[744] 12月24日 |
- のら猫 - 2004年09月11日 (土) 02時21分
「だからそうじゃなくて…、ふぅー…」 「………」 雪がぱらつく12月半ば。 クリスマスという甘ったるい行事を近日に控え、周りは何かとばたつきだす時期だ。さほど関心もないが、退屈に過ごすよりはいくらかマシというもので、俺は毎年、必ずその行事前にはうわべだけ女を作る事にしていた。 しかし今年はそれすらもしておらず、何だか自分が自分とかけ離れた者の様で、なげやりになっている真っ最中だった。 「何でお前はこんなことも解らないんだよ…ちゃんと授業聞いてたか?」 「………せんせー、唾飛んでるんですけど」 「…せめて人の話を聞けよお前」 何か文句をいうたび呆れ返ったような口調で応答され、それに言葉を返せばまた呆れ返ったような口調で応答され。気が付けば妙な悪循環が出来ている。 俺はこの冬、補習という題材でほぼ毎日この男と二人きりにされていた。 坂島 春義。 やたら熱血漢の中学数学教師は今年で初、クラス担任らしい。その熱血ぶりは、生徒受けも悪くはなく何気に慕われており、相談を持ちかけられているところをよく目にする。
非常に暑苦しくてうざったい。 だけどとても生徒思いで明るくて声がでかくて、空回りしてるところもけして短所ではなくて。 中間の時結果の最悪だった俺におせっかいにも学力のことじゃなく、俺に不器用に気づかってくれたその時から、俺は初めて担任というものを嫌いじゃなくなっていたのをはっきりと覚えていた。 「いいかーみんな、冬休みがあけたら登校日ももう残り少なくなる、これから始まる休みでも気を引き締めて不規則にはならないように…」 「先生ぇ。今時無いよ、そんな挨拶」 「そぉだよ、小学生じゃあるまいし」 12月24日。いつものように眠い午後。 今日で今年最後の登校日となり、クラスの1人が担任のありがちな言葉にしびれを切らしたのか、文句と呼べる野次をとばした。いつものように半ギレになりつつある坂島も、もうクラス全員がすでに慣れ親しんだ姿である。 俺は、今日も何気なくクラスに埋もれ、いつものように上辺では何の引け目もとらず教壇を眺めていた。 「~~~……!」 「………」 「~~ッ、百田ッ!」 「…あー…なんだよ、関」 「お前ー、今年の予定あるか?」 「…予定?」 「いつまで寝ぼけてんだよ、クリスマスだよクリスマス!」 「…あぁ、べつに」 「別にって…」 突然隣に座る関に話しかけられ、ハッと我に帰る。 「そう言えばお前ー、今年は珍しく彼女いないのな。」 「人を遊び人呼ばわりすんなよ」 腐れ縁ともいえる友人の、毎年この時期になると女に飢えてると嘆き散らし俺にあたる姿は、もう9年目だということに少しげんなりした。 そしていくら親友だとは言え何だか今回だけはさすがに恋愛相談を持ちかけることも出来ず、小さくため息をついた。 「…予定無いんならこっちこねぇ?♪」 「?」 「クリスマスなのに一人身と言う寂しい日々をいつか笑い飛ばすための、一人身記念祝…」 「やだ。」 「早っ!」 あえなく却下すると、あからさまに関は声のトーンを下げつつ思い切り顔をしかめる。あまりにもの落ち込み様に軽く謝罪を入れると、関を横目におおいやった。 そんな事をやっている暇は、俺にはない。 来年になればもう本当に卒業間近になる。それまでに、やらなければいけないことが俺にはある。 何ヶ月か前までは自分のこの気持ちというものににいいだけ悩んでいたのだ。 今はもう乗りかかった船のようで後にひく事も出来ず、そんな自分にもいい加減うんざりになっている。 