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不邪婬について - 菜野五戒を守る事は自分を守る事、他人からの攻撃を受けずに安心して生きる為のセーフティーネットのようなものだと理解しています。
他人にバレてはいけないと思うような事をやらない事が、自分の心を疲れさせない事なのだと分かります。
分かっているのに私は、結婚して子供を産んでから仕事の関係で他の男性を好きになりました。不倫関係ではなく、ただ一方的に好きなだけです。好きな感情を抱いていることが周りに本人にバレてしまったらと考えるだけでとても疲れるのに、好きな気持ちを抑えることも出来ないでいます。周囲に知られることすら恥ずかしいですので何か行動を起こしたわけではありません。ただ妄想や執着あるいは性欲が消えません。好きな気持ちをじっと観察してもみましたが、落ち着いたと思っても会うだけでまた好きになります。これはどうしたらこの執着を消すことが出来るでしょうか。もしかしたらどこかで恋愛気分を楽しみたいような気持ちもあるのかもしれません。毎日とても苦しく、どういった風に考えると楽になりますでしょうか。仕事内容は楽しくやりがいがあるので、仕事を辞めますと言う風にはいかず困っています。2019年07月16日 (火) 15時39分 No.4348
Re.不邪婬について - ひろどうもこんばんは。
自己観察をされたうえで激しい執着の炎が消えないというのはおつらいですね。
早くその炎が消えるようにとここに誓願いたします。
人が人を好きになる(気に入る)という事は、人間(人の社会・コミュニティ)としては仕方がない事です。
ただ問題はそこに愛欲や性欲が絡んでいるという事ですね。
お仕事上の何かのきっかけで、オスのゴリラ(表現を変えています)が、イケゴリラに変わったという事ですね。
激しい執着を消すのは自分だけを観察しても難しいですし、かといってオスゴリラだけを観察してもしょうがないですのでもっと多方面から考察していく必要があるかもしれません。
結論を先に言っておくと、全部菜野さんの妄想です。
妄想をこじらせて熱病にかかっているだけです。
そのゴリラが(物理的に存在して)いてもいなくても菜野さんの生活に何の支障もありません。
ゴリラがお局チンパンジーにとって代わられても、そもそもゴリラがいなくても仕事は回ります。
それでは先ず、菜野さんの中でそのゴリラがゴリラからイケゴリラに変形したのは何がきっかけだったのでしょうか。
たまたま疲れているときに、優しい言葉をかけてくれたり仕事を手伝ってくれただけなのか等
会うたびに妄想が湧くというのは、仕事上とはいえゴリラとかなりの頻度でコミュニケーションを取っているという事でしょう。
ここで冷静に考察して欲しいのですが、逆のシチュエーションだった場合です。
仕事中に困っているサルがいたとします。
菜野さんがそのサルを助けたり話しかけたりした場合、何故助けたり話しかけたりするのでしょうか。
慈悲からでしょうか? 仕事(職場の空気や仕事内容の処理等)を楽しみたいからでしょうか? トロ臭いサルが目障りで仕事に集中できないからでしょうか? 愛欲や性欲などのあわよくばという下心からでしょうか?
助けた後、そのサルが自分に対して発情しているようでした。
自分に下心がない限り、サルが発情してきても甚だ迷惑ではないでしょうか。
それでは仮に、自分に下心があった場合。
サルは発情していて自分も下心があります。ただサルには妻子がいます。
その場合、自分が修羅場に突入してそれだけでは飽き足らず、サルやその妻子、自分の旦那と子供まで巻き込んで、最終的にハッピーエンドが想像できますか?
