浴室は鮮血に染まっていた。
それを見下ろし、彼は愕然とする。
そんな馬鹿な。
倒れているのは、一人の女性だった。淡紅色のドレスを着たままバスタブに右手の肘をかけ、両膝を屈してうつぶせになっている。おそらくはその胸部からだろうか、流れ出た血が彼女の周囲に池のように広がっていた。それが、彼女の命が既に失われていることが、理屈でなく感覚として認識できる。
そう、彼女は死んだのだ。
ぞっとする気持ちを少しでも落ち着けようと、彼は息を吐いた。もう一度、まじまじと眼前の光景を見定める。細部に至り、現状を確認するために。
窓はない。小さなバスルームは人一人が入れるギリギリの大きさの浴槽と、シャワーのコックがあるだけだった。さらに加えるとすれば、湯が流れ行くための排水口。
窓はない。そう、あまりにも簡素な光景だった。数メートル四方の小部屋に、ドア……いや、それが存在した出入り口が一つ。今まさに彼が開放したそのドアには、確かに鍵がかけられていた。そして彼がここに立っている以上、何者も出入りしているはずがない。そう、自分はずっとそれを見ていたではないか。彼は自答する。彼女がこの浴室に消えてから、眼前の惨状を俺が確認するまで、三十分もたっていない。その間、俺は目を離していなかったはずだ。何か、あるいは誰かがこのドアを使って、浴室に出入りしたはずがない。第一、と彼は思う。この浴室だけではない。そこに連なる俺のいた部屋にすら、鍵がかかっている。
ならば、ここは密室だったということだ。
彼……桐生渉の額に、季節にふさわしからぬ汗が浮かんでいた。
事態の深刻さに。
これで、三人。
しかも、今までとは違う。名も知らぬ誰かが殺されたというものではない。
彼女、西之園萌絵が殺されたのだ。
彼の目の前で。