ドストエフスキーの「情報・意見」交換ボード
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〔最新の投稿記事〕

[164]『死の家の記録』に、挑戦です😃ドストエフスキー全集4 筑摩書小沼訳
名前:ほのか
2020年11月30日 (月) 11時00分
p5 転記

「シベリヤでは、寒気はきびしいが、役人のふところはきわめてあたたかいのである。住んでいる人間は純朴で、自由思想などに毒されていないし、古い秩序が数百年の歳月に浄められて、がっしりと根を張っている。(⇄読者感想文:安心致しますね😃シベリヤの僻地の地、・・・千か、せいぜい二千ぐらいしか住んでいない小さな町の話です。警察署長や地方議員、その他ありとあらゆる下級官吏が十分に配属されている。のですね。)

p5

「誰の目から見てもシベリヤ貴族の役割を演じていると思われる役人たちはーー生え抜きのシベリヤっ子であるこの土地の人間か、それでなければ、桁はずれに支給される俸給の額と倍額の旅費、そしてなかなか誘惑的な将来の希望に心を惹かれて、はるばるロシヤ本土、それも大部分は両首都(モスクワとペテルブルク)からやってきた人たちである。」(⇄読者感想文:情景・背景がよく分かりますね。)

p5

「そうした人たちの中で人生の謎を解くことのできる者は、ほとんど例外なくこのままシベリヤに踏みとどまって、喜んでこの土地に定着するようになる。そしてやがて彼らは
そのうちに豊かな甘い実を結ぶようになるのである。
ところがそれとちがって、・・・・・・
なんだってこんなところへ来たのだろうと自分の胸に問いかけては、ふさぎこむようになる。(⇄読者感想文:《なんだってこんなところへ来たのだろう》⇔⇔《何だって、この地球に、生まれてきたんだろう!!》

p5

「シベリヤをののしり、シベリヤを嘲笑いながらいそいそと故郷くにへ帰って行く。(⇄読者感想文:《シベリヤをののしり、シベリヤを嘲笑いながら》⇔⇔《人生をののしり、人生を嘲笑いながら》このよーに、読者私は変換してみました。要するに、人生をポズィチィブに思考して、人生の謎を解く哲学的な生き方を、日々すれば良いのですね😃)

p5

「・・・シベリヤでは生活を大いに楽しむことができるからである。・・・気候はすばらしいし、・・・若い娘たちはばらの花のように咲き誇っているし、しかもその品行のよさにいたってはまず類例を見ないほどである。野鳥は思いのままに路上を飛びかい、向こうのほうから猟師に突き当たってくる。シャンパンはそれこそ嘘のように飲み放題に飲める。筋子いくらときてはただただ驚嘆のほかはない。農作物の収穫は場所によっては播種量の十五倍にも達することがある・・・。大体において、まさに神に祝福された土地と言うべきであろう。(⇄読者感想文:日本も!?)要するにそれを利用する方法さえ心得ていればそれでいいのだ。そしてシベリヤの人たちはそれを利用する方法を心得ている。(⇄読者感想文:ふぅーーむ)



[165] p9 一 死の家 の章です
名前:ほのか
2020年11月30日 (月) 12時12分
p7

「彼は町のいちばん外れの、ある町人の老婆の家に下宿していた。その老婆には肺をわずらっている女がいて、その娘には父親の知れない女の子がひとりいた。十歳ほどになるなかなか美しい、快活な少女だった。私がカレの部屋へ通されたとき、アレクサンドル:ペトローヴッチは、ちょうどその女の子と机に向かって、彼女に読み方を教えていた。私の顔を見ると、まるで犯罪の現場でも取り押さえられたように、彼はすっかりうろたえてしまった。」
(⇄読者感想文:
あ、貧しさと老母の家
い、肺を患う娘 病気と貧困
う、父親の知れない女の子 の登場で貧しさ

 つまり、あ い う で、ドストエフスキー氏の文学の常に問題点とする基軸が、三ページ目で、もー、表現されてますね。

そして、ようやく、小説の名前『死の家の記録』に、辿り着きました。

 10年間の徒刑生活の記録 「いままで知られることのなかったまったく新しい世界、ある種の奇怪な様相、破滅した人々についてのニ、三の特異な所見など、ニ、三章を選んでお目にかけることにしよう」(⇄ゴリャーンチコフの徒刑生活の記録『死の家の実況』が、これから始まります。)
(⇄読者感想文:(「まるで犯罪の現場でも取り押さえられたように》彼はすっかりうろたえてしまった」『ぼたん雪に寄せて』の、主人公が、使用人のアポロンと、喧嘩をし言い争い、主人公が喋ってるだけで、アポロンの反応はないのですが、その最中を、訪ねてきたリーザに見られたときに、《まるで犯罪の現場を取り押さえられたように》という同じ台詞があったと記憶してますが) 


[167] 主よ、どうかわたしを見棄てないでください!主よ、どうぞわたしを強い人間にしてください!
名前:ほのか
2020年12月04日 (金) 17時02分
@p39「いやす事の出来ない深い悲しみ」(⇄読者感想文:ふぅむ!)

Ap39「夜中の二時過ぎにふと目をさますと、押し殺したような静かな泣き声が耳に入った。見ると老人が
・・・自分の手写した聖書を読みながら祈ってるではないか。彼は泣いていた。そしてわたしは彼がときどき『主よ、どうかわたしを見棄てないでください!主よ、どうぞわたしを強い人間にしてください!可愛い子供、わたしの小さな可愛い子供たち、もう二度とお前たちと顔を合わせることもないだろう!』とつぶやいているのを耳にしたのである。」(⇄読者感想文:感動!!ですね!!)

B名の日の主人公はぐでんぐでんに酔っ払う。

Cp40「どこの土地へ行ってもロシアの民衆は、酔っ払いに対してある種の共感を覚えるのが普通である。」(⇄読者感想文:哲学的に、ロシア人は考えているのでしょうね。何か理由があって、お酒を飲んでいるから!!了解〜!!という事なのだと思います!!ちょっと読者として、嬉しい。囚人が名の日の祝いに
1、聖像に蝋燭ろうそくをあげ、
2、お祈りをする
3、大いにめかしこんで
4、特別な食事を注文する。牛肉や、魚ご買い込まれ、シベリヤ風のペリメニ(餃子に類する食物)がつくられる。
5、牝牛のようにそれをたらふく腹に詰め込む。
6、お相伴をさせることはめったにない。
7、そのあとで、いよいよ酒が現れる。
8、名の日の主人公はぐでんぐでんに酔っぱらう。
9、『浮かれている』のだということを、・・・みせびらかし、・・・それによってみんなの尊敬を集めようとして、必ず監房から監房へと歩きまわるという段取りになる。(⇄読者感想文:囚人にも、存在感と注目度は、生きていく上で、必要十分条件であるなぁーと、カラフルに生きるためにはそうでありますね。p43には、「退屈きわまりない監獄生活を送る囚人の、唯一の心の支えとなっていたものであった」と、書かれてますね)

[168] お酒を薄めるのは、面白いです。余裕が出来たら、薄めないのというのも、面白いです。
名前:ほのか
2020年12月04日 (金) 17時06分
@p41「背中で支払いをつけなければならなくなるかもしれないし」(⇄読者感想文:というか、どんな意味、?)

p41「酒が無事に持ち込まれることは言うまでもない。・・・そんなわけで、儲けをふやすために、彼はそれをもう一度移しかえて、その際さらにもう一度、ほとんど半分ほども水で割る。・・・」(⇄読者感想文:仲介人はほとんど例外なく、まず最初にウォッカの毒見をして、自分が飲んだ分だけーー無慈悲にも水を加えておく。水を割ろうが割るまいが、どうせ囚人に選り好みをするなどはできない相談なのだ。・・・牛の腸を持って
現れる。・・・中に水をみたしておく。・・・便利な容器になる。・・・」(⇄読者感想文:背中で支払い、つまり、ばれると、笞をくらうのですね。ある程度、勇気と決断力に恵まれている連中が、資本の形の笞という背中で支払いの資本であると書かれてますね)


[169] 『ゆるせ、愛せ、はずかしめるな、敵を愛せ』山上の垂訓
名前:ほのか
2020年12月05日 (土) 14時07分
@p53
「処刑の前に・・・犯罪人の小心態度について語ったからには・・・異常な大胆さで見る者を驚かせるような連中もいる・・・悪名高き強盗オルローフ・・・この人間は無限に自分をコントロールすることができ、あらゆる苦難や刑罰を鼻の先でせせら笑って、この世の何物をも恐れていないことが、はっきりと見て取られた。彼の中に見られるのは、ただ無限のエネルギーと、行動の渇望、復讐の渇望、心にこれと決めた目的達成の渇望だけである。(⇄読者感想文:善人なら、良かったのに!!)

Ap55
彼の奇妙な高慢さにわたしは強い衝撃を受けた。(⇄読者感想文: ネットで調べました。《高慢とは「自分が優れていると思いあがり、相手を見下すこと」を意味する言葉です。》)

Ap35
「おそらく権威だけで彼に作用を及ぼすことができるような人間は、この世にひとりも存在しないにちがいない、とわたしは思う。」(⇄読者感想文:《権威を恐れてない》とは、権威という言葉自体が、意味自体が、彼オルローフの身体の単語には、存在しないという事と、同値!?)(後で、オルローフの事、描かれているかな!?罪悪感の認識できる或る部分だけ、脳が形成されてなかった人なのだからなぁ〜。しょうがないと言えば、しょうがないなぁ〜!!)

Bp57
 監獄の人達の名称を『仲間』という名称で、記録は、進むことになりましたね。監房の住人の描写が始まります。

Bp58
〜監房の全員の顔ぶれ〜
あ、コーカサスの山地の住民の一団 略奪の罪
レギンズ人が二人 チェチェン人がひとり ゲゲスタンのタタール人が三人」
い、一団のポーランド人六人⇄彼らはひとりのユダヤ人だけである。
う、その他

Cp59
ゲゲスタンのタタール人は、兄弟で、その3番目のアレイについて、主人公は、最良の出会いの一つとして、五ページ渡って書いてありますね。「世の中には生まれつきあまりにも美しく、あまりにも神の恵みを豊かに受けているので、いつか悪い方へ変わるかもしれないなどとは、考えることすらも不可能に思われる人間がいるものである。」と、書いてますね。『カラマーゾフの兄弟』アリョーシャ如きでしょうか。

 主人公が新約聖書のロシア語訳〜これしか牢屋ではもつてはいけないからですが。この本一冊だけで、アレイは、数週間のうちに立派に字を読むことを身につけてしまい、三ヶ月後には彼は早くも完全に文章語がわかるようになったのですね。『山上の垂訓』を、主人公とアレイと二人で通読した際に、『イーサ(イエス)は神聖な預言者です。イーサは神の言葉を語ったのです。なんてすばらしいことでしょう、』といい、一番気に入ったところを主人公に尋ねられると『ゆるせ、愛せ、はずかしめるな、敵を愛せ、というところです。ああ、なんてすばらしいことばでしょう!』と、言ってますね。

[172] さらりと付き合う
名前:ほのか
2020年12月16日 (水) 12時08分
五 はじめの一ヶ月 p65

A、〜アートフ(アーリストフ)の話〜p72

@「わたしが入獄した最初の数日間に、〜わたしに強い衝撃を与えた男p73
「わたしはアーフというか男をよく見きわめたのである。これは人間の肉体的な一面が、いかなる基準、いかなる法則にも内部で抑制されなかった場合、果たしてどこまで行きつくことのできるものであるかという、ひとつの実例であった。」p74

A彼はわたしの監獄生活の最初の数日間を不快なものにし、それをさらに憂鬱なものにしたのである。」p73

⇄(読者感想文)ひょっとして、現在の人間が、密接に過ごしたら、このよーな事件が起きる!起きているのではと、起きる可能性もある!というよーな危惧を、感じましたね。つまり、人間関係は、さらりと、人間は付き合うのが良いのではという事かもですね。ほんの例外は10人くらい!?1人で。さらに、今の世の中も同じ事!!作家としては、人間観察が出来て良かったと、思いました。この世の中も、監獄の中では、人との付き合いを逃げることが出来ないので、観察が充分に出来たのですね。)

[173] 痙攣⇄金と自由が無いから=世の中も牢獄も同じ!!
名前:ほのか
2020年12月16日 (水) 12時16分
内容
@「ところで金はーーこのことはもう前にも言ったがーー監獄内ではおそろしく大きな意味と威力を持っていた。これははっきりと断言できるが、獄内でほんの僅かでも金を持っている囚人は、金をぜんぜん持っていない囚人よりも、十倍も苦しみが少なかった。〜
もしも囚人が自分の金を持つあらゆる可能性をまったく奪われてしまったならば、彼らは気違いになるか、あるいは蠅のように死んでしまうか(なにからなにまで保障されているにもかかわらずである)、それでなければ、ついにはーーある者は淋しさのあまり、またある者はーー一刻も早くなんとかして罰を受けてこの世から葬り去られるか、あるいはなんとか『運命を変えたい』(これは獄内の専門用語である)一心でーー前代未聞の悪虐行為に走るに相違ない。囚人がほとんど血の汗を流すようにして僅かばかりの金を手に入れ、あるいはそれを手に入れるために途方もない奸計をめぐらし、しばしば窃盗や詐欺を働くことすらもあえて辞さないくせに、同時にまた実に無分別に、まるで子供のように無考えにそれを浪費してしまうからと言って、一見したところ確かにそのように思われても、それは決して囚人が金を大事にしないということを証明するものまではない。金に対して囚人はからだに震えがくるほと、理性が麻痺してしまうほど貪欲である。事実また彼らが豪遊するときに、まるで木っ端のように金をばらまくにしても、それは金よりもさらに一段上であると認めているもののためにはらまくのだ。囚人にとって金より尊いものとは、それはなんであるか?自由、あるいは自由に対するはかない憧れのようなものである。囚人というものはたいへんな夢想家なのだ。」p77

(読者わたしの感想文)⇄今の世の中でも同じじゃない!!わたしも、自由を得たくて、自由を、感じたくて、道路で、歩きながらの、ソフトクリームの、食べ歩きを、ワザと、したくなりますね!!とっても自由を感じますね!!歩きながらアンパン食べたり、カレーパン食べたりですが。自由感の他に、たまに、甘いものも、癒すとか、カレーパンとアンパンで、食事を済ますと、痩せるかもという尾ひれがついてますが。なんかに、イライラの時は、抵抗を随時してますね。ソフトクリームを歩きながら食べること。しかも安い事!)







[174] 【お金と自由】がないと、発狂など。
名前:ほのか
2020年12月16日 (水) 12時26分
〜模範的な生活をしてきた囚人が、思いがけなく爆発を起こす原因は、〜p78

@「痙攣的な個性の発現、自分自身に対する本能的な憂悶、自分を、自分の卑しめられた個性を発揮したいという欲望が、突然外部に現れて、それが憎悪にまで。狂忿にまで、発作にまて、痙攣にまで達したことにほかならないのかもしれない。」p78
「それは、おそらく、生きながら墓の中に埋葬された人間が、墓の下でふと息を吹き返らし、もちろん、理性ではどんなにもがいたところで所詮は無駄であると知っているはずであるのに、夢中になって棺の蓋を叩き、一生懸命にそれを押しのけようともがいているようなものかもしれない。」p78

A「そんなわけであるから、そこまで行かせないようにあらゆる手をつくすのが一番である。そうすればみんなもずっと落ち着いていられるというものだ。確かにそのとおりである。だがそれにはいったいどうすればよいのか!?」p78

⇄(感想文:【痙攣】を、起こさないための、【お金と自由】が、人間には誰しも、必要十分条件なのですね!!監獄内で密接に関わらないとしょうがない作家ドストエフスキー氏が、経験した事ですが。普通一般人の好きな人だけと、付き合ったり、自分自身の行動を、【意味】を、考えてなかった参考になりますね。【歩きながらのアンパン食べたり、ソフトクリームを食べたりする私の行為は、痙攣をストレスを回避している行動だったのですね。自由を感じるから!作家ドストエフスキー氏には、勉強を、させられます😋



[176] 私利私欲をはなれた、神聖な同情と思いやり
名前:ほのか
2020年12月17日 (木) 10時47分
@「シベリアには、兄弟のような心で『不幸な人たち』の面倒を見ること、まったく私利私欲をはなれた、神聖な同情と思いやりを、まるで自分の血を分けた子供に対するように、彼らに注いでやることを、どうやら、自分の生涯の使命としていると思われる人が何人かいる。」p79(⇄読者感想文:ホッと致しますね。美しい言葉達は!!このよーな言葉達に出逢いたくて、ドストエフスキー文学を、始終読んでいたい読者の私がいるわけですね。)

A「ナスターシャ・イワーノヴナという未亡人:流刑囚に手を差しのべることを自分の生涯の使命として彼女は選んでいたようであったが、」p79(⇄読者感想文:ふぅむ!偉い人だ!!)

