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密教の瞑想法(月輪観、阿字観)について - 伊集院昭子 MAIL
長く密教のお寺にご縁をいただいているのですが、密教の瞑想法が自分の腑に落ちません(例えば月を心に描いて、広げて、元のサイズに戻して)。ヴィパッサナーは難しいが、その言わんとするところがおそらくはおぼろげに理解できるのですが、月輪観、阿字観により集中力はさておき想像力を育てる?のは、妄想ではないかと思うのですが。実は瞑想を実行するに当たり、訳がわからなくなっています(座って呼吸に集中するのか、頭に何かを思い描くのか)。個人的には自分の頭が想像するものに集中したくないという気持ちがあります。HPに答えに該当するものがあれば記載URLをご教示いただけたらと思います。貴協会あてに質問するのは間違っているということであれば一言ご叱責ください。
2018年07月28日 (土) 13時54分 No.4017
瞑想法(月輪観、阿字観)について調べてみました - 智之
>月輪観、阿字観により集中力はさておき想像力を育てる?のは、妄想ではないかと思うのですが。

いや、「妄想」というよりも、「瞑想技能の伝承における情報欠落」といったほうが正確かもしれません。

具体的にいえば、「北伝ルートで仏教が伝来する課程で、古代インドで研究開発された人工の文法を使ったサンスクリット語に翻訳したことが原因で、日常生活の喜怒哀楽や貪恚痴の感覚や感情を必要とする直接知覚による検証ができない数世代が生じ、その結果、瞑想技能上の重要な情報を世代間で正確に伝達する作業に支障をきたし、ついには誤差がここまで大きく蓄積」したのではないか、と思います。

その欠落した情報を補ってくれる瞑想法が、現在も、有用な止(サマタ)と観(ピパッサナ)の瞑想法として存在します。このケースでは、下記の瞑想方法が「南伝・上座仏教」で普通に(出家にも在家にも)実践されているものとして該当するかと。

■止(サマタ)瞑想には光明遍(aloka kasina、アローカ カシナ)。私の場合、秋の涼しい満月を心に描きます。
■観(ピパッサナ)瞑想は、観行瞑想(簡易版が、いわゆるヴィパッサナ瞑想)と呼ばれます。

なお、これは、ただの在家の老人の感想文にすぎません。以下、記載する内容にご興味があれば、文面を妄信することなく、必要に応じて十分に検証下さるようお願いします。文章作成時の誤字脱字はおろか、無知蒙昧な勘違いもあろうかと存じますので。


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伊集院様のご質問を拝見し、密教の瞑想法(月輪観、阿字観)に関するHPをググってみたところ、「密教瞑想法―阿字観―◆止(し)と観(かん)」というHPを見つけ、調べてみましたところ、下記に引用する記載がありました。


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1.観(ピパッサナ)瞑想

まず、観(ピパッサナ)瞑想に対応する『阿字観』について、です。


>>>ここから引用
-----------
月輪観に習熟したら、満月輪の中に阿字を置いて観想する阿字観に移る。これに声と字と実相の三観がある。(以下、省略)
-----------
<<<ここまで引用


以下、「阿字観」の具体的なイメージ操作の手順が、こと細かに説明されております。一読してわかったことは、

1)お釈迦様が厳しく指導なさった「念(サティ)」を用いることが欠落し、正しい観瞑想になっていない。
2)お釈迦様の指導では、瞑想中に観察する対象は身・受・心・法。欠落し、正しい観瞑想になっていない。
3)お釈迦様の指導での、観察すべき法である五蓋から四諦など全て欠落し、正しい観瞑想になっていない。

密教の瞑想法である『阿字観』は、日本伝統仏教の宗教的な作法であるのみならず、歴史的にも貴重な日本の精神文化・芸術・芸能などの伝承において骨格をなす重要なものとして、敬意を表します。 

ただし、伊集院様ご本人が「人生の苦を滅する」こと、つまり「自分自身のこころに、直接、効果が届く瞑想実践方法」をお望みであれば、下記の「備考」の欄もご参照いただければと存じます。

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【備考】

お釈迦様が指導されていた当時の瞑想法を伝承する「南伝・上座仏教」における観(ピパッサナ)瞑想は、長部経典『大念処経』などに記載される(省略なしのフルバージョンの)止観瞑想です。これは出家者が阿羅漢などに達するためのものです。

一方、現代の多忙な在家修行者向けなどにアレンジされた「簡易版」として世界的に実用されている、いわゆる「ヴィパッサナ瞑想」は、日本テーラワーダ仏教協会なども推奨している現代の実用的な観瞑想です。詳細は、下記にお問い合わせ下さい。

■日本テーラワーダ仏教協会
http://www.j-theravada.net/





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2.止(サマタ)瞑想

次に、観瞑想に取り組むための集中力を高めるための止(サマタ)瞑想に対応する『月輪観』について、です。

>>>ここから引用
-------------
簡略な方法としては、目を少し開いて月輪を見る。目を閉じて、ゆっくりと月輪を胸中に引き入れる。胸中に月輪が明瞭におさまるようになるまで、これを繰り返す。白浄の満月が自身の内で輝いていると観想し (中略)具体的な満月輪をイメージするのが月輪観である。平生の心得としては「いつも心に満月を!」ということになろうか。
-----------
<<<ここまで引用

これは典型的な光明遍(aloka kasina、アローカ カシナ)の手順とほとんど同じです。一読してわかったことは、

1)瞑想の対象(この場合は光る物体)を目で見て心に思い浮かべる「遍作修習」の段階
2)瞑想の対象(この場合は満月)を心の中に描き、これを見つめる「近行修習」の段階
3)(自分は未達成ですが)瞑想の対象を見続けて、色界禅に達する「安止修習」の段階

これらの3ステップが全て含まれておりますので、「南伝・上座仏教の光明遍で、きちんと色界禅に達した経験の有る」専門の指導僧に瞑想技能を指導してもらえば、参考になる情報が得られると思います。光明遍の概要は下記の図書をご参照下さい。

参考図書: 『アビダンマッタサンガハ 南方仏教哲学教義概説』 訳註:ウ・ウエップッラ ほか
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I025354500-00


****************
【注意事項】

上記の引用文には「いつも心に満月を!」とありますが、マジで心の中に光明が見え続けるようになります。この光明に執着しすぎると、観(ピパッサナ)瞑想を行うときに「観の汚染(vippasana upakkilesa)」と呼ばれる観瞑想の障害がおきますのでご用心下さい。あくまでもこの光明は、脳内で集中力が高まったために発生した、人体の単なる生理現象(= 焼き芋を食いすぎたときの放屁、暴飲暴食での下痢・嘔吐と同じ)と割り切って考えてください。。

「観の汚染」というのは、例えば、「光明が見えるから、俺様は悟ったのだ(笑)」などと、「お馬鹿な妄想(笑)」に囚われて「イカレた頭になってしまい」、観瞑想の実践が「だいなし」になり、冷静な検証能力を失うなどの障害を指します。この点には、くれぐれも、ご注意下さい。

いっそのこと、『ふん! 光明遍なんだから、心の中に光明が見えてあたりまえじゃ! 心の中に光明が見えても、どーってこと、ないじゃないか! 屁(へ)のようなものじゃわ! わっはっは!』ぐらいの「お気楽な気分のノリ」でいるほうが現実的で、なおかつ安全です。おおげさに書いちゃいましたが、実際、その程度の話ですし。
2018年08月02日 (木) 10時10分 No.4026


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