[805] 保健室の先生 |
- 廣谷秋良 - 2004年12月08日 (水) 17時04分
「僕たちはこの柳高等学園に入学できたことを誇りに思い…」
『ほぁ~…』 あぁ…。ダメだ。入学式は退屈すぎる…
俺の親友、本多望(ホンダノゾム)の新入生代表の挨拶をガンバって聞いていたけど、襲ってくるあくびや睡魔には勝てそうになかった。
『やべぇ…眠い』
俺、穂高友幸(ホダカトモユキ)はここ、私立柳高等学園男子部の入学式を睡魔と闘いながら聞いていた。だけど、それも生徒たちのざわめきによってどこかへと追いやった。 ステージに上がっていったのは新任の先生達だった。先生は3人いた。
一番左端の先生。
それが生徒達のざわめきのもとだった。俺は、自慢の視力を生かしてじっと先生を見た。そこには、背広を着た美人教師が立っていた。内心『男?』と疑うほどの美貌だ。 「…では最後に、斉藤先生どうぞ」 校長に促された美人教師はゆっくりと口を開き、自己紹介を始めた。 「はじめまして。斉藤叶(サイトウカナウ)です。今年大学を卒業したばかりなの新米ですが、よろしく」 斉藤先生は少し不機嫌そうな声だったけど、その美貌でみんなはなんとも思っていなかった。 「綺麗な先生だね。…友幸君?どうかした?」 隣の席にいたこれまた親友の、織田千裕(オダチヒロ)は少しはしゃぎながら俺に声をかけた。そして俺の異変に気付いた。 「いや…。俺、あの先生のこと気に入っちゃった…」 そう、俺は斉藤先生のことを気に入ってしまったのだ。
入学式の日から3日後、上級生のざわめきは斉藤先生へのざわめきだった。ほとんどの上級生が噂を聞きつけたのだ。
「すごいな、斉藤先生…」 優等生の望はのん気に感想を述べる。 「あ、さっき先パイ達が言ってたんだけど、先生のこと『かなちゃん』って呼んでたよ」 千裕は身を乗り出して囁いた。 「やっぱ間近で見たいよなぁ」 俺はしみじみと呟いた。 「じゃ、部活に怪我すれば?」 …。(ちなみに俺はサッカー部) 「のんちゃん…。それはひどいよ」 可愛らしく言う千裕に望は、 「ちぃ、見てみな。あいつはそういうやつよ」 「…!はっ!!」 いつの間にか俺は望提案の『保健室でお世話になろうよ作戦』が脳内で進められていた。
「穂高ー!気合いを入れんか!!」 我がサッカー部の顧問でみんなに恐れられている井上先生の声がグラウンドに響き渡った。 「ぅいーっす!!」 元気よく返事をしたものの、頭の中ではいつあの作戦を実行しようかと考えていたのだが…
「穂高ー!いったぞー!!」 「へ?」
ドズッ!!!!!!!!
そんな俺に神様の天罰と言うべきものか、怪我をさせるために神様が下したものか…。
俺の背中にサッカーボールがドンピシャで命中。俺はその場に倒れこんだ。
「い、いてぇ…」 本気で死ぬかと思いました。 「おぃ、大丈夫か?!おぃ…」 部長の声が段々聞きづらくなるのは何で?あ、目の前が真っ暗になってるぞ…。何でぇ………。
気付けば、保健室のベッドで横たわっていた俺。
「あぁ、目を覚ましたか」
ふと、凛とした声が降ってきた。 かなちゃん(←俺もこの呼び方にした)のものだとすぐに分かった。 そんなかなちゃんの姿を確認しようと、体を起こそうとした俺に軽い痛みが襲う。 「急に起きるな。お前、名前と学年にクラス、出席番号。それとここにいる原因は?」 かなちゃんに注意され、またベッドに横たわる。 「…穂高友幸。1の5、32番。多分ボールが背中にぶつかったから」 「よし、大丈夫そうだな。今日はもう部活するな。顧問は井上先生だったな。俺が言っとくからお前はまだ寝てろ。いいな」 有無を言わさないこの態度。 綺麗な顔でこの口調だから逆らえない。 「…口調がね」 かなちゃんは俺の呟きを聞き逃すことがなかった。外へ出ようとドアにかけた手を止め、振り返って言った。 「ん?なんか言ったか?」 「いいえ」 俺は首を横に振った。
それから数分後。かなちゃんは戻ってきて俺にこう言った。
「お前、今から俺が家まで送っていくから。帰る用意しとけ」 かなちゃんは机の上を片付けながら俺に言った。俺は心臓がちぎれるかと思った。
『やべぇ…どうしよう!?』
「あ、大丈夫っす。俺、一人で帰ります」 冷静を装っている俺にかなちゃんの目線がキリリと刺さった。 「お前が、部活中に集中していれば起きなかったことだ。これからは気をつけろ」 こ、怖いです。サイトウセンセイ………。 「て、のは嘘だ。俺ももう上がるし、井上先生に頼まれたからな」 かなちゃんはニッコリと笑って俺の荷物を置いてくれた。
『ドキッ』 あぁ、やべぇよ…。俺、どんどんこの人に溺れてるよ…。
そして、俺はドキドキの中家へと帰っていった。
「ありがとうございました。気をつけて帰ってくださいね。それでは、また明日」 俺は深々と礼をして挨拶した。先生は、 「おぅ。また明日な」 タバコをふかしながら俺の家を離れた。
─翌日─
「友幸?昨日なんかあった?」 俺の緩んだ顔を不思議そうな顔で覗き込んでくる望。 「俺、かなちゃんマジ惚れた」 「…」 望は『あぁ、そうかい』とでも言いたそうな顔で俺を見ていた。 「そんな目で見ないでください、望さん。だって、僕はとても幸せなんですもの」 望のため息が聞こえた。
午後の授業が始まる直前、いつもより元気がない千裕が教室から出て行くのを見かけた。 授業が終わり、望と一緒に千裕を探しに出かけた。 「千裕、どこいったんだ?」 「やっぱ、あの様子じゃ保健室か?」 と、なったので保健室に行ってみた。 ドアを開けるとそこにはかなちゃんが立っていた。 「おぅ、穂高に本多」 かなちゃんの後ろにはぐったりとした千裕がいた。 「ちぃ?熱でもあるのか?」 望が心配そうに千裕に問う。 「織田の奴、38℃もあるんだよ。送って帰るし、お前ら家近いんだろ?一緒に送ってやるよ」 かなちゃんは、テキパキと仕事をこなしながら言ってくれた。 「あ、俺らは別に…。千裕だけで」 「織田のうちは入り組んだところにあると聞いている。この様子じゃ、道案内は無理そうだからお前らが代行しろということだ」 かなちゃんはたんたんと言った。 俺らは顔を見合わせて、 「はぁ…、それなら」
俺たちは千裕を連れてかなちゃんの車に乗り込んだ。

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