ドストエフスキーの「情報・意見」交換ボード
過去の投稿記事 (選)   HP HTMLタグ一覧


名前
タイトル
本文
編削キー
親記事または下の返信記事へ返信する場合は上のフォームに書いて下さい。



[90] 『未成年』小沼文彦訳 
名前:ほのか
2020年08月08日 (土) 10時24分
『未成年』のアルカージーに、わたし読者は、シンパシーを、持つかも!?

 面白そうですが、最初から読み返したり、10頁ずつの進度には、行かずに、行って戻っての、慎重な読み方で、読書を味わってます♪

 前回は多分perhaps 最後までというか、殆ど読み通せてないですし、主旨も、自分好都合の主旨も、わからずでした。

 つぎにドストエフスキー作品何を読もうかなと、思った時に、『カラマーゾフの兄弟』は、最初の何ページかで、〈辛気くさく〉訳者をどう取り替えても、〈辛気くさく〉読むことが出来ませんでした。

 『未成年』は、わたし読者が、何かを掴みたいっという切実なる欲求で、慎重に読み進めてます。

 《娯楽》が、増えて、日常生活満喫です!!


=======〈次回読み〉=======
 

【自分の感情を持つ権利】(誰のことをもあえて批判しないというのが、僕の信念なんですよ)【感情化した理論】、(『おれの理念』の中には、自分でも解決できないいくつかの問題が含まれている。だがおれは、自分以外の誰かに、それを解決なぞしてもらいたくないのだ。・・・省略・・・〈それがわかつたのはこのおれ1人かもしれないじゃないか!〉⇆《理解おれ1人に、読者は、ワクワク》単にすばらしい理論を論破しただけでは不十分なのだ、それに匹敵するだけのすばらしいものをそのかわりに与えなければだめなのだ。アルカージーp53

⇆〜【夢中になるものをあたえてくれー】読者の私のこの時点の解釈

『『首っ玉にかじりつきたい』という気持ちだったのである。・・・省略・・・もうずっと前から自分にはそんな感情があるのではないかと疑ぐっていた。・・・省略・・・世間の人々に対して自分の存在をなるべく取っつきの悪いものにしておかなければならないことを、おれは知っていたからである。・・・省略・・・もしも誰かにおれの理念をもらしたら最後、たちまちおれのものはなんにもなくなってしまい、その結果、おれはそんじょそこらの連中と少しの変わりのない人間になり、ことよると、その理念さえも棄ててしまうようになるかもしれないと考えて、思わず胸をひやすこともあった。』⇆〜【人間と一般的に付き合うと、同意同調ばかりして、笑顔だが、自己がなくなり、家に帰ってどん底の気分に陥る経験からの決定事項】〜読者の私の今の時点での考え!?〜

『僕の理念は早く言えば、どうか僕のことはほっといてくれということなんです。』p55アルカージー《感想〜ドストエフスキーは、周囲にほっておいて欲しいくらいに作家と自己の哲学に夢中な人生だったから!?作家ドストエフスキー自分自身のことらしいなぁ〜》←読者私の感想文

しかも、next文は、『たとえニルーブルの金でもある間は、僕は1人きりで暮らしたい、誰にも左右されたくない。(ご心配には及びません、反論のあることは僕にもわかつてます)、そしてなんにもしないでいたいというわけなんです--クラフト氏がそのために働けとおっしゃった偉大なる未来の人類のためにでもですね。個人的な自由、ということはつまり僕自身の自由ですが、それがまず第一で、ほかのことはてんで知りたいとも思いませんね』アルカージーp55⇆《なかなか魅力的な生き方であるなぁ〜読者の私の感想であり、作家ドストエフスキーの生き方であると思います》

『ことによると、個人的にはほかの考えを持っていて、人類のために奉仕する気になることがあるかもしれません。いや、おそらくそうなるでしょう、しかも、たぶん、そこらへんで、お説教をしている連中よりも十倍も余計にね。しかしただ僕としては、誰からもそんなことを厚かましく要求してもらいたくない、クラフト氏のようにそれを強制されたくないんです。』『たとえ指1本・・・省略 すべてが一瞬の出来事に過ぎないというのに』アルカージーp55⇆《感想は、読者私であり、作家ドストエフスキー氏の考え方であると思いますね》《読者としては、集団的行動よりも、個人の独立した行動の方が、自身の心の妥協もなく、空気に流される間違いもなくて良い!、と言うことかなと考えます。そして同意するかもですね。


@『おれにとっては自分の意識だけで十分なのだ』p42⇆〈かも、ふむ〉⇄説明『その当時のおれの思想、おれの喜び、そしておれの感じたことの多くを、おれはこんなふうに翻訳したいと思う。』

A『こんなことを書きはじめたりしてもしかすると、おれはひどくまずいことを、してしまったのかもしれない。ことばになつて現れるものよりは、内部に・・・省略・・・それがまるっきりあべこべなのは醜悪な人間たけだと、ヴェルシーロフがおれに言ったことがある。その連中は嘘ばかりつくのだから、楽なものだ。ところがおれはつとめて真実そのままを書こうとしている。これはおそろしく骨の折れることである』p42

B『ある感情を変えさせるためには、そのかわりとして別の感情を与えなければだめですよ。』ワーシンp52
『匹敵する感情を与えることです!』アルカージーp52

C『ことに諸君がこんなふうに改造してしまった現代にあってはなおさらのことですよ。』アルカージーp56⇄《自然から離れた生き方の哲学を強いられているという事!?例えば、数学と文学は離れた位置にある学問ではないという事。学問は全てを融合して学ぶべきである事、ぶっつんぶっつんと言った学び方では、全体の人間や人間社会を見つめるのが、希薄になってしまうよというような忠告!であると読者私は考えました。》

D『答える義務がありますよ、なにしろ笑ってらっしゃるんですからね。さあ言ってください、いったいあなたがたはどんな甘いえさで、僕にみなさんのあとを追わせようというんですか?』アルカージーp57

======= 〈次回読み〉=======

『彼らは人間の前に崇拝しないために、神を選ぶんですよ--もちろんどうしてそんな気持になるか自分でもわからずにですがね。神の前にひさまずくのはそれほど屈辱じゃありませんからね。』ワーシンp59

