覚書
小説に成りきれない雑文や、日々の語りなど。| 烈火の剣/リレー | |
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| [74] 2004年07月15日 (木) 22時14分 烈火の剣/リレー | |
| 「後ろ、いいかい」 隣に、とは言わないのは、マシューがここでこっそり見張りの役を担っていることを知ってなのだろう。 承諾を待たずに、ラガルトは彼の死角となる場所へ座り込む。 「いーい天気だねぇ」 世界の命運をかけた戦いが行なわれているとは思えないほどに、空は青く突き抜けていて、吹き抜ける風は夏の始まりの匂いをしていて。 許されるならば、このまま陽を浴びて横になりたいと――思うのが常の人だと、そう感じられるほどの、穏やかさ。 不謹慎ではあるが、砦の屋上であるこの場所は、絶好の昼寝の場所ともいえた。 ―――なのに。 「あんた、寝てないだろう」 「―――――――、」 突然振られた話に、マシューの緩みかけていた体が強張る。 「別に……」 寝たいともおもわねぇ。 口にしようとした強がりは、寸でのところで飲み込む。 眠りたくない、その理由まで芋づる式に話してしまうのは嫌だ。 「――、―――――、♪」 「…………は?」 不意に。 風に乗り聞こえてきた旋律に、マシューは間の抜けた声を上げた。 「…なんだ、そりゃ?」 ラガルトは答えない。 ただ、耳にどこか懐かしいメロディだけが、運ばれてくるばかり。 その意味を理解して、マシューは呆れながらも緊張をといた。 ―――ベルンの、子守唄だ。 どこかで聴いた、その国の民族音楽にどこか似た曲調からそう判断して、思わず顔が緩む。 子守唄?この男が? 似合わない、全くもってらしくない。 それを捧げられる自分というのもどこかおかしいし、なのに思いのほか歌は下手なものでは無く、心地よいとすら感じられて。 「…くくく」 こらえきれない笑いを洩らせば相手に通じたらしく、調子に乗って声を大きくしてくる。 ――あー…、適わない。 叶えられなかった願いと祈りへ感傷に浸ってることなどお見通しで、それを赦して「休め」と言ってくる。 合わせた背から、低い歌声とほのかな体温が、抗いがたい誘惑を伴って伝わってくる。 「じゃあ…甘えさせてもらうか」 死角すら守ってくれると、言うのなら。 とん、 肩へ負荷がかかるのを確認して、ラガルトは目を細めた。 今は、ゆっくりおやすみ。 心の中でそう囁いて、眠れるようにと歌を続ける。 もちろんそんなものを聴いて育った身ではないけれど、それの与える安らぎと心地よさは知っている。 ―――憧れ、手に入れたくて、できなかったもの。 感傷に浸ってるのは…オレの方かもね? 何の危機感も無く、信頼だけを寄せてくる背中の温度に、さてどうしたものかとラガルトは空を仰ぎながら考えていた。 紫月さまとの電波交信により受信したオヤスミラガマ、です。 メインはこのあとの修羅場なのですが、歌うラガさん、というのもずっと書きたかった要所でしたので。 というか書きたかった分、思いのほか長くなってしまいました…。はは。 |
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| [76] 2004年07月23日 (金) 02時15分 紫月 | |
| 歌声が、甘く密やかに風を震わせる。 それを聞かせる相手は既に届くはずもない深い眠りにあると、肩にかかる重みの変化から察していた。 それでも、寝不足を差し引いてもあまりにも心地良さそうに寝入られてしまったから、万一にも眠りを妨げたらと思うと止めることも躊躇われて、声量を絞ったまま歌い続けている。 最も、そう多く知っているわけではない子守歌はさっさとレパートリーが尽きて、繰り返しにも飽きた今は、古い恋歌を思い出せる限り口ずさんでいる。 催眠効果くらいは望めないかとわざと情熱的なものを選んでいると、ふと声に雑音が混じった。 人の寄らない場所に、ひとつだけ響く音は耳を澄ませるまでもなくはっきりと聞き取れる。 迷いのない足取りは隠そうともしないから尚更だ。 大胆で豪放な、陽の下を歩く者の潜めることをしない歩み。 