B「いずれにしても彼女は、わたしたちのためにできる限りのことをするのを、特別な幸福と考えていたようであった。」p79(⇄読者感想文:ふぅーーむ!!偉い人だ!!)

B「しかしながらわたしたちは、獄内にじっと座っていても、あの監獄の外にはこの上なく忠実なわたしたちの友がいるのだ、と感じていた。)p79(⇄読者感想文:すごい効果ですね!!ナスターシャ・イワーノヴナの私利私欲をはなれた神聖な同情と思いやり。嬉しいですね。必要でありますね!!)

C「ただ底知れぬ善良さ〜なにか役に立ちたい、負担を軽くしてやりたいとい抑えがたい願望だけであった。」p79(⇄読者感想文:嬉しいですね。優しい心が)

[180] お金<自由<希望 ですね😃
名前:ほのか
2020年12月24日 (木) 12時30分
@「だがそれでもなお彼は一刻も早く鎖につながれている期間が終わることを、一途に願ってやまないのだ。もしもこうした希望がなかったならば、死にもしなければ発狂することもなく、どうして五年も六年も、鎖につながれたままじっと坐っていることができるだろう?それでなくて誰がおとなしく坐っていられるものだろう?」p94(⇄読者感想文:お金と自由と希望が大事ですね。お金と自由の前に、まずはポジティブな希望が不可欠要素ですね。)

A「労働がわたしを救い、わたしの健康と肉体をきたえてくれるかもしれないと、わたしは感じていた。絶え間のない精神的不安、神経のいらだち、息の詰まりそうな監房の空気は、完全にわたしをめちゃめちゃにしてしまう恐れがあった。『なるべくたびたび外気に当たり、毎日からだを疲れさせ、重いものを運ぶ練習をするーーそうすればすくなくともわたしは、自分を救うことができるだろう』とわたしは考えた。」p94(⇄読者感想文:いつも、思考している作家ドストエフスキー氏ですね。)

B「〜少しも老いこまずにここを出ることにしよう』〜労働と運動はわたしにとって非常に有益であった。」p94(お金<自由<希望 ですね。)

C「〜気分がだんだん、軽くなる。頬が赤みをおび、血液の循環が早くなってくる。〜」p96(⇄読者感想文:労働と運動という、体を鍛える事は、健康な、元気に満ち溢れたたくましい体になり、少しも老いこまずに、監獄を出る事になりますね)

[188] 『死の家の記録』の記述の終わり
名前:ほのか
2020年12月27日 (日) 03時44分
(⇄読者感想文:ついつい、書き過ぎてしまいました。世の中と同じ世界がありますね)

[191] やはり!(1)(2)(3)(4)
名前:ほのか
2020年12月27日 (日) 11時17分
〜明るいお話〜 ドストエフスキー氏の牢獄で〜

⑴浴場
⑵バクルーシンの話
⑶イザイ・ファミッチの話
⑷ペトロフの話 ⇔ドストエフスキー様!ホッ!!

⑴p115〜
@p115
「凍りつくような寒い日だった。要塞の外に出て、町が見られるというので、囚人たちはもう大喜びであった。歩きながらも笑い声や、冗談が絶えなかった。」(⇄読者感想文:囚人たちも良かったね!!ホッ!!ですね!!)

Ap117〜118
「戸を開けて浴室に足を踏み入れたとたんに、わたしは地獄へ突き落とされたのではないかと思った。まず奥行が十二歩くらい、間口もそれと同じくらいの一室を想像していただきたい。そこへ、たぶん、百人に近い人間、すくなく見積っても、おそらく、八十人はいるだろうと思われる人間が、一時にぎっしり詰め込まれているのだ。なぜならば、囚人たちは二班に分けられているだけで、浴場へ連れてこられたのは全部で二百人に近い人数だったからてある。目の前が見えないほどもうもうと立ちこめた湯気、煤煙、汚らしい湯垢、足の踏み場もないほどの狭苦しさ。わたしは度肝を抜かれて、そのまま引き返そうとしたが、ペトロフがすぐにわたしを元気づけてくれた。背中をかがめてなんとかふたりを通してもらいたいといちいち頼みながら、床を一面に埋めつくしている男たちの頭をつぎつぎにまたぎ、さんざん苦労をしたあげく、やっとのことでベンチのところまでたどりついた。だがベンチの上の場所ももうすっかりふさがっていた。ペトロフは、場所を買わなければいけないと言って、すぐさま窓際に陣取っていたひとりの囚人と値段の掛け合いをはじめた。相手は一カペイカで自分の場所を譲ることにして、すぐにその場所でペトロフから金を受け取った。ペトロフはそういうこともあろうかと思って、手に握りしめて金を浴場の中へ持ち込んでいたのてある。そしてその男にわたしの場所の真下にあたるベンチの下に、たちまちするりと身をかくしてしまった。そこは暗い、実に汚いところで、一面にねばねばした湯垢がほとんど指が半分もぐるくらいたまっていた。しかしベンチの下の場所ももう全部ふさがっていた。そこにもやはり大勢の男がうようよしていた。床にはどこを探しても手のひらほどのあいた場所も、なかった。どちらを向いてもからだを折り曲げた囚人たちが座り込んで
それぞれの手桶の湯をはねかしている。座れない連中はそのあいだに棒立ちになって、手桶を抱えて、立ったままからだを洗っていた。垢だらけの湯がそのからだから、下に座っている男たちのつるつるに剃られた頭にまともに流れ落ちていた。棚の上にも、そこへのぼる段々の上にも、からだを縮め折り曲げるようにして洗っている連中が、鈴なりになっていた。(公衆浴場はいわゆる蒸気浴で、天井に近い棚がいちばん熱い)。しかし、からだを洗っている者はそんなにいなかった。普通一般の民衆は熱いお湯や石鹸でからだを洗うことはあまりしない。彼らはうだるほど湯気でむされてから、ざあっと冷たい水をかぶるだけで、ーーそれで入浴はおしまいなのである。棚の上で五十本ほどの蒸し風呂用のはたきが、いっせいに上下に動かされていた。頭がぼうっとなるまでみんながからだを叩いているのである。蒸気が絶えず吹き出していた。これはもう熱いなどというなまやさしいものではなかった。これはまさに焦熱地獄であった。どこもかしこも怒号と叫喚と嘲笑の渦、それにおまけとして床をひきずる百本の鎖の響きが伴奏としてつく・・・・・・。中には、通り抜けようとして他人の鎖に足をからませたり、自分の鎖を座っている者の頭にぶっつけたりして、足を取られてぶっ倒れ、悪態をついて、そのままぶつかった相手を引きずって行こうとかしている者もいた。汚い水が四八方から流れてくる。誰も彼もなんだか酔っぱらったような、妙に興奮した気分になっていた。金切り声とどなり声が絶え間なく響きわたる。お湯をわたしてくれる、脱衣場との境の小窓の前では、荒いことばの応酬が行なわれごった返して、押し合いへし合いの大騒ぎが演じられている。せっかく受け取ったお湯も、自分の場所へ運んで行くまでに、床に座っている連中の頭の上にほとんどこぼしてしまう始末である。その上たえず窓や半開きになった戸口から、銃を手にして、なにか不始末を仕出かさないかと見張っている兵隊が、そのひげづらをのぞかせる。囚人たちの剃り上げられた頭や、真っ赤にうだったからだが、ますます醜悪なものに見えてきた。背中が湯気にむされると、前に受けた笞や棒の傷痕がくっきりと浮き出してくるもので、いまこうして見ていると、どの傷もみんないま新しく傷をつけられたように見えるのだった。恐ろしい傷痕!それを見ているとわたしは思わずぞっとなって背筋が寒くなってきた。蒸気の勢いが強くなるーーすると湯気は濃霧のような、熱い雲となって浴室をすっぽり包みかくしてしまう。みんなてんでに大声を上げ、ぎゃあぎゃわめき立てる。その湯気の雲のあいだに傷だらけの背中や、剃り上げられた頭や、海老のように曲げた手や足がちらちら見える。その上さらにイサイ・フォミッチが、いちばん高い棚の上でありたけの声を張り上げてわめき立てる。彼は気が遠くなるほど湯気に蒸されているのだが、どんな熱も、どうやら、彼を満足させることはできないらしい。一カペイカの金を出して彼は三助さんすけを雇っているのだが、本職のほうが、そのうち、どうにも我慢ができなくなって、はたきをほうり出して、冷たい水をかぶりに逃げ出してしまう始末である。イサイ・フォミッチはそれでもあきらめずに、つぎつぎに新しい三助を雇う。彼はこうなったらもう出費のことなどは考えないことにして、四人でも五人でも三助を替えるのだ。『なかなかやるじゃねえか、大したもんだな、イサイ・フォミッチー』と下から囚人たちがはやし立てる。いまこそ自分は誰よりも張り上げて例のアリヤを、ラ・ラ・ラ・ラ・ラとうたい出す。みんなの声もこれには圧倒されて影が薄いものになる。もしもわたしたちがみんな揃っていつの日か焦燥地獄に突き落とされるようなことがあったならば、その光景はおそらくこれと非常に似ているに相違ないという考えが、ちらりとわたしの頭に浮かんだ。わたしはつい辛抱しきれなくなって、その考えをペトロフに話して聞かせた。だが彼はあたりを見まわしただけで、なにも言わなかった。」(⇄読者感想文:賑やかで。ホッ!!)


[192] (2)
名前:ほのか
2020年12月27日 (日) 11時20分
⑵バクルーシンの話 p120〜

@119
「バクルーシンほど愛すべき性格の男をわたしは知らない。」

Ap119
「彼は愛情と生命力にあふれていた。」

Bp120
「しかし、いったいどういうわけで?」わたしは彼にたずねた。
「どういうわけで?あんたはどうしてだと思いますかね、アレクサンドル・ペトローヴィチ?どういうわけかって言うと、それがつまり惚れたためなんで!」

Cp120〜風変わりなある殺人の話〜
「ところがそのうちのひとりのドイツ娘がすっかり好きになっちまった。ルイーザって娘でしたがね。・・・・・・おれはその娘と別れましたよ。・・・・・・」

p124「『わたしはあんたの友達にはなれませんね。だってあんたはただの兵隊じゃないですか』さあ、これを聞くとおれは思わずかっとなってしまった。』」

D〜ルイーザ〜
p125「『みんなあたしが悪いのよ、伯母さんの言うことをきいたのがいけなかったんだわ』・・・・・・毎日のようにルイーザと会いましてね。あれはもうすつかり、このおれに首つたけになってしまったんです!・・・・・・」

Ep125「『それぐらいのことならせいぜい十年か、一番重くても、まあ十二年ぐらいの刑期で、それも一般監房に入れられるのが当たり前じゃないか。ところが君のはいっているのは特別監房だ。そんなことってあるもんかね?』」

F「〜『別の事件を起こしだったもんでね』〜」

p125「『軍法会議に回されたんですが、・・・・・・大尉の野郎がひでぇ言葉で。さんざんおれに悪態をつくじゃないですか。おれは我慢ができなくなったもんだから、ついそいつに向かって『なんだって悪態をつきやがるんだ?手前てめえには正義感の前に座ってるのがわからねぇのか、この人でなしめ!』ってどなっちまったんですよ。さてそこで、風向きががらりと変わってしまった。』」

G「『四千キロも歩かされて、ここの、特別監房にぶち込まれたっていう次第でさぁ。・・・・・・大尉は官位を剥奪されて、兵卒としてコーカサスへやられることになりましたよ』」(⇄読者感想文:殺人を、しなければ、論理的な正義感のある人物なのですね。 ルイーザが、みんなわたしが悪いのよ!と、バクルーシンに、真実を話したから、良かったのですね。真実を話す娘しかバクルーシンは好きにならないいい人なのでしょうね。ドストエフスキー氏も《バクルーシンほど愛すべき性質の男をわたしは知らない。》と、小説で述べてますね。)

[193] (3)
名前:ほのか
2020年12月27日 (日) 11時21分
⑶イザイ・フォミッチのお話

p110〜世にも幸福そうな、忘れようとしても忘れられない顔である〜

@p111〜その顔には、何物にも揺るがされることのない自己満足と、この世の幸福をひとり占めしているとでも言えるような表情が、いつもたたえられている。〜

Ap111「土曜日ごとに護衛つきで町のユダヤ教の礼拝堂へかよったりして(これは法律で許されていたのである)、まったく気楽な暮らしをしていたが、それでも『女房をもらう』ために、その十二年の刑期を無事に勤め上げる日を、首を長くして待っていた。彼は無邪気さと愚かしさ、狡猾さとふてぶてしさ、素朴さと小心、驕慢と厚顔無恥の滑稽きわまる混合物のよつな男であった。」

Bp112「彼は実際みんなから愛されていると言ってもいいようであった。」

Cp113「『神様がいてお金がありゃ、どこへいったって天国さ』」

(⇄読者感想文:いろんな人が居るのだなぁ〜)

[194] (4)
名前:ほのか
2020年12月27日 (日) 11時23分
⑷ペトロフのお話し

@p116「公衆浴場で、ペトロフはわたしが服を脱ぐのまで手伝ってくれた。」

Ap116「〜わたしのからだを支えながら、彼はまるで爺やみたいな口をきくのだった。」

Bp117「〜ペトロフがすぐにわたしを元気づけてくれた。」

Cp117〜118
公衆浴場で、彼はずっと手伝ってくれましたね

(⇄読者感想文:ペトロフのような。心配りのある人が居て良かったですね!!ドストエフスキー様)


[195] 降誕祭とは!?
名前:ほのか
2020年12月27日 (日) 11時28分
〜ネット引用です〜

@ クリスマス(英: Christmas)は「キリストのミサ」という意味で、一部の教派が行うイエス・キリストの降誕祭。 あくまで誕生を祝う日であって、イエス・キリストの誕生日ではない。 毎年12月25日に祝われるが、正教会のうちユリウス暦を使用するものは、グレゴリオ暦の1月7日に該当する日にクリスマスを祝う。

A クリスマス。 12月 25日に行われるキリストの誕生を記念する祝日。教会暦では1月6日の公現祭の前日までを降誕節とする復活祭と並んで最も盛大に祝われるキリスト教の祝日。祝日が 12月 25日となったのは,4世紀中頃の西方において異教徒が冬至に定めた太陽崇拝
の祭日に,キリストの誕生を結びつけたからで,東方ではそれまで公現祭のほうが重要であった。一般的な行事としては,知友の間でクリスマス・カードを交換して平安を祈り家庭でもクリスマス・ツリーを飾り家族や親しいものの間で贈り物をする風習がある。アメリカでは清教徒の反対のため遅れ一般化したのは 19世紀中頃スコットランドの長老派もクリスマスを完全に禁止したことがある。


[196] 質問文 知恵袋ではなく
名前:ほのか
2020年12月27日 (日) 11時30分
===ネット引用===

以下の質問文がありました。

『なぜ日本民族は主イエス・キリストを神と崇めないのか?世界の3分の1はキリスト教、日本民族だけキリスト教徒が減少、毎年日本の国土に大災害がもたらされるこれは決して自然災害ではない、日本民族は気付いていない神に裁かれていることを今年の大災害が心配される、主イエス・キリストを崇めない民族は祝福されることはない、逆に神から呪われる、人間は神様から造られた、猿からの進化ではない、日本民族は先祖崇拝を好むルーツは猿、猿思考は未来がない、これは盲人に等しい、日本民族は落ちこぼれ民族なのか!だとしたらあまりにも悲しすぎる。』←ネット引用〜です。

===ネットの答えです。===

答え
あ、アナタがそう言うならそれで良いです。ただ、7割は認めていないのですね。頑張ってください。

い、ヒトは、現世には修業の為に訪れているのです。
修業なので、人生が辛いのは当然です。苦しい現世を生き抜き生を全うすることこそが、極楽浄土への唯一の道です。それが仏教の真髄です。
よって、現世で救いを求めてはいけません。現世には心安らかな場所などありません。
現世で救われようとする者、ラクをしようとする者、面白おかしく生きようとする者は、すべからく地獄に落ち、裁かれます。現世で自身の罪の許しを請うなど、もってのほかです。

う、高々2000年程度昔の、キリストとか言う「若造」が神?
笑わせる。
彼は、「主の息子」と言っていて、神ですら無い。
日本の八百万の神は、そのはるか昔から「神」だ。
こんな単細胞は、宗教にとって、利用しやすいだろう。
大体、2000年前のヘブライ語も解らないのに、その辺の
若造日本語牧師の言葉を、よく信じられるものだ。
聖書だって、誤訳の集まりかも知れないのに、良く「短絡的に」
盲信できるものだ。
笑ってしまう。
目を覚ましなさい、若人よ!!

