ドストエフスキーの「情報・意見」交換ボード
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〔最新の投稿記事〕

[16]自力発電の大切さ『罪と罰』
名前:ほのか
2020年03月18日 (水) 13時52分
『罪と罰』
ラスコーリニコフとポルフィーリーの会話

米川正夫 訳

ポルフィーリー《あなたに信仰がないのは、わたしも承知しているが、しかし、だいじょうぶ、生活が導いてくれます。そのうち自分から好きになりますよ。》

ポルフィーリー《問題は時間にあるのじゃなくて、あなた自身の中にあるのです。太陽におなりなさい。そうすればみんながあなたを仰ぎ見ますよ!太陽は、まず第一に太陽でなければなりません。》

ポルフィーリー《いや、あなたは逃げはしませんよ。百姓なら逃げるでしょう、近ごろはやりの分離派教徒なら逃げるでしょうーーー他人の思想の奴隷ならーーーなぜって、そんな連中は、海軍少尉補のドゥイルカみたいに、ただ指のさきをちょっと見せさえすれば、なんでも好きなものを、一生涯信じさせることができるんですからな。》

小沼文彦 訳

ポルフィーリー《あなたが信仰を持っていないことは、私も知っています。しかし、大丈夫、人生がちゃんと導いてくれますよ。自分でもやがてそれが気に入るようになります。》

ポルフィーリー《問題は時間にあるんじゃなくて、あなた自身にあるんですよ。太陽におなんなさい、そうすればみんながあなたを仰ぎ見ます。太陽はなによりもまず太陽でなければなりません。》

ポルフィーリー《いいや、あなたは逃げやしませんよ。百姓なら逃げるでしょう、いま流行のセクタントなら逃げるでしょうーーー他人の思想の追随者ならばねーーー、なにしろ、この連中が相手なら、話に出てくる海軍少尉のドゥイルカを相手にするように、小指の先をちょいと見せるだけで、こちらの望みしだいのものをそれこそ一生信じ込ませることができるんですからね。》

感想文ですが、
【太陽の自家発電と月の間接発電!!人生の生き方として、自家発電の太陽みたいに生きるのが良いと、つまり、自身の頭で考える事をポルフィーリーつまり作家ドストエフスキー氏は勧めているんだなぁと、ホッとしました。

[22] 『白痴』《リザヴータ夫人の人間性の特徴》
名前:ほのか
2020年03月25日 (水) 13時07分
《リザヴェータ夫人の人間性の特徴》

《きわめて平々凡々たる事柄のなかに、またその縺れもつれのなかに、いつも夫人に付きまとっている不安な気持ちを透して(⇄『透す』の使い方GOOD!!と、作家ドストエフスキー の人間観察力に、脱帽ですね!!私読者もこの辺があって集中し過ぎて、集中力のおさまるまでの気持ちの消耗は大変な量です。気持をエネルギーを消耗した分、倍以上のエネルギーの獲得が出来てたらいいですけど)、つねに何かしら病気にでもなりそうなほど、恐ろしいものを発見する性質であった。夫人はそのたびに疑りぶかい!なんとも説明のつかない、したがつてこのうえなく重苦しい恐怖を感じるのであった。だからいま思いがけなく、こうした滑稽でなんの根拠もない無意味なごたごたの、あいだから、何やら重大らしい、いや、事実、真に不安や疑いを呼びおこしそうなものがちらちらと見えはじめたとき、夫人の気持ちははたしてどんなであつたろう?》木村浩 訳

[24] 【リザヴータ夫人の燃えたぎる心の中の描写は、心の中が、超特急列車風】
名前:ほのか
2020年03月25日 (水) 13時28分
【リザヴータ夫人の燃えたぎる心の中の描写は、心の中が、超特急列車風】