危うい足元にも、その道の平らかなれと投げ出される身を知り、受け入れている故の。 階段に差し掛かりもういくらもせずに辿り着くだろう足音の正体ならわかっている。 傍らの青年のように足音だけで人を判別するような特技はないけれど、状況からの推測は難しくない。 探すまでもなく青年がここにあると知っているのは、命じた者だからに決まっている。 あと十、とタイミングを計りながら傍らに目を落とす。 一応青年が負った役を代わったからには万一に備えない訳に行かず、背後から身を移させたが、声ひとつ上げず穏やかな寝息は保たれたままだ。いまも、緩やかに上下する胸に乱れはない。 …三。声には出さず数えながら、歌を止める。 僅かに睫が揺れたけれど、風か青年の無意識かはわからない。それきり眠りは安らかで、安心してラガルトは顔を上げる。 最後の数字に合わせるように、踏み出す足音は最後の段を踏む。 現れた大柄な姿は、目にした風景に一瞬戸惑い、把握するなり不快感を露わにした。 「なっ、…何してんだよ」 辛うじて働いたらしい理性が上げかけた大声を止めさせる。 それまでよりは気遣った足取りで近付きながら、無理に抑えた声が表情そのままの抗議を寄越す。 「見てのとおり、ですがね?」 表す意味に気付かない振りで、言わずもがなの事実を返せば、傍らが主と仰ぐ候弟はむっと眉間の皺を深くする。 「笑ってねぇで、そこを退け」 抑えていても充分な威圧をもつ声が恫喝するが、まともに取り合うことなく平然とラガルトは笑んで見せた。 「生憎、動けないもんで」 「いいから退きやがれ…!」 いちいち癇に障るのだろう対応に、自制を忘れかけた候弟が声を荒げる。 予想済みの素早い動作で、ラガルトは唇に立てた指をあてた。 「…起きちまいますよ?」 「…っ」 吐き出しかけた勢いを慌てて飲み込み、悔しそうに候弟は口を噤む。 封じられた言葉の代わりに、怒りに転化した苛立ちを全て込めた険しい視線を寄越すけれど、後一歩の距離は詰められない。 互いに取って最も有効なカードは、文字通りラガルトの手の中にあるのだから。 「随分寝てないみたいでね。邪魔するのも忍びない。悪いが、今だけ貸しといてもらませんかね?」 不眠の原因の一端を担う候弟には、否と返すことは出来ない。 例えば候弟その人が下した命ではなくても、結局青年が動く理由は、候弟の為なのだ。 最も当人はそれを苦労とも思いはしないだろうし、そして不眠の原因はむしろ他の要素の方が大きく影響しているらしいことも、知ってはいるが教える義理はない。 今だけ、と告げた意味も、傍らの青年が目覚めていれば気付いて渋面で抗議しただろうが、さすがに候弟には伝わらない。 「貸す貸さないってものじゃ…」 苛々した口調で的外れな抗議を呟きながら、耐えかねたように候弟はラガルトの傍らに手を伸ばした。けれど。 「ん…」 むずかる子供の声に似た吐息が、その手を止める。 「………ら」 とろんと眠気に蕩けた瞳は焦点を持たず、薄く開いた唇の吐き出す息とあいまってあどけない誘惑のように見えて、思わずラガルトは息を飲む。 候弟と同様、凍りついたように動きを止めた傍らで、かかっていた加重が移動する。 「―――レイ、ラ」 ふわふわと夢現の瞳が呟いた言葉は、張り詰めた空気の中に鮮明に保たれたまま放り出された。 沈黙が色を変える。 驚きと、安堵と、それから僅かな憐憫の混ざった視線に気付いて、ラガルトは見せつけるように寄せられた身体を腕の中に囲い込んだ。 今更、と紺青の瞳を真っ向から見返し、嘲笑する。優越に笑うのは候弟ではない。 過去の夢をいくらみていても、いま、抱きしめる腕を持つのはラガルトなのだ。 レイラ、とそう呼びながら、首に絡めてくる腕は、確かに慣れた高さを求めている。 「起こす前に、帰った方が良いと思いますがね…『若さま』?」 態勢を整えることで満足したらしい琥珀はまた閉ざされて、緩やかな呼吸を繰り返しはじめる。 その身体を腕にして悠然と笑みを浮かべ、ラガルトはわざと青年の物言いを真似て候弟を見上げる。 過去も含め、マシューを抱きしめることができるのは――受けとめ、包み込めるのは。 自分の特権だと…そう、いいたげに。 