニール袋を優しくなぞった。
今日は高校の合格発表。もう試験は終わったんだから開き直れと言われても、最後の最後まで足掻いてしまうのが人間である。
ビニール袋の中には、去年拾った銀木犀が入っている。
もう夏実と銀木犀を拾うことはなかった。かといって1人で拾ったわけではなかった。

戸部くんと拾ったのだ。
やはり友達と呼べる友達は見当たらず、1人でもう一度銀木犀を拾おうとした中学2年生の秋。
戸部くんが、あの公園でサッカーボールを蹴っていた。
さらに身長が伸びた戸部くんはこちらを向くと、ニヤッと笑ってこちらにやってきた。
「お前、何してんだ?そんなとこ突っ立って。」
「別に。ちょっと、用事があってここにきただけ。」
片手に持ったビニール袋をさっと隠すと、戸部くんは興味津々にそのビニール袋の話題に触れてきた。
あまりにもしつこいので素直に『銀木犀を拾いにきた』と告げると、戸部くんは『俺も拾う』と言い出した。

「勝手にすれば。」
「じゃあ拾う。んで、拾って何にするんだ?」
「…石鹸とか、香水、それからポプリなんかも作るかな。」
「ぽぷり…?…まぁ、いいか。」
そう言って戸部くんは、黙々と銀木犀を集め始めた。
私もそれに釣られるように銀木犀を拾っていく。

私がなぜ銀木犀を拾おうと思ったのかはわからない。
ただ、あの星の花を拾えば、もう一度気持ちがスッキリするかもしれないと思ったのだ。
「うわ、めっちゃ落ちてくる。木、枯れないのかよ。」
「枯れてないみたいだね、今までは。」
いつの間にか片手いっぱいまで銀木犀を集めていた戸部くんは、私のビニール袋にそれを入れた。

「やる。拾いすぎた。なんか作るんだろ?いっぱいあったほうがいい。」
「ありがとう。」
この分じゃ、もう拾う必要はないな。
たくさん集まった銀木犀を眺めると、ふっと笑みが溢れてきた。

「…たくさん」
「は?」
「銀木犀がたくさん、あたかもしれない。」
戸部くんは驚いたように瞳孔を揺らすと、ふは、と微笑みこう言った。
「金木犀は?」
「なかたかもしれない!」

2人であたかもしれない、なかたかもしれない、と言い合って笑った。

その一年後、戸部くんが私の第一志望校と同じところを受けると知った。
そのことを聞いたのも、この銀木犀の下だった。受験勉強の息抜きでやってきた、この場所で。

今、私の目の前にある合格発表。
そして──

「お前、来てたのかよ。」
「当たり前でしょ。」
私のことを“お前”としか呼ばない戸部くんが、肩を叩く。
戸部くんが、目の前の合格発表に集中し始める。
私も、と番号を探す。

228番…
目を凝らしていると、探していた番号が見つかった。
「合格、した…」
「……俺も!」
戸部くんが、私の背中をバンバン叩く。
興奮していてわけがわからなくなっているようだが、不思議と痛くはなかった。
周りから、歓声が上がる。
他の受験者たちの、勝利の声。

隣の戸部くんを見る、ポケットに手を入れている。
そのポケットの中に何があるのか、私は知らない。
でも、私も自分のポケットの中に手を入れた。
あのビニール袋が、指先に触れる。

その銀木犀に向かって、私は精一杯のお礼を言った。
戸部くんと目が合う、笑顔がまた、弾けていく。

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