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[314] 題名:新作(タイトル未定) 第二話つづき 名前:ポチ MAIL URL 投稿日:2025年03月23日 (日) 13時17分
ソファに深く身を倒し、目を閉じて、
「……どんな画像かは……わかるだろ? 日野と母さんの取り引き、口止め料は金じゃなかったんだって、そのときにわかったんだ」
「…………」
「日野に電話したけど繋がらなかった。夕方で、俺は家にいたんだけど、母さんはまだ帰ってなかった。パニック状態で、必死に状況を理解しようとしてた。嫌だったけど、画像も何度か確認したよ、なにか情報が欲しくて。日付はなかったけど、直近のものらしいって、髪の長さからわかった。もしかすると……リアルタイムで撮ったばかりの写真かもって思ったら。キモチ悪くなって、吐いた」
その不快さを思い出したのか、ジョッキに残った酒を飲み干した。何杯目なのか、ふうっと息を吐いた横顔には酔いの色が濃くなっている。
「……かなり遅くなって、母さんが帰ってきた。俺は部屋から出なかった。顔を合わせて、動揺を隠せるとは思わなかったし。そのまま朝まで、ただ後悔と申し訳なさに、メソメソ泣いてた。それで……朝になって。普通に、だよ、おはようって。さすがに腫れた目とか誤魔化せなくて、でも“冬休みだからって、不規則な生活はダメよ”って軽く注意されて、“気をつけるよ”って返して、それだけ」
ふっと虚無的に笑って、
「そう、クリスマスだったから、プレゼントの交換をした。もう、イベント的なことをする習慣はなくなってて、ただちょっとしたプレンゼントを贈り合うことだけ続けてるんだ。“メリークリスマス”って言葉も交わしたかな。まあ、忘れられないクリスマスになったのは確かだ。で、出勤する母さんを見送って。それで俺は、これからも、こうやっていくしかないんだ、ってね。なにも知らないふりで過ごしていくしかないって。日野から送られた画像は消去して。母さんの行動や様子を観察するようなことは、しないように。そんな生活が続いてる、いまも」
「……それでいいのかよ、おまえはッ」
軋るような声になっていた。衝き上がる怒りに。
「おまえのせいで、先生は」
「だって、どうしろっていうんだよ? 母さんに、もうやめてくれっていうのか? 俺も事実を知ってるって伝えて? 出来ないよ、そんなこと」
「まあ、先生としても、それは望まない事態だろうな」
伊沢が介入した。冷静な声で。まあ落ち着けよ、と手振りで示して。
「なにより、藤宮には知られたくないって思ってるはずだから。ただ、日野からネタバラシってこともありえるが。聞いたかぎりでの先生の様子から、その可能性は薄いかなあ。藤宮へのリークは、ちょっとしたイジリとか、それでどう事態が転がるかって、実験のつもりだったとか。あとは――まあ、その推測はちょっと置いておくわ」
思わせぶりに言葉を濁して、
「で、結果は、おそらく日野の読みどおりに、藤宮はなにも行動を起こさず。先生は、息子に知られたことは知らないまま、日野との関係を続ける。日野は、その構図を眺めて愉しんでるってとこか」
「…………」
呆気にとられるといったように聞き入ってしまった。語られる日野の意図の悪辣さと、それを事細かに推察してのける伊沢の思考に、厭わしさと怖気を感じつつ、
「……日野は、高校時代の復讐をしてるのか?」
そう訊いていた。
「うーん、復讐ってのは、大袈裟かもなあ。だって、“鬼宮”なんて呼ばれても、そんな理不尽な横暴さをふるうって先生じゃなかったろう? まあ、意趣返しくらいのつもりだったんじゃないか。ってのは、藤宮とチャラいサークルのコンパで出くわしたのは、あくまで偶然だったはずだからさ。大学デビューって浮かれてる、あの“鬼宮”の息子に、遊びを教えて堕落の道に誘ってやろうって、その程度だったんじゃないか、最初は」
遠慮のない言葉を吐かれても、藤宮は反応しなかった。薄目になって身動ぎもしないのは、酔いのはての眠りに落ちかけているのか。
「それが、あまりに上手くハマったんで、図に乗っていったんじゃないか。手近の女の中で、いかにもトラブル・メーカーってタイプをあてがって、チェリーを奪わせたって流れは、愉快だったろうなあ」
「……ホテルの件も、仕組んだのか?」
「いやあ、さすがにオーバードーズで昏倒ってのは、想定外だと思うがなあ。リスクが高すぎるから。ただ急な事態に臨んでの日野の行動は、まあ、御見事だったわな。結果的に、なにがしかの騒動を期待して藤宮に押しつけてた手札が、想定外だが期待以上の働きをしてくれたってことだ。ジョーカーだな」
「…………」
「おそらくだけど、その事件が勃発して、そこで初めて、日野は“本丸”である先生にまで手を伸ばす気になったんじゃないかって、俺は思うんだけどな」
「…………」
「まず刑事事件にまでならなかったってことは、そのパンクなネエちゃん、違法な薬物は食ってなかったってことだろうけど。それも結果として、いい塩梅だったわな。ただ緊急搬送ってことで公になって。そのあと日野は退学してるんだ」
「そうなのか?」
驚きは、“そんなことまで、もう調べてあるのか”というものだったが。
「大学からの処分は停学だったんだけど、自主退学したのさ。まあ、いっちゃあなんだが、Fランだしな。実家の商売、後は継げなくても食い扶持はあるって、あいつはずっとそういう行動原理だからな、高校時代から。ヤツとしては痛くもない代償を払うことで、タイミング的に“例の件が原因で大学をやめた”ってかたちを作ったわけだ。悪どいよなあ」
「…………」
「そこからがさらに狡猾でさ。事件が落着してから、二ヶ月の時間を置いた。これが効いてるよな。“実は――”と掘り返されたときに、その時間の経過が、藤宮には不利になるわけだ。もちろん、藤宮先生にとっても」
もし、と伊沢は続けた。
「もし、藤宮が騒動のとき、すぐに先生に打ち明けていれば、先生は必ず名乗り出させて、責任をとらせたはずだよな。或いは、もし事態がもっと重大な結果になっていたら、たとえ時間が経ったあとでも、やっぱり責任をとらせたと思う」
「……ああ」
「ただ実際の経緯は、どちらでもなかった。それが先生に、本来なら持ち出すこともなかったはずの天秤を使わせて。結果、天秤は“我が子の将来”と“自身の教師としての立場”を乗せた皿のほうへ傾いてしまった、と。そういうことなんじゃないか」