「…この”貸し”、高くつくぞ」 空白の揺り返しのような烈しい激情を捩じ伏せる無理に、握った肉厚の拳を小刻みに震わせながら、候弟は低く押し殺された―――ヘタをするとこちらまで斬られそうな、声で。そう告げて。 押し殺しきれるはずもない物騒な気配を纏ったまま、踵を返し背を向けた。 滾る内心を表すように揺れがちな歩みが、徐々に遠ざかっていくのを眺めながら、影の落ちる屋内に馴染みだすその背にひくく、呟く。 「…わかってるよ」 おそらく青年以上に根深く、候弟は部下を喪わせた組織を憎んでいる。 訣別し翻った身とはいえ、認識は組織の一員と変わらないラガルトは、必要だから、生かされているに過ぎない。 勿論直接的な報復が候弟に許されることはないのだろうが、出来ることなら余計な行動は慎むべきなのだ。 目的を持って、生き延びると決めた身であるからには。 「わかってる、けどね…」 それでも、引けない。 候弟の接近にさえ気づかない程に、深い眠りの傍に、存在を許して。 どんな言葉よりも顕かに、信頼の所在を示して。 彼はいま、ここにいる。 命を懸けても構わない…もう、引かない。 惧れも迷いも罪も傷さえも、この存在には敵わないのだから。 |
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| [77] 2004年07月23日 (金) 03時22分 紫月 | |
| ひどく優しい、夢を見ていた。 喪ったはずのものが、やわらかく、笑みをうかべて。 だからその名を呼んだのに、どこか違和感が滲む。 あたたかな腕が伸びる。包まれて、もういちど息をする。 「―――ラ、」 どこかで聞こえた苦笑は、優しく宥めるような情を帯びて。 耳に馴染んだ声。肌に馴染んだ体温。 わかってる。気付いているんだ、きっと、 「…ラ、―――」 「ん?」 呟きに返るはずのない声がおぼろげに耳に入り、その不自然さにマシューは見ていた夢の終わりを悟った。 ゆるゆると、重たい瞼にいつになく深く寝入っていたらしいと驚きながら、目を開ける。 視界の悪さに瞬きをして、あまりにも近く見えたものが、見慣れた男のあおい瞳だと気付いた時には既に唇が掠めた後。 「…なっ」 絶句し、反射的に飛び起きようとしたが、寝る前には背を向けていたはずの男にいつのまにか抱きこまれる体勢になっている所為で分が悪く、じたばたとあがいても面白がって拘束をつよくする腕から逃れることが出来ない。 「…どういうつもりだ」 「どうって、起き抜けに呼ぶから、てっきりおはようのキスをねだってるもんだとばかり」 けろりとした顔で言われて、反射的に眉を寄せたものの夢のしっぽが脳裏を過る。 久し振りに見た、後悔も涙も怒りも思い出さない、ただ愛しいばかりの面影。呼ぼうとしたのは彼女の名。 …呼んだのは、 「レイラ」 いかにも心外そうな声を装う為に、なるべく顔を見ないようにして巻きつく腕を振り払い、跳ね起きる。 「いいか、おれが呼んだのは、レイラだからな! レ・イ・”ラ”!!!」 身を起こし距離をとってから振り向き、思い込ませようとするみたいに逸らすことなく氷青の瞳を見つめる。 無理は承知している。だからむきになって抗議しているのだ。 呼ぼうとしたのは彼女の名。けれど呼んだのは、記憶が、確かなら――― 「はいはい」 少しも信じていない瞳を細めながら、全く聞いていない口調で男が笑う。 やわらかく微笑んで、遠ざかった分だけ追い詰めるように顔を寄せて、囁く。 「そのうち、夢の中にだって行ってあげるから」 「だから呼んでねぇって!!」 言ってるだろう、と睨みつけても、にやにやと笑う男は気にした様子も無い。 「わかってるって」 適当な返事をよこし、腕を伸ばしてくる。 その味わったばかりの心地良さは充分に抗いがたい誘惑だったけれど、捉われる前にがっと少々荒い動作で男の頭を手挟み、引き寄せる。 不本意そうな表情で舌打ち交じりの罵倒をこぼしながら、その頭を揃えた膝の上に落とした。 隙をつかれてされるがままに視界を変えられた男は、もの問いたげな視線で見上げてくる。 「おればっかりじゃずるいだろが…これで、貸し借りなしだ」 仏頂面で言えば、男の瞳にわずかにかかっていた困惑が拭い去られ、薄い唇が開きかける。 