[623] 君がくれたモノ① |
- 少年少女 - 2004年07月14日 (水) 18時27分
「君がくれたモノ」
どんな時でも側にいて寄り添ってくれたあいつを失ってから、俺はもう誰かを好きになるなんて事 二度とないと思ってた。 あいつ意外の人を好きになったら、俺はあいつを裏切る事になる。 そんなことは絶対したくない。 あいつがいなくなっても、俺はずっとあいつだけを愛しているから。
あいつの名前は相沢 渚。 俺が初めて好きになった人だ。
渚はスポーツも出来て勉強も出来て、とにかく何でも出来る奴だった。 俺から見て、あいつに出来ない事なんて何一つないって思うくらい、渚は本当にすごかった。 そのせいか、渚は女子から人気があったし、幾つもの部活から「入らないか」と誘われていたこともあって、俺は渚と同じクラスになってすぐにあいつの存在を知った。 渚は部活に入ろうとはしなかった。 生憎 この学校には美術部がなかったので、渚は部活に入らなかったらしいが、本当は絵を書くのが好きでもしあったなら美術部に入りたかったそうだ。 俺も渚の書いた絵を見たことがある。 もちろん上手いんだけれど、ただ一言では表現できないような……素晴らしいというか、どこか 悲しそうな、そんなイメージが渚の絵にはあった。 一度、渚に聞いたことがある。 「どうして渚はこんな悲しそうな絵を書くんだ?」って。 でも渚はただ笑うだけで、答えようとはしなかった。 キャンパスをじっと見つめて、僕の方を振りかえったかと思うとまた笑っていつものように絵を書き始めた。 俺が渚のことを好きになったのは…いつか、と聞かれたら困るけど、それは多分 初めて会った時だったんだと思う。 というか、渚の存在を知った時点ですでにもう惹かれつつあったのかもしれない。 渚と初めて喋るきっかけとなったのは、席替えの時。 たまたま渚と近くの席になって、喋る事が多くなったからだ。 渚は俺が思っていたよりも、ずっと静かでどこか少し大人びていた。 教室で馬鹿騒ぎしている男子達とは全然違う。
多分、他の皆も俺と同じ気持ちだったんだと思う。 俺は前々から渚と話してみたかったし きっと皆もそうだと思うけど、渚はどこか近寄りがたくて俺なんかが話し掛けちゃいけないような感じがした。 だから、渚はクラスの中でも孤立というか…一人でいるタイプだった。 友達と騒いでいるのを見たこともないし、渚と仲がいいという人の話は聞いたことがない。
渚はいつも一人で 放課後の美術室にいた。 キャンパスに向かい、常に筆を走らせて白い画用紙に美しいとしか言い様がない、とても素晴らしい絵を書いていた。 渚がキャンパスに向かっている姿はとても美しくて、俺は渚に声を掛ける事は出来なかったけど、渚の後姿をずっと見つめていた。 俺はその時間がすごく好きで、楽しみで、ずっといても全然飽きなかった。 「薫、何処行くんだ?」 「うーん…ちょっと用事があって」 友達にそう告げると、俺はいつものように放課後の美術室に向かった。
この時間だと、もう渚が絵を書き始めている頃だ。 俺は子供のようにわくわくしながら、渚のいる美術室へ向かい そっと中を覗き込んだ。 だけど、そこにはキャンバスがあるだけで、美術室には誰もいない。 不思議に思って俺は美術室の中に入ってみたけど、やっぱり渚の姿はなかった。 何気なくキャンバスの方を見ると、真っ白な紙に人の顔が書かれている。 俺は近くで見ようとキャンバスに近寄って、紙に書かれている人が誰なのか知りたくてそっと覗き込んだ。 「……あれ?」 そこには、見覚えのある――…というか、俺自信の顔が書かれていたのだ。 「そっくりだ……すごい」 思わず声に出してしまい慌てて口を噤むと、再びその絵を覗き込んだ。 でもどうして俺の絵なんか……?? そもそもこれって、渚の絵…だよな。 何度も渚の絵を見てきてるから、これが渚の絵…だってことは俺にもわかる。 でも、どうして渚が俺の絵なんか書くのかはまったく想像がつかなかった。 そんな事をぼんやりと考えていた時、ふいに背後から人の気配がして、俺は慌てて後ろを振り返った。 別に悪いことをしている訳じゃないんだけど、何となく…後ろめたい気がしたからだ。 だけど、後ろに立っていたのは渚だった。 渚は手に画材道具などを持って、俺のことを笑いながらこちらを見ている。 「何してるの?」 渚が小さく笑いながらそう言った。 何してるの…って聞かれても俺は答えようがなくて、曖昧に笑いながら慌ててキャンバスの前から飛び退く。 