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投稿者:鈴木汐優@短距離2年
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投稿日:2024年07月26日 (金) 00時12分
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お久しぶりでございます。まずこれを見た方々に言いたいのは、私のは長いので全部読む前に自分のやつ書いてください、です。流し読む人がいるかもなのでもう一回書きます。
私のは長いので全部読む前に自分のやつ書いてください。
とりあえず、先週の仙台大のことでも書き殴ってやろうかなと。
端的に言えば、ポンコツであった。その日は、梅雨あるいは夏の穏やかな日差しの中、激早起床を果たした。これは幸先が良いと誰もが思っただろう。現実、私もそう思ったのは事実である。1人で川内駅へと出立し、早朝の閑散とした電車の中を揺れながら飯を食らった。結構静かな電車の中でおにぎりを食べるのは、なんか一瞬躊躇いを感じた。そこから仙台大学に着くまでの半刻は割愛する。
前述の地で私を待っていたのはハードルに望まんとする金岡有途その人であった。(これは時系列的には後日談なのだが、)最終的に彼は1人で十種を最後までやり遂げるが、その殊勝さには頭が上がらない。
長くなりそうなので、私のことに戻る。アップを始めた時、私は明らかなアウェーを感じてしまった。しかし、その中でも怖気付かなかったのは、私の中の一抹のプライドのおかげであろうか。その間、特別なことはなかったので、レースへと移る。
違和感。重い。足が明らかに重かった。何が悪かったのか、レース中に思案しそうになった。しかし、あまりにも須臾であったため、そのままゴールし、歩き出す。一歩ごとに自身の不甲斐なさがのしかかってくる。絶望の最中にいた私には、このかさんと佳鈴さんと金岡有途は相対的に輝いて見えた。マネージャーさん2人には、暑い中のサポートに感謝しかない。足を向けては寝れません。ありがとうございました。本当に。
さて、私は傷心中であった。だからだろうか、私は帰りに星川昴太宅へよるというその日最大のミスを犯してしまう。仮にその日ではなかったら、と考えるのは無用の長物である。かの宅に入った時に、私の目には数多の色が飛び込んできた。その中には劣情の色も含まれていたのだが、これは本人たちに聞くと良い。つまり、この場では何もなかったというほかない。
全てが終わり、帰る頃にはただの動く装置へと成り下がっていたため、過去に思いを馳せるのもここまでとしよう。長い文章読んでもらって、ほんとありがとうございました。一応書かずに読み終えてしまった方々に対して。
読み終わったようなので、自分の書いてください。 |
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