[768] 昇陽 |
- かえる - 2004年09月27日 (月) 11時57分
晴れ上がった空には雲一つなく、陽がコンクリートをじりじりと焼く。じめっとした空気が体に纏わりつき、汗で背にはりついたシャツが気持ち悪い。あと30分もこうしていたら熱射病で倒れかねない。
冗談じゃない。
そう思い、隣にいる少年にさっきから幾度となく繰り返してきたセリフをもう一度、告げる。
「先にいこうぜ、待っていたって仕方がないだろ」 熱さのせいで口調はつい1分前よりもキツくなった。
「あと2分」
さっきと答えは変わらない。いや、さっきはあと5分だった。少しは違う。しかしどっちにしろ5分だろうが2分だろうがこれ以上この炎天下の中で待つ気はさらさらない。 チッ、と舌を打ち鳴らして足元の小石を蹴飛ばし、先へ進もうと足を出しかけたその時、聞き慣れた声が背中にぶつかる。
「ごめん、ごめん」
いつも云っているそのセリフを背負って走ってきた咲也は目の前までやってくると、ひざに手をついて息を整えた。 隣の少年は彼を見て少しだけ顔を弛め、スポーツバッグから取り出したペットボトルを差し出し、飲めよ、と促した。 面倒見の良い彼のことだ。きっと咲也が走ってくることをみ越して持ってきていたに違いない。
「ごめん、遅れちゃって」 ありがたく水分を補給した咲也はペットボトルを晃に返して云った。 「いいよ、これから行ってもまだ間に合う」 受け取ったペットボトルをバックの中にしまい込みながら晃が暑さなど微塵も感じなかったような笑顔で云った。それをきいて安心したのか咲也も柔らかく笑った。 彼の細い髪が少しだけ後ろで跳ねている。 きっと急いできたのだろう。それを思うと浩司も怒る気をなくし、代わりに跳ねた毛を手で乱暴に引っ掴んでやる。
「サク、ここハネてるぞ、」 ぐい、といきなり引っ張られて咲也の顔が痛みに歪む。直ぐに放したが、彼はまだ声変わりをしていない声で痛いよ、とひとしきりわめいた。
「本当だ。ハネてる」 咲也を中心として歩き出した。晃が先ほど浩司が掴んだせいでより跳ね上がった髪の毛を見つけて小さく笑う。
「どこ、」 自分ではわからないのか咲也は手で髪をすかしながら晃に目で問う。 「ここ、」 立ち止まった晃は咲也の手をそっと掴み、跳ねている部分に持っていってやった。
「あ、ほんとだ」 やっと気づいたのか、咲也はその髪をなんとか捻ったり、押し付けたりして直そうと試みた。 心なしか晃の咲也を見る目が少しだけ苦しそうに見えた。
そんなに離すのが嫌ならそのまま手を繋いで学校まで行けばいいのに。 晃にはそのぐらいの権利はあるハズだ。 いや、それ以上だ。キスをして無理矢理に押し倒したって文句はいえないぐらい彼は咲也の面倒をよくみている。 なんでそんなに我慢するんだよ。 壊れ物を扱うように咲也に触れて、 相手が喜んでさえくれればいいと思っている。 壊しちまえよ、そんな関係、 守って、信頼されて、楽しく笑って、 それで終わりか、 それで満足なのか、お前は、 七月の蝉が狂ったように声を枯らす。小石を蹴飛ばすと下を向いたせいでさらけ出された白い首筋が陽に灼かれる。
隣を歩く咲也の髪はまだ飛び跳ねていた。
「ほら、遅れるぞ」 先頭を切って走り出した。風をきるのが気持ちよい。後ろから咲也の待ってよ、という声と、晃の足音がついてくる。 振り返ってみると二人との距離は50メートル
すぐに追いついた晃が側にやってきた。 「一人で先に行くなよ、追いつくのが大変だ」 追いつくのが大変だ、だって、こっちが気を利かせてやったのに、全く、 少し遅れた咲也が追いつき三人がそろう。 「だって、三人一緒じゃなきゃ」 晃の顔が空を仰ぐ。
三人一緒じゃなきゃ、 だめだろう、ぼくたちは、
自然に笑いがこみ上げてきて思わず俯いた。 全く、全くこいつは、 「何、笑ってんだよ浩司」 咲也が不思議そうな顔で覗き込んでくる。 「いいか、学校まで競争だ」 顔を上げて云うが早いか靴底で地面を思い切り蹴った。 行く先には真夏の太陽と真っ直ぐにつづく道。
三人一緒に、
息を吸い込み前へ踏み出す。 夏ははじまったばかり。
了

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