覚書
小説に成りきれない雑文や、日々の語りなど。| 烈火の剣/理想郷 | |
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| [142] 2005年11月29日 (火) 13時56分 烈火の剣/理想郷 | |
| ファリナは不機嫌だった。 許すわけにはいかない。 ここで許したら、姉を更にがんばらせてしまうことになる。 手を貸すことはたやすいが、姉に無理をさせることになってしまっては本末転倒だ。 だから、私は絶対に許してやらない。 決意は、固いものだった。 姉であるフィオーラが、勤めていた会社を休み、知人であると言う青年の喫茶店を手伝うようになって一ヶ月経つ。 家に帰ってからも、新メニューや内装についての案を考えている姿を見ると、彼女は相当、その店に入れ込んでいるらしい。 ―――喫茶キアラン。名前はファリナも知っている。 コーヒーの味と香りに関しては、この辺りで名を知らない人間などいないのではないだろうか。 でも、それだけ。 味はある程度あれば、あとは値段で選ぶファリナにおいては、足を向けたことは一度もない。 そういう、店なのだ。 ケーキが美味しいとか、店員さんがカッコいいとか、内装が可愛らしいとか、女の子を惹きつける要素はなくて、つまりは、そういう店だと言う認識が濃い。 今の時代を生き抜くには、難しいのかもしれない。 …ケーキか サイドメニューがどのくらいあるのかは知らないけれど、数は少なくてもいいから、コーヒー以外に売り出せるものがあったなら、少しは変わるのではないだろうか。 味にこだわる店だからこそ、値段は譲れないとしても、その分、勝負に出れるのではないだろうか。 メニューをぐっと絞って、売り出すものをもっと表に出して。 気配りの細やかさは姉の得意分野なのだから、一度客を捕まえたら逃すことはないはず――――― 「………何やってんだろ」 自分は関係ないのに。 許したわけではない、店のことに、なんだって自分はこんなに考え込んでしまうのだろう。 ―――だって 楽しそうなのだ、姉は。 自分が不機嫌になるから、店のことは家庭ではほとんど話すことはない。 けれど、計画帳に目を通す彼女の表情、帰ってきた時の声の朗らかさ。 それだけで、彼女が店にどれだけ心を砕いているかは伝わる。 応援したい。 本音を言えば、彼女を手伝ってやりたかった。 だけど、それは、がんばりすぎる姉には薬とも毒ともなりかねない… それだけが、不安なのだ。 「もう… らしくないなぁ」 そうだ、明日は店は休みだったはず。 中にはいることはできなくても、外側から雰囲気を覗くくらいはいいんじゃないだろうか… バイトの帰り、寄ってみようか? それが、意地っ張りなファリナにできる、姉のための精一杯の行動だ。 繁華街を一本中に入った、それだけで静かな住宅街に、喫茶キアランはあった。 古めかしい木の看板。重厚な扉。入り口までの3段の階段は、煉瓦造りで可愛らしい色使いだった。 アーリーアメリカン風の窓は今は閉じられていて、店内を見ることは叶わない。 横の路地を覗き込んだ感じでは、奥のほうにテラスがあるようだ。 悪くはないデザインだと思う。 そう、雨の日に、濡れる庭を見ながら推理小説なんか読んだら、あっという間に時間を過ごせそうな雰囲気。 控えめな佇まいは、嫌味はないけれど、目には留まりにくいと思う。 「そうね… 入り口に、スタンドの看板置いたらいいんじゃないかしら。 オススメのセットとか、月変わりでもいいから…。写真かイラストを添えた方がいいわね。 晴れた日は扉をオープンにして… ううん、開けたところにサイフォンとかカップとかレイアウトするのもいいわ。 それから―――」 「素敵な意見、ありがとう」 コーディネートに夢中になっていたファリナは、後ろに人が迫っていたことにも気づかず、唐突な声に悲鳴を上げそうになった。 「もうしわけないけれど、今日は定休日なんだ…、せっかく来ていただいたのに」 振り向くと、生真面目そうな青年が、両手に紙袋を抱えて立っていた。 「ケントさん」 彼に違いない。 姉は写真など持っていないから、姿を見たことはなかったが… 見た瞬間に、彼だとわかった。 清潔感のある服装、整えられた髪型、少しぎこちない笑顔、穏やかな口調。 なるほど、姉貴の好みそうな青年だ。 「そうだけど、あれ、…もしかして、フィオーラの妹さん?」 「!!!! ど、どうして…」 「あぁ、やっぱり。お客さんとして来たことはなかったよね。君の話はいつも聞いているから、すぐにわかったよ」 は、話!!?私の話!??? 「よかったら、コーヒーの一杯くらい、飲んでいかないか? 今日はうるさいのも居ないし…」 「うるさいの…?」 姉貴の事…じゃあ、ないよね? 「はは ま、ともかく。 あぁ、時間は大丈夫かい?」 「…はい、」 彼の取り巻く穏やかな空気に、包まれるようにして、ファリナは喫茶キアランの扉をくぐることになった。 「…わぁ、」 踏み込んだけで、コーヒー豆の香ばしいかおりが漂ってくる。 「毎朝、必要な分だけ焙煎するから…染み込んでいるんだよね。」 荷物を降ろし、明かりをつけて、ケントが声をかけてくれた。 「ブレンドでいいかな?」 「あっ、はい!なんでも」 店内を見回しながら、ファリナが適当な場所に腰を下ろす。 想像したとおり、テラスに面した席は窓を大きく取っていて、綺麗に整えられた庭が一枚の絵のように映えた。 広い緑と、コーヒーの香り。 ケントは無駄な言葉を口にしないから、サイフォンからコーヒーの落ちる音が、耳に心地よくて。 …ずいぶんと贅沢な気分。 素敵なお店だと思う。 けれど、それを「素敵」なのだと感じる余裕が、最近の社会ではないのかもしれない。 時間と価格の競争が基本だから。 …でも このお店は、そんな波に乗って欲しくないなぁ 姉が、喫茶キアランに入れ込む気持ちが、なんとなくわかる。 普段はOL生活で時間に終われている彼女も、本当は穏やかな時間を望んでいることを知っているから。 「ケントさん… ありがとうございます」 「うん?」 「姉に、声をかけてくれて。 …最近の姉、すごく楽しそうだから」 「…そうか」 それはよかった。 静かに答えて、ケントはファリナにコーヒーを供し、彼女の斜め向かいに腰を下ろす。 深い琥珀が、陶器のふちに揺れる。 今日、ここに来てよかった。 暖かなカップを握り締めながら、ファリナは思う。 フィオーラを前には口に出来ない言葉も、彼ならば上手く伝えてくれるかもしれない。 「…あの、ケントさん、もし、」 もし―――― 言葉の先を、ファリナは続けることが出来なかった。 唐突に開かれた扉、鳴り響くドアベルに掻き消されて。 「ケント!!!」 滑り込むのは男性の声。 反射的にケントは腰を浮かせた。 「なんだセイン!騒々しいぞ」 あ、うるさいの、ってこの人…、 「リン!リンディス様が!!」 ファリナが納得すると同時に、 ―――――リンディス? 「オーナーのお孫さん、見つかった!!!!」 聞き覚えのある名前、それは、 歯車は確かに、動き始めていた。 ファリナの固い決意をも、噛み砕くほどの力で持って。 --------------------------- 続いてしまいました喫茶キアラン。 もう、どこがパラレルなのでしょうか。理想郷なのでしょうか。 ものっそい、長期戦の予感です。 ケンファリっていいですよね!癒されますよね!! お茶を濁して続く。 …続くの? |
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