《それによくもあんなイメイの手紙をわたしによこして、あの売女のことをーーあれがうちのアグラーヤと関係があるなんて書けるものだ》リザヴータ夫人は公爵を引きたててくる道すがらも、家に着いて、家族の者が集まっていた円テーブルに公爵を座らせながらも、やはり心の中でずっと考えつづけていた。《よくもまあ、あんなことを考えついたものだ!たとえほんのちょっとでもそんなことを真に受けたり、アグラーヤにあんな手紙を見せたりするくらいなら、いっそ死んじまったほうがましですよ!これこそわたしたちエバンチン家に対する嘲弄ですよ!それというのもみんなイワン・フョードロヴィチのせいなんですからね。みんなあなたのせいですからね、イワン・フョードロヴィチ!ああ、なんだってエラーギンへ行かなかったんでしょう。エラーギンがいいと、あんなにわたしが言ったのに!これはひょっとしたら、あのワーリカが書いたのかもしれない、ちゃんと知ってますよ。それとも、もしかしたら‥‥‥ええ、何もかもイワン・フョードロヴィチが悪いんですよ!これはあの売女があの人を目当てに仕組んだことに違いない、あの人に恥をかかせるために、昔の関係を思い知らせようとしてたくらんだのだ。いつかあの人があの女ののころへ真珠を持って行ったとき、まるで人を小ばかにして、大笑いしながらその鼻づらを掴んで引きまわしたというけれど、今度もそれとすっかり同じことなのさ‥‥‥しかし、なんといっても、わたしたちはもうこの事件に巻きこまれてしまつたんですよ。とにかく、あなたの娘たちもやはり巻きぞえにされたんですよ、イワン・フョードロヴィチ。生娘が、令嬢が、上流社会の令嬢が、近いうちに嫁入ろうという娘が、ですよ。それがあんな場所に居合せたおかげで、みんなすっかり聞いてしまったんですからねえ。ねえ、どうしてくれるんです、同じ場所に立って聞いていたんですよ!それから、わたしはこのやくざ公爵も容赦しませんよ、どんなことがあっても容赦しませんよ!それに、なんたってアグラーヤが三日もヒステリーをおこして、もうすこしで姉たちと喧嘩するところだったのだろう?いつもはその手を接吻したりなんかして、母親のように尊敬していたアレクサンドラにまで。なんだってあの娘は三日もみんなに謎をかけるようなことばかり言ったのだろう?それから、ガヴリーラ・イヴォルギンはこの事件にどんな関係があるのだろう?なぜあの娘はきのうもきょうも、ガヴリーラ・イヴォルギンのことを褒めちぎったあげく、泣きだしてしまったんだろう?また、あの娘は、公爵からもらった手紙を、姉たちにさえ見せなかったのに、なぜあのイメイの手紙のなかにあの忌々しい『哀れな騎士』のことなんか書いてあったのたろう?それから、なぜ‥‥‥なんのためにわたしは公爵のところへ火傷した猫みたいに駆けつけていって、自分からわざわざあの男をここへひっぱつてきたんたろう?ああ、わたしは気が狂ってしまったのだ、なんてことをしでかしたんだろう!若い男をつかまえて娘の秘密をお喋りするなんて、しかも、その秘密ときたら‥‥‥その当の相手にあやうく関係していることじゃないか!ほんとに、この男が白痴ばかで、そして‥‥‥そして‥‥‥わが家の友だちだからいいようなものたけれど‥‥‥それにしても、ほんとにアグラーヤはあんな片輪者に夢中になったのかしら!おやおや、わたしとしたことが、とんでもないことを考えたりして!ちょっ!ほんとにわたしたちはみんなとっぴな人間ばかりだこと‥‥‥わたしたちはみんな、ことにわたしなんかは、ガラス箱の中に入れて、入場料の十コペイカもとって見世物にしたいくらいですよ。あなた、わたしは決して容赦しませんよ、イワン・フョードロヴィチ、どんなことがあってもあなたを容赦しませんからね!それにしても、あの娘はなぜあの男をいじめないんたろう?いじめてやるって約束までしたくせに、今じゃいじめようともしないんだから!ほら、ほら、一心にあの男のほうを見つめたまま、黙っているじゃないの。立ち去ろうともしないで、じっと立っているじゃないの!そのくせ、自分からあの男に来ちゃいけないと言い渡したんだからねえぇ‥‥‥あの男のほうは顔を真っ蒼にして座っている。それに、あの忌々しいエヴゲーニー・パーヴロヴィチのお喋りがひとりで話をきりまわしているじゃないの!まあ、喋ること喋ること、誰にも口を容れさせないんだから。話をうまく持ちかけさえしたら、わたしにはすっかりわかってしまうんだけれど‥‥‥》

[18]>ポルフィーリー
名前:Seigo
2020年03月22日 (日) 13時35分
ほのかさんが挙げている通り、
『罪と罰』のポルフィーリーは犯罪者に対して追究の手はゆるめないが、刑事コロンボと同じく、いい人なんよ。
人気投票〔ドストエフスキーの小説の登場人物〕でも、ロスターネフ(『スチェパンチコヴォ村とその住人』)とともに、第24位に名前が挙がっているし。

