覚書
小説に成りきれない雑文や、日々の語りなど。| 烈火の剣 | |
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| [43] 2004年02月10日 (火) 23時50分 烈火の剣 | |
| 今日はレストランの休日で、だけれど仕事のたまっているラガルトは単身、事務室を訪れていた。 休みのはず、だが、1階の厨房からはなぜか人の気配と物音が耐えなくて、宴会の話なども聞いていないから、きっと週末の"イベント"に向けての仕込中なのだろう。 ある程度の雑音があったほうが、集中もしやすいというものである。 ラガルトは上着を入り口のハンガーに引っ掛けると、鼻歌混じりに馴染のデスクについた。 果たして、さんざん引き伸ばしていた先月末の書類も出し終えて、久々に晴れやかな気持ちでラガルトは事務所の窓辺に移動した。 ひんやりとした桟の感触が暖房で火照った体に心地よく、常のように窓ガラスに額を付けて外を見やる。 うっすらと雪化粧を帯びた道路を、恐る恐る歩く人々の姿に笑いを誘われた。 例えばラガルトやロイド達には雪は決して珍しいものではなく、凍てつく道など造作も無く歩き渡るものなのだが、オスティアなど温暖な地方のものには大敵のようで、あのマシューがこわごわと道を歩く姿には悪いと知りつつ声を上げて笑ってしまったものだ。(もちろんその後の鉄拳は甘んじて受けた) そんな…そんな、穏やかな朝であった。 一本の内線が入るまでは。 まず、厨房内に一歩入ってその匂いに眩暈がした。 「それ」は決して強い匂いを発するたぐいのものではなく、それだけラガルトの嗅覚と「それ」に対する苦手意識が卓越している、ということである。 それから、 「はい。」 と、花のような笑顔で少女から手渡された「それ」に……身を凍らせることになる。 「………えぇ、と。ニノ?これは?」 「セロハンで包んでその麻の紐で包んで、あそこのコサージュを差してくれ」 まくし立てるように答えたのは横のほうから、余裕の無い冷たい声色。 「…ロイド」 「ごめん、ラガルト。人手が足りなくって…」 申し訳なさそうに言ってきたのは、内線をくれた相手…ヒースである。 「足りないのは人手じゃなくて貴方の器用さよね。」 「…うっ」 「セーラ、君はまたそういう…」 「何よ、ホントのことじゃない。余計な口を聞く暇があったら、さっさと詰めなさいよね、エルク!」 「…ハイハイ」 ホールのメンバーすら総動員かけての、この作業は、 ………ガシャ――ン!! 流し台の方で、盛大な音。一同が振り返る。 カラン、とステンレスのボウルが床に落ちる音。 パタパタと、床へ落ちるのは水の雫。 その上へ―――視線を上げる勇気のある者は、その場にいなかったと思う。 「………………ギ、ィ」 しかし、地獄から立ち上るような低く澱んだ声に、反応せざるを得ず…皆が、固唾を飲んだ。 右手には巨大なスパテュール(プラスチック製の柄の長いヘラ)、左手にはまた巨大なボウルを抱えたマシューが、癖のある毛先から雫を滴らせ、先ほど洗物を掲げながら背後を通り抜けようとした少年の名を呼んだ。 「うっ、あ、わる、い………」 「マシューさん!あたし、すぐに次の量るから!だから、…ね?」 怒らないであげて。ニノが慌ててマシューの腕にすがる。 「…………」 マシューが、視線をゆっくりとギィからニノへと移す。 「すまないな。たのむ。」 「はいっ」 ニノがパタパタと計量台の方へ走って行くのを見届け、マシューは水の入ってしまった(どころの騒ぎではない)チョコレートのボウルを、さてどうしたものかと思案顔でにらみつけた。 「ギィ」 そして再度、少年の名を呼びつける。 「これ、水の入った部分だけ捨てておいてくれ。残ったのはそのままあっちの台の上において置け。いいな。」 「わっ、…わかった」 「すみませんウハイさん、今から30分後、窯空きますか?」 そして返答を待つ間にも、彼自身ニノの隣に立って何やら量り始める。 ……よかった。丸く収まった。 見守っていたもの全員が胸をなでおろし、ならばと再びもとの作業に戻った。 すなわち、生チョコレートの箱詰め、を。 水場から離れた作業台で、一人黙々とトリュフチョコの仕上げをしていたロイド辺りは、 …よかった。だからあそこの作業台で仕事したくなかったんだよな。 などと一言付け加えていたけれど。 そんなわけでバレンタイン戦争中です。 実話ではないですよ!!?さすがの私も、チョコを仕込んでる人の背後を尾頭に水の入ったボウルを載せて横切ったりなどしませんですよ。 チョコレートには水が天敵。 ラガルトにはチョコレートが天敵。 |
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