ドストエフスキーの「情報・意見」交換ボード
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[820] 2026/02/07/(Sat)20:36:12
名前 Seigo
タイトル ドストエフスキーの評伝(6)
本文 ドストエフスキーの評伝として、
量的にはコンスタンチン・モチューリスキーの著『評伝ドストエフスキー』(筑摩書房2000年初版。)を越える大部(全5巻)の、

『Dostoevsky』 
(著者:ジョゼフ・フランク(アメリカのドストエフスキー研究家。1918〜2013。)。
1976年に巻1を刊行し、2002年に巻5を刊行して完結。全巻を要約した合本版の
『Dostoevsky:A Writer in His Time』)が2009年に刊行されている。)

があることを、最近、知りました。
ロシア語の一次資料と膨大な文献をもとに、ロシア思想史とヨーロッパ思想史の中にドストエフスキーを位置づけているとのこと。
アメリカのドストエフスキー研究家のドストエフスキー論書は注目すべきものがあるようで、この本はいまだ邦訳が出ていませんが、いつか、入手して読んでみたい。
   
[819] 2026/01/31/(Sat)20:14:53
名前 Seigo
タイトル ドストエフスキーの言葉(21) ― ドストエフスキーの信仰のこと
本文 近年、ドストエフスキーの信仰について、自分はいろいろと考えてきた。

その中でも、ドストエフスキーの独自のキリスト教観がうかがえるドストエフスキーが語った言葉として、トルストイ夫人がトルストイの著作『わが懺悔』をドストエフスキーに読んで聞かせたあとにドストエフスキーが言ったという言葉である、

「世界を救うのは、道徳でもキリストの教えでもない。ことばは肉体なり、と信じる、その信仰だけが救えるのです。」

に、あらためて注目したい。

上のドストエフスキーの言葉はいまだ難解ではあるが、箇所「ことばは肉体なり」はヨハネ伝の中の言葉を踏まえているとみなして理解していくならば、ドストエフスキーは、トルストイの言うキリスト教の道徳の教えによってよりも、聖書において伝えられたイエス・キリストの存在と言動に見られる神の秘儀に注目して、神の働きがイエス・キリストの肉体と言動としてこの世に現れたということ(神はこの世へ働きかけた(働きかける)ということ)への信仰こそが、神が現れてくるものとして、この世界を救うということだろうと思う。

ドストエフスキーの独自のキリスト教観・神観については、今後も、さらに理解を深めていきたいと思う。
    
[818] 2026/01/24/(Sat)15:37:22
名前 Seigo
タイトル 「大審問官の章」の内容のこと、★Stop Putin & netanyahu Stop War (22)★
本文 『カラマーゾフの兄弟』の中の「大審問官の章」の内容は、対立するイエスの立場と大審問官の立場を、キリスト教の文脈で理解していくとともに、社会や国家における個人と権力者の、自由と不自由と混乱、安心とパン、支配と統治のこととして読み取ることが出来ると思うので、「大審問官の章」のその内容の受けとめ方について、近年の私の見方も付け加えて、このたび、ヤフー知恵袋で尋ねてみました。

   → こちら


上の質問で挙げたA・Bという方向のうちドストエフスキーの真意はどちらにあるのかに対する回答や、今のロシアのプーチン大統領は大審問官と言えるかに対するコメントなど、興味深いものがありました。
     
[817] 2026/01/19/(Mon)19:35:36
名前 Seigo
タイトル ドストエフスキーの小説の内容の特徴(12)
本文 ドストエフスキーの小説の内容(筋の展開など)の特徴として、伊藤整氏が、次のように述べている。

ドストエフスキイの小説においては、人間の心が善から悪にかわり、悪から善にかわる、というその変化と心の戦いのあいだに筋が進行する。それは古い小説においての、善人と悪人がたがいに相手を打ち負かそうとして戦いあう、というあつかいと同質のものである。つまり、古い小説では、善玉と悪玉の対立で物語が書かれたが、新しい小説では人間の心の中の、愛情や我欲の対立と変化を描くことが小説だというふうに考え方も書き方も変(かわ)って来たのである。
[伊藤 整著『文学入門』(光文社1954年初版)のp142より。]