E『僕が、ことによると、自尊心のかたまりみたいなろくでなしで、それ以上の何者でもないかもしれないってことは、自分でもよくわかっています』アルカージーp62⇄《他者に侵入されたくない心かなぁ!?それが自尊心って言うのかなぁ!?それなら、読者私も、作家ドストエフスキー氏も、自尊心の塊かもしれませんね。自己努力で解決するのが好きなのと、他人に認められなくても自分で自分自身を認めるから、心に侵入されたくなくて、自己培養で、歓喜をも独り占めしたい気持ちかなぁ。解決の方法や道を、他者にアドバイスされたく決してなくて、自分自身が、あれこれと、解決するのを愉しむ人生と、心得ている風な、人生である。人生にしたいと思い、実行している生き方である。》

F『『自分に対して罪があったっていいじゃないですか・・・・・・、僕は自分に対して罪があるほうが好きですよ・・・・・・。』』クラフトp62⇄《ドストエフスキーの考えかも。私も、ひとりで何事も解決する解決したい自尊心のアルカージーとクラフトの自分に対して罪があったっていいじゃないですか は、好きな文章&考え方ですね。読者私は、周囲の身近な人の意見、他者の意見を、参考にしたり聞いたり、生き方を聞いたりするのが、すごく嫌いであるので、生き方が人の言うように生きると、かえって、難しくなるからです。嫌いなんですね。ですから、クラフトのこの言葉に賛成!ほっと致しますね。》

G『『あの連中はほかのものより特に馬鹿だというわけでも特に利口だと言うわけでもありません。彼らは--みんなと同じように気が狂っているんですよ』』クラフトp62

H『『精神的理念』なんてものはいまじゃ全然ありませんよ。』 クラフトp62⇄《団体で行動すると、『精神的理念』はなくなるんじゃないのかな。》

Iあ、わがもの顔の平凡と無感覚の時代
い、自分で自分の理念を絞り出す人
う、団体の中で理念を持ちながら。団体の理念から、理念は消滅してる団体。

== 途中 まだまだ ==


[91] アルカージーの、『理念』とは〈金儲け〉の展開!?
名前:ほのか
@『第五章

 おれの理念、それは--ロスチャイルドになることだ。・・・省略・・・ロスチャイルドのような金持になることだ。・・・省略・・・おれの目的の達成は数学的に保障されていることを、証明するだけにとどめておく。・・・省略・・・すべての秘密は、強固な意志と不屈の努力の二語につきる。・・・省略・・・きわめて単純なことであると言ったが、同時にまた最も困難なことである・・・省略・・・父親式『『善行を愛し悪徳を避けねばならない』』の強固な意志でもなければ、父親式の不屈の努力でもないのだ。・・・省略・・・ロスチャイルドになろうと望んだだけでも--おれはすでにそれによって一気に社会を超越することになるのだ。・・・省略・・・強固な意志で蓄積をつづければ、ついには大きな成果を挙げることになる。・・・省略・・・金を生み出す方法がどんなに芸のないものであっても、間断なくそれをつづけさえすれば、その成功は数学的に保障されるものであるということだ。・・・省略・・・ロスチャイルドになる目的をいだくものには・・・省略・・・意欲と意志の力が要求される。・・・省略・・・おれはこうして完全に健康な満足すべき状態で、1年間というものを過ごしたのである。・・・省略・・・毎月五
ルーブリずつあてがわれていた。そしておれはその半分しか使わないことに決めたのである。・・・省略・・・だが二年あまりしてペテルブルクにやって来たときには、おれのポケットには、ほかの金は別として、七十ルーブリという金が入っていた。・・・このなかにこそ『『おれの理念』』のすべてがふくまれているのだ。』p80⇄(予想と異なる展開でしたね。)

A第二章まで、アルカージーの、話は、アルカージーの『理念』とかは、〈金儲け〉の間断のない努力などと、ちと、つまらない章でしたね。p84
2020年08月08日 (土) 13時20分

[92] ちょっと、ふぅむ!!103.から、なんとなくわかる
名前:ほのか
@何のために
Aどうして
B道徳的であるかどうか

Iおれの理念は一にも二にも孤独にあるのである。

100、十二くらいのときから、つまり、正しい自覚を持つようになるのとほとんど同時に、おれは人間が嫌いになったような気がする。p85

101、そうだ、おれはいままでずっと力を、強大な力と孤独を渇望してきたのだ。p86⇄(読者感想:シンパシーを、アルカージーに持てず、人間嫌いではなくて、空想にふけり、人と話をする暇などはないくらいの生活のアルカージー)

102、いつでも、最高位の姿を想像するアルカージーp87

103、おれは金なんかかいりゃしない、といって悪ければ、おれに必要なのは金ではない、強大な力でさえもないのだ。おれが必要とするものは、強大な力によって獲得されるもの、強大な力なしには絶対に手に入れることのできないものだけである。それは孤独でしかも平静な力の意識なのだ! p88

これこそは全世界の人間がなんとかして手に入れようともがいている自由の、最も完全な定義である! p88 ⇆(ふむ)

104、
その後、三のおわりまでは、ふぅむ!!なんとなくわかる!!p91
2020年08月08日 (土) 14時10分

[93] 『あいまいな理解のしかたは、〜『理念』そのものにすら害を与える可能性』
名前:ほのか
104、
【理念は、いわば、すべての重荷を軽くはしてくれたが、また同時におれの目からすべてをさえぎる煙幕ともなったのである。しかしながらさまざまな出来事や事物に対するこうしたあいまいな理解のしかたは、もちろん、ほかのことは言うまでに及ばず、『理念』そのものにすら害を与える可能性のあるものなのた。p94⇄(『理念』通りに、 しようと思っても、自身が隠れていては、【理念】は、【理念】という自身が掲げたものを、遂行出来ないという事!?周りもやはり、人間ならちらほら気になるから。自身をほっておいてと宣言しながらも、つい、うっかり、ほっとかれる身になってない自身を発見せざるを得ないという事!?