けれど、そこから漏れるどんな文句も戯言も聞くつもりのないマシューは、先手を打って言葉を封じる。 「ナシなんだ!!」 だからさっさと寝ろ、と視線を遮るように両目の上に手を置く。 と、置いた手に重ねるように、押し退けようとはしない男の手に掴まれた。 「…これだけじゃあ、足りないねぇ」 自分で塞いだ所為で表情の半分が読み取れないうえに、掠れた声が聞き取りにくく、うっすらと笑みを刻む唇に耳を傾けるように屈みこむ。 「あぁ?」 「ほら、貸しには利子がつくだろう?」 何を、と問うまで待つはずもない。 空いた手が素早く伸びて首筋にかかり、引き寄せられたかと思うと、元々縮めていた距離は呆気なくゼロになる。 「goodnight.」 首尾よく盗んだキスに機嫌よく笑って、honey、だなんてフザケたセリフを最後につけて、そしてラガルトは本当に眠り込んでしまう。 すとんと、音がしそうなくらい見事に、魔法にかかったようなはやさで。 マシューの不眠を悟るくらいの、眠れぬ夜をどれだけ過ごしていたのかとふと考えて、思わず溜息に紛うような呟きを漏らした。 「ばかやろ」 寝心地の悪い膝の上で、容易く眠れるくらいの疲労を抱えて。 塞ぐようにかざした掌のした、閉じた気配のするあおい瞳は、いま何を見ているんだろう。 過去の夢、願う未来、それとも。 「…悪夢でもみてろ」 夢も見ない眠りならそれもいい。 そう思いながら、裏腹の憎まれ口を叩き、そっと浮かせた指先を滑らせる。 玩ぶように動かす指先にも反応は返らず、完全に寝入っていることを確かめてから、男の頬を両手で挟んだ。 「…オヤスミ」 似合わない真似を悔やむといい。 おれが悔やむ以上におまえが。 盗まなくてもいいキスなんて、そうそうありはしないんだから。 空はどこまでも青く、白い雲は過ぎるほどにつよくなりがちな陽を和らげて、微睡むにはこれ以上ない穏やかな午後。 奪うでもなく、盗むでもなく、ただ、優しく与えられるキスを、今は表情を消している二筋に、落としたのはマシューだけの秘密。 甘く香る初夏の風が、止んでしまった歌に代わるように、そっと傍らを過ぎていく。 続きの修羅場編と、その後のバカップル編、です。 多少改変はあるものの、ほぼ電波どおりの内容で(笑) 大変楽しゅうございました…v |
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| [79] 2004年07月23日 (金) 19時42分 (オダさまより) | |
| 冗談めいていても本気だと知っているあの声。あの所作。心地の良かった昼下がりのそれらを頭から振り払って、部屋の扉を開けると、見慣れた巨躯が寝台の縁に腰を下ろしていた。 夕暮れの闇が室内を染めはじめているというのに、明かりも灯けずに窓の外を眺めているのか、背を向けたまま振り返りもせずにいるその後ろ姿は酷くしょんぼりして見えた。 らしくない形容だな、と、寄切った思考を苦笑いと共に脳裏の片隅へ押しやって、いつもと変わらぬ調子で声をかけてみる。 「なにやってんです、若さま、明かりも灯けないで」 応えが返らない。 入り口の脇に掛かった燭台に火を灯し、幾ばくか光を取り戻した部屋に、沈黙は奇妙に落ちている。 「…若さま?」 背を向けたままのヘクトルに、マシューはもう一度問い掛けた。 「……おまえさ、」 返答というよりはまるで独白のように、肩を落とした背中が低い声音で呟くように音を漏らした。 「? はい」 「……いや、やっぱいい、何でもねぇ」 大きな背中が、そのまま後ろに倒れ込んで、寝台に沈む。眉間に皺を刻んだまま、ひとつ大きく息をついて、ヘクトルはようやくマシューと目を合わせた。 「何でもないんですか?」 「……何でもねぇよ。」 その言葉とは裏腹に眉間の皺は刻まれたままで、マシューは首を傾げるしかない。先程の失態を、まさか見られていたなどと思い付く筈もないのだ。けれど問いを無理矢理咽の奥に呑み込んだ主の様は、やはり見ているには忍びなく、マシューは苦笑いを浮かべてヘクトルの枕元に腰を落とした。 「言ってくんないとわかりませんよ、若さま」 ヘクトルが微かに眼を見開いたように見えた。幾度かその口を開閉させ、仕舞い込んだ問いを吐き出すか否かを迷っているようだ。 