[713] You’re Mine |
- 猫井伊夜 - 2004年08月28日 (土) 18時41分
You’re Mine
普通だったらありえない箇所の痛みで動くのも億劫で仕方ない。 オマケに睡眠不足で、高校2年生最後のテストが近いというのに、全く授業内容が頭に入っていかない。 『――――――眠い……』 好都合なのか不都合なのか分からないが、裕の席は窓際の一番後ろで、先生にも見つかりにくく、今日みたいな冬の午後、屋外の気温は低いが、室内で太陽の光が当たる暖かい場所はどうしたって眠気を誘う、教室内で一番の特等席だったりする。 『もう…限界かも…………』 そう思ったら目蓋は開けようと思っても開けられるものじゃない。 心地よい太陽の光の毛布に包まれて、裕は眠りの世界へダイビングした。 ――――――と思ったが、 「……たか!ゆたかっ、裕(ゆたか)っ、おい!」 「――――…ん~…? …いだっ!」 突然の頭への衝撃に、目の前で星が飛んだ。 頭を抑えて上体を起こすと、ばか、と言いた気な顔をした小学校からの幼馴染である尋斗(ひろと)と目が合った。 その隣にはダークグレイのスーツが見えた。 「期末も近いのに、余裕だなー、加藤」 顔を上げるとそこには笑いながらも口元を引き攣らせている数学の担当者の遠田(おんだ)こと遠ちゃんが立っていた。 「放課後、数学準備室に来なさい。」 「はーい……」 教卓の前に戻っていく後ろ姿を見ながら、俺はため息をつき、内心怒っていた。 何を隠そう、裕を睡眠不足にしたのは現在飄々とした態度で授業を続けている教師だったからだ。 「災難だな。お前も。」 「お前もな、尋斗。」 もちろんこの関係は周囲には秘密だ。 知っているのは同じ穴のムジナのような存在である尋斗だけ。 尋斗にも同性の恋人がいる。ただし、尋斗の場合は公然の秘密なのだ。 「でも、恋人が遠ちゃんなだけ、裕はマシだと思うぞ?」 「どこがだよ……」 「時間考えてくれそうだし、強引そうなこともなさそうだし、何より、バラようなことしないだろ?」 自分の恋人の行動及び強引さにほとほと困っているらしく、尋斗は力いっぱい意見している。 確かにそうかもしれないが、尋斗は大きな誤解をしているみたいだ。 バラすようなことは教師という立場上できないのだが、学校の中だというのにベタベタしてくるし、他の生徒や先生にバレないかと裕のほうがヒヤヒヤしているくらいだ。 しかし尋斗はすっかり生徒の人気者で『好印象を持てるいい教師の遠田先生』を信じきっているようだ。 実際なんて、『鬼畜』『強引』『自己中心的』と三拍子そろっているのに…。 その面を見せていない遠ちゃんは生徒に多大な人気を誇っている。愛想もいいし、やさしいし。裕の他にも遠ちゃんに恋心を持っている生徒もいるはずだ。 遠田は『俺には裕だけ』といつも言ってくれる。でも、いつも他の生徒にもやさしい姿をみていると、『本当に愛されてるのかな?』と裕は不安だった。 「そうだな……」 邪気のない真剣な様子で語る尋斗を見て、裕は反論する言葉を無くしてしまった。
今日のすべての授業が終わって、裕は数学準備室の前にいた。 「失礼しまーす。 遠ちゃん?」 準備室のドアを開け、中に居るはずの呼び出した張本人の名を呼ぶが返事は返ってこない。 「人を呼びつけておいて、どこにいったんだよ」 ぶつぶつ文句を漏らしつつ、裕は遠田のデスクに近づいた。 授業の資料など、きちんと整理されている。『鬼畜』『強引』『自己中心的』なくせにこういうことは意外と真面目だ。 デスクの前にはコルクボードがかかっていて、生徒たちから貰ったであろう写真がきちんと整理され留められていた。 その中には裕の写真も何枚かある。ツーショットではないものだが。去年と今年の体育祭と文化祭の時の写真だ。 遠ちゃんのマンションに行けば、二人だけのプライベート写真は山ほどある。(趣味の一つが写真だという遠ちゃんの部屋の一つには、暗室まであるのだ。) その写真のだいたいは、人には見せられないアヤシイものだったりするけれど……。 写真に纏わるいろいろなことを一気に思い出して顔が熱くなるのが分かった。 頭を振って妄想…もとい、回想を振り払った裕は、ボードに留められている自分と遠ちゃんそれに尋斗が写っている写真を一枚取った。 何の変哲も無い、教師と生徒な関係に見える普通の写真。それはまだ裕の片思い中で、両思いになっていない頃のものだった。 ちょっとそれが寂しく見える。 できることなら遠ちゃんは俺のものだと公言したいくらいだ。 そんなことをしたら、間違いなく裕は退学、遠ちゃんは懲戒免職。そして、二人は一緒に居られなくなってしまう。 ふと気が付いたが、写真の裏がザラザラした感触がある。不思議に思って裏返してみた。 そこに書いてある文字を見て、裕は驚いた。同時に鼻がつんと痛くなる。 「コラ、何してるんだ、裕」 突然頭上から声が降ってきた。顔を確かめなくとも声だけで分かる。 世界で一番大好きな人。 「遠ちゃんは俺のものだからねっ!」 そう言って胸に飛び付くと、遠ちゃんの匂いと「今更なに言ってるんだ」という小さいけれど強い声が聞こえた。
『You’re Mine. YUTAKA』 ―――お前は俺のものだ。裕――― 19XX年10月XX日
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