A、それから二人はとうとう喧嘩別れをしたまま、それ以来おれはそいつにあったことかない。p94

B、おれはいまだにそのこのことが忘れられないのである。p96

p91 四の要旨は、結局、【理念】を、かかげた自分自身アルカージーは、

@女の子 16歳くらいへの悪戯への、女の子自身の反抗
A捨てられた乳児の親がない可哀想さに、アルカージーが、責任を持って育てようとした心が自ずと芽生えた状況

@とAにより、【理念】は、感情により、脆くも、崩れ去る経験をするアルカージー!

2020年08月12日 (水) 09時23分

[94] アルカージー自分自身だけの救済だけでなく〜
名前:ほのか
第六章
  一

 前回のp96を読み終えながら、ドストエフスキー作家の、《女性の権利の自立があっての民主主義》的な思想があるのではないかと、考え思いついてしまったのでした。1821年生まれの作家ドストエフスキーが、考えていて悩んでいた事。

 アルカージーの『理念』。求めるけど、他者の大事な人の自由も、気になってしまう感情・感覚沸き起こる論。つまり、【理念】である自由を勝ち得るためには、他者のだいじなひとの自由も、【理念】の中に入れなければならなくなったアルカージーの新しい心境ですね。

 【理念には、自分自身ももちろんだけれど、あらゆる人達の自由も、希求すべきであった】

================

〈孤独でしかも平静な力の意識なのだ! p88

これこそは全世界の人間がなんとかして手に入れようともがいている自由の、最も完全な定義である!

================


さて、第六章
p97
2020年08月12日 (水) 09時52分

[96] ヴェルシーロフの優しさ に、驚き
名前:ほのか
〈弱者〉というか、前回の
@女性への軽はずみな蔑視
A貧困から捨てられた乳児への同情

『これらの@とAの感情を引きずりつつ、母と妹の家へ《おおらかな気分をもって》急いだアルカージーは、タチヤーナ・パーヴロナが、家にいたので、気分が変わった』p97⇄(ふと、アルカージーは、躁鬱気質かなっと、読者私は思ってしまいました。〈気分の波の大きさ〉に!!)
 
 『おれは無言のまま気むずかしい顔をして、どこか隅のほうをにらみながら部屋へ入って行くのがいつもの例だった。・・・省略・・・ところがきょうは、入るなりだしぬけに、「ただいま、ママ👩」と言ったものである。』p99⇄(@やAと同時に、アルカージーは、母や妹にも、優しさという〈接点〉が足りなかったと気づいたらしいと、読者私は思う。)

 子供の時分の手芸の印象を、ヴェルシーロフは!語る。
 『きびしい、取りつく島もないような顔をした頭のいい婦人たちが、・・・省略・・・いたずらでもしようものなら、たちまち外へつまみだされてしまう。・・・省略・・・わたしはやっぱり全然しごとをしない女のほうがずっと好きなんですよ』p104⇄(ヴェルシーロフつて、案外、家庭のあたたかさを求めているんだなっとの感想、なんか、私もわかります、気持ちが。しかし、確か、キリスト教に入ったから!?ヴェルシーロフ。『未成年』最初の方の子供は皆、人に預けて育ててもらうとかのイメージてあったのに、今回の章は、ヴェルシーロフが優しそうで、違ってます。
2020年08月20日 (木) 10時30分

[98] 子供時代を振り返るアルカージーと今の気持ち
名前:ほのか
アルカージー
@花ざかりのような美しいあなたの姿が目に浮かぶような気がします。

Aあなたはこの九年の間に驚くほど老け込み。きたなくなってしまいましたね、

ヴェルシーロフ
@あのときのモスクワでの何日間は、ことによると、わたしの生涯をつうじてあの最良の時であったかもしれない!

Aお前は今度は実によいことをしたよ、いろいろ細かいことをおもいださせたくれて・・・・・・

アルカージー
B僕はまったく思いきり接吻したいような気持でした。

ヴェルシーロフ
Bお前もこの九年間にやはりいいところをなくしてしまったようだね。

アルカージー
Cブラボー

Dトゥシャールの塾へ連れて行かれる。

E僕はこの9年間というもの、あなたに関する詳細な情報を手に入れることだけを、僕の仕事にしていたんですからね。

ヴェルシーロフ
Cわたしにはその結末はちゃんとわかっているわけだから。

アルカージー
F『立派な家庭の子供たちと同居するとは厚かましいにもほどかある。お前は卑しい素性の子供だ、下男も同じことなのだぞ』塾長のトゥシャールは、アルカージーを、いじめ、生徒もアルカージーを、いじめだす。〈ぼくはまだ侮辱されて腹を立てるということを知らなかったのです〉

G 僕が逃げだしたのは、いや逃げ出そうと思ったのは、こうした二ヶ月間が過ぎて、さらに5ヶ月ほどたってからのことでした。それにだいたい僕は決心をするのになかなか時間のかかるたちの人間です。ベッドに横になって毛布にくるまると、すぐに俺はあなたのことをあれこれと空想しはじめたものですよ、アンドレイ・ペトローヴィツチ、ただもうあなたのことばかりなんです。なぜそんなことになったものか、いまでも僕にはさっばり見当がつきません。僕は寝てまであなたの夢を見たものです。しかし僕がなによりも夢中になって空想したのは、こんな場面でしたーーーだしぬけにあなたが僕の部屋へ入っていらっしゃる、僕はいきなりあなたに飛びつく、そしてあなたは僕をこのいやな場所から連れ出して、御自分の家へ、あの書斎へ連れ戻してくださる、そうして僕たちはまた芝居へ出かけたりするようになると、まあこういったようなものです。p118

Hところが朝になって目をさまさなければならないときが来ると、また急に子供たちの冷笑と軽蔑につつまれた生活がはじまる。そのうちの一人なぞは遠慮会釈もなく僕をなぐるようなり、靴までもそろえさせる始末です。彼はこの上なく口ぎたない露骨なことはで僕を罵ります。聞いているみんなを喜ばすために、僕の出生の秘密を説明しようと大車輪の活躍をするというわけです。そして最後にそこにトゥシャール先生が姿を現すと、僕の胸はなにかもうどうにもやりきれない気持でいっぱいになってくるのでした。自分はここではもう永久に赦してもらえないのだと、身にしみて感じるのです。そうです、僕はもう少しずつわかりかけてきたのです、なぜ自分は赦してもらえないのか、【自分の犯した罪がどんなものであるかということが!p119・4・・・省略・・・
ほかならぬこの瞬間から、僕の精神生活の真の意味の、正しい成長もはじまったのでした!p120

