日本テーラワーダ仏教協会 質問&議論BBS

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生きとし生けるものが幸せでありますように。

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罪悪感を感じながら命をいただくことについて - チカ
初めまして。
「チカ」と申します。
初期仏教が大好きです。
突然ですが、私は普段、動物性のものも植物性のものもいただいて、生命を維持しております。
仏教には「不殺生戒」があるので、それを守って、できる限り殺生をしないように心がけてまいりました。
しかし、昔から、いかなる形であれ命をいただいていることに罪悪感もあって、最近、ヴィーガニズムという考え方を知って、ますますその気持ちが揺らぎました。
確かに仏教でも、精進料理があって、そこでは殺生を避けるために、動物性のものはいただきませんよね。
「三種の浄肉」というのも、あるにはあるようですが。
やはり在家である私も、できる限り動物性のものはいただかないほうがよろしいのでしょうか。
それもそうなのですが、実は私は、今度から新生活が始まって、寮に入ります。
そこには食堂があって、お食事もそちらでいただきます。
個人的な調理は禁止されております。
恐らく動物性のものもたくさん出ると存じます。
今さらどうすることもできないのですが、この場合、少なくともどういう気持ちで、日々命をいただくことに向き合えばよろしいでしょうか。
もちろん、必要以上にいただくのは控えようと存じます。
命に感謝もいたしておりますし、生きとし生けるものの幸せも願っております。
しかしもう少々早く、進路を決める前にヴィーガニズムに出会っていたらとも思うと、自分の選択、もとい、これからの生活に光が見えません。
新生活を取り止めるつもりはないのですが、これから先、少なくともどのような気持ちで、命や生きとし生けるものに向き合えばよろしいでしょうか。
御教授いただければ幸いに存じます。
何とぞよろしくお願いいたします。
お読みくださって、ありがとうございます。
失礼いたします。
2018年03月30日 (金) 14時39分 No.3936
新生活、心が明るくありますように。 - an0401
こんにちは。

チカさんが、新生活をはじめられ、食堂でお食事をされるときに、
そこに殺生は入っていません。
チカさんの行為は、具体的には、
「食堂に足を運び、テーブルに座り、箸かスプーンなどを取り、食べ物を取って、口に運ぶ。」
そこで妄想(このお肉はどこから来て…)などを割り込ませることなく、
命を維持するために、仏道を歩むために、皆と調和を保って生活するために、
なるべく気づきをたもって食事をいただけば良いのではないかと思います。
食べたくないものは残しても良いのでは。

この掲示板の下の方にある質問「正命について」に、
tamotsuさんが詳しく解説して下さっていますので、そちらも参考になさってみてください。

あと、長老のお言葉で、
「何かの主義に執着するのはよくない。…
 なんの主義も持たないで、その都度、良いこと考えて良い行為をすればよい」というものもあります。

それともうひとつ、法話で教えて頂いたことですが、食事の後に、
「今、いただいた食事は、地水火風のエネルギーの流れで、無常です。
 実体のあるものではありません。
 食べた私も、地水火風のエネルギーの流れで無常です。
 実体のあるものではありません。
 ○○○のために、身体を維持するために、この食事をいただきました。」
(○○○は自由に言葉を入れてください。)との文句を唱えます。
私がアレンジしてしまっているので、多少言葉が違うかもしれませんが、
自分でやってみて、これはとても良い感覚を受けています。

解決の一助にしていただけたら幸いです。

(戒についてなど、詳しいことは、もしかしたら詳しい方が教えてくださるかも?
 私は詳しくないので、申し訳ありません)

2018年04月02日 (月) 17時32分 No.3941
テーラワーダの食 - 匿名希望
こんにちは。

参考までに食について幾つかのお話がこちらにあります。

http://www.j-theravada.net/howa/howa197.html

http://www.j-theravada.net/qa/qahp75.html#75-3

http://www.j-theravada.net/qa/qahp23.html

3種の浄肉の事もご存知のようですし、肉食そのものは余り気にすることではないと思います。

私も食後の際には「ごちそうさまでした」と念じますが、それは犠牲となった命にだけでなく、頂いた食に関わった方々、即ち自分の代わりに調理してくださった人、栽培、収穫、屠殺等してくださった人々等に対しても念じます。
ある意味慈悲の瞑想に近いものかもしれません。

私も余り仏教に詳しいわけではないので、明確な答えは持ち合わせておりませんが、参考になれば幸いです。


新生活があなたにとって良いものになりますよう。
2018年04月11日 (水) 12時03分 No.3946
訂正および追記。 - an0411
こんにちは。

☆an0401の記事の訂正

「○○○のために、身体を維持するために、この食事をいただきました。」
○○○のところ、長老の法話では「解脱のために」と仰っていました。
私もそう唱えています。

アレンジという意味は、
私が、法話で長老が仰っていた口語(話し言葉)を、文語に変えました、
という意味です。

誤解をさせるような書き方をしてしまい、申し訳ありません。
お詫びいたします。

また、匿名希望さんのお話もとても参考になりました。
ありがとうござます。

2018年04月12日 (木) 13時07分 No.3947
難しく考えないでください - でんき
こんにちは。

簡単に考えましょう。
肉を食べるプラスよりマイナスが大きければ食べないほうがいい。逆なら食べたほうがいい。それだけのはなしです。
たとえば、変に我慢してイライラで当たりちらす悪行と家畜が減る善行のどちらをとるか。
必要なたんぱく質がとれずに筋力がついていない消防士はいいのか悪いのか。
肉体労働しないのに、ストレス解消で肉を食うのがいいのか悪いのか。
上記の例のように、状況によって判断は分かれるので、食べる量を減らしたり増やしたりして体調をみて柔軟に対応するしかないでしょう。
質問者さんの一生の善行と悪行の収支が重要で、肉を食べなかったから良しというわけではないことに留意していただければ嬉しいです。

2018年05月01日 (火) 15時18分 No.3954
こんにちは - aaa
スッタニパータに「第二 小なる章 2、なまぐさ」という章があって「肉食するのがなまぐさいのではない」とお釈迦様が言っています。肉食を推奨するわけではないですがヴィーガンのように強く避ける必要もないのかと思っています。
私は普段の生活で嘘を言ってしまったり怒りを感じたりしますがむしろこういうお釈迦様のいうなまぐさい行為を戒めたいと思っています。
2018年05月10日 (木) 18時24分 No.3955


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