ドストエフスキーの「情報・意見」交換ボード
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[749] 2025/04/02/(Wed)18:43:49
名前 Seigo
タイトル ナスターシャ‐フィリポヴナの死について
本文 (ネタバレ注意) 小説『白痴』において、最後にナスターシャ‐フィリポヴナがラゴージンの手に掛かって死んだ(部屋の中のベッドには彼女の死体が横たわっている)のをムイシュキン公爵は知って、気が触れてしまったラゴージンと早朝までその部屋で寄り添って過ごす間、これこそが彼女の救い(魂の安らぎ・彼女を黙らせること・静謐の獲得)となったのではないか(従来のままでは彼女は、二人の間の板挟みになって、苦しむばかりであり、安らぐことはない。従来の状況ではムイシュキン公爵も彼女を救えない。)と思った(ムイシュキン公爵は以前にもそのようなことをよく考えた)と言えるのではないかと自分は近年考えているところです。

なお、ナスターシャ‐フィリポヴナの死に、そのあと、キリスト教で言う「復活」を期待(予兆)するような『白痴』論があり、そのあたりのことは、難し過ぎて、私の理解を越えていますが、生贄(いけにえ)というさらに難解なキーワードも含めて、作者ドストエフスキーにそのあたりの意味付けが実際にあったのなら、いつか、理解していけたらと思っています。
(※、このたび、Yahoo!知恵袋で、以上のことを問いかけてみました。速答のAIさんからは、ある程度、回答は得られたようです。 → こちら )
   

[黒澤明監督の映画『白痴』より。]
   
   
[748] 2025/03/31/(Mon)20:56:11
名前 Seigo
タイトル マカール老人の教えのこと
本文   ※追記更新 25/04/01 17:50

『未成年』に登場するマカール老人の人のあり方・行為・生き方についての教えとして、以下の点に注目したい。『カラ兄弟』のゾシマ長老の教えと重なる面が多いが、独自のものもあり。


・陽気であること。

・笑うことが一番であること。

・人は、物質的な豊かさよりも、人や物に対する限りない愛によって幸福になること。

・人間は誰もが等しく尊厳を持っており、お互いを愛し合うべきであること。

・謙抑の愛は大きな力(恐ろしい力)を持つこと。

・神のない生活は苦しみでしかないこと。

・祈りという行為はよいものであること。

・心身に端麗さ(品位)を保つこと。
   
    
[747] 2025/03/29/(Sat)14:39:36
名前 Seigo
タイトル ドストエフスキーから得た考えや教え(11)
本文
人間の知恵は自分の望むところに到達するために授けられているのである。しかし、なにがなんでも一足とびに目的に到達しようというのは、私に言わせれば、知恵でもなんでもないのである。
(『冬に記す夏の印象』より。)

幸福は幸福の中にあるのではなく、それを手に入れる過程の中だけにある。
(『作家の日記』より。)

コロンブスが幸福であったのは、彼がアメリカを発見した時ではなく、それを発見しつつあった時である。幸福とは生活の絶え間なき永遠の探求にあるのであって、断じて発見にあるのではない。
(『白痴』より。)

人間は到達を好むくせに、完全に行きついてしまうのは苦手なのだ。もちろん、これは、おそろしく滑稽なことには相違ないが。
(『地下室の手記』より。)


上で言っているように、ドストエフスキーは、達成や到着や行き着いてしまうことよりも、行き着くまでの途中の過程を大事にした。

達成への希望のもと、途中の過程や今において、楽しみ、幸せを感じていくことが出来れば素晴らしいだろう。


他の古今の賢者も、

終着点は重要じゃない。旅の途中でどれだけ楽しいことをやり遂げているかが大事なんだ。
[スティーブ・ジョブズ(実業家)]

目的地に到着するより、素晴らしい旅路をする方がよっぽどいい。
[釈尊(仏教の開祖)]

人生の目的は、すべてをやりとげることではなく、その一歩ずつの過程を愉(たの)しみながら、愛情のある暮らしを送ることにある。
[R・カールソン(アメリカの作家・心理療法士)]

捕まえたときに、追いかける楽しみは終わる。
[エイブラハム・リンカーン(第16代アメリカ合衆国大統領)〕

空虚(くうきょ)な目標であれ、目標をめざして努力する過程にしか人間の幸福は存在しない。
[三島由紀夫(作家)の著作『小説家の息子』より。]

喜びとは、勝利それ自体にではなく、途中の戦い、努力、苦闘の中にある。
[マハトマ・ガンジー(インドの指導者)]

と述べている。
    
[746] 2025/03/26/(Wed)21:15:16
名前 Seigo
タイトル ドストエフスキーから得た考えや教え(10)
本文    
人に尊敬されたいのなら自分自身を敬うがいい。自分自身に敬意を払うことによってのみ他人はあなたを敬うようになるだろう。
(ドストエフスキーの言葉。※、所在、未確認。)

尊敬のない愛っていったいなんだろう!
(書簡より。)

肝要なのは自分自身にうそをつかぬことですじゃ。みずから欺(あざむ)き、みずからの偽りに耳を傾けるものは、ついには自分の中にも他人の中にも、まことを見分けることができぬようになる、すると、当然の結果として、自分にたいしても、他人にたいしても尊敬を失うことになる。何者をも尊敬せぬとなると、愛することを忘れてしまう、ところが、愛がないから、自然と気をまぎらすためにみだらな情欲におぼれて、畜生(ちくしょう)にもひとしい悪行を犯すようになりますじゃ。それもこれも、みな他人や自分にたいするたえまない偽りからおこることですぞ。
(『カラマーゾフの兄弟』より。)


上の言葉に見られる通り、ドストエフスキーは、人に対しても自己に対しても、相手を敬うということを大事なことと考えた。愛の行動にしても相手への尊敬がなくてはならないとした。

