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覚書

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封印の剣
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[71] 2004年07月02日 (金) 01時36分 封印の剣
 ペガサスの翼にあおられた風が優しく頬をなで、心地よさに目を閉じればオレンジ色の夕陽に溶けていくような錯覚に陥る。
「団長ー寝ないでくださーい」
「っとと、あはははは?」
 隣を飛翔する副団長の槍で脇を小突かれ、シャニーは笑ってごまかそうとする。
 何も寝ていたわけではない、ただ、ほんのちょーっと長い間、目をつぶっただけなのだ。
「あはは、じゃないですよ、もう!これから戦いだって言うのに…。先代にどう申し開きするんです?」
「そこ突かれると痛いな―。」
「"痛いなぁ"じゃ、ありません!!団長!」
「んー、その"団長"もやめない? なんかガラじゃないよ」
「団っっ長!!!」
「あはは、あなた、なんかティトお姉ちゃんに似てるかも!」
 三度、称号を低く呼ばれて、ようやくシャニーは笑いを引っ込めた。


 世界の命運を分かつ大戦がおわり、5年近い時が経とうとしていた。
 世を乱す戦はなくなっても、領主間の小競り合いや山賊の被害は後を絶たない。
 活動内容を、土地の復興支援や情報伝達へと変わっていった天馬騎士団にも、そう言った「依頼」の話はごく稀に入ることが、あった。
 伝説の称号を受ける天馬騎士ユーノの末妹シャニーが、先代である次姉ティトの寿退団をもって団長の座を譲り受けてから1年、傭兵としての出陣はこれが3度目となる。
 戦場においても失わぬ明るさと前向きさは、団員のみならず味方勢全体への励みになると言われ、ちょっとした噂になっていた―――


「もう少しだよ、みんな! わわっ、もう始まってるみたい…っ 奇襲かな、どっちが仕掛けたんだろ」
「…団長、指示を。」
「わかってるって、もぉ。 よっし、いくよ、みんな!! 
 エデッサ天馬騎士団の名にかけて! 栄えある勝利の導きを! 降下!!!」

 夕陽を受けて、白い翼が空より舞い降りる。
 敵の名のつく者へは慈悲深き死を、味方するものへは栄光の勝利をもたらすために。
 少女たちの登場で、戦場がにわかにどよめきだす。
 どうやら不利であったこちら側の形勢が逆転するようだ。 

「おらおら、お前ら! 女相手にひるんでんじゃねぇ―!!!!!!」

 シャニーが息を止めた。
 普段なら、その物言いこそに腹を立てるのに。
 声…この、声、は。
 遠くからだってすぐにわかる。忘れるわけが無い。
 あの声、戦い方、担いだ大剣、――――――
「ディークさん!!!!!!」
 気付いたら、叫んでいた。
 なんで、とか、馬鹿、とか言っているのも聞こえたけど、構ってなんかいられない。
 シャニーは天馬から飛び降り、夢中で男にしがみついていた。
 ディークさんだ、ディークさんだ、………!!!!!
 変わってない。あの頃と変わってなんか、いない。
 
「あ、でも少し老けたかも」
「やかましい」
 人差し指を立てて笑って見せれば、ごちんと頭をたたかれた。
 敵軍の捕虜収容所、の隣に張られた天幕。
 手足は自由にされたまま、シャニーはディークとの再会を果たした。
 あの戦い以来だから、実に5年ぶりだ。
 うう、でもこういうところは変わらないなぁ…
 涙目で見上げると、昔の上官の、苦い笑いにぶつかった。
「ったく… 少しは成長したかと思えばよ」
「なによー、いっぱい成長したよ! いまじゃ憧れの天馬騎士団長なんだから!!」
「知ってる。」
 に。頬杖をついて、ディークが意地悪く笑う。言葉に詰まったシャニーはそのまま、赤くなってうつむいた。
「…ね、ディークさん」
 昔は真正面からぶつかり合ってたはずなのに、今はなんだか、あの深い瞳に映るのが怖かった。
「この戦い、止めることできないかな」
「無理だな。」
「で、でも… あたし、ディークさんと戦いたく…」
「俺とお前が戦うわけじゃねぇ、全てはお偉方の決めるこった。」
「そ! それは…そうだけど…」
「わかってるんだったら、早いとこ引け。お前たちじゃ相手になんねーよ、経験が違いすぎる」
「そんなこと…!!!! 戦争が無くたって、みんなみんないっぱい訓練してるんだよ!
 いっとくけど、統制の無い傭兵の固まりなんかには負け無いんだから!!!」
「へぇ、言ってくれるじゃねーか。じゃ、試すか?」
「…うう」
「……帰りな、シャニー」
 話は終わりだと、そう言ってディークは立ち上がる。
 帰る気など全く無かったが、つられてシャニーも腰を浮かせた。
「ディークさん…」
 今にも泣き出しそうな表情。
 昔、姉と対峙した時もこんな顔をしていたか。
「………髪、伸びたな」
 ディークの無骨な手が、シャニーの首筋を掠め、肩にかかる髪を梳いた。
 時が経ったのだと、そう告げる。
「…うん、願掛け… お姉ちゃんたちみたいに、強くなるんだって…」
「そっか……」
 促された答えに、シャニーははっとした。
 自分がこの場所へ来た意味。槍を手放してなお、その背にかかる責任。
 …彼女の瞳に、火が宿った。
「だから…だから。 バイバイだね、ディークさん」
「あぁ。」
「あたし、絶対に負けないよ。ディークさんも… …死なないで」
「あぁ。」
 ディークが笑う。
 シャニーが、一番好きだった表情だ。
 つられ、シャニーも笑顔を作る。
 無邪気なだけであったあの頃とは違う、戦場を潜り抜け、いくつもの命を負った、一人の女として。
 またねー、なんてお気楽な言葉を残し、敵方の増援部隊長は自軍の陣へと帰っていった。
 ったく、ガキが…
 そういいながら、抱きしめようと伸ばしかけた手でもって頭をかいて、ディークは笑うのだった。



…そんなわけでディクシャニです。
5年後というと、シャニー21、ディーク36…くらいかな。
美 味 し い 年 頃 で す 。
「二人は再び出会う、戦場で」
―――ラガイサだったら「悲劇!!?」とお思いでしょうが、この二人ならまぁ、ありえるでしょうね…と。
でもって、あっさり笑ってなんとかしてしまいそうだな、とか。
ゼロットとユーノに至っては敵対した時に愛が芽生えたわけで。
戦場での出会いも捨てたものではない…(そういう方向か)


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