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祥子さん、ナオさん。 視覚障害者と遭遇して、 「昇りの階段です」「一段低くなってます」 なんて伝える事ができたら、 (むむむ・・・こやつ、できるな?) と思われること間違いナシですよ〜(笑)
「障害を世に伝える伝道師」・・・そんな大げさな意識はもちろん全っ然ないですけど、ただ、少なくとも自分の存在が、(視覚)障害者のマイナスイメージにならないようにしなきゃ・・・と少し意識するようにはなりましたね。 特に、白杖デビューしてからは。
白杖を持って電車やバスに乗ると、「どうぞ」と、自分の席を譲ろうとしてくれる人がいます。
そんな時、白杖を持つようになってまだ間もなかった頃は、そんな親切に慣れていなかったせいか、とっさに 「いえ、大丈夫です。僕は足腰は丈夫ですから…」 と、その人の善意を断ってしまったりしました。
するとその人は、 「そうですか…?」 と、少し決まりが悪そうに、また自分の席に座ったり、立った手前もあるのか、座らずにそのまま立っていたり・・・。
僕は内心、ちょっと悪い事をしちゃったかな…と反省しました。
そんな話を、全盲の知人(中途失明)にしたところ、知人に、 「そんな時は、なるべく相手の親切に甘えた方がいいんだよ」 と言われました。
何故なら、せっかくの親切を断ってしまうと、その人がまた別の機会に障害者に遭遇した時、 「また断られてしまうかも知れない」 と、善意を躊躇してしまうかも知れないからだ、と。
なるほど、そんな事もあるのか、と思いました。
それに、考えてみれば(これは、善意を受ける側が言っていい台詞ではないかもだけど…)素直に親切を受け入れた方が、相手だって嬉しいに決まっているんですよね。
相手の親切を素直に受け入れるという事は、自分のためだけではなく、相手のためでもあり、ひいては他の障害者への気遣いにも繋がっている、という事なのかな、と。
いくら障害者の社会進出が進んだとは言っても、障害者はやはり目立つ存在です。
だから、一人の障害者の行動やふるまいが、周囲に与える印象って小さくないんですよね。
本来、障害とは無関係な事であっても、その行為が「障害者」のイメージに結び付いてしまうかも知れない。
やれ 「(視覚)障害者は素直じゃない」 とか、やれ 「(視覚)障害者は身なりがみっともない」 とか・・・。
(我々が、近所に住んでるミャンマー人を見て、「ミャンマー人て、○○なんだよね〜」と評価してしまうのと似てますかね)
まして、悪い印象ほど残りやすく、人の口によって伝播していく・・・。
白杖を持つようになってから、僕は自分の存在(言動、身なり、ふるまいetc…)が、周囲の人が抱く「視覚障害者」のイメージ形成に、多少なりとも影響を与えるかも知れない事を意識するようになりました。
それ以来、電車やバスに限らず、親切に言葉をかけてくれる人には、極力その善意に甘える事にし、例え断る場合でも、厚く謝意を述べて、笑顔で返す事にしています。
白杖を持つようになる前は、近所に用足しに出かける時など、本当に「どうでもええ恰好」で出かけてたけど、白杖を持つようになってからは、やはり少しは注意するようになりましたよ(笑)
だから、もし祥子さんとお会いする機会があったら、キチンと燕尾服を着て、駅の改札で待ってますね(笑)
何も、 「自分は視覚障害者の代表だ」 みたいな大看板を背負って生きる必要なんてないし、そんなつもりもないけど、せめてイメージダウンにならないように気を付けたいな、と。
「自意識過剰〜(笑)」って、笑われてしまうかも知れませんね^^ヾ
ソウルミュージック、ディスコ・・・ 祥子さんもかつては、「ワンレン、ボディコン」でブイブイ言わせてたのでしょうか。
ところで、「祥子」さんは本名ですよね。 もし、何かHNを付けるとしたら、どんなHNにしますか? ノリのいいところで、何か考えてみてくれたら嬉しいですね〜。
ゆかりんさん。 初めまして。 見学専門なんておっしゃらずに、またぜひ遊びに来て下さい。
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