え、もはや呆れるとしか言いようがない。
君が主張する「キリストを神と崇めないのか」と言う事を中東諸国で同じ質問をしてみな。
まあ言葉が解らないだろうから、日本に居る日本語の解るイスラム教徒へ向けてみな。
そんな勇気はないだろう。
彼らにとっての神は「アッラー」でありキリストではない。

お、宗教と言うのは時がたつにつれて宗派がわかれる。
もともとのキリストの教えから人から人へ考えが受け継がれていくなかで、
教えそのものが変化をしていく。
何が正しいのか?
今のキリスト教は本当にイエス・キリストがいった教えなのか?
キリスト教の中でも考えが分かれる。
あなたの信じているものは、本当に正しい教えなのか?
なぜ同じ宗教なのに、考えがかわってくるのか?
考えてみてほしい。
弟子から弟子へ受け継がれていくなかで、そのキリストの教えが弟子の捉え方で、かわるのは当たり前なのではないか?
本当に理解できる人などいない。
あなたが、キリスト教以外を侮辱するような発言は本当に愛なのか???
そのような事は本当にキリストを理解している人が言う言葉ではない。
神から呪われる?
この言葉もそうだ、キリストを理解していない証拠である。
神は呪いはしない。
すべてを許すのだ。呪いなど、低級の霊が起こすこと。
格の高いキリストがするわけがない。
勉強し直すがよい。

か、日本は、神道です☀又、仏教です。
布教片手に、先住民を徹底的に殺戮しない‼偽善的でないし、現在もゴタゴタしてない。日本は、一部の新興宗教以外は、世界に誇れる神道です☀仏教です‼

き、牧師を目指されているなら、(新約)聖書は熟読されていますよね。
マタイによる福音書 第10章 34節
"Do not suppose that I have come to bring peace to the earth.
I have not come to bring peace, but a sword.
同 35節
For I have come to bring division, a man against his father,
a daughter against her mother, a daughter-in-law
against her mother-in-law;
同 36節
and a man's enemies will be those who belong to his own household.'
「地上に平和をもたらすために、私が来たと思うな。
平和ではなく、剣を投げ込むためにきたのである」
「私が来たのは、人をその父と、娘をその母と、
嫁をその姑と仲たがいさせるためである」
「そしてその家のものが、その人の敵になるであろう」
まさか、聖書を否定するはずはないと思いますが、
キリスト教はその教えを絶対視するために家族の犠牲を強要しています。
人と人のつながり、家族との絆を大事にする考えとは相いれません。
ちなみに、唯一神ヤハウェ(キリストではありません)は
人であるヤコブと争って負けています。(旧約聖書 創世記 32章)
信仰は自由ですが、人に負けてしまう神に呪われるより、
家族を大事にしたいからだと思います。

け、多分ですが、神を作ったのは人間ではないのかと…?
それと、もし生きる価値もないまま生まれた人間を作ったのが神だとしたら、やはり感謝は強要になると思いますよ(アナタが書いた返信によればですけど)。

こ、キリスト教の葬儀でなんだか排他的でしたね。

さ、信じないと地獄に落ちるという不寛容な神様を信じない人が多数派の日本人の方が理性的だとおもいます。
慈悲の神様なら信仰心がない子羊たちも天国に導くのが本当の神様だとおもいます。

し、牧師になった方が100万倍喜びがある。
それは自己満って言うんですよ?
周りを100万倍幸せにするのが使命じゃないの?
そんな牧師は要らないな〜。

す、補足を見たが解っていないのは君自身だよ。
キリストは神の啓示を受けた3人の内の一人。
その3人によってそれぞれ、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教へと繋がった。
それらの宗教の神は同一なんだよ。
だからキリストは神ではない。
しっかり勉強した方が良い。

せ、我が家では
山の神が、
唯一絶対ですッ!

そ、キリスト教という「大災害」よりは自然災害の方がマシだからですよ。
ドイツなんかキリスト教徒同士の宗教戦争、30年戦争で人口が1/3に成ったそうですよ。


た、世界の3分の1はキリスト教

その中で、日本よりも幸福で
優れた国はいくつあるでしょう。
これが答えです

ち、俺は仏教的価値観と科学的手法を信じる。

つ、日本人には馴染みにくい宗教、一神教とか争いのある宗教は好きじゃないからね。

て、神じゃないから。
神の啓示を伝えるだけの役目でしかないから神じゃないし。
だから神として崇めるなど神への冒涜でしかない。

と、こんなマヌケな釣りでも、私も含め8匹釣れた
やはりgooは平和だ
知恵袋なら完全無視なんだろうけど

な、主イエス・キリスト様は「神」であるなんて、一言も言われたことがないんですけど。
神の右の座に座っているとは言われました。
日本の自然災害は、地球上の地理的な位置が要因なんですけど。

に、その前に、なぜ神を崇めなくてはいけないのでしょう?
強制に聞こえますが。
祝福してほしくて崇めるのは、お金が欲しくて働くのと一緒と考えた場合、それこそ神への冒涜なのでは?

ぬ、イエス様より病院が先のようです。

ね、キリストは主ではないですが、どこの宗教の話でしょうか…?

の、もし全能なる神という存在が有るのだとしたら、不完全な物など存在しないはずです。
あなたが言っている不完全な物が存在すること自体が全能なる神など無いという証明なのです。
ほぼ無宗教の私が言っても説得力はありませんが、個人的には宗教とは神をあがめるものではなく、心のよりどころを求めるものだと思います。
神様という存在は、あまり考えずに従えばいいと思っている安易な考えを持つ人が考えた偶像だと思いますよ。

は、イエス・キリストを神と崇める宗教って、何教ですか?
キリスト教は、イエス・キリストを神と崇めていませんよ。

↑ネット引用です。

[197] いよいよ降誕祭 おごそかな気持ちになるのは凄い!!
名前:ほのか
2020年12月27日 (日) 11時34分
p126 キリスト降誕祭

@p126 とうとう、待ちかねた祭日がやってきた。

Ap126 ほとんどすべての連中が、一団となって、あるいはひとつずつ別々に、行ったと思うとすぐに監獄へ戻ってきてしまうのであった。そして午後になるともう誰ひとりそこから出て行く者はいなかった。

Bp126 囚人たちに買物を頼まれて市場へ出かけていた廃兵たちが、牛肉や仔豚から鵞鳥にいたるまで、食料品と名のつくありとあらゆるものを、山のように抱えて戻ってきた。囚人たちの多くの者は、まる一年のあいだ一カペイカ 二カペイカのはした金をちびちび貯めているような、いたってけちくさい倹約家しまりやでさえも、こうした祭日には大いに奮発して、盛大に精進あけを祝うのを義務のように心得ていたのである。明日は法律によって公然と認められている、たとえ囚人でもその権利を奪われることのない、本当の祭日なのだ。この日には囚人は作業に出されることは絶対にあり得ないし、このような日は一年にたった三日しかないのである。

Cp126 それにもうひとつ、このような日を迎えて、これらの世間から見棄てられた男たちの胸の中に、それこそ、どれほど多くの思い出がうごめきはじめることか!

Dp127 笑い声を立てることは禁じられているかのようであった。大体においてみんな妙に神経過敏な、いらだちやすい気短な気分になっていて、たとえその気でなくても、この全体の調子を破った者は、たちまち四方八方から怒声やら罵声やらを浴びせかけられ、まるで祭日そのものに対する態度が不謹慎だとでもいうように、みんなの怒りを買うことになるのであった。

Ep127 「〜囚人たちは無意識のうちに、こうした祭日をうやうやしく守ることによって自分も全世界となにか接触を保っているように思い、したがって、自分はまるっきり世間から見棄てられてしまったわけではない、亡び去った人間でもなければ、社会から切り離されてしまった人間でもない、監獄に入っていても世間の人たちと同じことなのだと感じていたのである。」

「⇄@〜E 12月24日と25日の心模様ですね😃牢獄も、世間と同じ環境や心で、形成されてますね。ほっと、致しますね!心も繊細でありますね。)

Fp127 《アキム・アキームイ》(⇄読者感想文:という人物について!⇄『カラマーゾフの兄弟』のお料理の上手な心の一途なスメルジャコフに。似てるなぁーと、思いました。)

「彼には家庭的な思い出というようなものはなかった。〜みなし児として他人の家で育てられ、〜自分に示された義務の枠からほんのちょっとでもはみ出すことがないように努めながら、その一生を規則正しく、一本調子に過ごしてきたからであった。〜それは、どうやら、つねに行いを正しくという信条が、彼のそのほかのすべての人間的な資質や特質、事の善悪を問わず、あらゆる情熱や欲望を、すっかりその中に吸収してしまったらしいからである。(⇄読者感想文:情熱や欲望の吸収は、とんでもなく!!まずい状況ですね!!)こうしたわけで彼は妙にあくせくしたり、むやみに気をもんだり、物悲しいだけでまったくなんの役にも立たない追憶に心を乱したりすることなく、義務と最終的にこうせよと定められた仕来たりをとどこおりなく行うためにちょうど必要なだけの落ち着き払った、一定の方程式にかなった礼儀正しい態度で、厳粛な祭日を迎える準備をしていた。〜一度、生涯にただ一度だけ彼は自分の知恵で生きようと試みたことがあったーーそして監獄にぶち込まれたのである。この教訓は彼にとっては無駄ではなかった。そしてたとえいつの日であっても、自分が果たして、どんな罪を犯したのかを理解できるような頭は、運命によって彼には授けられていなかったけれども、その代わり彼は自分のこの苦い経験からある有益なひとつの法則ーーどんな場合にも絶対に自分の頭で判断するなという法則を引き出したのであった。なぜならば囚人たちのあいだで言われていたことばを借りると、判断などということは『とてもこちとらの頭の及ぶことじゃねぇ』からである。」(⇄読者感想文:機械的人間に育てられてしまったのかな!?アキム・アキームイ)

●p128 祭日がくるまでは、彼はいつも例の古い上着を着て、古いズボンをはいて歩いていた。体裁よくつくろってはあるが、いずれにしてもそれはさんざん着古したものであった。〜すでに四ヶ月も前に支給されていた新しいひと揃いの服を、彼は自分の箱の中に後世大事にしまい込んで、祭日が来たら晴れがましい気分でそれに着替えようというほほえましい思いを胸に秘めて、それに手を触れずにいたのである。(⇄読者感想文:偉い人だぁーー!!)

●p128 「ただその良心の安らぎのために彼は剃ってもらったのである。つまり、こういう日のために、自分の義務はすっかり果たしたいという一心からであった」(⇄読者感想文:《一心》は、偉いですねぇーー!!)

Gp129 〜12/25〜
「その朝が、ついに、やって来た。早朝、まだ明るくならないうちに、朝を告げる太鼓が鳴りわたるが早いか、監房の戸がさっと開け放たれた。そして囚人たちの人員を数えに入ってきた衛兵下士官が、全員に祭日のお祝いのことばを述べた。」

●「監獄の門の外で『炊事番!』と呼ぶ衛兵上等兵の叫び声が早くも聞こえはじめた。〜町のあらゆる隅々から監獄にとどけられる贈り物を受けるために、そのたびに炊事場にいる炊事夫がよびだされるわけである。とどけられるものは、〜こうしたものはすべて贈り物の内容と贈ってくれた人が誰であるかをとわず、みな一緒に感謝の念をもって受け取られた。〜そして彼らの手でそれが監房ごとに、等分に分けられた。口喧嘩も起こらなければ、罵り声も聞こえなかった。」(⇄読者感想文:すごいですね。監獄に届けられるプレゼントの多さ)

Hp132 賑やかなにぎやかなクリスマスのお酒などなど、始まりますね。

[203] 牢獄に私が、産まれて、ずっと、一生を終えたら、私は、牢獄とは思わないで、生きていたのかな!?
名前:ほのか
2021年01月18日 (月) 10時04分
〜つづき〜

ロシアの『死の家の記録』ドストエフスキー氏の時代の、牢獄は、《民主主義》が、牢獄内にあって、私読者は、安心致しましたね😃

《民主主義》とは、個人が、心に【心の痛み】を、感じた時に、修正可能な生き方であるなぁ〜と、色々な言い方が出来ますが、そのよーに、今回、描いてみました。

 私が牢獄内というのを、その形式で、理解せずに、当然の生き方として、一生を、終えたとしても、【心の痛み】を、わかる環境ならば、疑問を持たずに、一生を終えたかも知れませんね。

 【心の痛み】のわかる日本。
  日本を、部分として、全体の地球。
  地球を、部分として、全体の宇宙。

【心の痛み】のわかる日本に住んでるので、幸せですが、変な話、?牢獄?っと、巨大な思考を、自分自身にぶつけてみたら、面白いなぁ-------っと、考えてしまいました😃

 ただいま、読書は、牢獄のクリスマス会の演劇で、小休止しております。牢獄の皆が、楽しそうに、演技などを、考えてるので、安心して、その場面で、読者が小休止、もう少し、してます。

[204] プーシキン マンデリシュターム ゴーリキーの詩
名前:ほのか
2021年01月22日 (金) 09時29分
〜勝手に 直感で 選出 詩集から〜
〜ロシアから〜

❶プーシキン

「三つの泉」
人の世の 悲しい 果てしない砂漠の中に
こんこんと 奇しくも湧き出た三つの泉
青春の泉は すばやい 荒れ狂う泉であり
きらめき せせらぎながら たぎり 走る
詩ごころの泉は 霊感の波をもって
人の世の砂漠の追放者をうるおしてくれる
最後の泉は 忘却のつめたい泉であり
何ものよりも甘く 心の熱を癒やしてくれる(稲田定雄訳)

❷マンデリシュターム
ただ子どもの本だけをよもう・・・・・・
ただ子どもの想いだけを大切にしよう
大されたことはみんな吹きとばして
ふかい哀しみのなかから起ちあがるために!
ぼくは人生に死ぬほど疲れてしまった
もう人生に大きな期待はかけていない
しかし この貧しい地球もきらいじゃない
ほかの世界をみたことがないから

ぼくは遠い庭園のなかで
木のブランコに揺れながら
霧のなかに迷いこんだ気持ちで
幼いころの樫の木を想いだしている
          (木村 浩訳)