Iママ、もしもあなたがあすにもほかの女と結婚するような夫と一緒に暮らすのはいやだというお気持ちになったら、あなたには息子がいることを、永久にあなたに恭順をつくすと誓っている息子がいるのとを、どうか思い出してください。ただしそれには条件があります、『彼か僕か』そのどちらかを選ぶかですーーーいいですね?p121
2020年08月20日 (木) 13時06分

[99] なんというか、読書の中での、自分と登場人物の気持ちの会話は、楽しい!!
名前:ほのか
第七章
アルカージー
@もしもおれがほんの少しでも世慣れた人間であったならば、こうした場合にはたとえどんなに小さな疑念でも、必ず悪いほうに解釈すべきであるということに気がついたにちがいない。p121⇄(世慣れた人間ではないアルカージー。読者わたしも、いつまでたっても、世慣れた人間になれないなぁー!!)

Aなぜかは知らないが、おれはうれしかったのだ、心に疑念をいだき、下でへまをやらかしたということを明らかに自覚していたにもかかわらず、おれはうれしくてうれしくてたまらなかったのだ。p121⇄(読者私の心の構造に似てるなぁー!!)

Bタチヤーナ・パーヴロナがあれほど悪意のこもった
罵言をあびせかけたことでさえもーーおれにはただ滑稽で面白いものに思われただけで、おれはまるっきり腹も立たなかった。p121⇄(読者私のムードに、相似であるっ!

Cおそらく、それもこれもおれがともかくも鎖を断ち切り、生まれてはじめてこれでやっと自由になったと感じたからに相違ない。p121⇄(ブラボー♫読者私の日頃の態度に似てるっ!!)

Dーーそれがすんだら、今度こそ長期間、何ヶ月かすべての人から身をかくすことにするのだ。とりわけワーシンには絶対に見つからないようにしなければなるまい。《ただ母と妹には、たぶん、ときどき会うことになるだろう》p122⇄(雲隠れはいいけど、言い争いは人に任せるは良い判断だけど、読者私が嬉しいことは、《母と妹に会う気持》のアルカージーである)

E【その晩の思いがけない出来事】⇄【ヴェルシーロフが、、おれの怒気もを抜くようなことをやってのけたのだ】p122⇄(得てして、思い通りにいかないものなのかな、?アルカージー)

ヴェルシーロフ
@メルシー♪犬小屋みたいな、棺箱みたいな、アルカージーの、屋根裏部屋を訪問のヴェルシーロフp122

A『調和の感覚』や『あっ!するとお前もときどき、思想がことばにならない苦しみを感じることがあるんだね!いいかね、それは高尚な苦しみなんだよ、そして選ばれた人だけに与えられるものなんだ。馬鹿な人間はいつでも自分の言ったことに満足している。しかもおまけに、いつも決まって必要以上のことまで口にだすものなんだ。選ばれた人は思想をストックしておくことを好むものなのさ』p123⇄(ヴェルシーロフの高尚な心地良い言葉群ですね。最初のページの赤ん坊の時から、子供を他人に預けて捨てたヴェルシーロフの、イメージとは、違いますね。そういえば、母の元夫マカールが、優秀な教育をつけてほしいと、ヴェルシーロフに、頼んだと、書いてありましたね。事情があって、生まれた子供を人に預けたのか、主人公のひとりですから、確固とした正当な理由があるのでしょうね。)

B『実はわたしはお前にちょっと話があって来たんだよ』p124⇄(何々!?読者私)

C『どういうわけでお前はわたしを責めるんだね?』p123⇄(読者私が、私なりに、現代版で考えて見ます。この後、そのまま、読み進める前に、難題を解いてみましょう。

【読者私】
い、アルカージーは、赤ちゃんの時から父親ヴェルシーロフを、見たことがない。
ろ、塾で、素性が悪いと塾長と友達五人か六人から壮絶な苛めをうける。しかも、子供なので、いじめられる理由もわからない。そのような塾での暮らし方であった。
は、しかし、塾長の機嫌が激変したのは、お金がなくなってから💰のことであり、父親ヴェルシーロフは、妻の前夫マカールの希望通りに、高等教育を受けさしたいだけの目的のアルカージーを塾に入れる理由であったから、この惨状は、驚くべき事であり、しらなかった。そうすると、以上により、21歳の未成年のアルカージーは、
A、既婚の母を、寝とった事
B、?

に、異議を申し立てているのかな!?)
2020年08月22日 (土) 03時43分

[100] &読者私はどうも、理解力が無いらしいのを、つい最近自覚。
名前:ほのか
& 読者私はどうも、理解力が無いらしいのを、つい最近自覚。しょうーがないというか、読書をしながら、色んな人間がいるのだなぁ〜と、人間に感嘆!!私なんか5個位の感覚しかないのに!!っと、極端な発想もしたくなってしまう。自分探し人間探しの読書は旅であるなぁ〜。森にこもって好きな事だけしてたら楽なのに!何故かこういう《ごちゃごちゃが好き》な自分!1日の時間に制限があるのに、しなければいけないことにも、あれこれとしたい事にも、振り回されて。知的欲望が多過ぎるのかな!?多過ぎる人は沢山いる筈である。勉学に気が付くのが遅かったのかな。あれもやりたい!これもやりたい!ひとつに絞り切れない欲望は、有限の時間しかないのに!!無限の時間が欲しい!!っと、思ってしまった。有限の時間を無限に所有する時間に考えることが出来る自分になるためには、どうすればいいのだろう!?っと、自分勝手な無駄話し!
2020年08月23日 (日) 09時22分

