手術をして 書類をごまかすことについてどれだけ自分が罪悪感を持たないですむかということや 正式に就職する事になると 必ず保険や年金の問題が出てくるから それを会社にきちんと言うことが可能かとかいろいろ問題がでてくる。それに手術なんて簡単に受けれませんよ? それをよく考えてその間一体自分がどうやって 何をやってどんなことができて どうやっても生きていけるんだという何かを得ることが大事だと思います。相手に譲歩して理解してもらう努力なんて当たり前のことで 理解できなくても強制することは失礼なことであって 自分で理解しなければ自分自身が納得いかないように 他人もそうでなければならない。そして、大した付き合いや思いやりもなく 人間的に信頼を持ってもらったのでもなく簡単に理解する人は 自分と深く関わる意志がないということなのかも知れないと思う気持ちを どこかでもつことも 自分と同時に相手を守ることなのかもしれない。 おそらく、治療の過程で様々なことがあると思う。 その間でゆっくり考えればいいとおもう。 特にお金。お金の為に自分の生きている間にあるたくさんの出会いを むげにする事は 我欲の為だけの人生だし その間には努力をおこたっていることになると思う。 僕は、今日からホルモンの増量を行っている。本当は次のためにお金を貯めなければならないのだろう。 けれど、僕は今自分の体を維持することが最大の要点だと思うし、変化の過程をできるだけたくさんの人にみてもらって 相手にとって突然の変化であることを避けたいと思っているから お金は使うけれど交際に重点を置いている。 人には、出なければいけない時期やチャンスや積み重ねが必ずあると思う。 僕は、まだ今積み重ねる時期であると思うし 打って出るにはまだまだ自分が弱いと思っている。 僕には絶対失敗ということは許されない。 金銭面でも、体力的にも、これ以上の負荷をかけて他人に迷惑になることは 絶対してはいけない事だと思っている。 たくさんの人に助けてもらっているからこそ 自分の限界や自分の責任は自分できっちりととらなければならないと思っている。 その社会での責任というものは 長年たって初めて分かってきたもので 一つづつの積み重ねと信頼こそが自分を助ける事であることをよく知っているからで 出来れば君にも謙虚に自分を理解することを強制するのでなく 相手との調和をはかり 本当の意味で自分の支えになってくれる人を身につけてほしいと思う。それには時間が必要なのです。 ホルモン治療は 本当に単なる薬でしかなく 薬としての効果ということを分かっていない人は 結局病気ではなく体に違和があるありようが違うのかも知れない。僕にとっては 本当に心身共に鎮痛剤やその他の薬となんら変わることなく副作用のある薬であること その副作用を(痛み)越えても自分が楽になる効果があること それをよく自分で理解していること。だからこそ 医者と相談することや自分で量を決めることができること。 性同一性障害の具体的治療は、自由診療で全額自費で 医者がプログラムをくむのではなく自分で体調をみてプログラムを組み そのサポートをしてもらっていると考えることのほうが的確であると思います。 例え副作用で肝臓がやられてもその治療も全額自費です。 検査も全部自費です。ものすごい金額です。 それを越えてでも自分が当たり前に暮らせるということが大事で 僕は 自分の気持ちが当たり前に暮らせている自信があるから 僕に必要な治療であるという確信が持てます。 だから、僕は人格的に全く変化していません。精神的な作用はまったくないのです。そして、僕の親も 格別僕を男扱いしませんけれど 僕に必要な他の疾病とかわらない治療であると思ってくれていると思います。 それは、僕が変化していく過程で 親が自分でどうあつかうのかを決めるでしょうから。それが、譲歩であり理解であると思っています。 いかがでしょうか?
[322] 2002年12月05日 (木) 13時00分
|