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[143] 題名:Lady in Black - 黒衣の貴婦人III (1) 名前:XXX MAIL URL 投稿日:2023年09月11日 (月) 09時53分
とある地方のホテル内、バー・ラウンジの一角。
志藤は独りちびちびとやりながら、時間を潰していた。
怜子が部屋に戻った後、志藤はいつもの癖で周囲の客やウェイトレスに目を向けた。お眼鏡にかなう女性を見つけたとしても、まさかこの状況で火遊びをするつもりはなかったが。意識せずとも“獲物”がいないか観察してしまうのは、この男の不埒な習慣であり、本能でさえあった。
久々に姉弟で旅行に出かけた妻から少し前に連絡が来ていたことを思い出し、メッセージアプリを開くと、当たり障りのない返事を返した。温泉に出かけたと聞いているが、実際どこへ行っているのか、その目的もはっきりは知らなかった。
それは志藤と怜子の方もお互い様だった。怜子は北の地に、志藤は自宅にそれぞれいることになっているのだから。家族内での騙し合いも見え透いたものだったし、またこの家族にとって、そんな駆け引きが面白おかしいのはいつものことであったので、志藤も深くは詮索しなかった。
少しの間、英理との白々しいやりとりをしていたが、やがて返事がこなくなるとスマホで気になったネットニュースを読み始めた。それにも飽きると、今日撮影した写真の撮れ高を時系列に確認し始めた。
朝に家を出て、途中休憩したり食事をしたりしながらも、大した寄り道はせずにこのホテルへと直行したため、撮影場所は限られていたが。それでも、車内や休憩で立ち寄ったサービスエリアといった、自宅の外で撮られた“パブリック”な写真には目新しい印象を覚える。
被写体がこちらを向いている写真が少ないのは、“家族旅行”の一場面を切り出したというには少々異様であったが。一方で怜子の表情も普段とは少し違うような気もして。なるほど、ビジネスの場や、家族で過ごすとき、そして情を交わす際のそれぞれの貌は知っていたつもりだったが、本当にプライベートな場面を垣間見ることはほとんどなかったなと気づかされる。
旅程の最初、運転席でハンドルを握る怜子の横顔もなかなかいい具合に撮れている。
普段の“社長姿”にもそそられるが、プライベートの姿はひと味もふた味も違って新鮮味がある。
サービスエリアで撮影した写真。車から降りて歩いていく怜子を少し遠目に車内から撮影した一枚。黒いコートに身を包んだ佇まいはいかにも堅固だったが、どう見ても周りから浮いているように見えるのが滑稽だった。
だが、車外に出た怜子の表情には浮かれた様子はなく。淡々としているというよりは、社長業をこなしているときのそれに近い気がした。しかし、ガッチリと固めた外壁の下で、肉体は熱く滾っていたのは、先の会話で確認済だ。その事実はこれらの写真に更に深い趣を与えるのだった。
志藤自身、これまで何人かの女性と旅行に出かけたことはあった。もともと、旅行そのものにそれほどの熱意があるわけでもなかったが、“お忍び”旅行特有の高揚感はいつだって興味深いものだ。しかし、こうして朝から今までの出来事を振り返りながら、自分がこれほど無邪気に旅行を愉しんでいることに気づき可笑しくなった。しかも、相手は義母なのだ。
何枚か写真をスクロールすると、先ほどサービスエリアで撮られたものと同じ構図の写真。だが、場所はこのホテルの駐車場だった。パブリックな背景の写真はここで終わって、次からは場所をホテルの一室へと移していた。
先ほど、写真に写る女と共にレストランで堪能した“フルコース”で例えるなら、往路での成り行きが“突き出し”で、この先の写真が示す内容が“前菜”と言ったところだろうか。本来食欲を刺激するのが目的のはずの前菜にしては大分濃い味付けであったから、前菜を飛ばして既に“メイン”に入っているのかもしれなかったが。
そもそも絶世の女社長を堪能する極上のフルコースは、味わいもボリュームも胃もたれするほどの重さなのだから仕方ないだろう(だからこそ、日々様々な形で味の変化を提供してくれる娘の存在が良いスパイスを効かせているのだが)。
供する相手を厳しく選ぶこのコースは、並みの者では次に待ち構える更に重厚な“メイン・ディッシュ”まで辿り着くのは不可能だろう。しかし、底無しの性欲を誇る獰猛な牡獣はそうではなかった。先の行為でまだ“前菜”ならば、次はいかほどのものが出てくるのかと期待が膨らむのであった。
怜子が部屋に戻ってから一時間ほどが経過しようとしていた。もう“支度”も済んでいることだろう。“そろそろ戻りますね”と怜子宛にメッセージを送るとすぐに“待ってるわ”と返信が来た。