❸ゴーゴリ
「海燕の歌」
 白く泡だつ海原の上には雨雲をあつめている。雨雲と海のあいだを、海燕が黒い稲妻のように、誇らかに飛んでいる。
 つばさで波にふれたと見るや、また矢のように雨雲たかく舞いあがりながら、海燕はさけぶ。そしてーーー雨雲はこの鳥の大胆なさけびのなかによろこびを聞きとる。
 このさけびのなかにはーーー嵐への渇望がある!雨雲はこのさけびのなかに、怒りの力、情熱の炎、そして勝利にたいする確信を聞きとっている。
 かもめたちは嵐を前にして鳴きうめきーーーうめきながら、海の上を不安そうに飛びくるっている。そして嵐にたいする自分の恐怖を海底(うなぞこ)にかくそうとしている。
 海鴨もまたうめいているーーー生活のたたかいのよろこびは、かれら、海鴨たちには縁がないーーー大きな打撃の音が彼らをおびやかす。
 おろかなペンギン鳥は肥えたからだを、おく病そうに岩間にかくしているーーーただ、誇らかな海燕だけが、白く泡だつ海原の上を大胆に、自由に飛びかけている!
 雨雲はますむす暗く、低く海の上に垂れこめ、そして波は歌いながら、雷(いかづち)を迎えに空高くとびあがる。
 雷鳴はとどろく。風と口論しながら、波は怒りの泡をとばしてうめきたてる。見よ、風は波の群れをしかと抱きしめて、そしてあらあらしい怒りをこめて、えいッと、力まかせに岩にぶっつける。と、エメラルド色の大きな波はしぶきとなってとび散る。 
 海燕はさけびながら、黒い稲妻のように飛びはためき、矢のように雨雲をつらぬいては、白い波の花をつばさでひき裂く。
 見よ、彼は悪魔のようにかけまわり、そして高らかに笑ったり、泣いたりしている・・・・・・それは雨雲をあざ笑い、またよろこびにむせび泣いているのだ!
 雷鳴の怒りのなかに、耳ざとい悪魔ーーー海燕は、もう前から疲労の吐息を聞きとっている。かれは雨雲が太陽のおおいかくすことのできないことを信じているーーーそうだ、おおいかくすことなんか、できはしない!
 風は咆え・・・・・・雷鳴はなりとどろく・・・・・・
雨雲の群れは底なしの海の上に青い炎となって燃えあがる。海は稲妻の矢をとらえては、その泡だった波で火をうち消す。これらの稲妻の反映は、まるで火の蛇のように、海のなかにのたうちながら消えてゆく。
 ーーー嵐だ!やがて嵐がとどろくだろう!
 この大胆な海燕は、怒りに咆えたける海の上を、稲妻をぬって誇らかに飛びかけている。そして勝利の預言者はさけんでいる。
 ーーー嵐よ、さらにはげしくなりわたれ!(山村房次訳)

(読者感想文)ゴーリキとか、プーシキンとか、マンデリシュターム(1891〜1942)『ペテルブルグ、ドイツ等で文学と哲学を専攻。十代の終わり頃、革命運動に参加。まもなく政治に関心を失い、ボードレール、ヴェルレーヌを崇拝』、木村浩訳であったし。馴染みな言葉が、選択した詩にあったのは、なんか嬉しかったです😋

[199]謹賀新年
名前:Seigo
2021年01月01日 (金) 13時49分
謹賀新年

[200] 本年もどうぞ宜しくお願い致します🤗
名前:ほのか
2021年01月04日 (月) 13時45分
(((o(*゚▽゚*)o)))

[201] 1999年のこのボード〜運営素晴らしいですね!!感謝です😃
名前:ほのか
2021年01月05日 (火) 10時19分
1999年のこのボードを、読み直してます😃勉強になります😃世の中の事も、政治経済も、国際社会も、自分自身が、大分わかってきたからですね😃

 ドストエフスキー氏の存在 + このボードの主催者の存在は、〜

『神的偉業でありますね!!』〜

[202] @2006/08/31〜2006/07/01 A2006/05/01〜2006/06/30
名前:ほのか
2021年01月06日 (水) 05時33分
勉強〜勉強!!

[171]行ったり、来たり 『死の家の記録』
名前:ほのか
2020年12月16日 (水) 12時01分
 この世の中の人間模様を言ってるんだなぁーと、発見です。密接に人間同士が付き合ったら、人間というものがわかる。あるいは、自分の行動まで、論理的に理由付けが出来るのですね。

[170]『罪と罰』とか、五大小説に向かいそうですね😃
名前:ほのか
2020年12月10日 (木) 16時48分
机の上に、色々な訳者の本を、置いて、ゆっくりと♪〜

[160]『ぼたん雪に寄せて』小沼文彦 訳 筑摩書房 5 ドストエフスキー全集
名前:ほのか
2020年11月22日 (日) 17時19分
 案外、手強くてごわくて、「私読者以上に、10000倍も、《こだわりの性格》を、持っている主人公」だなぁーと、感じました。

 ちょっと、中断が入って、読了はしてませんが。

 日常生活だと、素通りで、見ざる聞かざる言わざるを、しなければならない場面も多いですが、そーは、しない!!という主人公ですね。

 自分自身の存在に関係がある事は、見ざる聞かざる言わざるを、していられないけれど。

 ですから、ドストエフスキー文学は、弱者の味方ですね。

 悩んでる者の味方でありますね。

っという読者私の勝手な考え方です。

【註】

 『見ざる(人の短所を見ない)、聞かざる(人の非を聞かない)、言わざる(人の過ちを言わない)。最も大事なのは思わざる(人はその長所をみて悪く思わない)こそ勝るなりけれ』として、人のよい所を積極的に見ましょうという意味が本来のこの言葉の意味である。』

(⇄感想 らしいですね。主人公は、長所を良く思う人ですし、人の短所は見て理解しないといけないし、人の非は聞かないといけないし、人の過ちは言わなければならない事もあるし。人の良いところは積極的にみてるだろーし。

 つまり、その様に体験した場合に、精神が忙しくて、大変だなぁーーと、読者自身は、ちょっと、思ったのです。

 まだ、読書途中ですが。見ざる聞かざる言わざるの喩えが、あってなかったかもですね。違う場面での自分自身へ向けた自分流解釈の言葉でしたね😃)

[162] 読了ですが。
名前:ほのか
2020年11月26日 (木) 19時25分
六あたりから、作家ドストエフスキー氏らしい、熱中文学になっていきますね。

 リーザに、生き方を話すところで、終われば、ノーベル賞作家となりますね。

 『ぼたん雪に寄せて』は、想像以上の、面白さでしたね。ほんとに!!面白い主人公です。

 結局、地下室人は、いけないと、かいてあったんですね。

[163] 『ぼたん雪に寄せて』の追加
名前:ほのか
2020年11月27日 (金) 10時46分
p40 主人公が、リーザに言う言葉
「『ただなんとなくね、よくわからないよ、リーザ。ところでね、おれはある父親を知ってるんだけれど、そいつは実にきびしい、冷酷な男なんだ。それが娘の前へ出るとずっとひざまずいたままで、手や足にやたらに接吻して、いくら見ていても見飽きるということがないんだ、本当だよ。娘がダンスでもしていると、その男は五時間も同じところに立ったままで、娘から目をはなそうともしない。まるで娘に夢中なんだね。・・・・・・このおれだって、きっと、自分の娘は嫁になんかやらないだろうと思うね』」(⇄感想文:父親の優しさの描写は、嬉しい😃!!マルメラードフを、思い出しましたね。そして、主人公が女の子と話せることで心が和み、→p89「家へ帰ると、私はさっそくシーモノフに手紙を書いた。この手紙の真に紳士らしい、善意にあふれた、開けっぴろげな調子を思い出すと、私はいまでもわれながらほれぼれするくらいである・ーー私は一も二もなく自分を悪者にしてしまったのだ。・・・ズヴェルコフに、この釈明をどうか伝えてほしいと頼んだ。」となりますね!!」

p79 リーザが主人公にいう言葉
『じゃ、「身分のいい人たちのところでは、みんなうまく行ってるって言うの?貧乏してたって、ちゃんとした人たちは立派に暮らしているわ』

〜に対して主人公は言葉が止まらない台詞が次です。〜

p79 主人公がリーザに言う言葉
『ふむ・・・そうだね。そうかもしれない。それもそうだがね、リーザ、人間というやつは好んで自分の不幸だけを数え上げ、幸福のほうは数えたがらないものなんだよ。・・・・・・そうだよ、リーザ、まず最初に自分で生活の仕方を勉強しなけりゃいけないよ、他人を責めるのはそれからのことさ!』p81

〜主人公の心の動悸 など、様々な心の景色が、この小説の至るところで、描き出されてますね。そして、私読者にも、主人公の心のひだに、一小説の中での何箇所でも、共通点を見つけて、安堵しているわけですね!!作家ドストエフスキーさま!!

〜長い沈黙がつづいた。私は女を突きとばしてやろうとさえ思った〜p81(⇄感想文:主人公は心の中に浮かんだ良い事を、相手が喜び感心するであろうと思っていった言葉に、相手の反応が遅いと、すぐに癇癪玉が破裂しそーになりますね。気恥ずかしくもなつてしまうのですね。すぐに、傷ついてしまう心の持ち主でもありますね。からかわれているとも、相手のちょっとした言葉に感じてしまう主人公ですね)

p86 主人公の気持ちの感覚
「私は悲しい感激のとりこになって、しまいにはこっちでいまにも嗚咽の痙攣が起こりそうになってきた。・・・・・・私はもうだいぶ前から、自分が女の魂をすっかり傾倒させ、その心を打ち砕いてしまったのを感じていた。そしてその確信が深まるにつれて、一刻も早く、しかもできるだけ強烈に目的を達したいと、私はますます強く望むようになってきた。演技、演技がすっかり私を夢中にさせてしまったのである。もっとも、演技だけともいいきれなかった・・・」
(⇄感想文:幸せな生活の仕方を教授しよーとした主人公ですね)

p88 リーザの宝物である学生さんの手紙を見せて、リーザ自身を「見なおしてもらいたい」と、主人公に見せた後

「ぼたんの花びらのような湿っぽい雪がまだ依然として降りしきっていたが、・・・だがその疑惑のかげに早くも真実が光りを放っていた。胸のむかつくような真実が!」p88(⇄感想文:リーザよりも、主人公僕の方が、不幸かもしれないと、感じる瞬間!でも、へこたれない気持ちの主人公〜。ふむふむ)

p93 主人公の言葉
〜ただもう貴様に給金をわたすのがいやなんだ、なぜいやかと言えば、こっちがただそうしたいからだ〜
(⇄感想文:《感覚主義 現代美術
》!?この単純な言葉が好きですね、!)p95

p95
「ところが私はこの数日来、ありとあらゆる人間に対して向かっ腹を立てていたので.どういうわけか、またなんのためか知らないけれど、アポロンのやつに罰をくらわして、もう二週間ほど給金を払わずにおいてやれと決心した。私はもうずっと前から、かれこれ二年にもなるだろうが、一度はこれを実行してみたいと思っていたのである。ーーそれと言うのも、私に対してあんな尊大ぶった態度を取るとはもってのほかだ、こっちだってその気になれば、いつでも給金を払わずにおくことぐらいはできるんだぞということを、彼に思い知らせたいためにほかならなかった。彼の高慢の鼻をへし折って、やつのほうから先に、給金の話を切り出させるために、このことは彼には言わないで、わざと黙っていてやろうと腹を決めた。そしていよいよやつが切り出したら、私は手箱の中から七ルーブリの金をそっくりそのまま取り出して、金はこのとおりあるのだが、わざとしまってあったのだ、ということを、あの男に見せつけてやるのだ。だが私は『いやなんだ、ただもう貴様に給金をわたすのがいやなんだ、なぜいやかと言えば、こっちがただそうしたいからだ』ということを思い知らせてやるんだ」p95

p95
「・・・・・・やっぱり勝利は彼のものだった。私は四日と持ちこたえられなかったのである。」p95(⇄感想文:つまり、悪人という名称のつかない主人公ですね!主人公のじっと待ってられない性格か!?)

p98 九章

「私は悪事の現場でもおさえられたように、見苦しく取り乱して、打ちのめされたように彼女の前に立っていた。」p98(⇄感想文:主人公の心の軌跡の描写がまた、はじまりますね。)

p99 主人公が、アポロンに、言う言葉

「『あれはなーーおれにとってはすべてなんだ!・・・しかしお前にはわかっちゃいないんだあ、いったいあれがどんな女なのか!・・・・・・』」(⇄感想文:主人公自分の方が、リーザよりも、不幸かもしれないと、気付かせてくれた女という事ですね!)p98

p98 主人公が、リーザに、使用人アポロンという人物の性格などを、言う言葉

「『・・・あいつは僕の死刑執行人なんだ・・・』」p99(⇄感想文:どんな時でも、嘲笑するような目つきのアポロンであるらしい。アポロンは主人公の存在と化学的に融合しているような具合であるらしい。ところが、まるっきり動ぜないアポロンの精神に、主人公が反発して言ってる言葉と考えますね)

p100 主人公の心の軌跡⇄リーザに軽蔑されてる瞬間を勝手に想像して腹立たしくなる主人公

「女に対する恐ろしい憎悪が、不意に私の胸にむらむらとこみあげてきた。そのままでいたら彼女を殺しかねない勢いだった。女に復讐するために、これからはひとことも口をきいてやるまいと、私は心の中で誓った。『なにもかもこいつのせいなのだからな』と私は考えた。」p100(⇄感想文:ここまで来ると、ほんとに!!面白い主人公だなっと!!私読者は、プッと、笑ってしまいます。)

p100 主人公のその後の心の軌跡

@そのためにいちばんひどい目にあったのは、もちろん、この私だった。

A醜悪な感情が私の胸の中の憐憫の情を、たちまち一も二もなく圧しつぶしてしまった。それどころか、それはさらにいっそう私をけしかけて、どうとでも勝手になりやがれ!という気持ちにさせたのであった。p100(⇄感想文:主人公風)

【まとめ】
(⇄感想文:私読者も、予定外の行動を、感覚的にしてしまう方かもしれませんね。主人公で面白い心の軌跡を経験いたしましたが、似たよーな心も勿論読者私にもあるでしょう。ほんとに、面白い主人公です!!)

[153](削除)
名前:システムメッセージ
2020年11月12日 (木) 09時43分
投稿された方の依頼により、2020年11月13日 (金) 01時31分に記事の削除がおこなわれました。

このメッセージは、設定により削除メッセージに変更されました。このメッセージを完全に削除する事が出来るのは、管理者の方のみとなります。

[155] メッセージ1「人間の意欲」とは、有りやなしや!?
名前:ほのか
2020年11月12日 (木) 09時49分
 気を取り直して、今朝、p23からの、再読ですが、メッセージ1に、共感を、深く致しましたね。


[156] メッセージ2「有利な利益」とは?
名前:ほのか
2020年11月12日 (木) 10時15分
p25

『これこそまさに、うかつにも見落とされている例の最も有利な利益なのであって、これはもはやどんな分類にも当てはまらず、こいつにかかるとどんな体系でも理論でもたちまち木っぱみじんに砕け散ってしまうものなのだ』
 
(感想文)だんだんと、ドストエフスキー氏の真意に、近付いてきましたね。嬉しい😃


[158] 自主性意欲・自発性意欲のおすすめ
名前:ほのか
2020年11月12日 (木) 16時14分
p23
@文明は人間の持っている感覚の多面性をますます鋭利にする(⇄読者感想:困るが)

p24
Aそのときこそ、いよいよ水晶宮が建設されるというわけだ。・・・まあ、一口に言えば、そのときこの地上に秘鳥カガンが舞いおりるというわけである。・・・世の中がおそろしく退屈なものになってしまわないとは、絶対に保障はできない。・・・

p24
B・・・反動的な、人を小馬鹿にしたような顔つきの妙な紳士が飛び出してきて、両手を腰にあてて、われわれ一同に向かって
『どんなもんですかね、諸君、こんな思慮分別なんてものはひと思いに足で蹴とばして、こっぱみじんにぶちこわしてしまおうじゃありませんか。その目的はただひとつ、そんな対数表なんぞは悪魔にでもくれてやって、われわれはもう一度、愚かな自分の意思どおりに暮して見ようという寸法ですよ!』なんてことを言い出したにしても、私はいささかも驚くものではない。

(⇄読者感想:p23の『はたしてどちらが悪いか』は、生きてる人間の環境が、そのよーに、生きないと、《精神がおかしくなるから》とか、?、?個人個人の心の平安や、個人個人の心の内部の平均化や、個人個人の平穏化を、自ずと計るための状況ですね。どちらも良くも悪くもないという結論ですね。各個人の幸せが、行動を決めてしまう人間であるから。血流の平均化・平穏化かという定規で、各個人が、行動を決めてしまう人間。そーしないと、病気にストレスからなるから!という人間の造り!ですね。心が各個人が、平静であるよーに、行動してきた人間の造りですね。)

p25
C人間に必要なのはーーただ自主的な意欲だけであって、その自主性がどんなに高価なものにつこうと、その結果がどんなことになろうと、そんなことは問題にならないのだ。なにしろこの意欲というやつは、それこそまったく得体の知れないものなのだからである・・・・・・。

p25
D実際の話、まあ仮りに、われわれの意欲や気紛れのすべてについて、将来なにか公式みたいなものが本当に発見されたとしたら、・・・数学的な公式が発見されたとしたらーーーそうなったら最後、人間はたちまち、おそらく、意欲することすらもやめにしてしまうかも知れない。・・・そうなれば人間はたちまち人間からオルガンの音栓か、それに類したものに変わってしまう。・・・
(⇄読者感想文:自主性意欲とは、自然発生的意欲であると、理解致しました。数学的な公式的、感情・感覚を使用しない生き方は、脳の感情や感覚を司る神経が減少するのではないだろうか!?つまり、自主性意欲的に生きるとは、自己の平安を保つために、とんでもないことをするかも知れないし、数学的2+2=4の世界ではない人間の生き方である。周囲に迷惑はいけないが、自主性意欲は、ストレスを溜めて病気に陥る前に、おっちょこちょいの人間が選択する形式である。血液循環も喜怒哀楽の発生により、血流が高まったり、静まったり、健康には、貢献しそうですね。

