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■ だからケーサツは間違い引き起こしたって謝らないんだよな
「謝罪はするな 心の弱さの証拠だ」**映画「黄色いリボン」ジョン・ウェイン演じる軍人の言霊**
■ しかしまあ・・・
日本人というのは謝れ謝れという割には謝ったって許さない、ということはあるよね。許さないのなら、謝らせる事ないのに。・・・・・・被害者はかわいそうな存在かもしれないけれどよく考えたら被害を受けたというだけで別に特別偉くなるわけじゃないからねえ。
■ 許せるか?どんな立場で?
そして良い悪いは別にして最終的に善悪を審判するのはキリスト教信徒にとっては神様であってそれに比べたら人間の審判など魂の重さの上では 軽いもんだと思っているようだ。日本人は真の許しを何を基準に決めるんだろうか?永遠に許さずに 当面 水に流すだけか・・・・
■ 被害者の立場
まぁ、実際にその立場に立たされたらそれまでの被害者の「謝れ」「謝ったって許さない」てのがわかるだろうとは思うんですが。いわば、「謝れ」「謝ったって許さない」の矛盾を加害者につきつけて苦しませるのが暗黙なる意思ってことになるんでしょう。何せ理論がどーだこーだったって、結局は経験者にはかなわないんだから。何かを奪われたからって、即座に別の価値を得るってことは、人間なかなかできないものだし。
■ 裁き
許さないのに謝れというのは実は傲慢と思うのであるが・・・ある意味アメリカのように究極の部分では神が全てを決めるという方が、ある意味単純に割り切れる。所詮人間に人間は裁けない。人は神に依託し法に依託するのみ。
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傲慢にも種類がございますってことでございますかね。