それでも、「口にしてしまえばあんなふうに自分には笑ってくれなくなるかもしれない」とそんな事をガラにもなく考え、ここ一か月間の間はぐるぐると頭の中をそれだけがまわり続け、チャンスはいくらでもあったはずなのに、気が付けばもうこんな時期になっていた。 「百田、ほんとにお前ってやつはさー…」 「…そこ!!あと少しで卒業だからって、浮かれるのはまだ早いんじゃないのか?」 「…はーい、すんませーん(熱…)」 「百田も聞いてるのか?」 当然の如く坂島がいち早く目を光らせ、ムダ話をする俺と関に渇をとばす。 軽く手を上げてだるく返事をすると、また少し低めの声で呆れられる。 体の奥で、何かが沸く。 同時にそれを心の奥へ押し戻す。 関をあしらいながらそんなだけの坂島とのやり取りにも俺は、脈を上げていた。 「じゃぁな!ちゃんと来るんだぞ」 「暇だったらな…」 「暇だったら…?……せいぜい頑張ってね、数学追試キラー百田君v」 「てめ…、早く帰れ!」 放課後、教室でいつものように一人残っていた。 皮肉をブツブツと並べる関をいつものように追い返しながら今年最後の登校日ということもあり、今日は少し俺もイラついていたのかもしれない。 「言われなくても…」 ドンッ 「お…っ、関、もう下校時間は過ぎてるぞ」 「分かってます、さようなら!」 「…何あいつ怒ってんだ?」 「ああいうやつなんで…」 タイミングよく坂島が入って来たのに対して、関はとっさに八つ当たりでガンをとばして去っていく。 関は見ていて面白い奴だ、そう思っているのは俺だけではないはずだと思っていた時に坂島が同じことを口にする。 何だか嬉しい。
そんなことを俺が考えている間に坂島は、関がやっと教室から出ていくその姿を眺め終わると、今度は教壇の上に置いてあった日誌を確認し始めていた。さりげなく見ると目で読んでいるのか、坂島の伏せられた目が微妙に動いているのが分かった。 窓から濃いめに落ちるだいだいがかった日差しが、ほのかにまつげの影をつくっている。 「それじゃ、始めるか。昨日の続きからやって、解らないところがあったら俺に聞け」 「…はーい」 何だか、おとなしくプリントに向かっていた。 補習と言っても、ほとんど自習に近いためか、会話が無く時計の秒針と自分と坂島の文字を書く音だけが一定に響いている。 きっと今日も、ぐずぐずしている間に補習が終るんだろう。プリントの式を眺めながらそんなことばかり考えていた。
時々、坂島を見ても時々「どこか分からないのか」と言い返される。 そんな空気にだんだんとイライラがつのり出してくるのは俺らしいといえば俺らしいかもしれない。 もう補習も残り少ない事を思い出していた。 「…百田」 「!」 「お前は、来年どこ受験するんだっけ?」 突然話しかけらて、思わず体がはねる。 「…あぁ、一応市内の西と隣町の普通校だけど」 「なんだよお前、そんな無難なとこなのか。もっと将来の夢とかないのか?」 「べつに普通でいいよ」 「いつも思ってたんだけど冷めてるよな、お前って」 「せんせ、それって嫌みっすか?」 「いやいや、他の奴らのペースに流されてる様で流されてないよなって」 日誌にものを書きながら、ふと目線をこっちに向けてにやりと笑うとまたすぐに日誌に視線を戻す。あまりにも突然だったため、動揺を隠しながら坂島に答えていた。 静かな教室内にいつもどおりの大きめで低めの声が、いつもよりも通るのが新鮮で飽きない。 「…今年ももう終わりか、来年も短い間だけどよろしくな」 「………」 「ほんとにお前、冷めてるよな…」 なにやら、思い出にふけっているらしい。 いつもの雰囲気とは少し違っていて、さりげなく伏せられている目。 何だかいつもよりも、自分の目線が磁石のように坂島の方に向いていっているような気がして、俺は少しだけ視点を泳がせていた。 