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[318] 題名:新作(タイトル未定) 第二話つづき 名前:ポチ MAIL URL 投稿日:2025年03月30日 (日) 09時58分

「……だからって……」
まだ納得できない、できるはずがない。日野の要求を受け入れた、先生の選択。
「まあ、一度か二度、汚辱に耐えればいいって、そう考えたんじゃないかなあ。高校時代の仕返しとして先生を貶めることが、日野の目的なら、って。それでも思い切った決断には違いないな。母親としての覚悟ってことかね」
「…………」
「しかし、案に相違して、関係は長引くことになった。ってことは、日野のほうは、高校のときから邪まなキモチを抱いてたのかもな。間近に接する機会も多かったし」
「……なんでだよ」
と、口を挟んだのは藤宮だった。寝落ちてはいなかったらしい。
「同級生の母親だぞ? なんで、性欲の対象に出来るんだよ? それも、あの母さんだぞ、“鬼宮”だぞ」
「その“鬼宮”って看板こそが、付加価値なんだけどな。それに、十分に魅力的だと思うぞ、藤宮綾乃先生は。美人だし、グラマーだし。年増好きにはたまらんのじゃないか」
「……やめろよ……」
「先生自身も、それを自覚してなかったというか、女としての自分を安く見積もりすぎてたんじゃないか。思い違いだったって、いまになって実感してるかもな」
嫌そうに顔を歪める藤宮に、さらに冷徹な言葉をかける。一貫して、藤宮に対する態度が冷淡なのは、同情すべき経緯ではないと断じているのか。それは省吾も同意だったが、
「もう、いいって」
と、割って入ったのは、鋭利な言葉に自分も痛みを感じたからだった。
沈黙が閉ざす。遠く、別室の音楽と歌声が聞こえた。そうして、しばし混沌たる思考と感情の中に身を置いて。
「……どうにか、できないか?」
と、省吾は伊沢に訊いていた。縋るように、そんな言葉をこの同級生にかけることを、このときには奇怪なこととは感じずに。
「うーん、難しいわな。日野に手を引かせる材料はないし。それに、事態に介入するってことは、俺たちが事実を知ったってことを、先生に知られる結果になるだろうぜ」
「…………」
「特に省吾には知られたくないだろうな、藤宮先生としては」
そうかもしれない、と思えた。そしてそれは、自分の側からしても同様だと気づかされた。今さっき、“知らぬ存ぜぬを装うしかなかった”と語った藤宮衛を責めたが、いざ自分の身に置き換えてみれば共感せざるを得ないのだった。
「……むしろ、恨まれるんじゃないか。母さんに。余計な手出しなんかしたら」
そう言ったのは、藤宮だった。何故か冷笑の響きをたたえて。
「……どういう意味だよ?」
「現状からの解放を望んでるかどうか、怪しいってこと」
いよいよ怪しくなった呂律で言うと、藤宮はソファにもたれていた背中をズルズルと横に滑らせ、寝転んだ態勢にかわって、
「……一緒に暮らしてれば、気づきたくなくても、いやでも目に入ってくることがある……。何故だか、急に伸ばしはじめた髪のセットに、毎朝時間をかけてる、とか。新しく買いこんだスキンケア商品を、いくつも洗面台の戸棚に隠してるとか。休日の外出なのにスーツ姿で、でも化粧は普段より念入りにきめてる、とか」
ブツブツと独り言みたいに言い募って、「でもっ」と急に声を高めると、仰向けの姿勢のまま省吾を見上げ、酔いに濁った眼で睨んで、
「それでも、俺の母さんだ……俺が、息子だ」
脈絡のない台詞を吐いて、ゆっくりと瞼を閉じて。すぐに寝息をたてはじめた。
「……どうも、“見て見ぬふり”も徹底できてなかったようだが」
伊沢が言った。皮肉と憐みのこもった声で。
「ま、キモチはわからんでもないけどな。少しでも罪悪感を薄めたくて、些細な事柄をすべて不穏なほうに解釈してる、ってことだろうぜ」
「……そうだな……」
その伊沢の分析で納得することにした。藤宮の並べ立てた事象のすべてを、その理解で片づけることにした。ただ最後の“俺が息子だ”というひと言が奇妙に耳に残った。
「まあ……自然消滅を待つしかないかなあ、現状としては。いずれ、日野の気が済んで、この悪どい遊びを終わらせるのを待つしか」
「……そう、なるか……」
「あとは、それまで、あまり無茶なことをして発覚しないよう祈るってとこかな。せいぜい、待ち合わせ場所を『Boothy』にする程度で満足してもらって」
「……それだって、こんな結果を呼んだじゃないか」
そうだ。発端は、たったそれだけのことだった。場違いな店に藤宮先生がいた、それだけ。
「うん、これはまあ、たまたま俺みたいな特殊な人間が居合わせたからで。レアなケースさ」
完全に納得できる答えを伊沢はかえして、
「……知りたくなかったかい?」
と、省吾に訊いて、すぐに、
「って、それは訊くまでもないか。知らないままのほうがよかったかい?」
「…………」
卑怯だ、と感じた。そんなふうに言い直されては、と。
しばらく黙考して、しかしなにもまとまらぬまま、
「……わからない……」
正直に答えた。
ふうっと脱力して、姿勢を崩す。
新鮮な空気が吸いたかった。この部屋の空気は淀んでいる。
会話が途切れれば、また室外の音が耳に届いてくる。連休の最後を楽しみ尽くそうとする賑わいが。
「……なんて、休日だ……」
慨嘆せずにはいられなかった。

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