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[844] 2026/08/07/(Fri)18:28:47
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Seigo
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タイトル |
小説『おかしな人間の夢』の題のこと |
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ドストエフスキーの小説『おかしな人間の夢』の、
・邦訳題 :おかしな人間の夢 ・ロシア語の原題 :Сон смешного человека
の題全体の構成について、ヤフー知恵袋で尋ねてみました。 → その質問と回答
自分としては、当題については、 ・勉強を進めているロシア語の文法 (「AのB」の形のこと、生格の形とな るAのこと、など) の確認 ・日本語で書いた場合に比べて、ロシア語 で書いた場合は修飾関係の曖昧さを免れ る? という気付き から質問したのですが、さすがのAI氏の解説は勉強になりました。 |
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[843] 2026/08/02/(Sun)13:16:04
| 名前 |
Seigo
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タイトル |
初期の小説群と中期後期の飛躍のこと |
| 本文 |
※追記更新 26/08/02 21:15
初期の小説は、ペテルブルクの街の片隅で孤立して暮らす風変わりな男性の生活の生態を描いたものが多い。
彼は、出会った不幸な身の上の女性や婦人を気の毒に思い、ストーカーまがいの行動で、近付いたり寄り添ったりするが、しまいには、相手の女性が離れていくというアンハッピーな結末となる。幸福恐怖症や職場不適応から精神に変調を来す人物も登場してくる。
いずれにしろ、風変わりな孤独な男性の風変わりな生活の生態や心理心情を描いていくという方向をとり、中期・後期の重厚でテーマ性の高い大作群と比べて、物足りない感は免れないだろう。
なお、 初期の小物感のある小説群から中期後期の大物感のある小説群へと大きく飛躍した要因や事情を考えてみるに、
・銃殺刑未遂及びシベリアでの流刑体生活、聖書の 熟読 ・流刑を終えての服役期間における最初の妻マリア との恋愛と不幸な夫婦生活、マリアの病死とスー スロワとの恋愛 ・第二の妻アンナとの出会いと小説の創作体制の変 化(アンアとの共同制作) ・欧州への旅行や欧州滞在における欧州の社会の体 験
が挙げられるだろうが、その他にもいろいろと事情が考えられるように思うので、このテーマは、今後深めていきたい。
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[842] 2026/07/25/(Sat)11:56:03
| 名前 |
Seigo
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タイトル |
謎ときシリーズのこと |
| 本文 |
江川卓氏、亀山郁夫氏の謎ときシリーズ (『謎とき『罪と罰』・謎とき『カラマーゾ フの兄弟』・謎とき『白痴』、 謎とき『悪霊』) が、読んで面白い。
このシリーズを読んで、解明された各小説の内容や事柄がいろいろとわかることは言うまでもないが、
・ドストエフスキーは、古今の作品や事柄 を踏まえて各小説を書いていること ・ドストエフスキーは、各小説に、いろい ろと仕掛けや細工していること
を、あらためて思ってしまう。ドストエフスキーの凝(こ)って細部まで打ち込む日々の創作活動の現れだと言ってもよいだろう。
それらを見つけて、当時のロシア社会の諸事を当たりながら解明していくことはドストエフスキーの研究の醍醐味の一つと言えるだろう。
この作品のここはどういうわけでこうなっているのだろうという問いかけが作品の理解において大事だ(よく問うことが大事だ)ということも考えさせられる。
自分なども以前、『罪と罰』においてスビドリガイロフのような人物が登場してくる事情に興味を持ち、バルザックの『ゴリオ爺さん』の登場人物との連関(登場人物のヴォートランとの対応など)を考えたことがあった。
引き続き、謎とき『未成年』の上梓を期待したい。 |
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[841] 2026/07/16/(Thu)17:48:07
| 名前 |
Seigo
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タイトル |
「メモ・ノート」の中の言葉 ★Stop Putin & netanyahu Stop War (23)★ |
| 本文 |
※追記更新 26/07/16 19:07
独裁政権が保身のために仕掛ける、ウクライナのロシアへのドローンによる軍事攻勢、アメリカ(イスラエル)のイランへの空爆がまた始まった中、
ドストエフスキーの書き残した「メモ・ノート(1875年~1876年)」の中の、
「キリストの来臨までは戦争が絶えることはないだろう。これは予言されたことである。」
という文章がまたもや想起され、今の国際社会へのしたたかな予言として、耳にこびりついてくる。
停戦に向けての国際社会の働きかけや国連による働きかけが期待できず、その解決の方向が見出せない中、文中の「キリストの来臨」に注目している自分がいる。
たとえば、高度な宇宙勢力が現れて、彼らの交戦を無力化し、彼らはひれふしていくという事態なのだろうか?