 自主性意欲とは、自然発生的な意欲と置き換えても良いと考えますね。快不快を選択する自然発生的な生き方とも言えますね)

p30
D人間は創造と道を切り開くことを愛するものである。これには議論の余地はない。しかしながらなぜ人間は同時にまた破壊と混沌を極端に愛するのだろうか?・・・人類がそれをめざして進んでいるこの地上における目的なるものも、結局はすべてこの目的を達成するまでのプロセスの、間断のない継続、ことばを換えて言えばーー生活そのものにあるのであって、目的自体にあるのではないかもしれないのである。

p32
Eその目的というのは二かけるニは四、つまり公式以外の何者でもないものであるべきことは、いまさら言うまでもないが、しかしこのニかけるニは四というやつはですね、諸君、実はすでに生活ではなくて、死のはじまりなのですよ。

p31
Fすくなくとも人間は、このニかけるニは四というやつをつねになんとなく恐れてきたものであるが、私はいまでもそれを恐れている。
(読者感想⇄『しかしいったい人間はどこへ行ったらいいのだろう?すくなくともこのような目的を達成するたびごとに、人間の心の中にはなにかきまりの悪いような感じが認められる』なんか、理解できますね。人間は目的を完成すると、脱力感と、言う事!?
次の難しい挑戦する課題を見つけとかないとかも)

p31
Gしかしこのニかけるニは四というやつはーーそれにしてもなんともやりきれない代物である。ニかけるニは四というやつーーーこれは、私に言わせれば、鉄仮面のかたまりにすぎない。ニニが四が諸君の道にふさがって、両手を腰に当てて、えらそうな顔をして、ぺつと唾を吐いているというわけだ。・・・二二が五というやつだって時にはご愛嬌というものじゃないか。

p31
Hそれに諸君はなんだってまた、正常で肯定的なものだけが、つまり簡単にいえば、平穏無事ということだけが人間にとって有益であると、それほど固く、それほど得意になって 信じているのだろう?いったい理性というものは利害の判断を誤らないものなのだろうか?ひょっとすると、人間の愛しているものはなにも平穏無事だけではないかもしれないじゃないか?もしかすると、人間はそれとまったく同程度に苦悩だって愛しているのかもしれないじゃないか?ことによると、その苦悩というやつは、人間にとって平穏無事とまったく同じくらい有利なものかもしれないじゃないか?人間はどうかするとおそろしく、それこそ夢中になるほど苦悩を愛するものだ。
(⇄読者感想:ブラボー😃)

p33
Iともかくも私は、それが自然の法則によって存在している、現実に存在しているという理由だけで、自分が妥協の上に、無限につづく循環零の上に安住するものではないことを知っているのだ。(⇄読者感想:ブラボー😃)

p37
11、このような思い出が私には何百となくあるのだ。ところが、ときどきその何百という中からなにかひとつだけひょっこり飛び出してきて、私の心を苦しめるのである。もしもそれを紙に書きつけたら、自然に縁が切れるのではないかと、私はなぜかそう信じている。試してみないという法はないではないか?
(⇄読者感想文:その逆で楽しいことを、忘れないために書いておく方法にもなりますね)

p37
12、最後にもうひとつ。私は退屈なのだ。私はこのところずっとなにもしていない。ところが物を書くということは実際いかにも仕事らしい仕事である。それに仕事をすると、人間は善良で正直になるということだ。それならば、すくなくともこれはまたとないチャンスではないか。
(⇄読者感想文:一般読者のためにが何故書いてるのかという、答えでしたね)

[161] おかしくなければ、このままで😃
名前:ほのか
2020年11月22日 (日) 18時01分
『地下室の手記』について。

[147]『永遠の夫』筑摩書房 小沼文彦訳
名前:ほのか
2020年10月25日 (日) 18時53分
p307で、やっと、怖さから、解放されました。

@あ〜 怖っ!!
A『「どうやら、やっと、アレクセイ・イワーノヴィチさんにお目にかかれたようですな?」と
実ににこやかな、滑稽なほどこの場に不似合いな声で、歌でも歌うような調子で彼は言った。
「するとあなたはやっぱりパーヴェル・パーヴロヴィッチ・トルソーツキーさんで?」と、やがて、当惑したような顔つきでヴェリチャニーノフも口を開いた。』



[149] 『永遠の夫』を、読了です。
名前:ほのか
2020年11月04日 (水) 19時26分
(感想文)
あー〜〜!!怖かった!!
 作家ドストエフスキー 氏の小説としては、『クスッという』笑いがなかったな!?という感想ですね。主題は、大人の都合で、幼い子供に《優しさ》を、与えられなかった大人の身勝手。

 それから、やはり、女性の権利とか子供の権利が、主題でしょうね。

次は《怖い》ついでに、『死の家の記録』に、挑戦したいと、思ってます。


 

[151] 『死の家の記録』読むのを、後にしました。
名前:ほのか
2020年11月10日 (火) 18時29分
『死の家の記録』読むのを、あとにしました。短編へ!!

[139]『未成年』の後の、『賭博者』
名前:ほのか
2020年10月13日 (火) 14時05分
『未成年』の後の読書に、偶然手に取った短編の『賭博者』に、決めました。


@《わたし》を《未成年のアルカージー》に、《孫娘ポリーナ》を《読者私》に、《わたし》を、再び、《読者私》に、想像して〜創造して、読んでってます。

A「「他でもありません、文化の進んだ西ヨーロッパ人の徳性と品位の経典には、富の獲得の能力というやつが、歴史的に、そしてほとんど何よりも重大な要点として、数え上げられています。ところが、ロシヤ人は富の獲得の能力がないばかりか、なにか、こう、むやみやたらに不体裁なくらい金を浪費する。にもかかわらず、われわれロシヤ人だって、やはり、金は入り用です。」とわたしはつけくわえた、「その結果、たとえばルレットみたいに、てっとり早く二時間ばかりのあいだに、労せずして富をつくり得るような方法を歓迎して、その誘惑にかかりやすいのです。でもね、われわれはむやみやたらに、骨を折らないで勝負をやるものだから、結局は負けてしまう!」」p343(ふむ!)

B「「とんでもない」とわたしはやりかえした。「だって、まったくのところ、ロシヤ式の不体裁とドイツ式の正直な🇩🇪労働による貯蓄の方法と、どちらがそもそもよりけがらわしいか、まだはっきりわかっちゃいないじゃありませんか?」」p343 (フゥーーム!!)

C「「清廉潔白なのあまりにやることなので、それがこうじると、弟息子も、自分はほかならぬ清廉潔白のために身売りされたのだ、と信ずるまで立ち到るのです。それはもはや理想であって、犠牲自身が生贄に捧げられるのをよろこんている始末なのです。」」p344


⇄(ロシヤ人って、そーなんだぁーー!悪くはない性格だっと。読者私は思いました。読者私にも、それらしきところがありますから。面白い文章です。)

[141] 《能力を、個性を、燃焼したい仕事もあるが、努力をしないと、空気に流されますね!》(←読者私)
名前:ほのか
2020年10月14日 (水) 17時15分
p344 河出書房新社 ドストエフスキー全集 8巻 米川正夫訳 です。

「それからさきは、長男にとっても決して有り難くないことがおっぱじまる。〜再びおなじいきさつがくりかえされていくのです。〜こうして〜百年なり、二百年なり、代々ひきつづいて勤労、忍耐、分別、清廉潔白、意気地、堅忍不抜、見通し、屋根の上の鸛こうのとり!そもそもこの上になにがお入り用です?もうこれ以上に高尚なものはないはずでしょう。そこで、彼ら自身も、この観点から世間ぜんたいを裁きはじめ、悪いやつらは、といって、ほんの毛筋ほどでも自分たちに似ないものは、たちまち刑罰に処するというわけです。さあこういった次第です。だから、ぼくはそれよりいっそロシヤ🇷🇺式に放蕩でもやるか、ルレットで大儲けでもしたい気持ちになりますよ。ぼくは五代後のホッぺ一家なんかには、なりたくないんです。ぼくはぼく自身のために金がいるので、自分というものを、何か財産を構成するのに必要な付属物と見なすわけにはいきません。ぼくはずいぶん駄ぼらを吹きましたね。それは自分でも承知していますが、まあ、今いったとおりとしておきましょう。これがぼくの信念なんだから。(⇄ふむふむ!日本も、今現在は、財産を子供に残すのは、古い考えと考えられていますね。)

p348
「《作家の自分自身の内部への、禅問答?》『あなたはまだほんとうにできあがっていない、混沌とした人間なんですもの』⇄《作家の自分自身の内部への、禅問答!?》

[142] 《身を屈する》のを防ぐために、《断絶する》という形式と、将軍家に属してない独立してるという私主人公。
名前:ほのか
2020年10月15日 (木) 12時57分
p360
「『きみも男爵夫妻の前で謝罪するというだけのことであろうとも、とにかくきみとなんらかの交渉を持つということは、男爵夫妻にとってあまりにも身を屈することになるわけだからね。‥‥‥今日にもさっそく、きみがわたしの家庭に所属しなくなるように手配すると、りっぱに約束してしまったのです。」」⇄(ふむっ!!キツイ言葉ですね!怖っ!!)

p360

「「きみ、わたしたちはいよいよ別れるのですぞ」」⇄(《交渉を持つ事で身を屈する》という怖い発想ですね!!)

p360
「「では、さようなら。今後のわれわれはなんの縁もない他人同士です。」」⇄(この点で行くと、私と友達になってくれてる人を、尊敬しなきゃいけないなっ!!と、独言ひとりごちしました)


[143] 日常生活の生き方の参考になりますね!愛が狂わせ、充実させるガリバー状態
名前:ほのか
2020年10月16日 (金) 13時25分
@
p355
「男爵はまるでわたしが将軍家の下男でもあるように、わたしにたいする苦情を将軍のところへ持って行ったために、わたしはそのおかげで職を失ってしまったし、第二には、わたしは、自分で自分のことに責任を持てないような、人と対等で話もできないような人物なみに扱われたわけである」「わたしが侮辱されたものという感じをいだくのは、当然な話である。⇄(フゥム。やはり、読者私の反骨精神の厳しさは、あってるのであった。自身では当然の疑問質問が、周囲には、《また、あの人!?》読者私を真実に知らない人間が発する過去の言葉の数々を思い出しましたね!!)

A
@-a
p366
「「てっとり早く言えば」とわたしは最後に言葉を結んだ。「ぼくはただ男爵に呪縛を解いてくださいとお願いするだけです」」

B
@-b
「「(わたしはできるだけわからずやになろうと、骨折ったものである。)」」

C
@-c
「「あなただって、もし人から、『もちろんわしはきみの耳を引っ張るなんてことはしたくないが、一つ世間体のためにがまんして、引っ張らせてもらおう‥‥‥かっこかといわれたらどうします?ねえ、それとほとんどおなじことじゃありませんか?」」 

D
@-d
p368
「「もし万が一にもきかれなかったら、ミスター・アストレイは、それを自分の受けた侮辱と見なして(イギリス人がこの点でいかに執念深いかは、あなたもご承知でしょう)、」」

E「第二は、ーーそれにしてもあこのフランス人は、ポリーナに対してなんたる勢力をもっていることか、という想念であった。〜彼女が彼に対して嫌悪の念、どころか、侮蔑の情すらいだいているのにわたしは心づいた。〜してみると、彼はてもなく彼女を自由に操縦し、彼女はかれのために何か金しばりでもあっているらしい。

F
p370
「「あなたはじつにいい人ですね、ミスター・アストレイ」〜「わたしはまだコーヒーを飲んでいませんし、あなたも大方おいしいコーヒーを召し上がってはいらっしゃらないでしょうから、ひとつ停車場のカッフェへ行こうじゃありませんか、」」⇄(読者私も、カッフェ飲もうっと☕♪

[144] 〜ありとあらゆる陰影までもあますところなく〜
名前:ほのか
2020年10月16日 (金) 13時28分
G
p371
「わたしはこの男に何もかも、というのは、わたしの恋愛事件を一切合財、ありとあらゆる陰影までもあますところなく話してしまいたいという気がしてきたのである。」⇄(フゥーーム!!読者私も、次から次へと、主題が変わってテルで。一時間〜一時間半も。こちら主体で話して、相手は、早口だし、ほぼわかってないかな!? この引用文の《ありとあらゆる陰影まで》の、おしゃべりは、最近特に多くなってきてますね。)


[146] 『賭博者』の読了です😃
名前:ほのか
2020年10月25日 (日) 17時58分
 『罪と罰』には、ラスコリーニコフの、心配したり、葛藤したりの描写が、何百と、ありました。いつか、書いてみようと思ってますが。

 それから、『未成年』では、何かが、いっぱいありました。《良い事》の描写だっけ!?

 今回の『賭博者』は、教養小説として、本来の面白く読んでしまう小説の分類で読み終わりました。宗教性とか善と悪とかという哲学的な教えはなくて、こんな感想で良いのかなっという感想になってしまいました。その後も、軽く読めるのにしようかなと、考えていますが。

 最終的に、《賭博による人間性の破壊という事はなくて、喜劇っぽい小説ですね。

== 感想文==

細かい気を魅く心の描写や会話は多々あります。後で描けたら、書きたいです。

@主人公わたしアレクセイ・イヴァーノヴィッチに降りかかる賭博
の引力に対しては、読者私に、賭け事の危険性を教えるのと、《賭博の虜》の心理的状況を、解明してくれてますね。

Aポリーナとの、主人公私への恋の引力に対しては、《恋におちる》の心理的状況を、何十ヶ所で、描写してますね。

B心の優しさのムイシュキンのように、優しさを持つミスター・アストレイが、読者私の、清涼飲料水となりますね。

C祖母 アントニーダ・ヴァシーリエヴナの賭博の賭けっぷり、負けっぷりの良いおばあちゃんの登場の面白さが、読者私に、豪快な元気さを、与えて下さり、嬉しさこの上ない、登場人物でした!!

@賭博とA恋の、二本仕立ての心理的描写の詳細と、ムイシュキンのような、優しい心のミスター・アストレイの背景と超元気なおばあちゃんの背景で、《面白い小説》として、初めて、ドストエフスキー文学と付き合えました。

次は、『永遠の夫』かもしれません。

[123]『未成年』の中の言葉
名前:Seigo
2020年09月30日 (水) 21時39分
ほのかさんへ。

読んでいる『未成年』について、一連の投稿、ありがたいです。
長編『未成年』は、生活が落ち着き、円熟期へと向かうドストエフスキーがじっくり書き上げただけに、ほのかさんが実践している通り、読者側も、じっくり読んでいくと、そのつど、いろいろと気付きや奥行きがあり、豊かに読んいけるということですね。

ほのかさん、
今後も投稿を続けてみて下さいね。


うなぎ犬さんへ。

うなぎ犬さんの投稿のうち、発言や内容が不適切だと主宰者側で判断した投稿が二つあったので、その二つの投稿を、今日、削除しました。
当件について、私の方でこれ以上説明は行いません。了解下さい。


『未成年』の中の言葉より。

自分は、『未成年』の3回目の読破(下掲の新潮世界文学巻14の一巻本で読みました)を行なった際は、細かい筋は忘れていることもあり、後半部に入ってからはサスペンスとスリルがある展開がおもしろくて一気に読み抜いたことを覚えてます。



『未成年』では、時に名句警句がちりばめられていて、

幸福な人間はつねに善良である。

といった名言のほか、

マカール老人が信仰告白として語る、

神のない生活は――苦しみでしかないのだよ。
(第3部第2章の3内)

ヴェルシーロフが未来社会論として語る、

わしはときどき、神がなくて人間がどんなふうに生きていくのだろう、いつかそんなことの可能な時代が来るのだろうか、と考えてみないわけにはいかなかった。わしの心はそのたびに不可能だという結論をくだしたよ。しかし、ある時期が来れば可能かもしれない……〔以下、略〕
(第3部第7章の3内)

といった神(「神」の有無)をめぐる問題提起が今も私の考えや心を刺激し続けています。

ちなみに、
その後出会った、
ヘルダーリン(ドイツの詩人)が述べた言葉、

ただ一人でいること、神々なしにいること、それこそが死である。

は、同様のテーマについて洞察していると言えます。



アルカージイと妹リーザ
〔ロシアの1983年のテレビドラマ『未成年』より。このドラマの日本語吹き替え版が将来出て欲しい。〕

[138] 生活に必需品なドストエフスキー作品群!!
名前:ほのか
2020年10月12日 (月) 16時25分
 有難うございます。次はなにを読もうか、描こうかなと、かこうかなと、おもってしまっています。
『未成年』はまさかの、面白さでしたね!!

