[547] 見つからない 見つけられない 秘密の恋 |
- 麻遊 - 2004年05月27日 (木) 00時13分
桜が満開に咲く頃に入学式が行われた。 その頃ちょうど在学生は、新入生の歓迎委員以外は登校しなくても良かった。 ところが、俺は運悪く歓迎委員とやらのクジを引き当ててしまったおかげで こうして、この坂を上っていた。 学ランでは汗ばむような陽気に、胡乱なまなざしで空を見つめ、やがてその視界に 一面ピンクで覆われた校舎が目に入ってくる。ソメイヨシノ(桜)だ。 ため息を堪えて学ランの襟元を開ける。 重たい色の裏門を抜け、のろのろとした足取りで中へと入る。 生徒の声がしない学校はなんだかとても違和感があり、普段の校内とはまるで違う。 うるさいくらい騒ぐ奴もいないし、女性の甲高い声もしない。 ひんやりとした空間の中、目指すは三階の渡り廊下。 そこから体育館に向かう。 本当は、そのまま真っ直ぐに体育館に直行すれば良いのだが、いかんせんたっぷり 一時間は遅刻しているだろうから先生に見つかってしかられるのはごめんだ。 三階の渡り廊下からは丁度体育館の二階につながっていて、そこでそのまま 作業を手伝う気でいた。 その後に先生に見つかっても、ずっと上で作業していましたとか 適当に言い訳をすればいい。 それにしても、面倒くさがりやで遅刻や早退をしょっちゅう繰り返している俺がなぜ 休みの日をつぶしてまで、学校へこなきゃいけないんだ。 踏み潰した上履きの踵がぺたんぺたんと間抜けな音を立てた。 そろそろ、三階につく頃になると足が俄然重くなる。 久しぶりに階段を上ったのも然り、気分は最高潮に悪い。 このまま本気でふけてしまおうか。 そんな考えが頭をよぎり、階段を上りきって渡り廊下で足は止まった。 固く閉じられていた窓を開けると、心地良い春風が吹き込んできた。 俺は、ポケットからたばこを取り出して、火をつける。 やってらんねぇ。こんな日は昼寝するに限る。 暖かな日差しの中、ゆったりと手足を広げ、心ゆくまで寝る。 陽だまりの中で、しかも草の上で寝るのがいい。 この時季ならきっと屋上もいい感じなはずだ。 ついこの間には、二つ上の先輩達が卒業式を向かえ、もう明日は新一年の入学式だ。 受験戦争を勝ち抜いてきた俺の後輩に当たる奴らだ。 ほとんど学校になんてこない俺に関係のある人物なんて一握りだろうよ。 ふぅ、白い煙が強い風に巻き込まれてきれいに消えていく。 頬をとおり過ぎていくその風を心地良く感じ、瞳を閉じた。 と、下の方から人の声がした。 誰だよ、たばこを後ろに隠しながら下を覗き込んだ。 見事に咲き誇る桃色の花を咲かせた木々と、そこには少年がいた。 花の名前なぞ、ひまわり、チューリップ、桜ぐらいしか分からぬ俺にですら 美しいと思う光景が眼下では広がっている。 無数に広がる枝に花をつける桜。 その根元に少年がいる。気が早い、明日の入学式に出る新入生のようだった。 自分たちが通う学校を見にきたのだろう。 「あ・・・」 俺は桜の根元で、友人とはしゃいでいる少年から目が離せなくなってしまった。 特別綺麗でも、美しい造作をしているわけでもないのになぜかとても気になった。 すらりと伸びた手足にまだ新しい学ランを着て、笑顔を浮かべている。 薄い唇が声を紡ぐたびに、隣の友人らしき人物が答える。 丁度そこへ桜が舞って、まるで映画のワンシーンのようだった。 きっと背も高いのだろう、隣に自分が立ったら背では負けてしまうに違いない。 はっと我に返る。 なぜ、そこで自分が出てくるのか。 そして自分がいつのまにか身を乗り出して下を見ていることに気がつき、 さっと身を引こうとして、火のついたままのたばこを落としてしまう。 「マズ・・・!」 慌て手を伸ばすものの宙を掴んだだけだった。 「あ~~~っ、こんなところにいた!!」 ビクッ。 俺は声がした方をおそるおそる見ると、クラスメイトでもあり、元学級委員だった口うるさい俺の幼馴染がいた。 たばこを下に落として正解だったのかも。持っていたら何を言われるか。 「何をやっているんだよ、どうせお前のことだから約束はいちよう守ろうとするんだけど、 どっかひねくれているから、絶対どこかで寄り道しつつ来るんだろうなって、思っていたけどこんなところにいた! 喜べ、お前の分はまだあるぞ」 幼馴染は俺の腕をしっかりと掴むと笑顔でズルズルと俺を引きずっていく。 あの少年のことが気にかかり引きずられた体制のまま下を見たが、 もう彼らの姿は見当たらなかった。 明日には彼はここの生徒になるはずだ。 焦らなくてもまた逢える。 ドクン ドクン と音を立てる左胸に手を当てた。 なにやら心臓が苦しい。 ドキドキと音がする。 学校に来れば・・・逢えるかもしれない。 「なぁ、俺、今学期からまじめに学校来るよ」 幼馴染の背に向かって俺はつぶやく。 頭でもどこかで打ったのか? と本気で心配してくる幼馴染の頭を叩いて 渡り廊下を振り向く。
もう一度君に―― 理由の分からぬこの鼓動の熱さの訳を知りたくて ********************
振り向くと窓際に人がいた 不思議そうにこちらを眺めた顔がなぜか気になって でもこちらからじゃ良く見えなくて 白い綺麗な指が白いたばこを掴んでいた。 桜の花びらが宙に舞って、あの人のところまで上っていく。 明日は入学式だ、いつか いつかこの人をかならず探し出したい。 探し出してみても 何になるのか分からないけど 意味なんかなくて
でも もう一度 貴方を―― 鮮やかに心に残る胸の甘い痛みの訳を知りたくて
END]

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