「あっそうだ………ねぇ、渚」 「ん?」 「これって……俺の絵…だよな?あ、違ったらごめん」 「ううん。違わないよ、君の絵だ」 そう言って渚はまた笑うと、キャンバスに筆を走らせ始めた。 書いている最中に悪いとは思ったが、聞かずにはいられない。 「でも…渚がどうして俺の絵を?」 「それは、書きたかったから」 「書きたかったからって……あんまし答えになってない」 「そう?」 キャンバスに向かいながらも、渚は決してうるさがろうとはせず、俺の話を聞いてくれた。 と同時に質問に答えてくれる。 こいって…ほんと、器用な奴。 だけど……どうして俺の絵なんか書いたのか、そこのところは曖昧で。 「だけど、どうして俺の絵なんか書きたかったの?」 「だって君、いつもここに来てるでしょ」 「えっ?」 そう言われて、俺はドキリとした。 渚……お前知ってたのか? 「渚―――…お前…」 そう言い掛けて、何だかとても恥ずかしくなった。 俺は渚にバレてないと思っていつも美術室に来て、渚の後姿を見てたのに…本人が気づいてると知ったら、なんかすごく恥ずかしくなってしまったんだ。 だけど渚はそんなこと全然気にしないとでも言うように、さっさとキャンバスに筆を走らせる。 「ったく、ほんとにお前ってわかんない奴だよな」 「そう?僕、結構わかりやすい性格だと思うんだけど」 渚はさらりとそう言うと、動かしていた手を止め 俺の方を振り返った。 「な、何だよ」 「何で君は、いつも美術室に来るの?」 いきなりそう聞かれて、俺は驚いた。 渚がそんなこと聞いたのに驚いたんじゃなくて、俺自身よくわからなかったら、自分のことを自分で驚いてしまったんだ。 そういえば・・・・・俺、何で美術室なんかに通ってたりしたんだろ。 何でそれが楽しかったんだろう・・・・・? 俺は単純な性格なので、そのまま答えた。 「わかんない」 その途端、渚がいきなり笑い出した。 「な、何だよ。そんなに笑わなくたっていいじゃんか」 「ごめんごめん。君ってほんと面白いね」 「・・・・・面白い?そんなこと言われても、全然嬉しくないけどね」 「僕にとっては、それが十分ほめ言葉なんだけど」 「えっ、そうなのか?」 またそんなことを馬鹿みたい聞き返してしまって、渚はさらに笑い出してしまった。 何だか、いちいち反応する自分が恥ずかしくて、俺はそのまま何も言わず キャンバスに描かれている自分の絵に見入っていた。 すごい。俺自身から見てもすごくにてると思う。それだけじゃなくて・・・・渚独特の雰因気みたいなものが出ていた。 絵のことはよくわからないけど、誰だってこの絵を見たら素晴らしいって思うだろう。 それだけ俺の目に映った渚の絵は、とても素晴らしかったんだ。 「何度も聞くけど」 「何?」 「どうして渚は俺の絵なんか描くの?それは席は近いけど、話すっていっても普通にだし。そんなに親しくもないような」 「うん・・・・・そうだけど、でもね。君がいつも美術室に来るものだから、なんだか君の絵を描きたくなっちゃって」 「何だそれ」 「おかしいだろ?僕もそう思うんだけど、なんだか・・・君の絵が描きたくてしょうがなくなったんだ」 「それって・・・・」 「何だろうね」 渚はそう言いながら、静かにその後喋ることなく絵を書き終えて言った。 俺もそれ以上何も喋らなく名って、いつものように、ただ いつもよりちょっと近くで渚が絵を描く姿をじっと見つめていた。 こんなに近くで渚の絵を見れるなんて、なんだか少し感動だ。 ちょっと大袈裟かもしれないけど。 それからあっという間に1時間ほど経って、渚は絵を書くのをやめた。 気がついた時には、もう絵はすっかり出来あがっていて、着色もすんでいる。 文句のつけようがないいい絵だ。 「これ、君にあげるよ」 「え、俺に?」 「うん。もともと君の絵だし。書いたらあげようと思ってたんだ。もらってくれる?」 そう聞いた渚の顔は、少し心配そうな悲しそうな顔だった。 「もちろん。くれるんなら欲しいよ。渚の絵だったら、喜んで」 そう言うと、渚はまた先ほどのように笑い始め、俺にそっとその絵を手渡してくれた。 「……ありがと」 「こちらこそ」 「え、何で?」 「君の絵を書かせてくれて…ありがとう。勝手に書いちゃったから」 「そんなの全然。俺、渚に絵 書いてもらってすごく嬉しい。それに…渚とこうして話が出来たし、何でだろうな。すごく嬉しいんだ」 「僕も、すごく嬉しい…なんでだろうね」 俺はその時、その答えがわからなかったけど、渚もきっとわからなかったんじゃないかと思う。 俺達はその時、もうすでに…お互いのことを好きになっていたのかもしれない。 渚も俺も。