[90]『未成年』小沼文彦訳 
名前:ほのか
2020年08月08日 (土) 10時24分
『未成年』のアルカージーに、わたし読者は、シンパシーを、持つかも!?

 面白そうですが、最初から読み返したり、10頁ずつの進度には、行かずに、行って戻っての、慎重な読み方で、読書を味わってます♪

 前回は多分perhaps 最後までというか、殆ど読み通せてないですし、主旨も、自分好都合の主旨も、わからずでした。

 つぎにドストエフスキー作品何を読もうかなと、思った時に、『カラマーゾフの兄弟』は、最初の何ページかで、〈辛気くさく〉訳者をどう取り替えても、〈辛気くさく〉読むことが出来ませんでした。

 『未成年』は、わたし読者が、何かを掴みたいっという切実なる欲求で、慎重に読み進めてます。

 《娯楽》が、増えて、日常生活満喫です!!


=======〈次回読み〉=======
 

【自分の感情を持つ権利】(誰のことをもあえて批判しないというのが、僕の信念なんですよ)【感情化した理論】、(『おれの理念』の中には、自分でも解決できないいくつかの問題が含まれている。だがおれは、自分以外の誰かに、それを解決なぞしてもらいたくないのだ。・・・省略・・・〈それがわかつたのはこのおれ1人かもしれないじゃないか!〉⇆《理解おれ1人に、読者は、ワクワク》単にすばらしい理論を論破しただけでは不十分なのだ、それに匹敵するだけのすばらしいものをそのかわりに与えなければだめなのだ。アルカージーp53

⇆〜【夢中になるものをあたえてくれー】読者の私のこの時点の解釈

『『首っ玉にかじりつきたい』という気持ちだったのである。・・・省略・・・もうずっと前から自分にはそんな感情があるのではないかと疑ぐっていた。・・・省略・・・世間の人々に対して自分の存在をなるべく取っつきの悪いものにしておかなければならないことを、おれは知っていたからである。・・・省略・・・もしも誰かにおれの理念をもらしたら最後、たちまちおれのものはなんにもなくなってしまい、その結果、おれはそんじょそこらの連中と少しの変わりのない人間になり、ことよると、その理念さえも棄ててしまうようになるかもしれないと考えて、思わず胸をひやすこともあった。』⇆〜【人間と一般的に付き合うと、同意同調ばかりして、笑顔だが、自己がなくなり、家に帰ってどん底の気分に陥る経験からの決定事項】〜読者の私の今の時点での考え!?〜

『僕の理念は早く言えば、どうか僕のことはほっといてくれということなんです。』p55アルカージー《感想〜ドストエフスキーは、周囲にほっておいて欲しいくらいに作家と自己の哲学に夢中な人生だったから!?作家ドストエフスキー自分自身のことらしいなぁ〜》←読者私の感想文

しかも、next文は、『たとえニルーブルの金でもある間は、僕は1人きりで暮らしたい、誰にも左右されたくない。(ご心配には及びません、反論のあることは僕にもわかつてます)、そしてなんにもしないでいたいというわけなんです--クラフト氏がそのために働けとおっしゃった偉大なる未来の人類のためにでもですね。個人的な自由、ということはつまり僕自身の自由ですが、それがまず第一で、ほかのことはてんで知りたいとも思いませんね』アルカージーp55⇆《なかなか魅力的な生き方であるなぁ〜読者の私の感想であり、作家ドストエフスキーの生き方であると思います》

『ことによると、個人的にはほかの考えを持っていて、人類のために奉仕する気になることがあるかもしれません。いや、おそらくそうなるでしょう、しかも、たぶん、そこらへんで、お説教をしている連中よりも十倍も余計にね。しかしただ僕としては、誰からもそんなことを厚かましく要求してもらいたくない、クラフト氏のようにそれを強制されたくないんです。』『たとえ指1本・・・省略 すべてが一瞬の出来事に過ぎないというのに』アルカージーp55⇆《感想は、読者私であり、作家ドストエフスキー氏の考え方であると思いますね》《読者としては、集団的行動よりも、個人の独立した行動の方が、自身の心の妥協もなく、空気に流される間違いもなくて良い!、と言うことかなと考えます。そして同意するかもですね。


@『おれにとっては自分の意識だけで十分なのだ』p42⇆〈かも、ふむ〉⇄説明『その当時のおれの思想、おれの喜び、そしておれの感じたことの多くを、おれはこんなふうに翻訳したいと思う。』

A『こんなことを書きはじめたりしてもしかすると、おれはひどくまずいことを、してしまったのかもしれない。ことばになつて現れるものよりは、内部に・・・省略・・・それがまるっきりあべこべなのは醜悪な人間たけだと、ヴェルシーロフがおれに言ったことがある。その連中は嘘ばかりつくのだから、楽なものだ。ところがおれはつとめて真実そのままを書こうとしている。これはおそろしく骨の折れることである』p42

B『ある感情を変えさせるためには、そのかわりとして別の感情を与えなければだめですよ。』ワーシンp52
『匹敵する感情を与えることです!』アルカージーp52

C『ことに諸君がこんなふうに改造してしまった現代にあってはなおさらのことですよ。』アルカージーp56⇄《自然から離れた生き方の哲学を強いられているという事!?例えば、数学と文学は離れた位置にある学問ではないという事。学問は全てを融合して学ぶべきである事、ぶっつんぶっつんと言った学び方では、全体の人間や人間社会を見つめるのが、希薄になってしまうよというような忠告!であると読者私は考えました。》

D『答える義務がありますよ、なにしろ笑ってらっしゃるんですからね。さあ言ってください、いったいあなたがたはどんな甘いえさで、僕にみなさんのあとを追わせようというんですか?』アルカージーp57

======= 〈次回読み〉=======

『彼らは人間の前に崇拝しないために、神を選ぶんですよ--もちろんどうしてそんな気持になるか自分でもわからずにですがね。神の前にひさまずくのはそれほど屈辱じゃありませんからね。』ワーシンp59

E『僕が、ことによると、自尊心のかたまりみたいなろくでなしで、それ以上の何者でもないかもしれないってことは、自分でもよくわかっています』アルカージーp62⇄《他者に侵入されたくない心かなぁ!?それが自尊心って言うのかなぁ!?それなら、読者私も、作家ドストエフスキー氏も、自尊心の塊かもしれませんね。自己努力で解決するのが好きなのと、他人に認められなくても自分で自分自身を認めるから、心に侵入されたくなくて、自己培養で、歓喜をも独り占めしたい気持ちかなぁ。解決の方法や道を、他者にアドバイスされたく決してなくて、自分自身が、あれこれと、解決するのを愉しむ人生と、心得ている風な、人生である。人生にしたいと思い、実行している生き方である。》

F『『自分に対して罪があったっていいじゃないですか・・・・・・、僕は自分に対して罪があるほうが好きですよ・・・・・・。』』クラフトp62⇄《ドストエフスキーの考えかも。私も、ひとりで何事も解決する解決したい自尊心のアルカージーとクラフトの自分に対して罪があったっていいじゃないですか は、好きな文章&考え方ですね。読者私は、周囲の身近な人の意見、他者の意見を、参考にしたり聞いたり、生き方を聞いたりするのが、すごく嫌いであるので、生き方が人の言うように生きると、かえって、難しくなるからです。嫌いなんですね。ですから、クラフトのこの言葉に賛成!ほっと致しますね。》

G『『あの連中はほかのものより特に馬鹿だというわけでも特に利口だと言うわけでもありません。彼らは--みんなと同じように気が狂っているんですよ』』クラフトp62

H『『精神的理念』なんてものはいまじゃ全然ありませんよ。』 クラフトp62⇄《団体で行動すると、『精神的理念』はなくなるんじゃないのかな。》

Iあ、わがもの顔の平凡と無感覚の時代
い、自分で自分の理念を絞り出す人
う、団体の中で理念を持ちながら。団体の理念から、理念は消滅してる団体。

== 途中 まだまだ ==


[91] アルカージーの、『理念』とは〈金儲け〉の展開!?
名前:ほのか
2020年08月08日 (土) 13時20分
@『第五章

 おれの理念、それは--ロスチャイルドになることだ。・・・省略・・・ロスチャイルドのような金持になることだ。・・・省略・・・おれの目的の達成は数学的に保障されていることを、証明するだけにとどめておく。・・・省略・・・すべての秘密は、強固な意志と不屈の努力の二語につきる。・・・省略・・・きわめて単純なことであると言ったが、同時にまた最も困難なことである・・・省略・・・父親式『『善行を愛し悪徳を避けねばならない』』の強固な意志でもなければ、父親式の不屈の努力でもないのだ。・・・省略・・・ロスチャイルドになろうと望んだだけでも--おれはすでにそれによって一気に社会を超越することになるのだ。・・・省略・・・強固な意志で蓄積をつづければ、ついには大きな成果を挙げることになる。・・・省略・・・金を生み出す方法がどんなに芸のないものであっても、間断なくそれをつづけさえすれば、その成功は数学的に保障されるものであるということだ。・・・省略・・・ロスチャイルドになる目的をいだくものには・・・省略・・・意欲と意志の力が要求される。・・・省略・・・おれはこうして完全に健康な満足すべき状態で、1年間というものを過ごしたのである。・・・省略・・・毎月五
ルーブリずつあてがわれていた。そしておれはその半分しか使わないことに決めたのである。・・・省略・・・だが二年あまりしてペテルブルクにやって来たときには、おれのポケットには、ほかの金は別として、七十ルーブリという金が入っていた。・・・このなかにこそ『『おれの理念』』のすべてがふくまれているのだ。』p80⇄(予想と異なる展開でしたね。)

A第二章まで、アルカージーの、話は、アルカージーの『理念』とかは、〈金儲け〉の間断のない努力などと、ちと、つまらない章でしたね。p84

[92] ちょっと、ふぅむ!!103.から、なんとなくわかる
名前:ほのか
2020年08月08日 (土) 14時10分
@何のために
Aどうして
B道徳的であるかどうか

Iおれの理念は一にも二にも孤独にあるのである。

100、十二くらいのときから、つまり、正しい自覚を持つようになるのとほとんど同時に、おれは人間が嫌いになったような気がする。p85

101、そうだ、おれはいままでずっと力を、強大な力と孤独を渇望してきたのだ。p86⇄(読者感想:シンパシーを、アルカージーに持てず、人間嫌いではなくて、空想にふけり、人と話をする暇などはないくらいの生活のアルカージー)

102、いつでも、最高位の姿を想像するアルカージーp87

103、おれは金なんかかいりゃしない、といって悪ければ、おれに必要なのは金ではない、強大な力でさえもないのだ。おれが必要とするものは、強大な力によって獲得されるもの、強大な力なしには絶対に手に入れることのできないものだけである。それは孤独でしかも平静な力の意識なのだ! p88

これこそは全世界の人間がなんとかして手に入れようともがいている自由の、最も完全な定義である! p88 ⇆(ふむ)

104、
その後、三のおわりまでは、ふぅむ!!なんとなくわかる!!p91

[93] 『あいまいな理解のしかたは、〜『理念』そのものにすら害を与える可能性』
名前:ほのか
2020年08月12日 (水) 09時23分
104、
【理念は、いわば、すべての重荷を軽くはしてくれたが、また同時におれの目からすべてをさえぎる煙幕ともなったのである。しかしながらさまざまな出来事や事物に対するこうしたあいまいな理解のしかたは、もちろん、ほかのことは言うまでに及ばず、『理念』そのものにすら害を与える可能性のあるものなのた。p94⇄(『理念』通りに、 しようと思っても、自身が隠れていては、【理念】は、【理念】という自身が掲げたものを、遂行出来ないという事!?周りもやはり、人間ならちらほら気になるから。自身をほっておいてと宣言しながらも、つい、うっかり、ほっとかれる身になってない自身を発見せざるを得ないという事!?

A、それから二人はとうとう喧嘩別れをしたまま、それ以来おれはそいつにあったことかない。p94

B、おれはいまだにそのこのことが忘れられないのである。p96

p91 四の要旨は、結局、【理念】を、かかげた自分自身アルカージーは、

@女の子 16歳くらいへの悪戯への、女の子自身の反抗
A捨てられた乳児の親がない可哀想さに、アルカージーが、責任を持って育てようとした心が自ずと芽生えた状況

@とAにより、【理念】は、感情により、脆くも、崩れ去る経験をするアルカージー!


[94] アルカージー自分自身だけの救済だけでなく〜
名前:ほのか
2020年08月12日 (水) 09時52分
第六章
  一

 前回のp96を読み終えながら、ドストエフスキー作家の、《女性の権利の自立があっての民主主義》的な思想があるのではないかと、考え思いついてしまったのでした。1821年生まれの作家ドストエフスキーが、考えていて悩んでいた事。

 アルカージーの『理念』。求めるけど、他者の大事な人の自由も、気になってしまう感情・感覚沸き起こる論。つまり、【理念】である自由を勝ち得るためには、他者のだいじなひとの自由も、【理念】の中に入れなければならなくなったアルカージーの新しい心境ですね。

 【理念には、自分自身ももちろんだけれど、あらゆる人達の自由も、希求すべきであった】

================

〈孤独でしかも平静な力の意識なのだ! p88

これこそは全世界の人間がなんとかして手に入れようともがいている自由の、最も完全な定義である!

================


さて、第六章
p97

[96] ヴェルシーロフの優しさ に、驚き
名前:ほのか
2020年08月20日 (木) 10時30分
〈弱者〉というか、前回の
@女性への軽はずみな蔑視
A貧困から捨てられた乳児への同情

『これらの@とAの感情を引きずりつつ、母と妹の家へ《おおらかな気分をもって》急いだアルカージーは、タチヤーナ・パーヴロナが、家にいたので、気分が変わった』p97⇄(ふと、アルカージーは、躁鬱気質かなっと、読者私は思ってしまいました。〈気分の波の大きさ〉に!!)
 
 『おれは無言のまま気むずかしい顔をして、どこか隅のほうをにらみながら部屋へ入って行くのがいつもの例だった。・・・省略・・・ところがきょうは、入るなりだしぬけに、「ただいま、ママ👩」と言ったものである。』p99⇄(@やAと同時に、アルカージーは、母や妹にも、優しさという〈接点〉が足りなかったと気づいたらしいと、読者私は思う。)

 子供の時分の手芸の印象を、ヴェルシーロフは!語る。
 『きびしい、取りつく島もないような顔をした頭のいい婦人たちが、・・・省略・・・いたずらでもしようものなら、たちまち外へつまみだされてしまう。・・・省略・・・わたしはやっぱり全然しごとをしない女のほうがずっと好きなんですよ』p104⇄(ヴェルシーロフつて、案外、家庭のあたたかさを求めているんだなっとの感想、なんか、私もわかります、気持ちが。しかし、確か、キリスト教に入ったから!?ヴェルシーロフ。『未成年』最初の方の子供は皆、人に預けて育ててもらうとかのイメージてあったのに、今回の章は、ヴェルシーロフが優しそうで、違ってます。

[98] 子供時代を振り返るアルカージーと今の気持ち
名前:ほのか
2020年08月20日 (木) 13時06分
アルカージー
@花ざかりのような美しいあなたの姿が目に浮かぶような気がします。

Aあなたはこの九年の間に驚くほど老け込み。きたなくなってしまいましたね、

ヴェルシーロフ
@あのときのモスクワでの何日間は、ことによると、わたしの生涯をつうじてあの最良の時であったかもしれない!