[101] 途中、飛ばして、気分の良い言葉『神に感謝しようじゃないか・・・そしてわたしは君を祝福するよ!』
名前:ほのか
p192

《サルコーフスキー老公爵が、アルカージーに言った言葉》

〜p192〜
「君は実に可愛い青年だ!(彼は両手をおれの頭に乗せた)。君と君の運命を祝福するよ・・・・・・いつまでもきょうと同じように清い心で
いようじゃないか・・・・・・そしてできるだけ善良で美しい人間になろうじゃないか・・・・・・あらゆる美しいものを・・・・・・とにかく種種雑多なそのままの形で愛することにしようじゃないか・・・・・・とにかく、enfin・・・・・・rendons grace・・・・・・et je te be-nis!(要するにだね・・・・・・要するに神に感謝しようじゃないか・・・・・・そしてわたしは君を祝福するよ!)」

(感想文:アルカージーに、そろそろ灯りが明かりが〜)
2020年08月28日 (金) 09時13分

[106] 主題1 ヴェルシーロフの言葉
名前:ほのか
p216
ヴェルシーロフ言葉 息子アルカージーへ!、

『いいかね、現在あるがままの姿の人間を愛するということは!まずふかのうなことだよ。しかし、やはり愛さなければいけない。それだから無理に元気を出して、鼻をつまみ、目を閉じたまま(これは絶対に必要だ)彼らに善をほどこすのだよ。彼らの悪をじっと堪え忍んで、『『お前もまたにんげんなのだということを忘れずに』』、できるだけ彼らに腹を立てないようにすることだ。もしもお前がほんの少しでも平均より頭のいい人間であるように運命づけられているとすれば、お前は彼らに対して厳格な態度をとる立場におかれていることは、言うまでもない。人間というものは生まれつき低俗なものて、恐怖心から愛することを好むものだ。そんな愛情に決して負けてはならない。そして軽蔑することを忘れてはならない。コーランのどこかで、アラーの神は預言者に、『『強情なるものは』』これを嵐のごとく見なし、彼らに善をほどこして、そのかたわらを通り過ぎよと命じているーーいささか傲慢のきらいはあるが!まさに至言だ。彼らが善良なときにおいてすら、彼らを軽蔑することを忘れてはならない。なぜならば、そうしたときにこそ人間はいちばん醜悪なものだからだ。いいかね、自分の心から推してわたしはそう言っているのだよ!人間というものは少しでも間抜けでなければ、誰だって自分を軽蔑しないで生きていけるものではないのだ、その人間が正直だろうが、不正直だろうがーーそんなことはまったく同じことなのだ。自分の隣人を愛して、しかもそれを軽蔑しないでいられるなんてーーこれはできないそうだんなのさ。わたしに言わせれば、人間は自分の隣人を愛することができないように、生理的にちゃんとそう創られているのだ。これにはそもそもはじめから、なにかことばの上の誤りがあるのだ。『『人類に対する愛』』ということばも、お前が自分で自分の心の中で創り上げた人類だけに対する愛、というふうに解釈する必要がある(ことばをかえて言えば、自分自身を創造したので、自分自身に対する愛ということになる)。だから実際にはそんなものは絶対に存在するはずがないということになるのさ』

(感想文)全ての人々は、努力が必要で、そのままに、とどまって、安逸をむさぼっていてはいけないということ!?他人に頼るのではなくて、自分自身の今に疑問を持ちながら、生きるべきであるから、《頼る》そのもの自体がいけないということ!?
2020年09月03日 (木) 09時19分

[107] 自分勝手な雑念 今の時点でのあやふや
名前:ほのか
何故、アルカージーは、子供の時に、父親ヴェルシーロフが、自分を、親戚に、預けて、育ててもらい、教育も受けさせることを、他人がした父親ヴェルシーロフを、好きなのだろうか?『@父親ヴェルシーロフに、キスをした。感激で泣いたなど。
A初めて、20歳になってから、父親ヴェルシーロフを、ひと目見た時に、その時に、ほれてしまった!!のは、ヴェルシーロフの人間性を、アルカージーは見抜いて、ヴェルシーロフの持っているヴェルシーロフの醸し出している人間に、ひとめで、ほれこんでしまったのだろうか。男と女で言ったら、ひと目惚れ。しかも、人間としての尊厳を感じたひと目惚れであったのかと、読者私は、思います。

 前回の言葉の主役は《種々違った、そのままで、人間を愛すること》ですね。

 今回読んだ範囲では、例えば、青年のドストエフスキー が、『未成年』を、執筆した年齢55歳?に、なった時に、55歳のドストエフスキー が青年時代に疑問を持っていた青年ドストエフスキーに、解答を与える体裁で、答えている文章なのだと、読者私は理解致しました。

 《無神論を説く人は、キリスト教信者よりも、高尚なのだよ!!無神論を説く人は、キリスト教信者で、のうのうと、している余裕のある心みたいな安心しきって暮らしている人達よりも、日々、悩み神がいるのかいないのかを、苦悩して自分自身で日々考えている、かえって信仰のあつい人達かもしれないんだよ。いいや、信仰の厚い、尊い真面目な人達なんだよ》とかなんとかと、青年アルカージーに、父親ヴェルシーロフは、話して聞かしているような気がしますね。つまり、20歳の未成年に、55歳の大人が、話して聞かせてるんでしょうね。そして、つまり『理解できない事柄は、理解できないままに、事柄や事態を愛そう〜!!』というような指摘をしているのでしょうね。

 読者私は、この時点の『未成年』の読みで、
@異なるものを異なるそのままに、愛する。尊敬する、
A異なる状態を異なる状態そのままに、愛する。尊敬する。

 @とAの生き方を、ヴェルシーロフに、学んだような気が致しますね。つまり、作家ドストエフスキー 氏に、@やAを、学んだような気が致しますね。

 異なった理解できないもの事態を、そのもの自体のまま、受け入れて愛するのは、なかなか、いままで、自分自身の生き方で、考えた事がありません。、が、しかし、頭で計算で判断で理解納得するのではなくて、《頭で計算で判断で納得する》のではなくて、【’生'そのものを、無条件に愛そう!!!!!!!という作家ドストエフスキー 氏のメッセージなのですね。そのように、読者私は、未だ完成されてない頭で理解を致しました。