「若さま?」 子供に不機嫌の理由を尋ねる大人のように、促す声をひとつ付け加えると、観念した相手はまっすぐに眼を合わせてきた。 「あいつじゃないと、だめなのか」 「え?」 言葉の意味を一瞬判じかねて、問い返してしまう。 「あんな貌で眠るのは、あいつの傍じゃないと、だめなのか」 なにを、見たのかと問おうとしたそれは声にならなかった。一瞬、動揺が身体中を包み、顔が上気するのがわかる。 問われたその声に、怒りは滲んでいなかったと、思う。酷い寂寥感に似たものが込められた、低い声音だった。 「若さま、」 咽の奥から絞り出すような思いで、やっと発した声は情けなく掠れて、言葉が続かない。 気にする風でもなく、ヘクトルが頭の横に置かれたマシューの腰に腕を廻してきた。戸惑いに身を捩りかけたところを、ぐ、と力強く押さえ込まれ、抵抗を諦める。堅い髪を摺り寄せるようにして、ヘクトルの顔がマシューの腰元に埋まる。 「答えなくていい」 顔を伏せたまま、静かな声が空気を僅かに揺らした。 拗ねているのとも、苛立っているのとも、また突き放す声とも違う。 「…若さま、」 「…いい、マシュー。なんも言うな。 ………あいつでなきゃならねえこともあるかもしれねぇけど、おれでなきゃならねえことも、ある筈だって、知ってるからな。」 低い声は謡うようにそう告げて、伏せていた顔が上げられる。 「……だろ。」 見上げてくる紺青の瞳と、視線がかちりとぶつかった。 その眼の奥に、やはりどうしようもない寂しさが滲んで見えるのは思い過ごしだろうか。自分のひりつくような喉に無理を強いて言葉を紡ごうとする。 「若さま、」 思いは余所に、声は意外にもしっかりした音程を保って滑り落ちた。 「…若さまは、おれの心の、…若さま以外には立つことのできない場所に、立ってます。 ………それじゃ、だめですか。」 口にしながら、これではまるで言い訳だ、と苦い思いが胸を過る。けれどもそれは決して嘘ではなく、真摯な、祈りにも似た、この場で伝えることの出来る精一杯であった。 視線を逸らすことなく、静かに落とされたその言葉に、ヘクトルは否でも応でもなくひとつ笑みを返しただけだった。らしくない反応にマシューが戸惑ったのは一瞬で、腰に廻されていた逞しい腕が伸ばされ、項にあたたかい掌が触れた。指先が、いつになく優しい動きで髪に差し込まれる。 それ以上の言葉を紡ぐ必要のないことに、安堵ではなく寧ろ胸の奥を締め付けられるような思いがする。哭きたいような喉の痛みを押さえ込んで、マシューは促されるまま身を屈めた。 唇が触れるだけの、ささやかな口接け。 肩を抱き込むようにされて身体を縫い留められ、僅かに顔を上げれば、若い主君の歳よりずっと大人びた様子の笑顔が、すぐ間近に映る。 「若さま?」 想いを計りかねて、そっと問い掛けると、頬を摺り合わせるようにして距離を縮められた。 「暫く、このままにさせろ」 瞼を伏せたヘクトルが、低く呟く。 胸中を思い遣れば、穏やかであろうはずもない。けれどもこの人はそうさせた自分を咎めようとはしなかった。 こんなとき、言葉というものが意味を為さないのを、マシューも解っている。 あたたかく首筋に寄せられた頬を掌で包み込むようにして、自分もそっと眼を閉じる。 せめて隣に在る時だけは、そのひとにどこまでも心が寄り添うことを願って。 とととと、言うわけで…!!! 深夜の無差別送信ラガマ電波を、ありがたくも受信してくださったオダ様から……素敵なヘクマEDをいただいてしまいました… す、す、素敵――――!!!! ラガルトへの気持ちは自覚している。 だけど、それでも、それよりも、深く、深く、ヘクトルのことを、大切にしていて。ヘクトルが『特別』であって。 っていうか寂しそうな若さま、なんて、背中を見ただけで。ラガルトを蹴っ飛ばしてそちらへすっ飛ぶと思うのですが、マシュー。 一生懸命、マシューへの気持ちに線を引こうとしている若さまとかも…すごく、すごく、痛々しくて、胸がきゅんきゅんなのですけれど!!!! オダ様…本当に、本当に、ありがとうございました…!!!! |
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