Aお前は今度は実によいことをしたよ、いろいろ細かいことをおもいださせたくれて・・・・・・

アルカージー
B僕はまったく思いきり接吻したいような気持でした。

ヴェルシーロフ
Bお前もこの九年間にやはりいいところをなくしてしまったようだね。

アルカージー
Cブラボー

Dトゥシャールの塾へ連れて行かれる。

E僕はこの9年間というもの、あなたに関する詳細な情報を手に入れることだけを、僕の仕事にしていたんですからね。

ヴェルシーロフ
Cわたしにはその結末はちゃんとわかっているわけだから。

アルカージー
F『立派な家庭の子供たちと同居するとは厚かましいにもほどかある。お前は卑しい素性の子供だ、下男も同じことなのだぞ』塾長のトゥシャールは、アルカージーを、いじめ、生徒もアルカージーを、いじめだす。〈ぼくはまだ侮辱されて腹を立てるということを知らなかったのです〉

G 僕が逃げだしたのは、いや逃げ出そうと思ったのは、こうした二ヶ月間が過ぎて、さらに5ヶ月ほどたってからのことでした。それにだいたい僕は決心をするのになかなか時間のかかるたちの人間です。ベッドに横になって毛布にくるまると、すぐに俺はあなたのことをあれこれと空想しはじめたものですよ、アンドレイ・ペトローヴィツチ、ただもうあなたのことばかりなんです。なぜそんなことになったものか、いまでも僕にはさっばり見当がつきません。僕は寝てまであなたの夢を見たものです。しかし僕がなによりも夢中になって空想したのは、こんな場面でしたーーーだしぬけにあなたが僕の部屋へ入っていらっしゃる、僕はいきなりあなたに飛びつく、そしてあなたは僕をこのいやな場所から連れ出して、御自分の家へ、あの書斎へ連れ戻してくださる、そうして僕たちはまた芝居へ出かけたりするようになると、まあこういったようなものです。p118

Hところが朝になって目をさまさなければならないときが来ると、また急に子供たちの冷笑と軽蔑につつまれた生活がはじまる。そのうちの一人なぞは遠慮会釈もなく僕をなぐるようなり、靴までもそろえさせる始末です。彼はこの上なく口ぎたない露骨なことはで僕を罵ります。聞いているみんなを喜ばすために、僕の出生の秘密を説明しようと大車輪の活躍をするというわけです。そして最後にそこにトゥシャール先生が姿を現すと、僕の胸はなにかもうどうにもやりきれない気持でいっぱいになってくるのでした。自分はここではもう永久に赦してもらえないのだと、身にしみて感じるのです。そうです、僕はもう少しずつわかりかけてきたのです、なぜ自分は赦してもらえないのか、【自分の犯した罪がどんなものであるかということが!p119・4・・・省略・・・
ほかならぬこの瞬間から、僕の精神生活の真の意味の、正しい成長もはじまったのでした!p120

Iママ、もしもあなたがあすにもほかの女と結婚するような夫と一緒に暮らすのはいやだというお気持ちになったら、あなたには息子がいることを、永久にあなたに恭順をつくすと誓っている息子がいるのとを、どうか思い出してください。ただしそれには条件があります、『彼か僕か』そのどちらかを選ぶかですーーーいいですね?p121

[99] なんというか、読書の中での、自分と登場人物の気持ちの会話は、楽しい!!
名前:ほのか
2020年08月22日 (土) 03時43分
第七章
アルカージー
@もしもおれがほんの少しでも世慣れた人間であったならば、こうした場合にはたとえどんなに小さな疑念でも、必ず悪いほうに解釈すべきであるということに気がついたにちがいない。p121⇄(世慣れた人間ではないアルカージー。読者わたしも、いつまでたっても、世慣れた人間になれないなぁー!!)

Aなぜかは知らないが、おれはうれしかったのだ、心に疑念をいだき、下でへまをやらかしたということを明らかに自覚していたにもかかわらず、おれはうれしくてうれしくてたまらなかったのだ。p121⇄(読者私の心の構造に似てるなぁー!!)

Bタチヤーナ・パーヴロナがあれほど悪意のこもった
罵言をあびせかけたことでさえもーーおれにはただ滑稽で面白いものに思われただけで、おれはまるっきり腹も立たなかった。p121⇄(読者私のムードに、相似であるっ!

Cおそらく、それもこれもおれがともかくも鎖を断ち切り、生まれてはじめてこれでやっと自由になったと感じたからに相違ない。p121⇄(ブラボー♫読者私の日頃の態度に似てるっ!!)

Dーーそれがすんだら、今度こそ長期間、何ヶ月かすべての人から身をかくすことにするのだ。とりわけワーシンには絶対に見つからないようにしなければなるまい。《ただ母と妹には、たぶん、ときどき会うことになるだろう》p122⇄(雲隠れはいいけど、言い争いは人に任せるは良い判断だけど、読者私が嬉しいことは、《母と妹に会う気持》のアルカージーである)

E【その晩の思いがけない出来事】⇄【ヴェルシーロフが、、おれの怒気もを抜くようなことをやってのけたのだ】p122⇄(得てして、思い通りにいかないものなのかな、?アルカージー)

ヴェルシーロフ
@メルシー♪犬小屋みたいな、棺箱みたいな、アルカージーの、屋根裏部屋を訪問のヴェルシーロフp122

A『調和の感覚』や『あっ!するとお前もときどき、思想がことばにならない苦しみを感じることがあるんだね!いいかね、それは高尚な苦しみなんだよ、そして選ばれた人だけに与えられるものなんだ。馬鹿な人間はいつでも自分の言ったことに満足している。しかもおまけに、いつも決まって必要以上のことまで口にだすものなんだ。選ばれた人は思想をストックしておくことを好むものなのさ』p123⇄(ヴェルシーロフの高尚な心地良い言葉群ですね。最初のページの赤ん坊の時から、子供を他人に預けて捨てたヴェルシーロフの、イメージとは、違いますね。そういえば、母の元夫マカールが、優秀な教育をつけてほしいと、ヴェルシーロフに、頼んだと、書いてありましたね。事情があって、生まれた子供を人に預けたのか、主人公のひとりですから、確固とした正当な理由があるのでしょうね。)

B『実はわたしはお前にちょっと話があって来たんだよ』p124⇄(何々!?読者私)

C『どういうわけでお前はわたしを責めるんだね?』p123⇄(読者私が、私なりに、現代版で考えて見ます。この後、そのまま、読み進める前に、難題を解いてみましょう。

【読者私】
い、アルカージーは、赤ちゃんの時から父親ヴェルシーロフを、見たことがない。
ろ、塾で、素性が悪いと塾長と友達五人か六人から壮絶な苛めをうける。しかも、子供なので、いじめられる理由もわからない。そのような塾での暮らし方であった。
は、しかし、塾長の機嫌が激変したのは、お金がなくなってから💰のことであり、父親ヴェルシーロフは、妻の前夫マカールの希望通りに、高等教育を受けさしたいだけの目的のアルカージーを塾に入れる理由であったから、この惨状は、驚くべき事であり、しらなかった。そうすると、以上により、21歳の未成年のアルカージーは、
A、既婚の母を、寝とった事
B、?

に、異議を申し立てているのかな!?)

[100] &読者私はどうも、理解力が無いらしいのを、つい最近自覚。
名前:ほのか
2020年08月23日 (日) 09時22分
& 読者私はどうも、理解力が無いらしいのを、つい最近自覚。しょうーがないというか、読書をしながら、色んな人間がいるのだなぁ〜と、人間に感嘆!!私なんか5個位の感覚しかないのに!!っと、極端な発想もしたくなってしまう。自分探し人間探しの読書は旅であるなぁ〜。森にこもって好きな事だけしてたら楽なのに!何故かこういう《ごちゃごちゃが好き》な自分!1日の時間に制限があるのに、しなければいけないことにも、あれこれとしたい事にも、振り回されて。知的欲望が多過ぎるのかな!?多過ぎる人は沢山いる筈である。勉学に気が付くのが遅かったのかな。あれもやりたい!これもやりたい!ひとつに絞り切れない欲望は、有限の時間しかないのに!!無限の時間が欲しい!!っと、思ってしまった。有限の時間を無限に所有する時間に考えることが出来る自分になるためには、どうすればいいのだろう!?っと、自分勝手な無駄話し!

[101] 途中、飛ばして、気分の良い言葉『神に感謝しようじゃないか・・・そしてわたしは君を祝福するよ!』
名前:ほのか
2020年08月28日 (金) 09時13分
p192

《サルコーフスキー老公爵が、アルカージーに言った言葉》

〜p192〜
「君は実に可愛い青年だ!(彼は両手をおれの頭に乗せた)。君と君の運命を祝福するよ・・・・・・いつまでもきょうと同じように清い心で
いようじゃないか・・・・・・そしてできるだけ善良で美しい人間になろうじゃないか・・・・・・あらゆる美しいものを・・・・・・とにかく種種雑多なそのままの形で愛することにしようじゃないか・・・・・・とにかく、enfin・・・・・・rendons grace・・・・・・et je te be-nis!(要するにだね・・・・・・要するに神に感謝しようじゃないか・・・・・・そしてわたしは君を祝福するよ!)」

(感想文:アルカージーに、そろそろ灯りが明かりが〜)

[106] 主題1 ヴェルシーロフの言葉
名前:ほのか
2020年09月03日 (木) 09時19分
p216
ヴェルシーロフ言葉 息子アルカージーへ!、

『いいかね、現在あるがままの姿の人間を愛するということは!まずふかのうなことだよ。しかし、やはり愛さなければいけない。それだから無理に元気を出して、鼻をつまみ、目を閉じたまま(これは絶対に必要だ)彼らに善をほどこすのだよ。彼らの悪をじっと堪え忍んで、『『お前もまたにんげんなのだということを忘れずに』』、できるだけ彼らに腹を立てないようにすることだ。もしもお前がほんの少しでも平均より頭のいい人間であるように運命づけられているとすれば、お前は彼らに対して厳格な態度をとる立場におかれていることは、言うまでもない。人間というものは生まれつき低俗なものて、恐怖心から愛することを好むものだ。そんな愛情に決して負けてはならない。そして軽蔑することを忘れてはならない。コーランのどこかで、アラーの神は預言者に、『『強情なるものは』』これを嵐のごとく見なし、彼らに善をほどこして、そのかたわらを通り過ぎよと命じているーーいささか傲慢のきらいはあるが!まさに至言だ。彼らが善良なときにおいてすら、彼らを軽蔑することを忘れてはならない。なぜならば、そうしたときにこそ人間はいちばん醜悪なものだからだ。いいかね、自分の心から推してわたしはそう言っているのだよ!人間というものは少しでも間抜けでなければ、誰だって自分を軽蔑しないで生きていけるものではないのだ、その人間が正直だろうが、不正直だろうがーーそんなことはまったく同じことなのだ。自分の隣人を愛して、しかもそれを軽蔑しないでいられるなんてーーこれはできないそうだんなのさ。わたしに言わせれば、人間は自分の隣人を愛することができないように、生理的にちゃんとそう創られているのだ。これにはそもそもはじめから、なにかことばの上の誤りがあるのだ。『『人類に対する愛』』ということばも、お前が自分で自分の心の中で創り上げた人類だけに対する愛、というふうに解釈する必要がある(ことばをかえて言えば、自分自身を創造したので、自分自身に対する愛ということになる)。だから実際にはそんなものは絶対に存在するはずがないということになるのさ』

(感想文)全ての人々は、努力が必要で、そのままに、とどまって、安逸をむさぼっていてはいけないということ!?他人に頼るのではなくて、自分自身の今に疑問を持ちながら、生きるべきであるから、《頼る》そのもの自体がいけないということ!?

[107] 自分勝手な雑念 今の時点でのあやふや
名前:ほのか
2020年09月03日 (木) 09時26分
何故、アルカージーは、子供の時に、父親ヴェルシーロフが、自分を、親戚に、預けて、育ててもらい、教育も受けさせることを、他人がした父親ヴェルシーロフを、好きなのだろうか?『@父親ヴェルシーロフに、キスをした。感激で泣いたなど。
A初めて、20歳になってから、父親ヴェルシーロフを、ひと目見た時に、その時に、ほれてしまった!!のは、ヴェルシーロフの人間性を、アルカージーは見抜いて、ヴェルシーロフの持っているヴェルシーロフの醸し出している人間に、ひとめで、ほれこんでしまったのだろうか。男と女で言ったら、ひと目惚れ。しかも、人間としての尊厳を感じたひと目惚れであったのかと、読者私は、思います。

 前回の言葉の主役は《種々違った、そのままで、人間を愛すること》ですね。

 今回読んだ範囲では、例えば、青年のドストエフスキー が、『未成年』を、執筆した年齢55歳?に、なった時に、55歳のドストエフスキー が青年時代に疑問を持っていた青年ドストエフスキーに、解答を与える体裁で、答えている文章なのだと、読者私は理解致しました。

 《無神論を説く人は、キリスト教信者よりも、高尚なのだよ!!無神論を説く人は、キリスト教信者で、のうのうと、している余裕のある心みたいな安心しきって暮らしている人達よりも、日々、悩み神がいるのかいないのかを、苦悩して自分自身で日々考えている、かえって信仰のあつい人達かもしれないんだよ。いいや、信仰の厚い、尊い真面目な人達なんだよ》とかなんとかと、青年アルカージーに、父親ヴェルシーロフは、話して聞かしているような気がしますね。つまり、20歳の未成年に、55歳の大人が、話して聞かせてるんでしょうね。そして、つまり『理解できない事柄は、理解できないままに、事柄や事態を愛そう〜!!』というような指摘をしているのでしょうね。

 読者私は、この時点の『未成年』の読みで、
@異なるものを異なるそのままに、愛する。尊敬する、
A異なる状態を異なる状態そのままに、愛する。尊敬する。

 @とAの生き方を、ヴェルシーロフに、学んだような気が致しますね。つまり、作家ドストエフスキー 氏に、@やAを、学んだような気が致しますね。

 異なった理解できないもの事態を、そのもの自体のまま、受け入れて愛するのは、なかなか、いままで、自分自身の生き方で、考えた事がありません。、が、しかし、頭で計算で判断で理解納得するのではなくて、《頭で計算で判断で納得する》のではなくて、【’生'そのものを、無条件に愛そう!!!!!!!という作家ドストエフスキー 氏のメッセージなのですね。そのように、読者私は、未だ完成されてない頭で理解を致しました。

 具体的には、例えば、どのよーに、生きていけば良いかというと、
@全てあるがままに、受け入れる
A人生に、否定形を使わない
B楽観的である
Cポズィディブ志向である⇄雨が降っても良し!晴れてもよし!という感覚の持ち方
D全て良し
Eありのままで良し
F正反対の事象もよし、正反対の思考も良し
G白でも黒でも良し
Hいい OR 悪い というような価値判断は無い
Iそれで良し

 〜というような、ありのままを愛する心の形式でしょうか。
 そのようにヴェルシーロフが話している気が致します。

(感想)あやふやすぎる年齢とか状況の書き込みですが、『未成年』途中の書き込みです。


[109] 主題2 ヴェルシーロフの言葉
名前:ほのか
2020年09月03日 (木) 11時15分
p220
〜ヴェルシーロフが、セリョウジャ公爵へ、アルカージーがいるところでの言っている会話〜

p220

『「名誉ということばは、つまり義務ということです。」と彼は言った
(おれはただ大意を伝えているだけである。しかも記憶している範囲内で)。「ある一国内で最高階級が支配権を握っている、その国土は堅固です。最高階級はつねに自分の名誉の意識と名誉に対する信仰というものを持っています。それはあるいは正しいものでないかもしれませんが、しかしほとんどつねにつなぎの役をつとめて、国土を堅固にしてくれます。精神的にも有益ですが、むしろ政治的により有益なものです。しかし奴隷、つまりこの階級に属しないすべてのものは、被害者です。被害者でなくなるためにーー権利の平等化が行なわれます。わが国でもそのとおりのことが行われました。それはそれで結構なことです。しかしながらあらゆる経験から見て、今日までいたるところで(といっても、つまりヨーロッパのことですが)権利の平等化とともに名誉の、したがって、義務の意識の減少ということが起こりました。エゴイズムが以前の結合的理念に取ってかわり、すべてが個人の自由に分解してしまったのです。解放された人たちは、結合的意識に欠けているために、ついにはあらゆる高度の連絡というものをすっかり失ってしまい、せっかく手に入れた自由さえも、守り通すことができなくなってしまいました。しかしロシヤ貴族のタイプは、いまだかつてヨーロッパのそれのようであった例しはないのです。わが国の貴族階級は、この特権を失った今日でさえも、名誉や文明や科学や、高遠な思想などの守護者という形で、最高階級としてとどまることができるにちがいありません。しかも肝心なのは、もはや個個のカストに閉じこもることはなくということです。そんなことをすれば思想にとっては死を意味しますからね。いやそれどころか、この階級への門戸は、わが国ではすでにはるかに遠い昔から開放されています。だがいまこそそれを完全に開放する時がやって来たのです。名誉や、科学や、果敢な行為の分野で大きな功績のあるあらゆる人々に、わが国では誰にでも最高階級の一員になれる権利を与えたいものではありませんか。こんなわけで、この階級は自然に、以前のような特権を持ったカストという意味ではなく、文字どおり
そして真の意味での、すぐれた人々の集合体に変貌することになるのです。この新しい、というよりはむしろ、新しく生まれ変わった形て、この階級は維持されるに違いありません」』

(感想)この後のセリョウジャ公爵とのやり取りの会話もありますが。一応、アウトプット!!

