[478] 翼を望む者 |
- 朱月咲 - 2004年04月18日 (日) 01時11分
『お前からサッカーとったら顔しか残んねーじゃん』
そう、さらりと親友は明るい笑顔で言った時のことが深く記憶に残っている。 いつの話だろうか・・・共に存在ることが当たり前に感じていた幼い日々。今は、もうその鮮やかな日常は戻ってこない・・・俺が捨てたから・・・
「京平く~ん・・・合コン付き合ってくんない?」 クラスメイト兼友人の南は、本人にとっては可愛くしているらしい上目使いで、首まで傾げて言ってくるが気色悪い、おぞましいの一言に尽きる。 「お前、何回目だよ・・・先週分の食券もまだじゃん・・・いい加減にしろっつうの」 友人の頭には女とやることしか無いらしく、はっきり言ってウザイ・・・万年発情期かってぇの・・・ 「え~!!酷いなあ。俺のこの純粋に恋したい気持ちが伝わんないの? 」 「伝わんない。むしろ興味無し。じゃあな」 ピシャリと南の言い分を跳ね除け、俺はさっさと帰路につく。毎日、毎日、合コンばっか。本気で熱中できるものが無いから暇で恋愛に走る。俺たちは、いつでも執着できるものをさがしているんだ・・・ 大人たちは、みんなそろって昔は良かったと言うけど、まだ大人になりきれていない俺でさえ昔は良かったと思ってしまう。昔の方が純粋に、真っ直ぐ生きていた気がする・・・建前と本気を使い分ける大人より、素直に生きていたコドモに戻りたい。そしてあいつが笑っていた時代に・・・ 「すいませーん!!ボール取ってくださーい!」 グランドの脇を通った時、足元に転がってきたのはサッカーボール。 土にまみれた汚い、だが愛されているボール。 『俺、お前がいねーとサッカーしてる意味、ないんだ』 ふと、頭に響く懐かしい声。サッカーと言う単語が、俺の中の記憶を、封印していた思いを呼び覚ます。古傷が疼きだす。 捨てたのに・・・!!振り返る権利さえ今の俺には無いんだ・・・ ぴたりと足元に止まったボールをゆっくりと蹴り返す。 白と黒と茶色が混ざるそれは青空に吸い込まれていく。美しい放物線を描いて。 泣きたくなる感情が波のように押し寄せてくる。俺はこんなにもサッカーが好きで、再び走ってパスをしたいのだと・・・ 「ありがとうございました!!」 俺の蹴ったボールをうまく胸でトラップし、ペコッと頭を下げていくクラブ員。 もう戻れない・・・俺は片翼を失った・・・
「転校生来るんだって」 誰かがそう言った。 高校二年、一学期の途中。物凄く中途半端な転入生。日常に刺激がないぶん、周囲の興味は大きくなった。 教師の後ろについて入って来た人物にクラス中がざわめく。 たいして興味の薄い俺はその声に見向きもしなかった。ただでさえ、最近あいつのことが頭に浮かんでは消え、浮かんでは消えして苛ついているのに、他人に興味を持てる分けが無い。 「水原孝祐(コウスケ)です・・・」 教師の簡単な説明の後に、本人直々の挨拶に俺は耳を疑わずにはいられなかった。 何と言った? ずっと外に向けてた視線を教卓の方へと、恐る恐る向ける。そこには・・・
『京平!!一緒の高校行こうな』 『バーカ・・まだ顔が残れば十分なんだよ。俺なんかお前しか残らねーから』 『俺の方翼はお前だよ・・・お前いねーと翔ぶ術無いし』 『ずっと一緒に居ような』
一気に溢れ出る、記憶の洪水。鮮やかに蘇る鮮明な声。それらすべてが愛しい・・・ 教卓の前に立つのは、一年ぶりに再会する親友だった。 俺とあいつの視線が誰も知らない所で絡み合ったかと思った次の瞬間、視線は逸らされていた。 えっ!! どうして?とか、何で?とか思う権利さえ、俺には無い。だって先に視線を逸らし、現実から逃げたのは俺だから・・・ もう何度も、戻れないのだと言い聞かせてきたが、本当に戻れないのだと、この時初めて悟った気がした・・・。
