[699] 2024/11/30/(Sat)11:59:59
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名前 |
Seigo
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タイトル |
円熟していった謙虚で前向きな人 ― ドストエフスキーのこと(7) |
本文 |
ドストエフスキーは矛盾の中にじっと坐(すわ)って円熟していった人であり、トルストイは合理的と信ずる道を果てまで歩かねば気が済まなかった人だ。 [小林秀雄(文芸評論家)
本当に重要な人間で、多くの苦難を受けずに生きた人はかつてなかった。 [カール・ヒルティ(スイスの法学者・思想家)]
わたしにはいつも、最大の幸福とは、少なくともなぜ不幸なのかを知るということだと思われた。 (ドストエフスキー「作家の日記」より。)
しかし、なんといっても、この分裂は大きな苦しみです。尊敬してやまぬ愛すべきカチェリーナ‐フョードロヴナ、貴女はキリストとその聖約をお信じになりますか? もし信じておいでになれば(それとも、信じようと熱望しておられれば)、心からキリストに帰依しなさい。そうすれば、この分裂の苦しみもずっと柔(やわ)らいで、精神的に救いが得られます。しかも、これが肝要なことなのです。 [ドストエフスキーの書簡(カチェリーナ‐フョードロヴナへの書簡)より。]
不幸なのは心のよこしまな人間ばかりです。私には、幸福とはどうも――人生に対する明るい見方と曇(くも)りのない心の中にあるものであって、外面的なものにあるのではないように思われます。 [ストエフスキーの書簡より。)
上の言葉に窺(うかが)われる通り、ドストエフスキーは、いろいろと欠点や短所やよくない点はありながらも、いくたの苦難や試煉や苦痛や悲しみを受け、信仰を得ていくなかで、謙虚になり、賢明になり、物の見方や人格や心の平安を磨き深めていった人だったと思う。
さらにもっと、ドストエフスキーのことを知りたいし、ドストエフスキーの色々な教えに接していきたい。
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