[111] ♪とこへでも、ついていく♪連れてって♪
名前:ほのか
2020年09月12日 (土) 09時22分
『未成年』半分くらい読み終えましたが、前回と前々回の、自分流感想文の《主題1》《主題2》で、突然、作家ドストエフスキー 様に、何処までも、ついていく♪連れてって♪と、初めて、確かな
感情を、人間ドストエフスキー 氏に、持ちましたね。やはり、大事な事を、作家ドストエフスキー 氏の書いた = 描いた小説群は、言っているのだと、嬉しい限りです♪幾十にも難解な人生を説いて解いているのでしょう♪

[112] 絶対に近づけない1ミクロンの距離の貴重さ!!
名前:ほのか
2020年09月14日 (月) 15時51分
p292あたりまで、読み進める事ができましたが。

 ふと、作家ドストエフスキー 氏のキリストに対する考え方の結論めいた纏めまとめに、夢中になりました。

 作家ドストエフスキー 氏には、理想的な人間がそばに、見つからなかったかもしれない。キリストが、唯一、理想的な真似したくなる人物であった!と、考えました。

 理想的な真似したくなる生き方の人物は、死んで欲しくない。

 その事を、《生き返る》という、表現を用いて、寂しくないようにして、しかも、いつも身近な存在でいる対象であって欲しい。《生き返らない》けど、《気持ち的に生き返る》!!つまり、尊敬する人物が必要であるから、《生き返ざるを得ない》状況が、存在する。

 霊魂とか、不死とかの言葉が、ドストエフスキー 氏の作品には出てきますが、高尚な存在の、尊敬して近付きたい生き方の人間が、すぐ側に、必要であるから、言葉が作られるのですね。

 高尚ではなくても、可愛いだけでも良いですが。忘れたくない存在は、不死で、良いわけですね。

 それこそ、人間が、創造した理想像『神』を、目指すべきである。つまり、生のある人間キリストを、目指すべきであり、《不死》と、考えれば、すぐ近くにいるから、会話も出来ますし、生き方を真似ようとした場合には、努力し易いわけですね。

 いくら努力しても!1ミクロンの距離が、近づきたい人間とキリストの間には、ある!!

 決して、理想は、理想のままで、到達する事が出来ないから、誰でもが、希望を持つ事が出来るのである。

 到達する事が出来ないという、熱中する生き方をする事が、可能である。

 そして、熱中は、喜ばしい生き方である。

 キリストは、人間達に、それだけ立派な優しい人道的な人だから、その人キリストに生きていて欲しいから。

 唯物的に死んでも、キリストと会話も出来るし、死んでいないと同じ状態。それを、《不死》と名付ける。

 

[113] 『罪』という言葉は、日常会話に出てこない。
名前:ほのか
2020年09月15日 (火) 11時35分
《罪》って、なんだろーな!!!?って、考えこんで、しまった。一瞬、そして今、一瞬!そして、一瞬の連続!!

 《罪》がないから、許される!『自己流自由』『自己流自由の、観念』!!

 《神》が、居ないのなら、《許される》という認識の、《自由》という塊の空間&権利の考え方!!

 ふと、私読者が、思ったのは、前回の記述の《神》の捉え方とらえ方と《現実に存在する》理想像への、個人的考え方の収束値!、であったのでありますが。

 読者私には、そもそも《罪》という、言葉、概念が、生まれて此の方、意識を、した事がないのですね。《罪》とは、『小説上の単語』であるのですね。

 読者私が生まれてからずっと、《罪》は、架空の言葉でありました。

 友人との会話で、《罪》は、つまり、《心の内部に罪を感じる!?》というよーな、会話を、他者との会話にも、自分自身の内部での反芻する会話にも、登場した事が、1度もありませんね。

 同等な言葉で、言い換えれば、《イケナイ事かな!?》くらいでしょうか!?《罪》に換わる言葉や会話は、そーなりますね。

 ですから、作家ドストエフスキー の小説での、過去に読んだ文章の『神がいなければ、すべては赦される。だから、自分の思うままに、生きてよいのだ』というような結論は、ナンセンスな論理展開であります。

 読者達が、飛びつきたい文章なので、とりわけ強調して、あれこれと論義を致しているのを目に致しますが。

 《自分》という、主体性を持った人格に、尊重と自己を日々高めるような日常生活を送りたいと自発的に思っていれば、他者の生き方を参考にはするけれども、日常生活には、他者は存在せずに、自分自身の、強調して言えば、闘いの、《高みを目指した、自分を成長させるための》日常生活となりますね。

 そして、その場所には、《神》も居なければ、《法律》もないかもしれません。いえ😃《法律》は、ありますね!!その時点での、自分自身が到達した生き方を、自分自身で自己研磨する日常生活ですから、自分自身のしている生活は全て正しいのですね。

 正しくないと自己が、判断出来たのなら、自分自身で正しい日常生活に、変えれば良いのです。

 『罪と罰』のラスコーリニコフが、歩んだ道は、犯罪後の、これでもかというくらいの無限大の、その後の日常生活の苦悩で、自分自身の中にある『善悪判断』に、翻弄され、結局負けましたね。犯罪=一生の苦悩という、構図です。

 ですから、読者私の場合には、《神》があるから、行動の規範の伺いを請うのではなくて、《罪》が怖いから、物事の行動の規範の伺いを請うのではなくて、それまでの経験が、その時の行動を決めていますね。その時点での《善悪判断》で、自己の行動はなされてますね。

 自己の行動にはその後の責任
までもが、自己の行動の一環であります。

 一般的には、各時点の個人の行動は、各個人に、委ねられていて、他者は、どうする事も出来ませんね。
 
 他者の行動は、他者に依存ですね。

 自分が『これが正しいのではないかな!?』と言いたい他者へのメッセージは、少しずつ伝達して、理解して頂くより他、方法はありませんね。

 ひょっとしたら、宗教があると、《神様からバチを受けるから》とか、言って、脅かせば、『自己との行動の相違を一瞬にして、訂正修正出来る』良さが、ありそうですね。

[114] 『罪』と、『バチ』
名前:ほのか
2020年09月29日 (火) 12時10分
〜ネットから〜 む・だ・ん・

◉人の悪事はよく目につくものです。
〜〜〜〜〜〜.
「どうして、あんなに道徳に反した生き方をしている人にバチが当たらないのだ?」
〜〜〜〜〜〜
まじめに生きている人が苦労して、道徳に反した人が何事もなく生活しているの?
〜〜〜〜〜〜
そんな時は「天罰がくだれ!」と思うこともあると思います。
〜〜〜〜〜〜
しかし、現実には天罰がくだる気配はまったくなく「神様なんていない…」と思ってしまうこともあります。
〜〜〜〜〜〜
天罰は、罰というよりも、正しい方向へ向かうための「お導き」であり、人を正す為の「気づき』です。

天罰や、バチ
それを天罰と言いますが、天罰は罰を与える目的よりも「それはいけないよ」という気づきを与えるためのものです。

2020年09月15日 (火) 12時08分

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

[121] 第二部を、読み終わり、ドストエフスキー作品でトップで面白いかも。
名前:ほのか

『死者の尊厳を守る。言語は人類の遺産。であるからして著作権という概念を放棄する。
もしくは、今まで通り、死者の尊厳を踏みにじり、言語の所有権を声高に叫び、著作権という甘い汁に群がる哀れな子羊に餌を与え続けるか。』

 理解力のない読者私は、上の文章が理解できませんでした。

〜ゆっくりと読んでいる〜

『未成年』ですが、これほど、面白いとは、驚きです。

 第七章を、読み終わりました。転記したい文章も沢山あります。

@恋愛のとんでもない複雑さが、頭脳明晰にしておかないと、こんがらがりますね。恋愛もコンガラガルものなのかもしれませんが。
A母親と息子の愛情と、反発
Bスリリングなアルカージーが遭遇する怖い場面→どう展開するのか、心配ですが。

A、アルカージーの母親の息子に対する宗教的な真の愛の優しさが、読者私の心に沁み入りますね。
B、ランベルトの部屋にいるアルフォンスシーヌの女性蔑視の抗議と世の中に悪人がいるという朗読調の喋りをアルカージーにする場面も、作家ドストエフスキーの言いたい事なのかもしれませんね。

[128] ドストエフスキー文学は、やはり、読者、私を裏切らない。『正義の味方』という事ですね😃
名前:ほのか
2020年10月12日 (月) 14時52分
正義の味方』という文学ですね♫

[132] ふぅ〜む!
名前:ほのか
2020年10月12日 (月) 15時42分
p381
「神を信じない人間を」〜と、マカールが、人間の生き方を教えてくれるのかなっと、いうよーな、箇所に来ましたね!!

しかし。ここで、ふと、物分かりの悪い読者私は、立ち止まってしまうのですね。

解答を教わるのが、ちっちゃい頃から、今でも、ずウッーーっと、嫌いな読者私は、ここから、先に進まずに〜「無神論者というものにお目にかかむたことがないのだよ。」〜ふぅ〜む! 

[134] マクシム・イワーノヴィチ
名前:ほのか
2020年10月12日 (月) 16時04分
@「未成年」読み終わるのが、もったいないなぁと、いうような気分で、読んでます。

 様々な感情や思考の噴出で、ドストエフスキー文学に魅せられます。

 この本を読み終えても、巨大なドストエフスキー文学は、どっしりと、家の中に、あるわけですから。

 何度でも、繰り返し読んでも面白いですし、読んでない題名の本も多々ありますから、大丈夫!趣味の読書。量が沢山あります。

 考える事も沢山『ドストエフスキー文学』は、強いてますので、退屈に、人生がなる事はありませんね。

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アルカージーのやはり、味方をしたくなる!主人公になりきることも〜


@本を読み終わるのがもったえないから、ゆっくりと読もっかなぁっという、今の読者私の感想です。

Aマクシム・イワーノヴィチは、やはり、未成年だった!艱難辛苦の放浪の旅に、出た時に、青年となり、人間となっていった。生まれながらの環境は、なかなか、『困難』という人生経験を、伴う。本人は、『普通』というふ感覚から、抜け出すのは、苦労した後かも。
  未成年から大人になれないなぁーと、最後は、艱難辛苦の放浪の旅に出させてあげて、マクシム・イワーノヴィチの、人生を、作家ドストエフスキー氏の具体的な話で、クリアー化救出させてあげてますね。

 人間にも、どんな状態に、投げ込まれても、『救い』は、用意されてるよ!!という、事なのでしょうね。

 生まれたDNAは、本人が変えることは、相当難しい事なんでしょうね。

 本人は何も気が付かずに、DNA通りの人生を歩まされているのでしょうね。

 マクシム・イワーノヴィチは、悪い事もしたけど、本人は未成年で、悪さに気が付かなかったのですね。 

 けれども、1000年続いている1億年つづいているDNAのどこかが刺激すされて、良い人生を歩もうと、気が付きましたね。

 『悪いことした事に気が付かない人もいるので。

 その人たちは、法律に沿った判決が、なされるでしょうね。《死刑》制度は、困りますね。一億年もつづいたDNAの掛け合わせで、《我慢出来ない性格》なども、もともと、DNAで、インプットされてる個性なのですから。

 作家ドストエフスキー氏のように、《死刑反対》ですね。

《引用分》
マクシム・イワーノヴィチの亡くなった子供に捧げる言葉

〜癒されます〜
〜このような場面に、文章に出逢いたくて、ドストエフスキー文学に、ドストエフスキー文学だけに惚れ込んでますね。〜


『「よし、それではひとついちばん大きな絵を描いてもらいたい、壁がかくれるくらいのやつをな。そいつにまず真先に河を描くんだ。それから坂道も、渡し場も。それにあのときその場にいた人間も、みんな忘れずに描き込むんだぞ。それから大佐の奥さんも。女の子も、例のハリネズミもな。それから向こう岸も、なにがあるかよくわかるように、すっかり描いてくれよーー教会も、広場も、屋台店も、それに馬車が客を待っているところもーーなにからなにまで、そのとおりに描いてもらいたい。そしてその渡し場の、すぐ水ぎわの、例のあの場所に、あの男の子を立たせるんだ。両方のこぶしをこんなふうに胸の、左右の乳首のあたりに押しつけているのを忘れるなよ。どうしてもそうしなければ困るのだ。それから子供の前の、向こう岸の教会の上にはひろびろとした大空がひろがり、その明るい空を天使という天使が、子供を迎えに飛んで来るところを描いてもらいたい。うまく描けるかな、どうだな?」』

[135] 《ホッ😃》
名前:ほのか
2020年10月12日 (月) 16時07分

《ホッ😃》
「タチヤーナ・パーヴロヴナはおれをつかまえると、馬車に乗せて、自分の家へ連れて行き、さっそくサモワールの用意を言いつけて、おれを台所で自分の手で洗ったり清めたりしてくれた。」⇄(読者私も、ここで、お紅茶を、用意!!ピンク色のローズのような紅茶です)


[136] 人間の不可解と偶然とreal
名前:ほのか
2020年10月12日 (月) 16時09分
p563

「事実、カチェリーナ・ニコラーイァヴナを崇拝していたにもかかわらず、彼の胸中にはつねに、きわめてまじめな、きわめて深刻な彼女の精神的価値に対する不信の念が、深く根をおろしていたのである。彼はあのとき、ドアのかげで、彼女がランベルトに踏みにじられるのを心から待っていたに相違ないと、おれは確かにそう思う。しかしそれを待っていたにしても、はたしてそれを望んでいただろうか?またしても繰り返すが、彼はなに一つ望まなかった、考えることすらしなかったと、おれは固く信じている。彼はただその場にいたかっただけのことだ。⇄(人間の不可解と偶然とreal)


[137] それとなく、『未成年』の感想文を、聡明だけど、アルカージーの好きでない冷淡なエゴイストに、感想を求めた!?
名前:ほのか
2020年10月12日 (月) 16時14分
 冷淡なエゴイストニコライ・セミョーノヴィッチに、アルカージーは、原稿『未成年』?に似てる?を、送って、長い手紙が返信の内容です。

a、「貴君の大学入学に関する彼女の考えは、貴君にとって、有益なものにちがいありません。〜理念に復帰」
(p571)

b、「青年は、それが
ーー青春であるという〜これと融合して完全に一つのものになってしまったからです」(p571)

c、「ほかならぬこの形式の完成と〜すでに二百年の間、なに一つ生まれて来ないではありませんか。」(p572)

d、「アルカージー・マカーロヴィチ、この家庭は偶然の現象であると言って頂きたい。〜まさに両極端をなすものなのであります。正直に言いますが、小生は偶然の家庭出身の主人公を持った小説の作家にはなりたくありません」p574⇄(アルカージーも、『作家ドストエフスキー氏も、』この言葉には、怒っているでしょうね。

そして、読解力のない読者私は、ようやく、読み終えましたが、ますます、信頼を得ることが出来る作家ドストエフスキー氏ですね。次は、なにを読まして頂こうか。嬉しい限りの感謝ですね。



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