俺とあいつは他人だった。今では知り合いとさえも言えないかもしれないが、俺のとった行動ゆえ、甘んじて受け入れるしか無かった。 水原孝祐は、ひたすらかっこよかった。スラリと伸びる長身。地毛だと言う色素の薄い髪。鋭く周囲を圧倒する眼差し。他者を惹きつけながらも絶対内へとは踏み込ませない威圧感と空気。 自分は昔、唯一あの内へと入れた人間だった。でも今は違う。話すことも、触れる事も、共に生きることも出来ない、ただのあかの他人。再び笑い会える日は来ないのだ。 「今日はサッカーをする」 体育の授業で教師は言った。 最悪だ・・・ただでさえ体育はあまり好きでは無いのにサッカーと来た。最近、俺の人生真っ暗だ。 「京平、俺と一緒な。あんま無理すんなよ」 南の優しい言葉にジーン・・・としつつサッカーの試合は始まる。何が楽しくて因縁深いサッカーを、よりによって孝祐と同じチームでしなければならないのか。謎だ・・・でもって、俺に優しくないシナリオ。 「上がれー!!」 南の叫びに孝祐が上がって行く。孝祐のポディションはフォワードで、前でボールを貰いシュートをする役目。相変わらずパスを貰ってからの動き出しが早い。 うんうん、昔に劣らず上手いと思う。 逆に、何故か俺んところにもボールが来たし・・・いや、参加してんだし当たり前か・・・ 俺は、動くのが億劫だから中盤あたりで足を止めた。周囲に視線を走らせる。前には孝祐がいる。懐かしいな、この関係。いつでも、俺のパスが孝祐を生かすのだと思っていた。どんな時でも待っていてくれると・・ 俺はゆっくりとボールを蹴った。綺麗に人の合間を抜き、孝祐の利き足の前に落とす。 思わずホッと安堵のため息が落ちた。俺のパスをきっちりゴールに静めてくれる孝祐。あいつの顔には戸惑いや、困惑の表情が浮かんでいた。良かった・・・あの日から、ずうっと孝祐にパスを出したいと思っていたんだ・・・ 「京平?!」 誰かが俺を呼んだけど、それが誰かは分からなかった。俺の意識はそこで途絶えたから・・・
次、目を覚ましたのは保健室のベットの上だった。傍らには孝祐がいた。 「何で・・・?」 尋ねずにはいられなかった。避けられていたんじゃ?嫌われていたんじゃないのか? 「それはこっちの台詞・・。何で志望校、黙って変えた?」 キツイ声音では無かった。むしろ優しい・・・? 「・・・だって・・・」 「だって?」 「俺、サッカーやれないから・・・」 「どうして・・・?!どうして、サッカーが出来ないと離れなきゃいけないいんだ?!」 「サッカーしてないと・・お前に置いていかれると、必要無いんじゃないかって・・・」 だから、必要ないと言われる前に黙って志望校を変えた。 中学3年の時、俺は左足を良く分からないが変に痛めたらしく、長時間のスポーツを続ける事は無理だと言われた。絶望だった。その時、孝祐とは、サッカー推薦で同じ高校に行く事を約束していた。俺はそれを破った。足の怪我の事さえ告げずに・・・ 「そんなわけ、無いだろう・・・」 悲痛な孝祐の言葉に、声に、涙が溢れてきた。そばにいて、良かった・・・?サッカー出来なくても、良いの・・・? 「そばに、いて良いの・・・?」 「当たり前だろ・・・」 涙が枕に染み込んでいく・・・。 孝祐の優しい眼差しが、俺を見て笑う。 ああ・・・俺の望んだ笑顔だ・・・ 二度と離したくない、離して欲しくない・・・ずっとそばに・・・
俺の、失った片翼は、孝祐が持ってきて、再び背中につけてくれた。それでも少し翔びにくいから手を握り、抱き上げて、支えてくれる・・・ 二度となくさない。そして、捨てない。孝祐と共に翔んで行く・・・
―fin―

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