ドストエフスキーの「情報・意見」交換ボード
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[153] (削除)
名前:システムメッセージ
2020年11月12日 (木) 09時43分
投稿された方の依頼により、2020年11月13日 (金) 01時31分に記事の削除がおこなわれました。

このメッセージは、設定により削除メッセージに変更されました。このメッセージを完全に削除する事が出来るのは、管理者の方のみとなります。

[155] メッセージ1「人間の意欲」とは、有りやなしや!?
名前:ほのか
 気を取り直して、今朝、p23からの、再読ですが、メッセージ1に、共感を、深く致しましたね。

2020年11月12日 (木) 09時49分

[156] メッセージ2「有利な利益」とは?
名前:ほのか
p25

『これこそまさに、うかつにも見落とされている例の最も有利な利益なのであって、これはもはやどんな分類にも当てはまらず、こいつにかかるとどんな体系でも理論でもたちまち木っぱみじんに砕け散ってしまうものなのだ』
 
(感想文)だんだんと、ドストエフスキー氏の真意に、近付いてきましたね。嬉しい😃

2020年11月12日 (木) 10時15分

[158] 自主性意欲・自発性意欲のおすすめ
名前:ほのか
p23
@文明は人間の持っている感覚の多面性をますます鋭利にする(⇄読者感想:困るが)

p24
Aそのときこそ、いよいよ水晶宮が建設されるというわけだ。・・・まあ、一口に言えば、そのときこの地上に秘鳥カガンが舞いおりるというわけである。・・・世の中がおそろしく退屈なものになってしまわないとは、絶対に保障はできない。・・・

p24
B・・・反動的な、人を小馬鹿にしたような顔つきの妙な紳士が飛び出してきて、両手を腰にあてて、われわれ一同に向かって
『どんなもんですかね、諸君、こんな思慮分別なんてものはひと思いに足で蹴とばして、こっぱみじんにぶちこわしてしまおうじゃありませんか。その目的はただひとつ、そんな対数表なんぞは悪魔にでもくれてやって、われわれはもう一度、愚かな自分の意思どおりに暮して見ようという寸法ですよ!』なんてことを言い出したにしても、私はいささかも驚くものではない。

(⇄読者感想:p23の『はたしてどちらが悪いか』は、生きてる人間の環境が、そのよーに、生きないと、《精神がおかしくなるから》とか、?、?個人個人の心の平安や、個人個人の心の内部の平均化や、個人個人の平穏化を、自ずと計るための状況ですね。どちらも良くも悪くもないという結論ですね。各個人の幸せが、行動を決めてしまう人間であるから。血流の平均化・平穏化かという定規で、各個人が、行動を決めてしまう人間。そーしないと、病気にストレスからなるから!という人間の造り!ですね。心が各個人が、平静であるよーに、行動してきた人間の造りですね。)

p25
C人間に必要なのはーーただ自主的な意欲だけであって、その自主性がどんなに高価なものにつこうと、その結果がどんなことになろうと、そんなことは問題にならないのだ。なにしろこの意欲というやつは、それこそまったく得体の知れないものなのだからである・・・・・・。

p25
D実際の話、まあ仮りに、われわれの意欲や気紛れのすべてについて、将来なにか公式みたいなものが本当に発見されたとしたら、・・・数学的な公式が発見されたとしたらーーーそうなったら最後、人間はたちまち、おそらく、意欲することすらもやめにしてしまうかも知れない。・・・そうなれば人間はたちまち人間からオルガンの音栓か、それに類したものに変わってしまう。・・・
(⇄読者感想文:自主性意欲とは、自然発生的意欲であると、理解致しました。数学的な公式的、感情・感覚を使用しない生き方は、脳の感情や感覚を司る神経が減少するのではないだろうか!?つまり、自主性意欲的に生きるとは、自己の平安を保つために、とんでもないことをするかも知れないし、数学的2+2=4の世界ではない人間の生き方である。周囲に迷惑はいけないが、自主性意欲は、ストレスを溜めて病気に陥る前に、おっちょこちょいの人間が選択する形式である。血液循環も喜怒哀楽の発生により、血流が高まったり、静まったり、健康には、貢献しそうですね。

