 お返事ありがとうございます。
<実はもう天使のように、理屈以外の形で全部知っている。そういう見方もあるのですね。> 私が沢山気がつかない所があって、 そういう子だったのかも?知れませんね。
もう2年くらい前の事なので忘れかけていますが、 息子の看病で、疲れていたかも知れませんが、 その5歳の女の子が、教会など書かれている天使のようで体から光が出ている様に見えて凄く尊い存在に何回も見えたのですが・・・
そうでなかったとしても障害をもった人から、見出す事は沢山あります。
健常者は、障害のある人と接するのが、わずらわしいとか、(身障者駐車場に平気で車を止めたり)相手の身になって物を考えない人が沢山いますが、 もっと距離を縮めるとお互いに得るものがあると思うのですが。なかなか接する機会はありませんね。 保育園にも障害を持つた子も着ていますが、私は(気を使いながらも)普通に接してますが、息子が「小さい」 「変な顔」とかストレートに言ってしまうので、息子をしつけるのに苦労しています。
ゆきみうさぎせんせいのスーパーコンピューターからすると、私なんかかなりの障害者に見えてたりして へへ
又気軽に書いてしまいました。
2006年04月20日 (木) 14時46分
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[209] 投稿者:ゆきみうさぎ - おはようございます♪ちんみさん^^
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 >もっと距離を縮めるとお互いに得るものがあると思うのですが。なかなか接する機会はありませんね。
どうしても隠そうとしちゃったり、積極的に関わる場や機会が少ないですからね。でもこれからはちょっとずつ開けて行くとは思います♪ 昨日は夜8時からの教育の、福祉ネットワークで精神障害者の方の就業の事を取り上げていましたが、精神障害などになると、ご本人が隠す気になったらほとんどわかりません。 最近は保護帽なんかも結構デザインが良いのか、一瞬、自転車のヘルメットかと思っちゃうくらいです(^^;;
>保育園にも障害を持つた子も着ていますが、私は(気を使いながらも)普通に接してますが、息子が「小さい」「変な顔」とかストレートに言ってしまうので、息子をしつけるのに苦労しています。
これはあくまで個人的な考えですが…こう言う時って、悪意があるか無いかでまったく事情は違うと思うんです。
私は弟が障害者でしたので、小学校の時などは「お前の弟は馬鹿なんだよな?」「キチ○イなんでしょう?」と、毎日のように言われていました。ただですね、こう言って来る子達にも二種類あるんです。「悪意がある子と、悪意が無い子。」
子供は残酷って時々言いますが、それは大人の場合は、日頃婉曲な表現の方に慣れてしまっているので「悪意無く真実を言ってしまう事について」慣れていないからだと思うんです。
息子さんが「小さい」「変な顔」と、ストレートに言ってしまうだけで悪意が無いのなら、むしろ「必ずしも止めたり、怒ったりしなくてもいい」と思うんです。(時と場合と事情で、一概には言えないでしょうが) 息子さんにして見れば、真実を言っているだけ、感想を言っているだけに過ぎないかも知れません。「本当の事を言っただけなのに、なぜ怒られるの?」と、怒られても納得がいかなかったら、困ってしまいます。
一方で、大人が“気を使ったつもりで”「明らかに違うのに、何事も無かったように、普通扱いしてくるの」って、当人にはわかるものです。
「小さい」事や「変な顔」に侮蔑的な意味や、馬鹿にする意味を込めて言った時には、一言言ってあげても、それ以外ではあまり神経質にならなくても良いと思うんです♪
言葉には言霊と言うものが宿ります。同じ言葉でも「どう言う心を込めて言ったか」でやっぱり違う。それはわかると思いますから♪
ホント、第三者の方の目とかがあったりすると、現実的な対処については、中々一概には「こう!」とは言えないんですけどね〜。
2006年04月21日 (金) 09時12分
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