ほのかさんも引用している通り、
 >問題は時間にあるのではなく、
 >あなた自身にあるのです。

をはじめ、いいことも言ってるし。

ただ、ドストエフスキーの信条を語っていると言ってよい「苦痛」に対する見方は、
 お前 マゾか
と言われても仕方がないほど、ちょっと付いていけないかな。


★ポルフィーリー &
  ラスコーリニコフ


★ポルフィーリー
  に扮するカンニング竹山
part 1
part 2

[20] ありがとうございます。
名前:ほのか
2020年03月25日 (水) 10時51分
ありがとうございます。

[15]罪と罰 自力脱出の目覚めと輝き✨
名前:ほのか
2020年03月18日 (水) 12時33分
『罪と罰』
ラスコリーニコフとポルフィーリーの言葉

米川正夫 訳
ポルフィーリー《苦痛というやつは偉大なものですからな》
ポルフィーリー《苦痛の中には理念があります》

小沼文彦 訳
ポルフィーリー《受難というものは、ロジオン・ロマーヌイッチ、
実に偉大なことですからねぇ。》
ポルフィーリー《苦しみの中にこそ理念があるんですね》

[19] 『今を生きる』岡本太郎
名前:ほのか
2020年03月25日 (水) 10時16分
前回が@とすると、今回は『罪と罰』A

命題
『今を生きる』岡本太郎

前提
人間は、毎日を楽しく生きなければいけない!

理由
前提通りにいきれば、細胞が活性化して、健康で長生きできるから!

証明


『罪と罰』
ポリフォーリーとラスコーリニコフの会話が原因となり、

あ、ラスコリーニコフは、【自首】を決める。

い、何故【自首】決めたのかは、【自分の神が生まれ出てきて、現実の法律に則って、牢獄に入った時の、生き方を確信したから

う、ラスコリーニコフの生き方は、自分自身の新しい生き方で、細胞が活性化した状態で過ごして生きていく事

え、牢獄に入る前の、罪となった出来事など全て忘れてしまい⇄

〜引用分〜
《〜〜〜〜〜〜〜》
〜引用文の終わり〜

瞬時のワクワクドキドキした生まれ変わったよーな人間ラスコーリニコフの生き方が現れてくる

@@@@@@@@@

<<<感想文>>

「牢獄に入っている人達がいる」を、知っているだけの普通一般の人は、牢獄に入っている人が、生き生きワクワクドキドキと、現在の法律で罰せられて、牢獄の中の人生を、そーいうよーに、生き生きワクワクドキドキと毎日をすごしているんだぁーと、思うと、ほっとします!!

罪があり。罰があって、その後に、【生まれ変わったような新しい人生を歩める】というようなあらすじでしたね!!

@@@@@@@@@@@@@@

●◉ラスコリーニコフは、つまり、人間は、生まれてから、ずぅーーーーっと、瞬時瞬時を生き生きとキラキラと✨いきてきたのであり、生きてこなければいけなかったのである。ラスコリーニコフも、例外ではない。『罪と罰』の本の中に、【過去の事は全て忘れてしまった。】牢獄で、新しい人生を生き生きワクワクドキドキ生きるぞーっというよーな変化が記述されてますね。

『罪と罰』の主題は、瞬時生き生きとワクワクとドキドキと人間は生きると、人間としての必要十分条件である健康で生きる事ができるということですね。

しかし、【ポリフォーリー】のよーな、大人物に遭遇出来て、転機を自然が与えないと、このよーな人間として理想であり、当然である生き方も出来なくなりますね!!

[13]未来の虚無主義を想像してみる
名前:うなぎ犬
2020年03月07日 (土) 06時05分
現代文明の底流に聳えている難問。それは啓示宗教の限界の姿を見事に露呈していると言えるのではないでしょうか。ドストエフスキーが作品群の中で未来への警鐘として鳴らしている虚無主義を模した作品人物。それが今まさに21世紀を生きるわれわれに突きつけられているように感じます。

そこで未来の虚無主義を大胆に想像してみました。
既存の神を殺し人が人間を超越し人間が神になる。
その顛倒によって存在そのものの意義を失ってしまう。
そこをさらに一歩踏み込んでみると。
それは、世界中の人間、生きとし生ける全ての命、非情も有情も、惑星も虫けらも、その個々の全てが、そのまま、ありのまま、もともと神なのだ。自覚しようとしまいと、思いだそうが思いださまいが。するとキリーロフの虚無主義の反転のようなおそろしい存在の意義の究極的喪失が襲ってくるのではないでしょうか。

啓示宗教の問題が「時間」と「言語」にあるとすれば、未来の人類の課題は「時間が存在しない」という確信と、「言語の虚構性」を確信した人間が、何のため、という根源的な生の意義を見出すことが究極的に不可能になってしまうというところにあると思いますが、Seigoさんはどう思いますか?