 自主性意欲とは、自然発生的な意欲と置き換えても良いと考えますね。快不快を選択する自然発生的な生き方とも言えますね)

p30
D人間は創造と道を切り開くことを愛するものである。これには議論の余地はない。しかしながらなぜ人間は同時にまた破壊と混沌を極端に愛するのだろうか?・・・人類がそれをめざして進んでいるこの地上における目的なるものも、結局はすべてこの目的を達成するまでのプロセスの、間断のない継続、ことばを換えて言えばーー生活そのものにあるのであって、目的自体にあるのではないかもしれないのである。

p32
Eその目的というのは二かけるニは四、つまり公式以外の何者でもないものであるべきことは、いまさら言うまでもないが、しかしこのニかけるニは四というやつはですね、諸君、実はすでに生活ではなくて、死のはじまりなのですよ。

p31
Fすくなくとも人間は、このニかけるニは四というやつをつねになんとなく恐れてきたものであるが、私はいまでもそれを恐れている。
(読者感想⇄『しかしいったい人間はどこへ行ったらいいのだろう?すくなくともこのような目的を達成するたびごとに、人間の心の中にはなにかきまりの悪いような感じが認められる』なんか、理解できますね。人間は目的を完成すると、脱力感と、言う事!?
次の難しい挑戦する課題を見つけとかないとかも)

p31
Gしかしこのニかけるニは四というやつはーーそれにしてもなんともやりきれない代物である。ニかけるニは四というやつーーーこれは、私に言わせれば、鉄仮面のかたまりにすぎない。ニニが四が諸君の道にふさがって、両手を腰に当てて、えらそうな顔をして、ぺつと唾を吐いているというわけだ。・・・二二が五というやつだって時にはご愛嬌というものじゃないか。

p31
Hそれに諸君はなんだってまた、正常で肯定的なものだけが、つまり簡単にいえば、平穏無事ということだけが人間にとって有益であると、それほど固く、それほど得意になって 信じているのだろう?いったい理性というものは利害の判断を誤らないものなのだろうか?ひょっとすると、人間の愛しているものはなにも平穏無事だけではないかもしれないじゃないか?もしかすると、人間はそれとまったく同程度に苦悩だって愛しているのかもしれないじゃないか?ことによると、その苦悩というやつは、人間にとって平穏無事とまったく同じくらい有利なものかもしれないじゃないか?人間はどうかするとおそろしく、それこそ夢中になるほど苦悩を愛するものだ。
(⇄読者感想:ブラボー😃)

p33
Iともかくも私は、それが自然の法則によって存在している、現実に存在しているという理由だけで、自分が妥協の上に、無限につづく循環零の上に安住するものではないことを知っているのだ。(⇄読者感想:ブラボー😃)

p37
11、このような思い出が私には何百となくあるのだ。ところが、ときどきその何百という中からなにかひとつだけひょっこり飛び出してきて、私の心を苦しめるのである。もしもそれを紙に書きつけたら、自然に縁が切れるのではないかと、私はなぜかそう信じている。試してみないという法はないではないか?
(⇄読者感想文:その逆で楽しいことを、忘れないために書いておく方法にもなりますね)

p37
12、最後にもうひとつ。私は退屈なのだ。私はこのところずっとなにもしていない。ところが物を書くということは実際いかにも仕事らしい仕事である。それに仕事をすると、人間は善良で正直になるということだ。それならば、すくなくともこれはまたとないチャンスではないか。
(⇄読者感想文:一般読者のためにが何故書いてるのかという、答えでしたね)
2020年11月12日 (木) 16時14分

[161] おかしくなければ、このままで😃
名前:ほのか
『地下室の手記』について。
2020年11月22日 (日) 18時01分





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