「…まったく、お前が最後まで俺の心残りなんだぞ」 「ひどっ、先生」 「ははは、…残りの俺の仕事はもう高試験寸前のみんなを見守る事くらいだな」 「………」 「やっとって感じだな、今年はクラス担任も出来たし、いい年だったよ」 「…でも正直、春の先生の張り切りぶりには、みんな引いてたよ」 「そうか…?まぁ、最初自分でも空回った思ってたけどやっぱり…笑」 「…今でもだけど」 「うわー…お前そういうこと言う?」 「だって、事実だし」 「…てか、もう恥かしいからやめれ」 「はは」 「……………」 「………」 「……、あぁ、やってる最中に話しかけてすまなかったな。どうだ、もう大丈夫そうか?」 いつもどおり軽い口調で話しながら、空気の一点を見つめている。 最後になってやっと、俺に顔を向けほのかに笑顔を作っていた。 「…あー、もう少し…」 「そうか……」 坂島が小さくため息をつく。 日誌を眺めながら黙っている。 そんな坂島を見ていると突然「寂しい」という言葉がピンと来た。 ああ、そうか。 ああいう性格上わかりやすい。 …はずなのに、 そんな事少し考えれば分かるはずなのに、ピンと来たのと同時に何故だか俺は今まで考えていなかったことに気が付いていた。 何考えてんだろうとか、どう思ってるんだろうとか。 そんなのばっかで。
無理に笑っている。
なに言ってもこの気持ちはどうせ駄目になるという想いが強かったせいか、俺もあまり深くは考えようとしたことがなかったし、何より坂島がずっと笑ってるから、きっとそんなこと意識していなかったのだろうと頭の中でやけに冷静に分析していた。 なんだかそんなことに気付くと、どんどんどんどん今まで自分の中で貯めていたものが関を切ったように煙のように急に広がっていったのが分かった。 「……っ」 ガタッ 「…あ、トイレか?」 「………ああ」 「?」 「………」 「百田?」 「……坂島」 「…どした?」 「…坂島、俺…なんかしらねーけど、あんたがさ、」 無意識だったらしい。 とりあえず坂島が目に入らないところへ行って、気持ちを落ち着かせようとした。なのに、教室から出るため教壇の近くへ行くと遠目にみていた坂島があまりにも。 無意識にでた言葉をきっかけに、「いつからそういう気持ちを抱いていたのか」「いつから伝えようと思ったのか」全て、吐き出してしまっていた。
あぁ…。
胸が熱くてはちきれそうで、まさにもう少しで息が止まる。
坂島はというと暫く、その整った顔を俺に固定させ瞬きも忘れていたのが見えた。全てを吐き出すと、俺はというと急に声が途切れてそのまま坂島の固まった目線から下に外していた。 「…………」 「……」 「……百田」 すぐあとに俺は後悔した。我にかえって、今頃になって。 「百田、たちの悪い冗談は…」 「……冗談なんか言うかよ」 「………」 「たち…悪いよな、やっぱ。」 「!そういう意味じゃ…」 「…ごめん、俺、なんか訳わかんなかった。忘れていいよ」 「………」 「…本気にすんなよっ、冗談だよ」 「…………」 「…冗談」 「…………」 坂島の態度。 驚くのは当然だろうと、自分でも思っていた。 でも、あまりにも坂島が困ったそぶりを見せたのがすぐに目に付いて俺は、気がつけば少し慌ててはぐらかしていた。 なんだか勢いで言ってしまった自分が妙に恥かしくて、情けなくて、机に戻る足取りも情けなく目が泳いでいるのが自分でもわかった。 「………さか…」 「…百田」 「え、?」 「……お、俺はお前の…気持ちには答えられない…」 「あ……」 「ごめん」 「…………」 まぁ…当然と言えば当然だろう。おかしいのは、俺だから。 男なのに。 