近代の欧米の小説の歴史の中で、ドストエフスキーの小説は、『永遠の夫』『カラマーゾフの兄弟』をはじめ、上で言うように、二重性や葛藤を抱えた登場人物たちの内面劇(内面が行動に現れる劇)であるという傾向が顕著であると、たしかに言えるだろうと思う。
   
[816] 2026/01/12/(Mon)19:29:50
名前 Seigo
タイトル スタヴローギンの人物像・精神構造のこと
本文 近年、『悪霊』のスタヴローギンの人物像、精神状況について、自分は、あらためて、関心を向けて、彼を反面教師として、いろいろと考えている。

一番の関心は、彼のニヒリズムの性格。
非凡な知性知力と容貌と腕力を持ちながら、何事も信じられず、信仰も改心も持てない彼のニヒルな精神構造とは、いかにして形成され、実際どういった性格のものだったのか、もっと理解したいと思う。
彼の性格や物事の見方・受けとめ方については、彼の家庭教師でだった西欧派のステパン氏の教育や感化や、父親不在の相互の愛が欠如した家庭環境の影響も大きいだろう。
スタヴローギンのそういったことをもっと理解するためには、作中の各場面や過去のエピソードにおけるスタヴローギンの言動や当時のロシアの上流社会の風潮を、もっと、よくチェックし吟味する必要があるだろう。



なお、今回、当事項について、ヤフーの知恵袋で、尋ねてみた。今回もいろいろと参考になった。
  → こちら

★過去の投稿記事より。
『悪霊』でドストエフスキーがスタヴローギンという人物を描いた意図
     
[815] 2026/01/10/(Sat)19:59:16
名前 Seigo
タイトル ドストエフスキーの小説の内容の出所のこと
本文 ドストエフスキーの小説の内容の典拠(出所)については、ページ内の
 コーナー「ドストエフスキーの小説の典拠
に、いくらかまとめているが、近年、私があらためて注目している出所として、特に次の4つを挙げてみたい。

1、ドストエフスキー自身が体験したことや考えてきたこと
2、内外の既存の作品(小説のほか、戯曲も含む)
3、ロシア国内における当時の事件や出来事や人物、人から聞いた話
4、登場人物として、ドストエフスキーの親近者、知人


1・4については、『白痴』の男女の恋愛模様はドストエフスキーの体験を多く題材にしているのではないかと思う。

2は、その創作を刺激した作品や著作も含む。(トルストイの『戦争と平和』やチェルヌフスキーの『何をなすべきか』など。)

3は、シベリア流刑時代に囚人達から聞いた犯罪時の話なども含む。(『罪と罰』のラスコーリニコフの老婆殺害時の様子などは、ドストエフスキーの想像力のほかに、同様の犯罪を犯した囚人から聞いた生々しい体験をもとにしているような気がしてならない。)


2は、ユーゴーの作品、スタンダールの作品、シェークスピアの作品、ゲーテの作品、バルザックの作品など、自分が気付いたぶんや確認出来たぶんはこれまでボードに投稿してきたが、ドストエフスキーが読んだと思われる内外の作品に広くあたってみれば、もっと気付くかもしれない。


今後も、ドストエフスキーの小説の内容の出所については、さらに、いろいろと知っていきたい。
    
[814] 2026/01/03/(Sat)22:14:58
名前 Seigo
タイトル 『カラ兄弟』のゾシマ長老 の各教説にあらためて注目!
本文   ※追記更新 26/01/03 22:28


佐藤さん、どうも。 お互い、元気そうで、何よりです。

今年もまた、更新を進めているページ内の記事の閲覧や当ボードへの投稿をはじめ、いろいろとよろしくお願いします。


前回の私の投稿記事に関連して今回挙げてくれたこの私たちの世界(や人間)の隠れた神秘的な深層構造(重層構造・高層構造・次元構造)やそのことに言及していると思われるゾシマ長老の言葉については、私も興味が尽きません。

お互い挙げたゾシマ長老については、『カラ兄弟』で述べられているゾシマ長老の各教説の精髄とその価値に、自分は、近年、あらためて注目しているところです。
(私が中学時代に初めて『カラ兄弟』を読んだ時、作中のゾシマ長老の教えは、『カラ兄弟』の中の感銘を受けたものの大事な一つでした。)