志藤は立ち上がり、会計を済ませてラウンジを跡にした。
カードキーで鍵を解除して、部屋のドアを開ける。
部屋に戻ってくると、廊下よりもムンとした暖かい空気が志藤を出迎えた。
空調の温度はやや高め、加湿器で十分に潤された湿度。本当に細やかなところまで気が利くのは親娘同じだなと感心する。
奥に見えるソファには、コートを纏って襟元まできっちりと締めた怜子が腰掛けていた。
昼間と同じくロングコートがその全容を隠していたが、膝の辺りからは黒いストッキングに包まれた脚が伸びていた。違いと言えば、ディナーのときと同じヒールを履いていることぐらいだろう。
ローテーブルには綺麗に洗われたグラスと持ち込んだ酒たちが鎮座している。ご丁寧にワインクーラーで冷やされているものもある。
そのダークでムーディーな姿で“客人”を待つ様子はまさしく“女首領”という言葉がぴったりだった。最も、それは単なる会談ではなく、もっと秘密めいた雰囲気を醸し出していたが。
室内で、しかもわざわざ外套を着込んでいる姿を見ると、眼前の貴婦人はその下に今宵の新たな趣を用意していることは容易に想像できた。なんせ、これから供されるのは今宵の“メイン”なのだから。
向けられた誘うような視線に思わず昂りを覚えたが、敢えて少し悪ノリしてみたくなった。
「今夜も長くなるでしょう。夜中に行くのも億劫になるでしょうし、飲み物やツマミでも買いに行きませんか。せっかく社長もコートを着て準備されているわけですし」
持ち込んだ酒もつまみもそこに準備されているにも関わらず、わざわざ外へ出かけさせようとする見え透いた悪ふざけに怜子が黙っていると、
「そういう気分ではない?」
「…構わないわ」
貴婦人は渋々了承し、ソファから立ちあがった。
部屋を出れば、エレベーターホールへと繋がる廊下。黒いコートを隙なく纏った貴婦人がコツコツとヒールを鳴らしながら歩を進める。そこから少し距離を空けて、若い男が続く。エレベーターが来ると、さっと男が女の後ろへと乗り込んだ。
昼間のチェックイン時とは違って、この時間帯ではサングラスで顔を隠すわけにもいかず。グランドフロアまで下りると、女の方は周囲の視線を避けるようにフロントの前を足早に去った。男の方はいうと、前方の女を見据えて、微妙な距離を保ったまま歩いていく。
その様は“連れ立って”というよりも、先を歩く淑女の立ち振る舞いを少し後ろから若男が鑑賞しているようだった。
開店扉を抜けて通りに出ると、飲食店やカラオケ店の明かりがちらほらと見える。だが、人通りは少なく、地方都市らしく全体としては暗かった。その暗闇に、全身を黒に包んだ女はすっと溶け込んだ。
横断歩道を渡り、歩いて五分ほどの所にあるコンビニ。この時間に利用する者の多くはこのホテルの客だろうか。
自動ドアが開いて、客の入店を告げるチャイムが鳴る。
総身が黒ずくめという異様な出立ち。この辺りの地方都市ではおよそ見かけない派手な貌立ちの女は、セクシーながらも圧倒するような鋭さを秘めて。履いたヒールの高さも手伝って、“女性にしては”という域を超えた大柄な背格好。
怠そうにレジに立っていた店員は、来店した奇々怪々な美女の存在に気づくと、ピンと背筋を伸ばして慌てて挨拶をした。
「い、いらっしゃいませッ」
緊張から出てきた声は裏返っていた。女の存在感が強すぎたのか、その歩みを目で追っていた店員は、少し間を空けて入店した大柄な男の存在には全く気づいていなかった。
レジで挙動不審になっている店員に対し、女は一瞥もくれず、ひたすらに前を見据えて、迷う様子もなくビールや水、酒の肴といった類のものを買い物カゴへと入れていく。
他に客もいなかったせいか、滞在時間は五分にもならなかったかもしれない。引き返すことなく、レジへと進み、さっさと会計を済ませて退店していった。
後を追うようにもう一人の客が出ていったときに、店員は初めてその男の存在を認知した。
往路と同じ距離感を保ったまま、無言で二人の男女が来た道を戻る。
ホテルへ戻ってきてエレベーターに乗り込むと、今度はひとりの男性客と乗り合わせた。年齢は三十代くらい、恰好から推察するに地方出張へ来たと見られるビジネスマンだろう。
居合わせた貴婦人とばったり目が合うと、猛禽類を彷彿とさせる女の鋭い目線に気圧されて直ぐに目を逸らした。
この男も、やはり“もう一人の男”の存在などほとんど気にすることなかった。女の無言の圧力に怯みながらも、怖い物見たさ故か、エレベーターを出るまでの僅かな時間、下げた視線を忙しくなく美貌の麗人の方へと動かしていた。
その場にいたもう一人の男は、己の存在を無視されているのを良いことに、眼前で繰り広げられる様子をいかにも面白げに眺めていた。