とまぁ、妄想で妄想を破れるのなら上記で解決です。
そうはいっても、うちのイケゴリラはそこらのゴリラやサルとは違うんだと、病気が悪化しているようなら、お子さんが小さいようならお子さんの事を考えてください。
お子さんは自分で望んで生まれてきています。
そのお子さんはまだ小さく、一人では生きていけない。
そのお子さん(と旦那さん)との楽しいひと時を過ごすために、お子さんと離れて労働をしてお金を稼いでいる。
労働の果報とはなんでしょうか。
ゴリラと情事を楽しむことが果報なのか、
インクと紙や肩書き(金銭や名誉や承認欲求)を得ることが果報なのか、
労働で得た金銭を使って子供(や旦那)との楽しいひと時を過ごすことが果報なのか。
どれなんでしょうか。
尊敬する気持ちは問題ありませんが、それが愛欲や性欲なのであれば、自分に対して嘘や言い訳する必要はないので何度でも納得するまで論理的に考えてください。
再度、早くその炎が消えるようにとここに誓願いたします。
参考
あなたとの対話(Q&A)~性について~
https://j-theravada.net/dhamma/q&a/qahp07/
パティパダー巻頭法話~不倫とはどんなもの?~
https://j-theravada.net/dhamma/kantouhouwa/kantou186/2019年07月17日 (水) 14時42分 No.4350
ひろ様 - 菜野お言葉を頂き感謝しております。結論からはっきりと妄想だとおっしゃって頂いて胸がスッキリ致しました。それから逆の立場から色んなケースを想定して説明して頂いて混乱気味だった心が少しだけ我に返って落ち着いたような気がします。誰かにその感情はおかしいと言って貰いたかったのかもしれないです。ただとても親しい友人にさえ軽蔑される事が怖くて言えなかったのでここで相談に乗って頂けてとても助かりました。
こじらせたきっかけはネット上で事細かく書くのが怖いのですが、だいたいひろ様の推察通り困ってる時に優しくして頂いた事がきっかけでした。
最初の書き込みをしてからも行動を起こせば誰が不幸になるかよく考えたり、瞑想をしたり、何も取り組まずに音楽を聴いて発散させたりあらゆる方法を試してみました。
全く効果がなかった訳ではありませんが、やはり私は誰かに聞いて考察するのを手伝って欲しかったのだと思います。
自分自身についてもう一度観察してみました。
昔から内向きな性格できてしまった為に小説や漫画の影響を受け、どこか自分が世界の中心にいるような、少女漫画の主人公のような気分になりやすい思考のパターンを繰り返すところがあるようです。それが感情をこじらせた原因のひとつでもあると思います。
愛欲が沸いてそれに従って何か行動に移せばそれは刃を振り回して飛ばすようなもので、周りをたくさん傷つけてから自分に全て返ってくるような気が致しました。無知でとても恥ずかしい感情である事を思い出させてくれてありがとうございます。
また、きっとこういった内向きに内向きに回りやすい私の性格を今直さなければならないという宿題が発見できたのだと思います。
労働の果報は得たいと思ったものは得られていて、仕事のスキルを増やす事や経済状態を良くするといった目的でした。それで幸せだったはずなのにそれ以上の欲が出てしまった事はなぜなのかなと思います。
答えて頂くことでいくらか気分が落ち着きました。完全に落ち着くまで子供の事や夫の事を考え、観察する瞑想を続けるようにします。本当にありがとうございます。2019年07月17日 (水) 18時48分 No.4353
Re.ひろ様 - ひろどうもこんばんは。
熱病が治りかけているようで喜ばしい限りです。
妄想は人に相談することで急激に過去化し、冷静に物事を見れるようになりますので、相談する人とTPOを間違えなければすぐに消えます。
内容が内容だけに友人などへの相談ははばかられますが、こういった熱病自体は誰にでも、しかもしょっちゅう起こりますので、自己観察や(できる場合は掲示板などでも良いので)相談などをして、早めの対処をすればよいと思います。
瞑想していないときに、とても強い罪悪感(トラウマ)が思い出される場合は、拒絶するのではなく、