作中の登場人物に対しても、作者として、愛情を注ぎ、どな人間にも、人間の尊厳を表そうとした。

こういった、どんな人であっても、人は尊いものであり、人を敬ってくというドストエフスキーの姿勢は、自分は結構影響を受けたと思う。 
         
[745] 2025/03/24/(Mon)19:55:12
名前 Seigo
タイトル ドストエフスキーから得た考えや教え(9)
本文
人生を恐れてはいけません! なんでも正直ないいことをしたときには、人生はなんと美しいものに思われることでしょう。

『カラマーゾフの兄弟』の末部での子供達を前にしてアリョーシャが語る話の中の言葉だ。

この中の、

・正直である

ということとともに、

 ・よいことをする

ということに、あらためて注目したい。

人生は、よいことを見つけ、よいことを行うことによって、すばらしくて美しいものになる。そのことを教えてくれている。


なお、
宮沢賢治の小説『銀河鉄道の夜』の中の、

  誰だって、ほんとにいいことをしたら、
  いちばん幸せなんだねえ。

という言葉は、このアリョーシャの言葉を踏まえていると感じられる。
       
[744] 2025/03/22/(Sat)10:24:23
名前 Seigo
タイトル ドストエフスキーから得た考えや教え(8)
本文 人間というものは、不幸のほうだけを並べたてて、幸福のほうは数えようとしないものなんだ。ちゃんと数えてみさえすれば、だれにだって幸福が授かっていることが、すぐわかるはずなのにね。
(『地下室の手記』より。)

人間が不幸なのは、ただ自分の幸福なことを知らないからです。
(『悪霊』より。)


上の言葉からは、自分の不幸不運なことや自分に欠けているものばかり目を向けて苦しんだり落ち込んだりするのでなく、今の自分にある幸福や持っているものの方にもっと目を向けて、ありがたく思い、感謝していこうということを学んだと思う。


古今の賢者も、以下のように、同様のことを述べている。

・苦悩を数えてはいけない。幸せなことを数えて、それに感謝する時、人は幸せになることができる。
[デール・カーネギー(米の産業企業家・慈善事業家)]

・幸せを数えたら、あなたはすぐに幸せになれる。
[ショーペンハウエル(哲学者)]

・足りないものを嘆くのではなく、今あるものを大いに喜ぶ。それが真に賢い者である。
[エピクテトス(哲学者)]

・一つの不幸にとらわれて、すべてのものを、不幸な眼(め)で見ようとするのはいけない。
[黒岩重吾(作家)]



ドストエフスキーから得た考えや教え(1~7)
[過去の投稿ぶん]
      
    
[743] 2025/03/19/(Wed)18:25:02
名前 Seigo
タイトル ドストエフスキーの小説の特徴(21)
本文 初期から後期にまで渡って見られるものであるが、恋愛が入っている作品では、主人公の男性が一人の幸せでなさそうな女性(多くは伴侶や愛人あり)を知って、彼女に心ひかれたり、彼女を助けたいと思ったりして、片思いやストーカーのままの場合も含めて、交渉していくが、しまいには、出来事が生じて彼女はその相手と共に去っていってしまうというパターンが数多く見られる。

『罪と罰』のラスコーリニコフ・ソーニャ、『カラ兄弟』のドミートリイ・グルーシェンカの場合は例外だが、ドストエフスキーの恋愛小説は基本的には悲恋小説と言えるだろう。
   
  
[角川文庫(旧版)『白夜』、
ロベール・ブレッソン監督の映画「白夜」より。]
    
[742] 2025/03/15/(Sat)20:45:48
名前 Seigo
タイトル ドストエフスキーの信仰と心の平安のこと
本文   ※追記更新 25/03/16 12:23

トルストイやニーチェのそれと相違するものとして、ドストエフスキー本人は聖書などを通してのイエスや神とその教えへの信仰によってどの程度心の平安を得ていたのかを、今後もっと明確にしていければと思う。

このことに向けて、作中の無神論的な登場人物の考えや思いはあてにならない。氏の残した著作やメモ・ノート(こちらの書簡中の言(げん)はやはり重要)、氏をめぐって身内や知人が述べて残したことを、もっと、あたって、確認していく必要があるだろう。

なお、
妻アンアの寄り添いと協力も、氏に心の安心・安らぎを与えていたと言えると思う。
    
    
[741] 2025/03/12/(Wed)20:27:00
名前 Seigo
タイトル 斎藤孝『ドストエフスキーの人間力』
本文 大学教授として、専門の語句・文芸に関する著作だけでなく、古今東西の教養書を広く上梓している斎藤孝さんのまとまったドストエフスキー論として、作者ドストエフスキーのことも含めて、主な登場人物の言動を、

 ・過剰に「不意」なラスコーリニコフ
 ・過剰に「期待を持たせる男」スタヴローギン
 ・過剰に「情熱の燃え上がるごった煮男」ドス
  トエフスキー

といったふうに、「過剰な(過剰に)」というキーワードから論じた『ドストエフスキーの人間力』が面白くて鋭くて、おすすめです。
    
[740] 2025/03/10/(Mon)21:19:31
名前 Seigo
タイトル 中村健之介『ドストエフスキーのおもしろさ』
本文 ドストエフスキーのことをまとめた入門書として、

『ドストエフスキーのおもしろさ ― 言葉・作品・生涯』
(中村健之介著。岩波ジュニア新書。1988年刊。)

が、おすすめ。

見開きごとに最初にドストエフスキーの言葉や作中の言葉を挙げつつ、ドストエフスキーのこと全般を多面的に紹介している。

ただし、この本は現在品切れになっていて、古書店でも入手しにくい。今後、再刊を期待したい。


  




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