あの時の渚の絵は、今でもとってある。 でも、見ることが出来ない。 見てしまったら、渚のとの思いでが溢れ出して…涙がとまらなくなりそうで、怖かったんだ。
それから俺達は、あの日を境にすっかり仲良くなっていた。 放課後はいつも美術室で集まって、渚は絵を書き、俺は渚が絵を書く姿を見ながら時間を過ごしていた。 その時間は俺にとって…とても心地よかった。 安心できた。 俺はその時、渚もそうだったらいいなって…さう思っていた。 そんなことを考えていた時、渚は絵を書きながら俺に話し掛けてきた。 「ねぇ、薫は家族とか…いる?」 「そりゃいるけど、両親はうるさいし…妹は生意気だし、なんもいい事ないって。渚は?」 そう聞いたけど、渚からの返事は返ってこなかった。 「渚……?」 俺が渚の名前を呼ぶと、渚は絵を書くのをやめてこちらに静かに振りかえり、寂しそうに笑った。 「僕の両親、僕が子供の頃に亡くなってて…兄弟もいないんだ。今は、親戚の家で暮らしてる。だけど……あんまり、僕がいること良く思ってないみたいで、正直 窮屈かな」 「渚…」 俺は渚の家庭のことをその時初めて知って、今まで渚の何でも知ってたつもりだった自分が恥ずかしくなった。 俺は渚に対して何も言えなかった。 「……」 両親や兄弟がいなくて、親戚の家に引き取られても良く思われていない状況ってどんな気持ちがするんだろう…。 想像したって、俺なんかに分かるわけない。 馬鹿だから。 渚の気持ちにこたえることができない。 「ごめん、渚…俺…」 そう言い掛けて、渚は俺の言葉を遮る。 「なんで薫が謝るんだよ…。こんな話し出したのは僕なんだから、薫は謝らなくていい。それに…今まで正直、大切な人とかっていなかったんだ。大切に思われることもなかったし、寂しかった。でも……薫と知り合えて本当に良かった。薫は僕にとって本当に大切な人だから」 そう言われて、俺は渚に対して友達以上の感情を抱いていることに気づいた。 渚もこの時すでに、気づいていたかもしれないけど…それはあまりにも突然で、でもたいして驚きはしなかった。 なんとなく…頭の隅で分かっていたんじゃないかと思う。 その時、渚は俺に近寄って、俺の頬にそっと手を触れた。 渚の体温がとても心地よかった。 今までこんなに人を大切に思って事は無い。 なんだかとても不思議な感覚だったけど、渚は俺の頬に手を触れたまま…そっと顔を近づけてきた。 「………んっ…ん…」 渚の唇が触れた瞬間、俺は一瞬ビクリとしたが…すぐにその感覚にもなれて、静かに目を閉じた。 大切な人に触れることって―――…こんなに嬉しいことなんだ。 「……んっ…渚」 「薫…」 渚のキスは優しくて、俺を大事にしてくれているのがわかった。 好きな人とするキスが、こんなにも心地よいものなんて、俺は今まで知らなかった。 こんなにも、嬉しいなんて…。 「薫……好きだよ」
「俺も、渚が大切…好きだよ」
その時が、一番俺にとって幸せだった。 一生で一番幸せだったんだと思う。
俺はこのままずっと、この幸せが続けばいいと思ってた。 ずっと、渚と一緒にいられると思ってた。 だけど、そうじゃなかった。
「渚っ………渚!!」 涙が溢れて止まらなかった。
渚が………………交通事故にあって死んだ。
お葬式には渚の家族の姿はもちろんなく、親戚の姿があった。 だけど、渚を想って泣いている様子はなかった。 ただ、静かにその場に立って―――…じっと渚の写真を見つめていた。 俺は――――…今までこんなに悲しいと想ったことはない。 今まで、大切な人を失ったことがなかったから。 でも渚は…家族を失っていたのに……渚はいつも笑っていた。 でも、俺は笑えない。 渚のことしか考えられなくなっていた。
だから、渚以外の奴なんて……あいつのことなんて、俺はなんとも思ってない。 ずっと俺は渚だけを想っているから。 「あいつなんか―――…好きじゃない」 涙が溢れて止まらなくて、胸が苦しくなってどうしようもなくなる。 あいつなんか――――…。 渚が亡くなった後、1ヶ月程経ってから―――…転校生がやって来たんだ。
奴の名前は―――――…柏木智樹。 渚とは正反対の奴だった。

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