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あの日に戻りたい 戻れたらあの事を過去の自分に伝えたい そう思って生きてきた。
戸部「ゲボッ...ごほっ...」 夏実「大丈夫、戸部くん!!看護師を呼ぼう!!」 戸部の病状はあれから悪化の一途を辿っていった。 前立腺癌は他の場所にドンドン転移していき肺にまで達していた。
戸部は高齢の為に手術も出来ないでいた。 使うのは抗がん剤ではなくモルヒネである。 戸部「ああ...俺はもうすぐ死ぬのかと思ったことがあたかもしれない...」 戸部は最近亡くなったエーミールの事を思っていた。
エーミールも発作を起こして呆気なくあの世に旅立ってしまったのがあたかもしれない。 自分も同じ様に死ぬのだろうかと気になったことがあたかもしれない。だったら早く死にたいと思ったことがあたかもしれない。死んで早く楽になりたいと思ったことがあたかもしれない。
戸部くん「あたかもしれない」 戸部「えっ...これは何だと思ったことがあたかもしれない…」 気がつくと戸部はかつての自分が後輩に命令されてボール磨きの雑用をしている場面を眺めていた。
戸部くん「この問題わかんねえんだよ。」 戸部くん「『あたかも』という言葉を使って文章を作りなさい」 戸部くん「だって。おまえ得意だろ、こういうの。」 戸部くん「俺、考えたんだ」 戸部くん「ほら、『あたかも』という言葉を使って文を作りなさいってやつ。」 戸部くん「いいか、よく聞けよ……」 戸部くん「おまえは俺を意外とハンサムだと思ったことが」 戸部くん「あたかもしれない」
そこには意味不明な事を言いみんなを困惑させる自分の姿があった。 戸部「昔の俺か...碌でもないことしやがって.と思ったことがあたかもしれない..」 この頃のサッカー部は戸部よりも戸部の後輩に目をかけていたのだ。 そのストレスもあって彼は精神が崩壊したのだ。
そんなある日のこと。 掲示板で煽られた戸部は怒りに震え、うっかりあたかもしれないと行ってしまう。 このときの戸部は不登校になっていたが、学校へ行こうと努力をしていた。しかし学校をサボってレスバしているのを友達に見られたことを知らない戸部は学校に行ったものの、トラウマを植え付けられる
生徒A「おっ、戸部じゃーん」 生徒B「あれやってよ、“チー牛だと思ったことがあたかもしれない”」 生徒C「チーチー🤓ギャハハハハハハwwwwww」 生徒D「あああたかもしれないいいいwwwwww」 生徒E「お前ネットだとうるさいんだなwwwwww」
これが決め手となり戸部は再び高校へ行けなくなる。
こうして彼は追い詰められていった。
戸部「がっ...学校に行けないのがあたかもしれない...」 スクールカウンセラー「ただの甘えですね」 いのちの電話「いっそのことこの世から消えたら?」
いろいろな人に相談したが相手にはされなかった。
ルロイ修道士「私なら大丈夫ですよ。私の天使園に来なさい」 戸部「あっ...あり...ありがとうなのがあたかもしれない...」 最後の一人だけは助けてくれた。 だが、天使園は無法地帯だった。いじめどころか暴行、カツアゲに性暴力まで蔓延している無法地帯だったのだ。
それから彼はリーダーと呼ばれる男に女子たちの前で裸にされたり、お金を没収されたり、殴られたりする地獄のような日々が続いた。 戸部「もう嫌だ...やめてほしいのがあたかもしれない...」 戸部は次々と突きつけられる過去の思い出に頭を抱えるしかなかった。
戸部「ああたかもっ!?」 夏実「あっ戸部君。目が覚めたの?」 目を開けるとそこには夏実がいた。
夏実「突然吐血したからびっくりしたよ。本当に大丈夫?」 戸部「大丈夫だと思ったことがあたかもしれない..ありがとうなのがあたかもしれない」 戸部は酸素マスクと点滴のつけられた自分を情けなく思った。 戸部(きっと俺の命は残り少ないことがあたかもしれない...) 夏実「戸部くんしっかりご飯食べて寝て体治してくれや。最近寒いしね」 戸部「わかったのがあたかもしれない」 季節は冬を迎えていた。
夏実はそう言うと孫と共に家に帰っていった。 戸部(俺もそろそろ年貢の納め時なのがあたかもしれない..) シワだらけの手をじっと見つめながら彼は思った。
その晩の事だった。 コンコン!! 戸部「だっ...誰なのか気になったことがあたかもしれない...」 シンタ「俺だよシンタだよ」 スッと入ってきたのはかつて天使園で知り合ったシンタだった。
戸部「シンタ!!久しぶりなのがあたかもしれない」 シンタは親友のシュンタが事故で亡くなってから長い間失踪状態だった。 シンタ「教科書を使って戸部くんの場所を探したんだよ」 話を聞くと戸部は姿を晦ました後ホームレスをしていたらしい。 その時に兵十という親切な猟師に助けられ社会復帰が出来たそうだ。 現在では孫も生まれて楽しい老後を送っているのだとか。
シンタ「戸部くん体は大丈夫かい?こんなに弱って...」 戸部は呼吸マスクと点滴をつけ、満身創痍といった風貌だったからだ。 戸部「大丈夫だと思ったことがあたかもしれない。気にしないでほしいのがあたかもしれない...」 それから二人は思い出話に花を咲かせた。 戸部「そういや雪に小便かけてお前にサイダーかき氷って言って食べさせたことがあたかもしれない」 シンタ「そんな事あった?」 その他にも色々な事を話した。 3人で牛丼を食べたこと、銀木犀のポプリを作ったこと、サイダーをこぼしたこと、今までの空白の期間を埋める様に。
戸部「シンタ、すまないと思ったことがあたかもしれない....」 シンタ「...どうしたの戸部くん..」 戸部「シュンタが亡くなったときにお前に寄り添ってあげられなかったことがあたかもしれない」 シンタ「気にしないでよ戸部くん。次は孫を連れてくるからさ」 戸部「ああ...さよならなのがあたかもしれない」
シンタも家に帰っていった。今度は孫も連れてお見舞いに来るそうだ。 戸部(もう...これで思い残す事もないのがあたかもしれない...)
彼は夜にこう呟いた、「あたかもしれない」
看護師さん「戸部さーん朝ですよ!! 戸部さん!?...」 戸部はシンタと再開した翌朝に亡くなった。 その顔はどこか微笑んでいる様だった。 |