いずれにせよ、ウクライナと中東の停戦及び平和に向けて、人類の、宇宙の英知により、良き事態が現れて、国際社会の平和が回復されていくことを願ってやまない。 |
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[840] 2026/07/11/(Sat)14:07:21
| 名前 |
Seigo
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タイトル |
『地下室の手記』とその後の一連の小説のこと |
| 本文 |
清水孝純氏(九州大学名誉教授)の文章
「いわば、ドストエフスキーの、近代人としての自己認識がそこに(=『地下室の手記』主人公の人物像の中に)定着されたといえる。地下室という、魂の暗室ともいうべき深所において紡(つむ)がれた巨大なコンプレックスの塊(かたまり)、それは自閉的な自意識の空間で、そのシニシズムを宇宙の創造者にむけて不断に噴出させてやまない。その自意識の肥大においては、神をも毒付きながら、しかし、その自卑において自身を地下室の鼠のごとくみなす、この自閉的な空間においては、主人公の自意識は、その両極を無限に循環するにすぎない。しかし、その循環によって、主人公のたぐり寄せるのは、近代人の一切の問題といっていいかもしれない。いわば神を失った場合の人間の無限の頽落(たいらく)の可能性、コンプレックスの生み出すサディステックな残虐性、と同時に奇妙な自己処罰の要求、かと思えば自己の絶対性の主張もそこに共存する。ドストエフスキーは、いわばレトルトで蒸溜したごとき自意識の問題性をここで抽出したのだ。しかし、このような自閉的空間に人間はいつまでも存在するわけにはいかない。こうして、いわば絶対を求めての旅立ちが後期の巨大な作品群において開始される。」 〔清水孝純『道化の風景 ― ドストエフスキーを読 む』(九州大学出版会1994年初版)の序より。〕
は、『地下室の手記』の主人公の閉塞した状況と、その後の一連の小説において、その閉塞を打開していくために、男が地下室から世間へと出て、奮闘していくことを述べていて、そのつながりの指摘は、大いに感心した次第です。
それは、挫折を繰り返しながらも、「死せる生」から「生ける生」へ向けての奮闘の試みでもあった。
この観点から、後期の長編小説の内容を考えてみたい。 |
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[839] 2026/07/05/(Sun)21:24:48
| 名前 |
Seigo
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タイトル |
小林秀雄のドストエフスキー論のこと |
| 本文 |
自分は高校時代・大学時代に、評論家の小林秀雄の書いた文章を新潮社の新訂小林秀雄全集(全15巻)のぶんで好んでよく読んだ。その中のドストエフスキーに関する評伝・ドストエフスキーの文章はより熱心に読んでいろいろと感銘を受けた。
氏の評伝『ドストエフスキイの生活』の印象は、私のドストエフスキー観の最初の形成を決定づけた。ドストエフスキーの体験や思いや人柄を伝える引用した書簡などの文章は、ドストエフスキーの生の声として、印象的だった。 氏のドストエフスキー論については、『カラ兄弟』の三兄弟、ムイシュキン公爵、スタヴローギンをはじめ、登場人物論に、はまってしまった。 「ムイシュキン公爵はシベリヤから帰ってきたラスコーリニコフだ」をはじめ、主要小説の内容やテーマについての深い井戸を掘って得たような洞察は、いまだ真意がよくわからないものもあるが、これもまた、強く印象に残っている。
氏は、キリスト教が結局わからなかったと言って、評論活動はベルグソンや本居宣長の考察の方へと移って、関心は、ドストエフスキーから離れてしまったが、もっとドストエフスキー論を続けてほしかったと思う。
今後、小林秀雄のドストエフスキー論は、読み返してみたい。
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[838] 2026/06/27/(Sat)17:51:43
| 名前 |
Seigo
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タイトル |
ドストエフスキーの「自由」観、ドストエフスキーの信仰のこと |
| 本文 |
①ドストエフスキーの「自由」観
②ドストエフスキーの信仰のこと
を、私の気付きも含めて、ヤフー知恵袋で、質問してみました。
その質問と回答 → ① ②
いつもの通り、AI氏の回答は、よくまとめられ、鋭く指摘していて、このたびも、その回答には感心頻(しき)りです。
ドストエフスキーの考えにおける、自由と責任のこと、愛と自由のこと、人間や生命への信仰(信頼)のこと、など、私たちがなかなか気付けないものとして、いろいろと考えさせられました。
たとえば、以前より当ボードでも議論の対象になっている自由の持て余しを克服するものとしてのムイシュキン公爵の言う「賢い生活」のこと(こちら)は、この「愛における自由」ということがポイントになるのでなないかと思った次第です。 |
