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ふと、夢を見ていた事を思い出す。
描いた幻想はどこまでも陳腐で、幼稚で、儚く、跡形すら残さず消えゆくまでに時間など必要としなかった。 そもそもが幻、最初からそこにありはしなかったという事だ。
だが私は思い出した。
何故だろう?何故に今、この場所で思い出さなければならないのか。 何故…こんなにも痛みが胸を灼くのだろうか。
望んでいるのか、感情を棄てたくせに。 哀しんでいるのか、心を壊したくせに。 待っているのか、全部を失ったくせに。
どうなのだろうな?私には良く解らないよ。
それにしても……今日はなかなかに冷えるな。 春先だというのにまるで雪でも降りそうな勢いだ、あり得ないけどな。 いくらなんでも季節が季節、桜は咲いても白い雪が咲く事は無い。 そんな事を思いながら、私は灰色に染められた空を眺めていた。
「■、三千院ナギ」
あと…どれくらいの時間が私に与えられている事だろう。 銃口を突きつけられてから、男の人差し指が引き金に力を込め始めた辺りから、時が止まっている気がしてならない。 何か口を動かしている様だが全く聞こえない。
瞬間、男の姿が消える。 特に理由がある訳でもないが、私がその両の瞳を閉じたからだ。
もし本当に時間の流れが止まっているのなら、もう少しくらいは考え事していても問題は無いだろう。 そしてその目をつぶり生じる闇の中で私は思う。
私の意味は何だったのだろうか、と。
きっとそんなものは無いのだ…が、無理矢理にでも作る事にした。 基本、後ろ向きな私にしては珍しい。
あいつと出逢う為。
ありきたりで、いかにも安っぽい恋愛小説で使い古されたような謳い文句。 くだらない、だがそういう事にしておけば不思議と落ち着く自分がいる。 そうであって欲しいと、思っている証拠になってしまうが…まぁいいだろう。 意味は出逢う為、か。 出逢ってもう…七年も経ってしまったのだな。 まさに駆け足で通り過ぎていったという比喩表現が当てはまる。 初めてお前と喋ったのは確かクリスマスイブ……だったっけな? とぼけるような疑問形なのは嘘だ、すまない。
そうか、始まりは雪で…終わりは雨だったか。
思いついたように私は何かを納得する。 くだらない夢の話だから気にしなくていい。
そうだ、なんやかんやで忘れてしまっていた事が一つあった。 まずいな…未練や後悔の類いが出来てしまう。 と、ここでついつい吹き出してしまいそうな自分が。 何を言っている?後悔で潰れそうなのが今の私ではないのか。 そうだな、そうだった、本当に何を言っているのやら。 なら後悔が一つ増えた、という事にしておいてくれ。
私の名前を…お前は覚えていてくれてるのか。
最後にそう聞くつもりだったのだが、忘れてた。 いやなに、出逢ってからお前は私を名前で呼ぶ事なんてほとんど無かったからさ。 少し気になってたんだ、ただそれだけ。
…………時間が動き出したようだ。 もとより止まってなどいないだろうが、時間はもう残って無さそうだな。 聞こえるんだ、風の音が。 さっきまで何も聞こえなかった緩やかな風の音が皮肉にも、終わりを告げる鐘のように耳から頭へと響く。 聞き心地が良く、どことなく安らぐのがせめてもの救いか。
うん…やっぱり何か気になってきてしまった。 私の名前、しっかりと覚えているかな? 答えを得る事はもう叶わないけど……
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