 具体的には、例えば、どのよーに、生きていけば良いかというと、
@全てあるがままに、受け入れる
A人生に、否定形を使わない
B楽観的である
Cポズィディブ志向である⇄雨が降っても良し!晴れてもよし!という感覚の持ち方
D全て良し
Eありのままで良し
F正反対の事象もよし、正反対の思考も良し
G白でも黒でも良し
Hいい OR 悪い というような価値判断は無い
Iそれで良し

 〜というような、ありのままを愛する心の形式でしょうか。
 そのようにヴェルシーロフが話している気が致します。

(感想)あやふやすぎる年齢とか状況の書き込みですが、『未成年』途中の書き込みです。

2020年09月03日 (木) 09時26分

[109] 主題2 ヴェルシーロフの言葉
名前:ほのか
p220
〜ヴェルシーロフが、セリョウジャ公爵へ、アルカージーがいるところでの言っている会話〜

p220

『「名誉ということばは、つまり義務ということです。」と彼は言った
(おれはただ大意を伝えているだけである。しかも記憶している範囲内で)。「ある一国内で最高階級が支配権を握っている、その国土は堅固です。最高階級はつねに自分の名誉の意識と名誉に対する信仰というものを持っています。それはあるいは正しいものでないかもしれませんが、しかしほとんどつねにつなぎの役をつとめて、国土を堅固にしてくれます。精神的にも有益ですが、むしろ政治的により有益なものです。しかし奴隷、つまりこの階級に属しないすべてのものは、被害者です。被害者でなくなるためにーー権利の平等化が行なわれます。わが国でもそのとおりのことが行われました。それはそれで結構なことです。しかしながらあらゆる経験から見て、今日までいたるところで(といっても、つまりヨーロッパのことですが)権利の平等化とともに名誉の、したがって、義務の意識の減少ということが起こりました。エゴイズムが以前の結合的理念に取ってかわり、すべてが個人の自由に分解してしまったのです。解放された人たちは、結合的意識に欠けているために、ついにはあらゆる高度の連絡というものをすっかり失ってしまい、せっかく手に入れた自由さえも、守り通すことができなくなってしまいました。しかしロシヤ貴族のタイプは、いまだかつてヨーロッパのそれのようであった例しはないのです。わが国の貴族階級は、この特権を失った今日でさえも、名誉や文明や科学や、高遠な思想などの守護者という形で、最高階級としてとどまることができるにちがいありません。しかも肝心なのは、もはや個個のカストに閉じこもることはなくということです。そんなことをすれば思想にとっては死を意味しますからね。いやそれどころか、この階級への門戸は、わが国ではすでにはるかに遠い昔から開放されています。だがいまこそそれを完全に開放する時がやって来たのです。名誉や、科学や、果敢な行為の分野で大きな功績のあるあらゆる人々に、わが国では誰にでも最高階級の一員になれる権利を与えたいものではありませんか。こんなわけで、この階級は自然に、以前のような特権を持ったカストという意味ではなく、文字どおり
そして真の意味での、すぐれた人々の集合体に変貌することになるのです。この新しい、というよりはむしろ、新しく生まれ変わった形て、この階級は維持されるに違いありません」』

(感想)この後のセリョウジャ公爵とのやり取りの会話もありますが。一応、アウトプット!!
2020年09月03日 (木) 11時15分

[111] ♪とこへでも、ついていく♪連れてって♪
名前:ほのか
『未成年』半分くらい読み終えましたが、前回と前々回の、自分流感想文の《主題1》《主題2》で、突然、作家ドストエフスキー 様に、何処までも、ついていく♪連れてって♪と、初めて、確かな
感情を、人間ドストエフスキー 氏に、持ちましたね。やはり、大事な事を、作家ドストエフスキー 氏の書いた = 描いた小説群は、言っているのだと、嬉しい限りです♪幾十にも難解な人生を説いて解いているのでしょう♪
2020年09月12日 (土) 09時22分

[112] 絶対に近づけない1ミクロンの距離の貴重さ!!
名前:ほのか
p292あたりまで、読み進める事ができましたが。

 ふと、作家ドストエフスキー 氏のキリストに対する考え方の結論めいた纏めまとめに、夢中になりました。

 作家ドストエフスキー 氏には、理想的な人間がそばに、見つからなかったかもしれない。キリストが、唯一、理想的な真似したくなる人物であった!と、考えました。

 理想的な真似したくなる生き方の人物は、死んで欲しくない。

 その事を、《生き返る》という、表現を用いて、寂しくないようにして、しかも、いつも身近な存在でいる対象であって欲しい。《生き返らない》けど、《気持ち的に生き返る》!!つまり、尊敬する人物が必要であるから、《生き返ざるを得ない》状況が、存在する。

 霊魂とか、不死とかの言葉が、ドストエフスキー 氏の作品には出てきますが、高尚な存在の、尊敬して近付きたい生き方の人間が、すぐ側に、必要であるから、言葉が作られるのですね。

 高尚ではなくても、可愛いだけでも良いですが。忘れたくない存在は、不死で、良いわけですね。

 それこそ、人間が、創造した理想像『神』を、目指すべきである。つまり、生のある人間キリストを、目指すべきであり、《不死》と、考えれば、すぐ近くにいるから、会話も出来ますし、生き方を真似ようとした場合には、努力し易いわけですね。

 いくら努力しても!1ミクロンの距離が、近づきたい人間とキリストの間には、ある!!

 決して、理想は、理想のままで、到達する事が出来ないから、誰でもが、希望を持つ事が出来るのである。

 到達する事が出来ないという、熱中する生き方をする事が、可能である。

 そして、熱中は、喜ばしい生き方である。

 キリストは、人間達に、それだけ立派な優しい人道的な人だから、その人キリストに生きていて欲しいから。

 唯物的に死んでも、キリストと会話も出来るし、死んでいないと同じ状態。それを、《不死》と名付ける。

 
2020年09月14日 (月) 15時51分

[113] 『罪』という言葉は、日常会話に出てこない。
名前:ほのか
《罪》って、なんだろーな!!!?って、考えこんで、しまった。一瞬、そして今、一瞬!そして、一瞬の連続!!

 《罪》がないから、許される!『自己流自由』『自己流自由の、観念』!!