宗教的な悟りという体験は、虚無と表裏一体となっていると感じるのですが。

[14] 神・自由、人間・生命 >[13]
名前:Seigo
2020年03月08日 (日) 13時33分
うなぎ犬さんのこのたびの問題提起は、ドストエフスキーが提示した未来の人間と社会の状況の問題について、神、存在の意義、虚無、喪失、時間、言語をはじめ、重要なキーワードを挙げて述べていて、その核心に迫るものだと思います。
さらに、厳密にその論究を深めていけば、すばらしい研究になるでしょうね。

自分としては、
ページ内の「ドストエフスキーの思想」にも挙げている通り、
 神 自由
が、ドストエフスキーの提示した問題を見ていく上で中心的なキーワードになるのではないかと思っています。

前回、渋谷氏の言葉として挙げた、

「人間を自由にする神の恩寵の助力なしに、自分だけの力で人間が正しく生きようとするとき、人間は罪に打ちのめされる。しかし人間は自由意志によって、この自由にする解放者を信じ恩寵を受け入れることができる」(アウグスティヌスの言葉) 
まるでドストエフスキーの大小説からエッセンスだけを取ってきたような、美しい言葉だ。


も、ドストエフスキーの思想の根幹にある一つのテーマを示唆しています。

そして、ドストエフスキーの思想にも方向の間違いや不十分さや限界があり、それらの突破口となるのは、うなぎ犬さんや私が付け加えようとする、「神」に対して「人間」「生命」のことを追及した仏教の思想(その精髄)ではないかと思う。

[8]ロシアには宗教裁判、悪魔狩りがほぼなかった
名前:小嶋保
2020年01月28日 (火) 04時41分
Seigoさんへ

こんにちは。初めまして。ご回答頂きありがとうございます。
ドストエフスキーが大審問官の舞台をスペインの宗教裁判、悪魔狩りの時代に設定し
た理由が分かり感謝しています。
ロシアには宗教裁判、悪魔狩りがほぼなかったんですね。
ロシア正教には「原罪」という考えはないというのは本当でしょうか?
「原罪」という考えはギリシャ正教にもないんでしょうか?

[9] 原罪と罪 (>[8] )
名前:Seigo
2020年01月30日 (木) 21時13分
「原罪」も、カトリック教会の独自の教義の一つであり、ロシア正教には無い教えです。

したがって、ドストエフスキーの作品・著作の中においても、原罪という語句は出てきません。

ただし、ドストエフスキーの作品においては、「罪」という言葉は、独自の重要なキーワードでしょう。

 → 「罪」というキーワードを含む作中の言(げん)

[11] 原罪と罪に関して Seigoさんへ
名前:小嶋保
2020年03月01日 (日) 23時49分
ご返信ありがとうございました。ドストエフスキーの作品・著作の中においても、原罪という語句は出てきません。

なるほど。勉強になりました。

今日、気になる記事を見つけました。

アメリカ人も「原罪」について再考しているのかな、と思いました。



米文芸誌「ニューヨーカー2018.2.14」に掲載され話題となった長編。

アウグスティヌスによるセックスの神学


中世西方教会の基礎を築き、西洋思想史に多大な影響を与えつづけているラテン教父アウグスティヌス。「原罪」の教義も彼に端を発している。その原罪と結びつけられたのが、セックスだ。アウグスティヌスはいかにして「セックス」を発明するにいたったのか──。

[12] アウグスティヌスに対する言及がドストエフスキーにあったかな? (> [11] )
名前:Seigo
2020年03月04日 (水) 22時52分
アウグスティヌスについて、Wikipediaの項「アウグスティヌス」を見ると、

東方教会(正教会・東方諸教会)においてもアウグスティヌスは聖人として崇敬される。正教会でもその生涯における神への模索と洗礼までの道程について言及されるなど、全面的に否定されている訳ではない。しかしながら正教会では西方教会に比べてアウグスティヌスの位置づけはさほど重要なものとされていない。特に原罪・堕落を巡るアウグスティヌスの見解に対して、正教会はこれを否定する。

とあり、アウグスティヌスが説いた原罪に対しての正教会の捉え方の大筋がわかります。
ドストエフスキーの原罪という教義に対する自覚の有無の程度も、そういった背景のもとにあるのでしょうね。

原罪を負う人間は神の恵みによってのみ救われる
というのがアウグスティヌスの考えでしょうが、
ドストエフスキーは、この「原罪を負う人間は神の恵みによってのみ救われる」の文脈において、「罪」とは言っても、「原罪」とは言っていません。

アウグスティヌスの思想とドストエフスキーの思想の類似については、渋谷大輔氏に指摘があります。(→こちら)

ちなみに、
アウグスティヌスの言葉として、先々月、
「正しく考えるとき我々は神の中にある。正しく生きるとき神が我々の中にある。」
という言葉に出会い、心打たれました。(→ページ内のコーナー「名言の泉」)






現代のアメリカが注目している(?)という、アウグスティヌスの原罪の教えに基づくアウグスティヌスのSEX論とは、どういったものなのか、小嶋さん、その長編論文(?)からその大体を理解できたら、今度の機会にでも、教えて下さい。



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