覚書
小説に成りきれない雑文や、日々の語りなど。| 烈火の剣 | |
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| [84] 2005年08月19日 (金) 23時17分 烈火の剣 | |
| 「どうだった、講習会は」 到着ゲートをくぐった先に立っていたロイドが、一番に口にしたのがそれだった。 マシューは荷物を肩にかけなおし、なんとも言えない表情で立ち止まる。 「…オカゲさまで」 そしてようやっと、一言だけ返した。 ――あぁ、いつの間にか誰かさんと同じような返答をするようになったなぁ。それが誰のせいなのか知りながら、ロイドは思って笑うのだった。 エトルリアで一流レストランのシェフによる講習会があると話を持ち出したのはつい2週間前、レイラからだった。 席は二つ。当レストランでメインディッシュを受け持つ、マシューとウハイへ宛てたもの。 「今は店も落ち着いてる時期でしょう。良い機会だと思って。」 それはマシューの興味のあるジャンルの料理であり、強く心を動かされた。 でも…、と迷いの視線を動かした先には、さして気にする風でもないロイドがいた。 「何。2、3人減ったところで大丈夫だよ。留守は俺が預かる。」 そう言って、軽く背を押してくれた。 今でこそパティシエを専とする彼であるが、元は料亭「黒い牙」の跡取であり、一通りのことを人並み以上にこなせる。 ジャファルは既にマシューの片腕として充分に果たしているし、前菜ならばニノ一人に任せても大丈夫。 ならば―――――、 「よろしくお願いします」 力強く頷く仲間達に、マシューが頭を下げた。 出張などどのくらいぶりだろう。 決して遊びに行くわけではないのに、マシューの心は、どこかうきうきしている。 3泊4日の行程の中、2日間はまる一日講習で自由に動けるのは到着日と最終日のそれぞれ半日だけ。 観光にはまるで興味の無いマシューには、土産を買うだけなのだから充分な時間だといえた。 「ウハイさん、ウハイさん!」 普段は陽気を振舞いながらも沈着なマシューが、それでも子供のように呼びかけては服の裾を引っ張ってくる。 ウハイは笑いをこらえながらも、いちいち「なんだ」と答えてやっていた。それこそ、子供を相手にするように。 そんな彼もまた、少し浮き足立っているのかもしれない。 ―――嬉しいんです。 3日目の夜だった。 ホテルのラウンジで、カクテルの入ったグラスを少し傾けて、マシューはぽつりと言った。 「こうして、ウハイさんと二人きりって、今まで無かったでしょう」 オズインにラガルト。共通する友を二人も持ちながら、そういえばゆっくりとした時間を持つことは無かったかもしれない。 「おれ、ウハイさんに憧れてたんですよ」 ――…それは初耳だ。 「何年前になるかな―… ウーゼルさまの会長就任祝賀会の膳。作られたの、ウハイさんでしょう」 「………それは」 「あのころから、ずっと」 憧れてたんです。 グラスの底の過去を遠く見つめながら、マシューは独り言のように言うのだった。 その横顔を、ウハイはぼんやりと見返し、懐古した。 ―――もう、10年近く経つのでは無いだろうか。 自分は世話になった料亭"黒い牙"を出て、小料理屋を出した頃。 料亭時代から交流のあったオズインから、主の祝いの膳を用意して欲しいと依頼を受けた。 "黒い牙"の名ではなく、"ウハイ"という個人を選んだことに甚く感激したのを覚えている。 「あんな美味しい料理、初めてだった。 あんな感動をおれも作れたら―ー―って。それで、この道を」 「………」 思いがけない言葉に、ウハイの胸は熱くなっていた。 あの頃は自分もがむしゃらで、料理に対して必死だった。それを、受け止めていたというのか。―――――、 「…マシュー」 「っ、ウハイさん?」 ぐい、急に肩を抱き寄せられて、マシューは戸惑う。しかし…嫌じゃ、無い。 普段は感情を表に出さないウハイが、自分に答えてくれたことが嬉しい。 「…ウハイさん」 体から力を抜いたマシューが、ウハイの肩に頭を預けた。 そこへウハイの影が重なり―――― 「STOP」 べり。 そんな音が聞こえた気がした。 「人がいない間に何してんの」 「らっ」 「ラガルト」 呼吸の停止したマシューの後を、ウハイが継いだ。 「遅かったな」 「長引いたんだよ。こっちは仕事なんでね」 ファイルボックスで肩を叩きながら、ウハイの隣へとラガルトは腰をおろした。 「なっ ……んで、お、まえ、ここに…ッ?」 酔いがすっかり吹き飛んだマシューが、ウハイを挟んでラガルトを指す。 「…そんなに驚くことかね」 むす、としたままラガルトが応じた。こちらをちらとも見ようとはしない。 「オレのエトルリア出張は1ヶ月も前から決まってたんだけどね?」 ―――そうだっけ。 そういえばその件でずいぶんゴネていた時期があったような…? この国のオエライさんが病気だとかで、そのメニュー指導を頼みたいとラガルトが直々に呼ばれたのだ。 自分の旅行計画にいっぱいいっぱいになっていて、すっかり忘れていた。―――と言ったなら酷く落ち込むだろうから、マシューは慌てて飲み込んだ。 「ま。おかげで明日には帰れそうだけどね」 「…え、じゃあ」 「おたくらと一緒の便で、チケットとって来たよ」 …抜け目の無い男である。 得意げに航空券をひらめかすラガルトを見て、マシューは苦笑した。 「? 俺は帰らんが」 ―――――爆弾発言。投下したのはウハイだ。 「病の社長の見舞いにな、明日、オズインが来る。俺はあいつと明後日かえると……ロイドには伝えていたが」 たいした問題でもないかのように、さらりと告げて見せる。 口笛を吹いたのはラガルト。 顎を外したのはマシュー。 ――――と、いうことは、明日、この男と二人きりで帰る、と…? 文字通り以外の何者でもない、餓えたケモノ、と? 「…そろそろ俺は部屋に戻る。ではな、マシュー」 「あっ、ウハイさ…」 まって、行かないで、一人にしないで。 言葉にならないマシューの悲鳴は必死だった。 「そうだ、マシュー」 「はいっ」 立ち去り際に、足を止め。ウハイが振り返る。 「一つだけ」 希望の光明と腰を浮かせたマシューの耳元に唇を寄せる。 「―――――――――――――は」 耳打ちされた、言葉に。 マシューの思考は一瞬停止した。 それは…どういうこと、なのだろう。 席一つ分の空白を残して言ったウハイの言葉に、マシューの心は乱されていた。 『あの膳の、メニューを考えたのはラガルトだ』 えー。研修旅行帰りに飛行機内にて書いて来ました。仕事でのことは理想郷にすぐに反映されます。分かりやすいな。 予想以上に長かったので今夜はひとまずここでストップ。 |
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