 《神》が、居ないのなら、《許される》という認識の、《自由》という塊の空間&権利の考え方!!

 ふと、私読者が、思ったのは、前回の記述の《神》の捉え方とらえ方と《現実に存在する》理想像への、個人的考え方の収束値!、であったのでありますが。

 読者私には、そもそも《罪》という、言葉、概念が、生まれて此の方、意識を、した事がないのですね。《罪》とは、『小説上の単語』であるのですね。

 読者私が生まれてからずっと、《罪》は、架空の言葉でありました。

 友人との会話で、《罪》は、つまり、《心の内部に罪を感じる!?》というよーな、会話を、他者との会話にも、自分自身の内部での反芻する会話にも、登場した事が、1度もありませんね。

 同等な言葉で、言い換えれば、《イケナイ事かな!?》くらいでしょうか!?《罪》に換わる言葉や会話は、そーなりますね。

 ですから、作家ドストエフスキー の小説での、過去に読んだ文章の『神がいなければ、すべては赦される。だから、自分の思うままに、生きてよいのだ』というような結論は、ナンセンスな論理展開であります。

 読者達が、飛びつきたい文章なので、とりわけ強調して、あれこれと論義を致しているのを目に致しますが。

 《自分》という、主体性を持った人格に、尊重と自己を日々高めるような日常生活を送りたいと自発的に思っていれば、他者の生き方を参考にはするけれども、日常生活には、他者は存在せずに、自分自身の、強調して言えば、闘いの、《高みを目指した、自分を成長させるための》日常生活となりますね。

 そして、その場所には、《神》も居なければ、《法律》もないかもしれません。いえ😃《法律》は、ありますね!!その時点での、自分自身が到達した生き方を、自分自身で自己研磨する日常生活ですから、自分自身のしている生活は全て正しいのですね。

 正しくないと自己が、判断出来たのなら、自分自身で正しい日常生活に、変えれば良いのです。

 『罪と罰』のラスコーリニコフが、歩んだ道は、犯罪後の、これでもかというくらいの無限大の、その後の日常生活の苦悩で、自分自身の中にある『善悪判断』に、翻弄され、結局負けましたね。犯罪=一生の苦悩という、構図です。

 ですから、読者私の場合には、《神》があるから、行動の規範の伺いを請うのではなくて、《罪》が怖いから、物事の行動の規範の伺いを請うのではなくて、それまでの経験が、その時の行動を決めていますね。その時点での《善悪判断》で、自己の行動はなされてますね。

 自己の行動にはその後の責任
までもが、自己の行動の一環であります。

 一般的には、各時点の個人の行動は、各個人に、委ねられていて、他者は、どうする事も出来ませんね。
 
 他者の行動は、他者に依存ですね。

 自分が『これが正しいのではないかな!?』と言いたい他者へのメッセージは、少しずつ伝達して、理解して頂くより他、方法はありませんね。

 ひょっとしたら、宗教があると、《神様からバチを受けるから》とか、言って、脅かせば、『自己との行動の相違を一瞬にして、訂正修正出来る』良さが、ありそうですね。
2020年09月15日 (火) 11時35分

[114] 『罪』と、『バチ』
名前:ほのか
〜ネットから〜 む・だ・ん・

◉人の悪事はよく目につくものです。
〜〜〜〜〜〜.
「どうして、あんなに道徳に反した生き方をしている人にバチが当たらないのだ?」
〜〜〜〜〜〜
まじめに生きている人が苦労して、道徳に反した人が何事もなく生活しているの?
〜〜〜〜〜〜
そんな時は「天罰がくだれ!」と思うこともあると思います。
〜〜〜〜〜〜
しかし、現実には天罰がくだる気配はまったくなく「神様なんていない…」と思ってしまうこともあります。
〜〜〜〜〜〜
天罰は、罰というよりも、正しい方向へ向かうための「お導き」であり、人を正す為の「気づき』です。

天罰や、バチ
それを天罰と言いますが、天罰は罰を与える目的よりも「それはいけないよ」という気づきを与えるためのものです。

2020年09月15日 (火) 12時08分

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

[121] 第二部を、読み終わり、ドストエフスキー作品でトップで面白いかも。
名前:ほのか

『死者の尊厳を守る。言語は人類の遺産。であるからして著作権という概念を放棄する。
もしくは、今まで通り、死者の尊厳を踏みにじり、言語の所有権を声高に叫び、著作権という甘い汁に群がる哀れな子羊に餌を与え続けるか。』

 理解力のない読者私は、上の文章が理解できませんでした。

〜ゆっくりと読んでいる〜

『未成年』ですが、これほど、面白いとは、驚きです。

 第七章を、読み終わりました。転記したい文章も沢山あります。

@恋愛のとんでもない複雑さが、頭脳明晰にしておかないと、こんがらがりますね。恋愛もコンガラガルものなのかもしれませんが。
A母親と息子の愛情と、反発
Bスリリングなアルカージーが遭遇する怖い場面→どう展開するのか、心配ですが。

A、アルカージーの母親の息子に対する宗教的な真の愛の優しさが、読者私の心に沁み入りますね。
B、ランベルトの部屋にいるアルフォンスシーヌの女性蔑視の抗議と世の中に悪人がいるという朗読調の喋りをアルカージーにする場面も、作家ドストエフスキーの言いたい事なのかもしれませんね。
2020年09月29日 (火) 12時10分

[128] ドストエフスキー文学は、やはり、読者、私を裏切らない。『正義の味方』という事ですね😃
名前:ほのか
正義の味方』という文学ですね♫
2020年10月12日 (月) 14時52分

[132] ふぅ〜む!
名前:ほのか
p381
「神を信じない人間を」〜と、マカールが、人間の生き方を教えてくれるのかなっと、いうよーな、箇所に来ましたね!!