「あった(好きだと思った)。あった(好きだと思った)」
と”善悪・言い訳や嘘などの肯定否定の判断をせずに、過去の一客観的事実として認める”と急激に消えて楽になります。
また出る場合もありますが、同じように”善悪・肯定否定の判断をせずに、過去の一客観的事実として認める”とまた急激に消えて楽になります。
重要なのは
「宿題が発見できたのだと思います」
ともっと重要なのは、
「幸せだったはずなのにそれ以上の欲が出てしまった事はなぜなのかなと思います。」
です。
悩みは重要ではありません。どんな悩みも100%解決できます。
宿題はやるべきことが見つかったという点で重要です。
それ以上に重要なのは、「幸せだったはずなのにそれ以上の欲が出てしまった事はなぜなのかなと思います」
という事ですが、これはブッダの真理のうちのもっとも基本的で最重要な四聖諦のうちの苦諦と集諦です。
「宿題」がランプの明かりだとすると、「四聖諦」は八正道に続く根本的な指標になりますので、よく観察をしてください。
苦諦と集諦に気づかれつつあるのはとても素晴らしい。
今後もより深く、「苦諦」と「集諦」に気づいて、後の「滅諦」と「道諦」それに続く、「八正道」にも気づかれるのではないかと思います。
サードゥ・サードゥ・サードゥ2019年07月19日 (金) 15時54分 No.4356
お礼 - 菜野ひろ様のコメントを読んで「善悪・言い訳や嘘などの肯定否定の判断をせずに、過去の一客観的事実として認める」という部分を実践してみました。
そうすると色々な事が見えてきました。
最初は愛欲、性欲、執着心ぐらいしか観察出来なかったのです。
歩行瞑想をして観察していると、対象を好き(だと思っている)自分が好き、異性に優しくされる(と妄想している)自分が好き、自己愛、結婚をしていてもモテると思われたい虚栄心、自分を美しく見せたい自己顕示欲、たくさん見えてなかったものが見えました。
そうすると少しスッキリしました。
私は自分が大好きで、愛欲に関する刺激がとても好きで、それを心に与え続けたかったんです。
対象よりも自分が大好きだったんです。
この思考パターンをなんとか直さないといけませんが、なんとかある程度自覚する事が出来たような気がします。
四聖諦については私がかなり勉強不足だったので今参考になる法話を読み直して勉強中です。ヒントになるお言葉をありがとうございました。そのお礼をお伝えしたかったです。
これからも精進していこうと思います。2019年07月31日 (水) 15時17分 No.4375
Re.お礼 - ひろどうもこんばんは。
「刺激がとても好きで、それを心に与え続けたかった」
についてですが、我々衆生は刺激を栄養にしています。
これを四食の触食・思食・識食と言います。
参考:食事と解脱の関係
https://j-theravada.net/dhamma/kantouhouwa/kantou197/
ただし、口からとる食事と同じで、同じものばかり食べていたらダメです。
(例えば、ずっと同じ妄想を繰り替えす等)
そんなことをしたら、心と身体を壊してしまいます。
だから悪いものを取らない(悪いことをしない)ようにし、かつ別の刺激を摂取(善い事を)しバランスよく分散させる必要があります。
そして、心のダイエット(瞑想)を行い、なるべく平穏にストレスなく(心を清浄にし)過ごせるようにしましょう。
自分の事が好きなのは問題ありませんが、自分の事を好きすぎると、周りの事はどうなってもいいと考えだすので注意が必要になります。
ただ、自覚ができているのなら、諦めなければいずれ改善ができると思います。
四聖諦は、苦とは何か苦の原因は何かを改めて見つめることに役立ち、その先の八正道の「正しい」とはどういう状態なのか、「正しい」ヴィパッサナー瞑想とはどういうものなのかを教えてくれる指標となります。
四聖諦が分かりにくければ新しく質問していただければ良いと思います。
まずはざっくりとWikipedia程度の知識でも問題ありません。
そこから法話に飛んでも良いでしょう。
苦しみの正体、もっと言えば苦しみの発生するメカニズムが分かってくるのではないかと思います。2019年08月06日 (火) 13時52分 No.4377