だけど… 言わないでほしかった。 嫌にみじめだ。 こんなはずじゃなかった。 そう考えると、今度はやたら怒りという気持ちがこみ上げてきてなんかもう、訳がわからないのだ。 そうだ。 どうせ明日から冬休みだし、坂島と自分以外には誰にも聞かれてないし、もうこのまま冗談として終らせよう。 ほんとに。 こんなの冗談なんだ。 こんな終り方は、予想していなかった…というより、予想しないようにしていたというのがぴったりだと自分で思ったのがやけに虚しかった。 「…なんで?」 「え…」 「なんで答えられないの?」 「それは………俺とお前は教師と生徒…だからだ」 「………」 嘘だ。 それだけじゃない。 「坂島。」 「!」
奥底の気持ちとやらに揺さぶられる。 上辺の気持ちなんか太刀打ち出来なかった。 「………」 「…っ!」 一気にイスから立ち上がる。 教卓の方へ歩くとイスに座っていた自分よりも10cmは身長の高い男のネクタイを強くつかみ、自分の方へと引き寄せていた。 何をしてんだ。 2人きりなのをいいことに。 もう一度、もう今日は残り少ないということを思い出していた。 「……っ!!」 「………」 「…めろっ」 ガタ…ッ 「…………っ」 「わ…悪い」 「………」 少し強く突き飛ばされて最前列の机にぶつかった。自分の胸の内の痛さとシンクロして、ちりちりと痛みが来る。 信じられないというような顔で坂島は自分の唇に指を添えていた。 こんな時なのになんだか自分のした行動で顔がほてっていくのが分かる。 それがまた恥かしさに繋がり、すでに出来ていたプリントを自分の席から取り乱暴に教卓へと置くと平然としたふりをしてカバンを持ちあげていた。 「百田っ」 「………」 呼び止められても立ち止まったりはしたくなかった。 「百田!」 「………」 なんか泣きそう。 こんなの見られてたまるか。 「…百田」 「………」 「泣かせるような事して、悪い…」 そんなこと言うな。 呼び止めたりすんなよ。 「……俺も、お前の事好きだ、だから…ちゃんと始業式来いよ」 生徒として。 もう聞かなくても分かった。 ふられた女子じゃないけどなんかもう恥かしいとかみじめとか二人きりとかいっぱいいっぱいで、とにかく早くここを出たいと、心からそう思った。 「…せ…成績表に…っ、俺の“初”奪った分加算しとけよ…っ」 「…!?」 「ふんっ」 バタバタバタ… 「………」 最後の負け惜しみのようなセリフが妙にダサかった。 走り出る瞬間、坂島が困ったように笑った気がした。 なんかそれでもう良くなった。 なるだけそれ以外は考えないようにしてはいたけど。
げたばこの靴を乱暴に放り出し、走って学校を出た。 顔がまだほてっている。ドクドクと心臓が跳ねている。 何気ないふりを頑張ってしようとしてもあれくらいで普通以上に気が高ぶっている自分が恥ずかしくってたまらなかった。 なぜだか今更、前のテストの時のことが頭にどんどん鮮明にうかんでくるし、明日からしばらく休みということがとてもありがたいことのような気がした。 「あんまドア叩くなよ…ってお前!!」 「ばんわ。」 「…ど、どうしたんだよ!」 「お前が来いっつったんだろ」 「いや…、やっぱお前も来るんじゃん!入れ入れ!」 「おう…」 「…百田、誰に砕けたかは聞かんけど…今日は騒いどけよな」 「…さんきゅ」 ニっと歯を出して笑った関にニっと笑い返してやった。 自分の目やら鼻やらが真っ赤になってることに気が付いたのはその直ぐ後のことだった。 12月24日。 雪がぱらついていて、少し寒かった。
今日は、何だか気分が良い。

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