なお、現代人が大いに傾聴すべきだと思われるゾシマ長老の教えについて、昨年の3月に、ヤフー知恵袋で。尋ねてみました。
AI氏や各氏が懇切丁寧に答えてくれています。 
  → こちら


今年は、『カラ兄弟』で述べられているゾシマ長老の各教説について、実践も含めて、気付きや理解を、さらに、当ボードや該当コーナーにまとめていきたいと考えています。
    
[813] 2026/01/03/(Sat)16:09:03
名前 佐藤
タイトル <愛をともなう謙抑は恐ろしい力である>
本文 Seigoさん

新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

謙虚な姿で愛ある振る舞いができればこんな素晴らしいことはないですよね。
行法経の中にこんな一説があります。
<一切の人を視ること猶お仏の想いの如くし、諸々の衆生に於いて父母の想いの如くせよ>
こういうことが実践できればと願うばかりですが、私などにはハードルが極めて高いですよ!

話題は変わりますが、量子もつれの件でノーベル物理学賞が受賞されて以来注目されているホログラフィック宇宙論に関心を持っています。ホログラフィック宇宙についてこんな解釈がある雑誌に掲載されていました。相当spiritualな解釈ですが以下のようなものです(著者不明)
「全宇宙のあらゆるできごとは2次元の平面に記された情報として表現できる。しかも、その情報は過去と未来にわたって失われず、すべてが保存されている。この世界の本当の姿は、一本の長い長い映画である。平らかなフィルムの上に、過去、現在、未来のあらゆるできごと、生と死、感情や記憶までもが記録されている。私たちは再生されるその映像を眺めている観客であり、同時に登場人物でもある。そして再生が終わったフィルム」は、どこかに大切にしまわれていて死んでいった人たちもその記憶も永遠に失われることはない」
ドストエフスキーが「カラマーゾフの兄弟」の中でこんなことを書いています。
<この地上では多くのものがわれわれから秘め隠されているが、その代りには、他の世界、天上の至高の世界と生きたつながりを有しているという、神秘的な貴い感情が与えられているし、またわれわれの思考と感情の根はこの世ではなく、他の世界に存するのである>
2つの記述を比較してみると、霊魂不滅、神の存在、または何か事物の本質というか、世界・宇宙の真実といったものが伺われるようなそんな期待が湧いてきます。
もっともドストエフスキーは「事物の本質はこの地上では理解できないと哲学者がいうのは、このためにほかならない」と語っていますが。


[812] 2026/01/02/(Fri)14:30:06
名前 Seigo
タイトル ドストエフスキーの言葉(20) ― 愛をともなう謙抑について
本文 いまだ内容がよくはわからない言葉として以前に当ボードでも取り上げたドストエフスキーの言葉、

 「愛をともなう謙抑は恐ろしい力である。
  あらゆる力の中でも最も強いもので、他
  にその比がないくらいである。」

   (『カラマーゾフの兄弟』の第6編第3の
    ゾシマ長老の言葉より。)

について、その内容の確認のためにも、ヤフー知恵袋で、その内容を尋ねてみました。

このたびも、AI氏は、傲慢な愛と比べる形で、「愛をともなう謙抑」のことを見事に答えてくれています。 
  → こちら

ドストエフスキーの上の言葉「愛をともなう謙抑」は、ドストエフスキーが人類に残してくれた愛における大事な態度であり、大いに傾聴に値すると思う。
   
[811] 2026/01/01/(Thu)11:57:41
名前 Seigo
タイトル 謹賀新年
本文     
  謹賀新年

  С Новым Годом!
    (ス・ノーヴィム・ゴーダム)
     (=新年おめでとう!)

昨年に引き続いて、本年も、無事健康であることに気を付けつつ、さらに一層、ドストエフスキーの文学・思想についての情報・意見の提供・交換を、日々続けていきますので、本年も、よろしく!

今年は、ロシア語の習得の進行のもと、『作家の日記』や書簡も含めて、ドストエフスキーの著作を、さらに読み進め、まとめていくことを進めたいと考えています。

地球世界に対しては、ロシア・ウクライナ、イスラエル・アメリカ、中国・台湾・高市内閣の日本の動向が気になりますが、国際社会が、危難・混迷を乗り越え、平和と安定に向けて進んでいくことを願っています。
    




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