しかし。ここで、ふと、物分かりの悪い読者私は、立ち止まってしまうのですね。

解答を教わるのが、ちっちゃい頃から、今でも、ずウッーーっと、嫌いな読者私は、ここから、先に進まずに〜「無神論者というものにお目にかかむたことがないのだよ。」〜ふぅ〜む! 
2020年10月12日 (月) 15時42分

[134] マクシム・イワーノヴィチ
名前:ほのか
@「未成年」読み終わるのが、もったいないなぁと、いうような気分で、読んでます。

 様々な感情や思考の噴出で、ドストエフスキー文学に魅せられます。

 この本を読み終えても、巨大なドストエフスキー文学は、どっしりと、家の中に、あるわけですから。

 何度でも、繰り返し読んでも面白いですし、読んでない題名の本も多々ありますから、大丈夫!趣味の読書。量が沢山あります。

 考える事も沢山『ドストエフスキー文学』は、強いてますので、退屈に、人生がなる事はありませんね。

===========
アルカージーのやはり、味方をしたくなる!主人公になりきることも〜


@本を読み終わるのがもったえないから、ゆっくりと読もっかなぁっという、今の読者私の感想です。

Aマクシム・イワーノヴィチは、やはり、未成年だった!艱難辛苦の放浪の旅に、出た時に、青年となり、人間となっていった。生まれながらの環境は、なかなか、『困難』という人生経験を、伴う。本人は、『普通』というふ感覚から、抜け出すのは、苦労した後かも。
  未成年から大人になれないなぁーと、最後は、艱難辛苦の放浪の旅に出させてあげて、マクシム・イワーノヴィチの、人生を、作家ドストエフスキー氏の具体的な話で、クリアー化救出させてあげてますね。

 人間にも、どんな状態に、投げ込まれても、『救い』は、用意されてるよ!!という、事なのでしょうね。

 生まれたDNAは、本人が変えることは、相当難しい事なんでしょうね。

 本人は何も気が付かずに、DNA通りの人生を歩まされているのでしょうね。

 マクシム・イワーノヴィチは、悪い事もしたけど、本人は未成年で、悪さに気が付かなかったのですね。 

 けれども、1000年続いている1億年つづいているDNAのどこかが刺激すされて、良い人生を歩もうと、気が付きましたね。

 『悪いことした事に気が付かない人もいるので。

 その人たちは、法律に沿った判決が、なされるでしょうね。《死刑》制度は、困りますね。一億年もつづいたDNAの掛け合わせで、《我慢出来ない性格》なども、もともと、DNAで、インプットされてる個性なのですから。

 作家ドストエフスキー氏のように、《死刑反対》ですね。

《引用分》
マクシム・イワーノヴィチの亡くなった子供に捧げる言葉

〜癒されます〜
〜このような場面に、文章に出逢いたくて、ドストエフスキー文学に、ドストエフスキー文学だけに惚れ込んでますね。〜


『「よし、それではひとついちばん大きな絵を描いてもらいたい、壁がかくれるくらいのやつをな。そいつにまず真先に河を描くんだ。それから坂道も、渡し場も。それにあのときその場にいた人間も、みんな忘れずに描き込むんだぞ。それから大佐の奥さんも。女の子も、例のハリネズミもな。それから向こう岸も、なにがあるかよくわかるように、すっかり描いてくれよーー教会も、広場も、屋台店も、それに馬車が客を待っているところもーーなにからなにまで、そのとおりに描いてもらいたい。そしてその渡し場の、すぐ水ぎわの、例のあの場所に、あの男の子を立たせるんだ。両方のこぶしをこんなふうに胸の、左右の乳首のあたりに押しつけているのを忘れるなよ。どうしてもそうしなければ困るのだ。それから子供の前の、向こう岸の教会の上にはひろびろとした大空がひろがり、その明るい空を天使という天使が、子供を迎えに飛んで来るところを描いてもらいたい。うまく描けるかな、どうだな?」』
2020年10月12日 (月) 16時04分

[135] 《ホッ😃》
名前:ほのか

《ホッ😃》
「タチヤーナ・パーヴロヴナはおれをつかまえると、馬車に乗せて、自分の家へ連れて行き、さっそくサモワールの用意を言いつけて、おれを台所で自分の手で洗ったり清めたりしてくれた。」⇄(読者私も、ここで、お紅茶を、用意!!ピンク色のローズのような紅茶です)

2020年10月12日 (月) 16時07分

[136] 人間の不可解と偶然とreal
名前:ほのか
p563

「事実、カチェリーナ・ニコラーイァヴナを崇拝していたにもかかわらず、彼の胸中にはつねに、きわめてまじめな、きわめて深刻な彼女の精神的価値に対する不信の念が、深く根をおろしていたのである。彼はあのとき、ドアのかげで、彼女がランベルトに踏みにじられるのを心から待っていたに相違ないと、おれは確かにそう思う。しかしそれを待っていたにしても、はたしてそれを望んでいただろうか?またしても繰り返すが、彼はなに一つ望まなかった、考えることすらしなかったと、おれは固く信じている。彼はただその場にいたかっただけのことだ。⇄(人間の不可解と偶然とreal)

2020年10月12日 (月) 16時09分

[137] それとなく、『未成年』の感想文を、聡明だけど、アルカージーの好きでない冷淡なエゴイストに、感想を求めた!?
名前:ほのか
 冷淡なエゴイストニコライ・セミョーノヴィッチに、アルカージーは、原稿『未成年』?に似てる?を、送って、長い手紙が返信の内容です。

a、「貴君の大学入学に関する彼女の考えは、貴君にとって、有益なものにちがいありません。〜理念に復帰」
(p571)

b、「青年は、それが
ーー青春であるという〜これと融合して完全に一つのものになってしまったからです」(p571)

c、「ほかならぬこの形式の完成と〜すでに二百年の間、なに一つ生まれて来ないではありませんか。」(p572)

d、「アルカージー・マカーロヴィチ、この家庭は偶然の現象であると言って頂きたい。〜まさに両極端をなすものなのであります。正直に言いますが、小生は偶然の家庭出身の主人公を持った小説の作家にはなりたくありません」p574⇄(アルカージーも、『作家ドストエフスキー氏も、』この言葉には、怒っているでしょうね。

そして、読解力のない読者私は、ようやく、読み終えましたが、ますます、信頼を得ることが出来る作家ドストエフスキー氏ですね。次は、なにを読まして頂こうか。嬉しい限りの感謝ですね。

2020年10月12日 (月) 16時14分





Number
Pass
SYSTEM BY せっかく掲示板