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[837] 2026/06/20/(Sat)16:01:04
| 名前 |
Seigo
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タイトル |
ドストエフスキーの読書と思索 |
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ドストエフスキーは少年期から始まって生涯読書好きだった。
幼少期に母親から物語を読んで聞かせてもらい、物語の世界にひたる楽しみを覚え、学生時代は、国内外の小説を読みふけった。 シベリア流刑中は聖書以外の本は読めず辛かっただろうが、服役の身になってからは、大事なものとしてヘーゲルやカントの哲学書も含め、さっそく書物を送ってくれるよう頼んでいる。 欧州滞在中は、新聞を読むことも欠かさなかった。 晩年も、娘の証言によれば、6時の夕食のあと、お茶を飲んで仕事に取りかかる9時までの間、読書にふけったという。
本を読むことを止めることは、思索することを止(や)めることである。(※所在、未確認。)
というドストエフスキーの言葉は、ドストエフスキーは読書を通して、思索を行っていたことを示すものだろう。
『地下室の手記』の主人公は「自分などはさしずめ思索の訓練を積んでいるから」ということを言っており、親友のストラーホフは聞いたいろんな思想をたちまち理解していくドストエフスキーのすぐれた知性をほめていて、ドストエフスキーは書物の内容を深く理解し思索して、ものの見方や人のあり方生き方も学んでいこうとしたのであり、ゲーテやシェークスピアの書物をよく読んだことは、ドストエフスキーの考えを前向きで健全にしていくのを助けたのではないかと思う。
ドストエフスキーにとって読書は好みであるとともに、大事なことであった。 |
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[836] 2026/06/14/(Sun)16:27:10
| 名前 |
Seigo
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タイトル |
おすすめのドストエフスキー論書(9) |
| 本文 |
おすすめのドストエフスキー論書として
『ドストエフスキーのおもしろさ ― 言葉・作品・生涯』 (中村健之介著。岩波ジュニア新書。1988年刊。)
を挙げたい。
見開きごとに最初にドストエフスキーの言葉や作中の言葉を挙げつつ、中村氏らしく、ドストエフスキーのこと全般を多面的に紹介している。 末部に「ドストエフスキーの生涯」「主要作品の解説」あり。
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[835] 2026/06/03/(Wed)17:43:46
| 名前 |
Seigo
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タイトル |
ドストエフスキーの小説は第何位? |
| 本文 |
※追記更新 26/06/04 7:30
先月イギリスで発表されたという「史上最高の小説100選」を見た。イギリスの大手日刊紙のThe Guardianが170人以上の小説家や批評家、学者らにアンケートを取って集計したものだ。 → こちら
見ての通り、チャールズ・ディケンズの小説、ブロンテ姉妹の小説、ジェーン・オースティンの小説、ジョージ・エリオットの小説、ヴァージニア・ウルフの小説、ジェームズ・ジョイスの小説をはじめ、自国イギリスの小説家の小説が数多く、上位を占め、ランクインしているのは自然であるにしても、期待したドストエフスキーの小説が、 ・『カラマーゾフの兄弟』28位 ・『罪と罰』69位 と、低い位置に二作のみしか挙がっていないのは、残念だった。『白痴』『悪霊』などもランクインしてほしかった。 また、日本や中国の小説は全く入っていないのも気になるところだ。
上の選出結果の原因として、ドストエフスキーの小説の作風嫌いの知識人がイギリスには多いことがあるかもしれない。 なお、トルストイは、『アンナ・カレーニナ』6位、『戦争と平和』7位となっているが、この二作ももっと上位にランクインしてもいいと思う。
以前から、ページ内の人文系のコーナー「メモ・外国の小説家と作品」に、Best100人を挙げているが(こちら)、そこで、あらためて、私Seigo選のベスト10を挙げてみたい。 次の通り。
1、ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』 2、トルストイ『アンナ・カレーニナ』 3、トルストイ『戦争と平和』 4、ドストエフスキー『罪と罰』 5、ヴィクトル・ユーゴー『レ・ミゼラブル』 6、マルセル・プルースト『失われた時を求めて』 7、ドストエフスキー『白痴』 8、ドストエフスキー『悪霊』 9、エミリー・ブロンテ『嵐ヶ丘』 10、ガルシア・マルケス『百年の孤独』 |
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